オーストン首都 ウィーゼル
ウィーゼルの元ネタは、オーストリアのウィーンです。
いつか行ってみたい…!
「なんじゃこりゃああっ!??」
ゼーフェルから馬車で1週間。
オーストンの首都ウィーゼルにやってきた俺の第一声である。
南部随一と謳われた美しい都市。
音楽と歴史の都。
ウィーゼルには何日か滞在する予定だったから、観光名所でも巡ろうとあれやこれや画策していた。
せっかくの異世界、やっぱり楽しみたかったんだよ。
前の世界でも、あまり海外旅行などに行った経験が無く、ただ単純に"見たことのない場所"への憧れがあったんだ。
いいだろ別に?
まあ期待は完全に裏切られる訳なんだが。
俺の目の前に広がるウィーゼルの街は…
完膚なきまでに破壊されてしまっていた。
都市をぐるりと囲っている外壁は、南側の一部が縦に引き裂かれている。
内壁に至っては3分の1程が消失してしまっていた。
一体何が起きたらこんなことになるのか…
内壁の奥に広がるウィーゼルの街からは、もうもうと黒煙が上がっている。
「な、何があったんだ…?」
「こ…これ…は…」
アリーナは青ざめ、へたりと座り込んでしまった。
いつもと様子が違う。
側から見てもわかるほど身体は震え、目が虚だ。
「アリーナ、大丈夫か…?」
俺は膝をつき、彼女の顔を覗き込んだ。
真っ青な顔の中、震える瞳は俺を見ていない。
どこか遠くを…何かを見ている。
俺は少し迷ったが、アリーナの肩を抱いた。
一瞬、華奢な肩がびくっと震えたが、力なく俺にもたれ掛かってきた。
2年以上一緒にいる中で、こんな姿は初めて見た。
そのまま落ち着くまで背中をさすってやる。
もし俺がもうちょい女性経験豊富だったら、もっとましなことができたかもしれないけど…
「アリーナ、落ち着いたか?」
ようやく震えが止まってきた彼女に声を掛ける。
「はっはいっ!?し、失礼しました。」
アリーナは我に帰ったのか顔を真っ赤にして俺から離れた。
胸に残る温かい感触の名残を感じつつも、俺は彼女の元気が戻ってホッとした。
改めて、並んでウィーゼルを見やる。
「竜巻かなんかなのかな…」
俺は1番自分が納得できそうな理由を探していた。
地球でもハリケーンとかで大きな被害が出たニュースを見たことがある。
それにしては破壊のされ方が奇妙ではあったが…
「いえ...これは多分、もっと恐ろしいものです。何があったのか、正確なことを確認しなければなりません。ビンス王の無事も気にかかります。」
ビンス・カールトンはオーストンの王だ。
派閥には属さず、独自のコネと外交術で巧みにオーストンを治めている。
本来、このウィーゼルにやってきたのも彼に会うためだったらしい。
「わかった。とにかく、ウィーゼルに行ってみよう。」
ウィーズル。
かつての栄華を今に伝える歴史的建造物や、アストラン最大級の規模を誇るウィーゼルコンサートホール、数々の音楽学校が立ち並んでいた街。
今やそれらは無残に破壊され、瓦礫の山と化している。
今も立ち込める粉塵や、救命活動の怒声などが、事態の深刻さを伝えていた。
一体何が...
街を見やると、否が応にも目につくものがあった。
道のところどころにできた陥没穴だ。
穴は一定の間隔をあけて連続して続いている。
少し離れて見ると、それは5本の指を備えた足跡なのだと気づいた。
「...は?足跡...?いやいやいやいや、あり得んだろそれは...」
その時俺の頭の中には街をのっしのっしと闊歩する、どこかの映画で見たような怪獣が浮かんでいた。
なんせ足跡に見えるその陥没穴。
めちゃくちゃでかいのだ。
そこらの建物の基礎部分と同じくらいの面積がある。
「いいえ...あれは足跡です。やはりこの惨状をもたらしたのは...」
アリーナには心当たりがあるらしく、硬い表情だ。
「とにかく、宮殿に急ぎましょう。」
かつてこのウィーズルは、南部一帯を支配していた大帝国の首都だったらしい。
華やかな貴族文化が花咲いたその時期、美しく豪奢な建造物がたくさん建築された。
カールトン宮殿はその栄光の時代に建立された、現在でも最大級の建築物だ。
広大な敷地を誇り、高所から見ると庭園も含めて完全に左右対称にデザインされている。
宮殿の黄色い壁面が特徴的で、平時であればその広大な庭園には可憐な花が咲き誇っていたそうだ。
-できれば綺麗な状態で見たかったな...
俺はめちゃくちゃになってしまった花園を脇に見ながらそんなことを考えていた。
今庭園は、家を破壊された人々のためのキャンプ地と化している。
俺はこの世界の貴族に詳しくはないが、こういった対応は珍しいのではないかと思った。
なんとなく、身分の差とかそういうことに固執しそうなイメージがあったのだ。
宮殿は、一部は破壊されていたものの、執政エリアである本館は奇跡的に崩壊を免れていた。
謁見の間。
俺たちはオーストン国王、ビンス・カールトンに謁見した。
ビンス王は40歳ほどの小柄な男性だ。
身体は小さいが、こちらが圧倒されそうなほどの精力を発散している。
これだけの事態が起きたにも関わらず、矢継ぎ早に的確な指示を出していた。
かなりできる人のようだ。
「おお、アリーナ殿。良くおいでなさった。散らかっていて申し訳ないが、我慢してくれ。」
耳に心地よいバリトンボイス。
地球だったら敏腕社長って感じの男だ。
「ビンス様。ご無事で何よりでした。」
アリーナと俺は膝をつき、頭を垂らした。
「私は悪運だけは強いらしい。恥ずかしながら生き延びてしまったよ。」
「いったい、何が...?」
そこで聞かされた話は、俺には俄かに信じがたい話だった。
なんでも"星獣"とかいうとんでもなくでかいモンスターが1匹でこれをやったという。
俺の妄想通りの出来事が起きていたってことだ。
これが王様じゃなかったら絶対嘘だと思っただろう。
「やはり、星獣...」
「ああ。君の悪い予感が的中してしまったようだ。せっかく忠告していくれていたのに、申し訳ないことをした。備えはしていたつもりだったんだが、まさかここまでとは。」
どうやらアリーナは星獣というものをある程度知っていて、それを事前にビンス王に伝えていたようだ。
先ほどの様子といい、何か事情がありそうだ。
「いえ...あれは人知を超えたもの。仕方ないことです...」
しばしその場に沈黙が落ちた。
仕方ないで済ませるには、あまりに多くの被害で出てしまったのだ。
ビンス王の苦悩が伝わってくるようだった。
「だが立ち止まっている暇はない。」
再び王が口を開いたとき、既にそこに迷いはなかった。
「私は過ちを犯した。その罪を取り消すことはできないし、それを嘆く権利もない。できるのはただ、全力で役割を全うすることだけだ。」
「役割ですか...」
「そうだ。王には王の、民には民の。それぞれの果たすべき役割を果たすこと。そして王である私の役割とは、道を示すことだ。」
「...何か私たちにできることはありますか?」
「ああ。そう言ってくれると助かるよ。正直やるべきことは山のようにある。君たちはレンジャーなんだろう?レンジャー協会に行ってくれないか?」
「それは構いませんが...何かここでお手伝いをした方がいいのでは?」
「それは違う。ここは君たちのような者が力を発揮できるように調整をするだけの場に過ぎない。何か偉大なことを成し遂げるのは我々ではなく、民なんだ。そして今の時代、民たちの先頭に立つものは...レンジャーだよ。」
そう言った時のビンス王は、何故だかすこし羨ましそうな顔をしていた。
「アリーナ殿。あなたもいずれ私と同じ立場になるだろう。その前によく見て、経験しておくといい。私も立場が許せばレンジャーとして現場に立ってみたかったものだ。」
「ビンス王...わかりました。私たちも自分の役割を果たそうと思います。」
こうして俺たちは当初の予定を変更し、レンジャーとしてこの街の復興を手伝うことになった。
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