駆け出しレンジャーの手記 -ワッツ・ジョーンズ
色々と悩んだ結果、セイヤをかっこよく書くために別キャラ視点の回を入れていくことにしました。
大前提としてセイヤが過去を振り返って伝記的なものを書いているという設定なので、
別のキャラに一部を代筆してもらっている、ということにしました。
俺の名前はワッツ・ジョーンズ。
"英雄"セイヤ・ホシノ様にご縁があり、光栄にもこうして伝記の一部を書かせていただくことになった。
セイヤ様の活躍を、俺の視点からお伝えできるよう、精一杯頑張ろうと思う。
さて、俺が初めてあの方に出会ったのは、アストラン南部、ゼーフェルの街。
俺は同じ村出身の友人、クロエ・スチュアートと共にレンジャー協会を訪れていた。
俺たちの村は貧しく、多少なりとも腕に自身のあった俺たちはレンジャーとして活動することで家族を養うつもりだった。
今思えばとんだ世間知らずだったんだが...
俺たちはレンジャー協会に入り、受付の人に登録をお願いした。
そこに、あの男がやってきたんだ。
酒に酔った大男、"猪突拳"のハッサイ。
奴はこの辺りでは有名な男で、この支部では最も高ランクのレンジャーだった。
かつてBランクにも達したその実力は確かなもので、以前の彼のチームは数多くの武功を上げたことで知られている。
面倒見が良く、実力も備えたハッサイはこの支部のレンジャー達の模範的存在だったそうだ。
しかしとある一件から、彼は酒に溺れるようになっていく。
そして今となっては、過去の栄光にしがみついて若手のレンジャーに絡む悪漢となってしまっていた。
この日も、初めてレンジャーに挑もうとしていた俺たちを散々罵ってきたんだが...
ハッサイから感じる威圧感に、俺たちは萎縮して動けなくなってしまった。
確かに、奴には数々の死線を潜った者の持つ圧というものがあった。
そこへやって来られたんだ。あの方が。
最初、あの方はハッサイのことを完全に無視していた。
あの圧力に晒されても全く意に介さず、飄々と対応している姿は、それだけでも感銘を受けるものだったよ。
雰囲気が変わったのは、ハッサイがセイヤ様のお連れの方、アリーナ様に絡み出した時だ。
それまでは奴のことを歯牙にも掛けていなかったセイヤ様だったけど、アリーナ様に手を出されるのが許せなかったみたいだ。
「あん?てめぇ俺が大人しくしてれば調子乗ってんなよ?レディの扱い方もしらねぇのか?」
それまでとは打って変わり、セイヤ様ははっきりとハッサイに敵意を向けた。
それを機に、急激にその場の空気が張り詰めて行ったのを覚えている。
ハッサイもセイヤ様から発せられる覇気を感じ取ったらしく、全身に力を漲らせ、臨戦態勢をとった。
「ほう...駆け出しのくせに威勢がいいじゃねぇか!!調子に乗ったやつがどうなるのか、俺が教えてやるよ!!」
ハッサイは"猪突拳"の代名詞通りの、凄まじい勢いでセイヤ様に突進した。
己の肉体にマナを巡らせ硬化、まさに肉弾と化した強烈な一撃。
失礼だけど、俺はセイヤ様が死んだと思った。
しかし、あの方はいつの間にかひらりと身を躱し、何事もなかったかのように立っていた。
「一応、警告してやる。ここでやめて土下座すれば許してやるぞ。」
鋭いその視線は、ピタリと眼前の敵に据えられている。
ハッサイはそんな言葉を聞く気は一切なく、再び身体にマナを巡らせていった。
「はっ!寝言は寝て言いな!」
凄まじいマナにより、その肉体は鈍く輝いている。
「死ね!!」
烈迫の気合いと共に、ハッサイが猛攻を仕掛けた。
その肉体を存分に使った苛烈な連撃。
右ストレート、左フック、さらに右フック…
怒涛のように放たれる拳。
放たれる風圧だけで重い木のテーブルが吹っ飛ぶほどだ。
もし直撃したなら、間違いなく死んでしまうだろう。
その姿は確かに、かつてドラゴンをも屠ったという戦士のものだった。
しかし…
「どんな攻撃も当たらなきゃ意味無いんだぜ?」
セイヤ様はその全てを紙一重で躱していた。
まるで、次に何が起こるかわかっているかのような動きだった。
「ちっ…!テメェこそ、逃げてばっかじゃ勝てねぇんだぜ!男らしく勝負したらどうだ?」
肩で大きく息をしながら、ハッサイが叫ぶ。
「随分息が荒いじゃないか。鍛錬不足だな。」
「何を…!!」
「いいぜ。正々堂々勝負してやる。」
そう言って、セイヤ様は右足を前に出して半身で構えた。
「魔銃生成」
そう唱えると、その右手に見慣れない黒い物体が出現する。
「どうした?打ってこいよ。そんな鍛錬不足の技じゃ、俺は絶対に倒せないぜ?」
そう言って、セイヤ様は不敵に笑った。
「なんだそれは?ふん!調子に乗れるのも今の内だぁ!!!おおおぉおお!!!」
ハッサイが雄叫びを上げた。
凄まじい気迫と共に、全身を覆っていたマナが右手に収束していく。
「っ!!ハッサイさん、いけません!それは人に向けるような技では…!!」
女性が悲痛に叫ぶ声。
後で知ったことだがそれは、かつてハッサイをこの街の英雄とまで言わしめた技。
5年前、この街を襲った災厄。
紅の飛竜"ワイバーン"。
ドラゴンはその極めて強固な鱗で、脅威的な防御力を誇る。
そのワイバーンをも打ち沈めたのが、ハッサイ最強の拳である"猪突拳"であった。
己の全てのマナを右腕に収束することで竜の鱗をも砕く破壊力を生み出す。
そして今、ハッサイはその技を人間に向けようとしていた。
「どいつもこいつも馬鹿にしやがって…!!あいつらさえ来なければ俺は…!!!死ねぇぇぇぃ!!"猪突拳"!!!!」
収束したマナにより、黄色く輝く右拳を大きく振りかぶった。
その時の奴の目。
血走り、憎悪に満ちた目でセイヤ様を、いや他の何かを睨んでいた。
迫り来るマナの奔流を前に、それでもセイヤ様は表情を変えなかった。
ボソリと、
「もったいないな…」
という声がした。
俺がその意味を知るのは、そのすぐ後の事だ。
セイヤ様は流れるような動きで、右手に持つ得物を前に突き出した。
黒光りするそれは、不気味な程の静けさを湛えている。
それを見て何故だか俺は、背筋がゾッとするような感覚を覚えた。
「ストライクバレット」
黒い得物が一瞬、眩い光を放つ。
そこから放たれた閃光は、美しい軌跡を描いてハッサイの右拳に吸い込まれた。
ズドンッ!!
光が先だったのか、音が先なのか…
俺ははっきりとは思い出せない。
それ程一瞬だった。
黄色い輝きは去り、後には鮮血の赤色だけが残っていた。
ハッサイは血を吹き出す右腕を呆然と見つめている。
閃光が、ハッサイの"猪突拳"を貫いたのだ。
「ば、馬鹿な…ワイバーンをも倒した俺の拳が…」
絶対の自信を持った一撃を文字通り砕かれ、ハッサイは茫然自失となっていた。
「だから言っただろ?」
ハッとしてセイヤ様を見上げるハッサイ。
「鍛錬不足なんだよ。その技、確かに中々のマナ量だが、収束が甘い。マナの薄いところは全然大した強度じゃないから、撃ち抜くのなんか簡単だぞ?」
そう言ってセイヤ様はスタスタとハッサイに歩み寄ると、その額にピタリと物体を押し付けた。
「な…何故だ!?何故勝てない!?あ、あいつらに負けて…テメェみたいなガキにも…!?お、俺はこの街最強のレンジャーなんだ!絶対に負ける訳にはいかないんだ!」
「お前が負ける理由はさっき言っただろ?」
「な、なにぃ!??」
「鍛錬不足。お前、昼間っから酒なんか飲んでる癖に"負ける訳にはいかない"だと?寝ぼけてんのか?」
「なにを…」
「前、誰に負けたのか知らないけどな。負けた相手に勝ちたいなら、死ぬ気で修行しろ!朝から晩まで修行修行修行だ!!昼から酒飲むなんてなんて羨ま…いや、けしからん!!!」
セイヤ様の言うことに、ハッサイはぐうの音も出ないようだった。
目線を下げて黙り込んでしまう。
「俺に勝ちたいなら…修行して出直して来い」
パンッ!
と再びの破裂音。
ハッサイの身体から力が抜け、ばたりと倒れた。
「それと、今度アリーナにちょっかい出したら本当に殺す」
ハッサイは気を失っていた。
「受付嬢さん、医務室かなんかある?」
「はえ?!?は、はい!!ち、近くに、診療所がありますです!?」
「ああ。じゃあこいつをそこに運んで行くよ。案内してくれない?」
セイヤ様はハッサイを軽々と担ぎ上げ、受付嬢と共にハッサイを診療所に運んで行った。
恥ずかしいけど、俺は目の前で起きた出来事に全くついて行けなかった。
これが、俺とあの方の出会いだった。
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