駆け出しレンジャーの手記 -クロエ・スチュアート
今度はクロエ視点。
視点がガラッと変わるのは個人的には好きなんですが、どうでしょうか?
私はクロエ・スチュアートと言います。
あの日、洞窟で何が起きたか...
それを書かせていただきます。
セイヤ様、アリーナ様と初めて会った次の日。
私たちは調査対象の洞窟までやってきました。
その入り口は、地面にできた大きな亀裂と言った方がいいかもしれません。
入り口から奥を覗き込むと、陽の光も届かない先、奥へと続く空洞があるようでした。
かすかに、腐敗臭。
それによく目をこらすと、岩肌に細かい引っ掻き傷が見えます。
アリーナさんが洞窟内の空気を探るように吸い込みました。
「確かに、何かの気配がしますね。ただ洞窟内にマナが充満しているせいか、あまり具体的なことはわかりません。」
エルフとはマナの探知能力に長けた種族。
人間には感じ取れないようなことも察知できるらしいのですが、地形の影響によってうまくいかないこともあるそうです。
ただとにかく、この洞窟内に何かがいる、それだけはわかりました。
正直に言って、私はその場で引き返したい気持ちに襲われていました。
村では私とワッツにかなう大人はおらず、それなりに自信を持っていたのです。
しかし昨日の一件で自分がいかに世間知らずだったのか、嫌という程思い知ってしまいました。
レンジャーとしてこんなことではいけない、そう思う気持ちと逃げ出したい気持ち...
それらが私の中で渦を巻いていたのです。
私がワッツを見ると、彼もまた同じ気持ちなのだということはわかりました。
しかし、彼は私を見ると、意を決してセイヤ様に言いました。
「行きましょう。何がいるか確かめないと。」
幼馴染が勇気を振り絞る姿を見て、私も迷いが吹っ切れました。
「ああ。わかった。行ってみようじゃないか。」
そう言って、私たちは洞窟の中へと踏み入れたのです。
その奥で、まさかあんなことが起こるなんて...
入り口付近では狭かった洞窟は、少し奥に入ると思いの外広くなりました。
通路はどんどん広くなり、私たちが並んで歩けるほどでした。
「想像以上に大きな洞窟のようですね。」
思わずそう呟いてしまうほど、洞窟は大きく、深く続いています。
いくつかの分岐を経て、通路はさらに広くなり、やがて大きな空洞に出ました。
「うっ...臭うな...」
そこは腐臭が満ち、邪悪な気配が色濃く立ち込める場所でした。
「これは...?」
空洞のそこかしこに、うず高く積まれた残骸のようなものがあります。
近づき、それをよく観察してみました。
そのすぐ後、顔を近づけたことをもの凄く後悔することになったのですが...
「これ、骨...か?」
それは、骨塚。
小さな骨から、中には私の半身ほどもある大きな骨まで。
言うなれば死の痕跡。
そんなものがあちこちにありました。
「うそ...これ全部?」
情けないことに私はすでに、膝が震えていました。
その場に立ち込める死の気配と、暗く陰惨な空気にあてられてしまっていたのです。
「どうやら想像以上に厄介なことになってるみたいだな。」
そんな中、セイヤ様はあくまでも自然体でした。
どんな状況になっても決して揺るがない、そんな風に思えました。
私たちは周囲を警戒しながら、痕跡を収集し始めました。
アリーナ様が手慣れた手つきで遺骸を調べます。
私たちは油断なく周囲に目をやっていました。
「これはおそらく...」
アリーナ様が言った時、ワッツが近くの骨塚に触れてしまいました。
あっと思うまもなく塚が崩れ、大きな音と共に地面に落ちます。
何かの頭蓋骨であろう丸い骨がごろごろと跳ねながら転がり、空洞の端からさらにその深淵へと落下して行きました。
ガンッガンッガンッという音は、静寂に包まれた洞窟内では殊のほか大きく響渡ります。
音が響く度、ワッツは泣きそうになりながら目をぎゅっと閉じていました。
永遠にも思えるような一瞬が過ぎ、あたりにまた静寂が戻ってきました。
「何事もなさそうだな」
セイヤ様がそう言ったその時、地の底からおぞましい音が響いてきました。
それは動物が腑を引き裂かれるような、この上なく耳障りな金切り声。
「...ゴブリンです。」
岩を踏みしめ、引っ掻く音が聞こえてくる中、アリーナ様がその正体を告げました。
ゴブリン。
奴らはどんな場所にでも湧いて出てきます。
もっとも数が多いモンスターの一種であり、またゴブリンと一言でいっても様々な種類が存在します。
大抵は群れを為し、洞窟や廃墟などを好んで暮らします。
私もそれまでに、村の近くに現れたゴブリンを退治したことがありました。
通常のゴブリンは、人間の大人にも満たない戦闘力しかなく危険度も非常に低いのです。
ゴブリンの恐ろしさは数の暴威。
単体では弱くとも、群れることでその脅威度は大きく跳ね上がります。
しかしあの洞窟にいた群れの大きさは...
洞窟の深部から続々と登ってくるゴブリン達。
広い空洞の端から端まで埋め尽くすほどの数。
知らぬ間に反対側にも回り込まれ、私たちは退路もなく取り囲まれてしまいました。
四方八方から聞こえる喚き声。
堪らない異臭に、地獄の炎のような松明の光。
隣を見るとワッツが、絶望に満ちた表情で立ち尽くしています。
私も似たような表情をしていたことでしょう。
息ができず、膝が笑い、情けなく震えて。
"死"というものをあれほどはっきりと感じたのは、この時が初めてでした。
そんなパニックになりそうな私の肩に、アリーナ様が優しく手を置いてくれました。
「大丈夫ですよ。私たちがいます。」
その声は闇の中にあって清涼で、私たちに泥のようにこびりついた恐怖を洗い流してくれるようでした。
「俺がやる。お前達は撃ち漏らしたやつらを頼む。アリーナはサポートを。」
「はい。お願いします。」
当然のようにセイヤ様はゴブリンの大軍に向かって行きました。
「ほ、本当...か、勝てるんですか...?あ、あんな数の...」
「ワッツ。1つだけ覚えとくといい。この世界で重要なのは"数"じゃない。"質"だよ。」
軽くセイヤ様が片手をあげて答えます。
そして...
「魔銃生成。"ライトマシンガン"」
セイヤ様の手に、青白い光が生み出されます。
それは何かを形作り、やがてセイヤ様の手に、見慣れない形の物体が現れました。
「悪いな。襲ってきたのはそっちだ。恨むなよ。」
最高潮に達していたゴブリン達の喚き声。
それがあっという間に別の音に変わっていきました。
1つは、セイヤ様の武器が放つ爆発的な音。
お腹を突き抜けるような破裂音を、凄まじい勢いで轟かせていました。
そして、悲鳴。
武器から無数に放たれた光弾、その1発1発がゴブリン達にとっては致命の一撃。
身体を引き裂かれ、肉塊となる刹那に上げる断末魔の声。
それは圧倒的なまでの破壊力でした。
時折、セイヤ様の猛攻を抜けたゴブリンも、アリーナ様の放つ風の刃であっという間に切り裂かれます。
唖然とする私達の前で、ゴブリンの大群は総崩れとなり、逃げ出し始めました。
「こんなもんかな」
涼しい顔でそれを為したセイヤ様の、次元の違う力に私は恐怖すら感じたのを覚えています。
「今の内に引き返しましょう。ゼーフェルで討伐隊を編成し、改めて討伐した方がいいでしょうし。」
アリーナ様の一言で、我に帰った私は、喜び勇んで出口に向かおうとしました。
しかしこの洞窟に潜んでいたのは、ただのゴブリン達では無かったのです。
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