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中堅レンジャーの手記 -ハッサイ・チョーラスト

ハッサイさん視点。

素直になれない子なんですww

俺はハッサイ・チョーラスト、ゼーフェルの街最強のレンジャーだ。

あんな生意気なガキが今じゃ英雄とはな。

気が乗らねぇが、あいつが洞窟でゴブリン共と遊んでる間、ゼーフェルの街がどうなってたか書いてやるとしよう。


俺が油断してあいつに負けた翌日。

俺は診療所のベッドで目覚めた。

右腕には包帯が巻かれていた。

恐る恐る動かしてみると、驚いたことに右腕は動いたよ。

あいつにやられてもう腕は駄目だと思ってたんだがな。

聞けばアリーナ様が俺を治癒してくれたらしい。

あんな失礼な態度を取った俺にこんな施しを…あの人には頭が下がる。


意外なくらい元気な身体に驚きながら、俺は外に出た。

雲一つない青空で、日差しが気持ちよかった。

いつもならそこから一杯やるところなんだが…

その日は止めておいた。


家に帰り散らかった床を片付けて、瞑想をすることにしたんだ。

俺がやるのはただの瞑想じゃない。

精神を集中させて全身のマナの巡りを感じ、循環を高める。

慣れてきたら流れるマナの量を増やしていく。

これを繰り返すことで身体に張り巡らせられるマナの量を高めるのが目的だ。


久しくやっていなかった瞑想をすると、いかに俺の身体が鈍っていたのかがわかった。

身体の所々にマナの澱みはあるし、少し負荷を高めただけであちこち痛んだ。

だから俺はもう一度強くなるために鍛えることを決意したよ。

言っとくがこれは、別にあいつに言われたからじゃないからな。


瞑想に筋力トレーニング、武術の型といった一通りの鍛錬を終えてスッキリした俺は、レンジャー協会に顔を出した。

「シェリー、いるか?」

「はいっ!?ハッサイさん、もういいんですか?」

シェリーは昨日俺が散らかしてしまった支部を1人で片付けていた。

ここの支部は辺境にあるので、慢性的に人手不足なんだ。

今は支部長も出てしまっているので、ほとんどシェリーが1人で回しているようなもんだ。


「あー、シェリー、昨日はその...悪かったな...しばらく酒は控えるよ」

「...」

俺が意を決して謝ると、シェリーはまるで幽霊でも見たかのようにぶるりと体を震わせた。

「ハ、ハッサイさん?どうしたんですか?何か悪いものでも食べたのですか?」

「お、おい...俺が謝ったのがそんなに変か...?」

「はい」

「おい!即答か!ま、まあともかく、ちゃんと謝ったからな!ついでにここの片付けも手伝っ...」


俺たちがそんなくだらないやり取りをしていた時だった。

街の外れにある物見台から、急を告げる鐘が鳴り響いたのは。

そのすぐ後、レンジャー協会に街の若造が駆け込んで来た。

「た、大変だ!!ものすごい数のゴブリンが...!!」


ゼーフェルを守る外壁。その上から信じられない光景が見えていた。

街に続く坂道を続々と登ってくるおびただしい数のゴブリン。

100や200なんて数じゃなかった。

ゴブリンなんて俺からすれば雑魚だが、それもこれだけの数がいると話は別だ。


「なにこれ...」

シェリーが絶句している。

そりゃそうだ。こんな光景、俺でも見たことがない。

「落ち着け。まだ距離はある。その間に守りを固めとけ。あと、これほどの大群がまとまって動いてるってことは、どこかにこれを率いてる奴がいるはずだ。それを潰せばあるいは...」


そう。ゴブリンは基本的には群れで動くモンスターだが、1つの群れにいるのはせいぜい20匹くらいのもんだ。

あいつらは基本的に阿呆だから、それ以上の群れは維持できないはず。

大群をまとめて動かすためには、絶対的な命令系統がなければ不可能だ。

そして群れの最前線に、そいつはいた。


「な、なんだあいつは...」

それはもはや、ゴブリンという枠組みを大きく超えた存在だった。

体長は俺よりでかく、3m近くある。

圧倒的な肉体と体に掘られた無数の意匠。

頭にはドラゴンの頭蓋骨のようなものを被り、その力を誇示している。


「ゴブリン・タイラント...?」

全てのゴブリンの頂点に立つ存在。

出現した事例は今まで3件しかない。

そしてそのいずれもAランク以上の危険度に認定された、極めて危険なモンスターだ。


Aランクってのは、1つの都市を丸々滅ぼせるレベルってことだ。

普通、その討伐は軍とレンジャーが共同で当たる非常に大規模なものになる。

そんなやつが突然、こんなところに現れたんだ。

街の連中はパニックに陥りつつあった。


「ええい!やかましいぞ!泣いても喚いても、もう戦うしかないんだ!腹をくくりやがれ!」

俺は皆を鼓舞しながら、何とか頭を巡らせた。

この状況を打破するためには…


「おい、シェリー!昨日のガキはどこに行った?」

口惜しいが、タイラントを倒せる可能性があるのは、あいつ以外いないと俺は思った。

「それが…」


シェリーによれば、あいつらは最近新しく開いた洞窟の調査に向かったとのこと。

つまりは街におらず、いつ戻るかもわからないということだ。

「畜生!こんな時に何やってやがる…!」


そうこうしているうちに、外壁の外では戦端が開いていた。

続々と迫り来るゴブリンに向けて、外壁から魔法による一斉射撃が放たれた。

矢を模した炎が無数に放たれ、ゴブリン達を焼く。

さらに矢や、大砲による攻撃も加わり、最前列のゴブリン達を吹き飛ばした。


「よし!邪魔な雑魚は片付けたぞ!全員、標的をゴブリン・タイラントに!あいつさえ片付ければ勝てるぞ!」

守備隊のリーダーの指示通り、全ての攻撃がタイラントに向けられた。


「撃てぇぇい!」

殺到する炎。砲弾。矢。

それら全てがゴブリン・タイラントに直撃した。

凄まじい土煙が上がり…

その中から無傷のゴブリン・タイラントが歩み出てきた。

「なっ!?馬鹿な!?」


続けて放たれるいかなる攻撃も、タイラントには傷一つ付けられなかった。

「これがAランクの化け物ってことかよ!」

正直に言おう。

俺はそのあまりの強さにビビっていた。

自分でも恥ずかしいくらい震えが止まらなかった。


奴は俺たちの攻撃なんか蚊に刺されたとも思ってない。

そんな正真正銘の化け物相手に、何ができるってんだ?

だがその時、俺は思い出したんだ。

何で自分がレンジャーになったのか。


俺がガキの頃、まだこの辺りは平和じゃなかった。

モンスターに襲われることなんてしょっちゅうあったし、誰かが死んじまうこともあった。


そしてその度に、誰かが泣くんだ。

俺はそれが嫌で嫌でたまらなかった。

この街のみんなが大好きだったから。

だから強くなろうと思ったんだ。

俺がみんなを守って、誰も泣かなくて良いように。


隣でシェリーが、恐怖のあまり泣いている。

俺はそっとシェリーの方を抱きしめた。

「大丈夫だ。俺がみんなを、守ってやる。」


外壁の上から外へ飛び降りる。

全身を硬化させ、着地。

「ハッサイさん!?何を!?」

「おいやめろ!いくらお前でも無理だ!」

「うるさい!あいつは俺が相手をする!その間にお前らは逃げろ!」


俺はタイラントに勝てると思うほど、馬鹿じゃない。

この時頭にあったのは、何とかして皆の逃げる時間を稼ぐことだけ。

雑魚のゴブリン共はほっといても外壁を越えられないだろう。


だが奴だけは無理だ。

タイラントを放置したらたちまち壁を破ってしまうに決まってる。

だから俺は少しでも奴を足止めするつもりだった。


外に出た俺に向けて、ゴブリン共が突っ込んでくる。

「うざったい奴らだ!邪魔するんじゃねぇ!」

俺は硬化術を発動。

押し寄せるゴブリン共を蹴散らした。

だがいかんせん数が多すぎる。

そのままではタイラントに行く着く前に、マナが尽きてしまうかもしれなかった。

そこへ…


「うおおおお!」

外壁の正門から、守備隊、そしてレンジャー達が飛び出してきた。

彼らは俺に群がるゴブリン達を、片っ端から駆逐していく。


「お前ら!逃げろって言っただろ!?」

「はっ!何を馬鹿な!俺たちは死ぬ覚悟ができてんだ。お前に指図される筋合いは無いんだよ!」

「雑魚は俺たちに任せてくれ!あんたはあいつを…!」


あいつらが加勢してくれなかったら、確かにヤバかったよ。

お陰で俺はマナを温存したまま、タイラントの前に辿り着けた。

そのマナが無かったら今頃俺は墓の下だっただろう。

まあ、あいつらに言うと調子に乗るから口が裂けても言わないけどな。


目前に立ちはだかるゴブリン・タイラントはとてつもない威圧感だった。

まるで自分が、5歳のガキになったような気分だったよ。

はっきり言って小便をちびりそうだった。


奴はゴミでも見るような目で俺を見た。

腹が立ったね。

怒りで恐怖をはじき飛ばし、俺は全力で奴に右拳を打ち込んだ。

「っ!??」

まるで大地そのものに拳を打ったような感覚だった。


奴はピクリとも動かず、逆に打った俺が弾き飛ばされちまった。

あんな感触は今まで味わったことが無い。

この瞬間、俺は勝てないことをはっきりと自覚したよ。


「この…!化け物がぁぁぁぁ!!」

俺はめちゃくちゃに奴に打撃を打ち込んだ。

左から右、また左、そして右の蹴りさらに左のフック…

全く手応えが無いのが何より怖かった。


奴がおもむろに右腕を上げた。

俺は受けようとしてガードを固めてから、ハッとして飛び下がった。

やつの振り下ろした右拳、そのほんの先端が俺の腕に触れた。

「ぐ、あああああああ!??」

それだけで俺の左腕がぶっ壊れちまったんだ。


タイラントが、俺を嘲笑いながら迫ってきた。

俺は残っている全てのマナを右腕に集めた。

他に何ができる?

絶対的強者を前にしたら、自分の出せる1番強い技を出すしかない。

例えそれで勝てないとわかっていたとしても。

少しでも、ほんの少しでも勝利に近づくために。


「う、うおおおお!!」

火事場の馬鹿力ってやつか。

その時のマナ量は、未だかつて無いほどだったよ。

もしかしたら、守るものがあるから、そういう力が出せたのかも知れない。


「くらえぇぇぇ!!!"猪突拳"!!!」

俺の、命をかけた一撃がタイラントに直撃した。

辺り一面が黄色い閃光に包まれ、大爆発を起こした。


ワイバーンを倒した時もそんな感じだったよ。

全てのマナが一気に解放されて暴発したんだ。

竜の鱗をも破壊した一撃。

さしものタイラントも無事までは済むまい。


実際、奴は数十mも後ろに吹っ飛んだ。

直撃を受けた胸は大きく抉れ、辺りには大量に肉片が飛び散っている。

勝ったと思ったよ。


だが奴はやっぱり次元の違う化け物だった。

突然、近くにいたゴブリン共がブルブルと痙攣し始めた。

見る間にそいつらは弾け飛び、肉塊に変わる。

そしてその肉塊が、ゴブリン・タイラントに吸収されていきやがった。


そのすぐ後だ。

奴が何事も無かったかのように立ち上がったのは。

その目にははっきりと、俺に対する殺意が浮かんでいる。

晴れてゴブリンの王に敵として認められた訳だ。

だがその時の俺は、そんなことを喜んでる場合じゃなかった。


体内のマナは全部出し切った。

おまけに反動で右腕はめちゃくちゃになっちまってた。

走馬灯ってやつを経験したよ。

奴がゆっくり俺に向けて歩いてくる間、俺はガキの頃からつい最近までの記憶を片っ端から思い出してた。


ちょうどタイラントが俺の前に立ち、俺が昨日の記憶を思い返してた頃だったかな。

あの野郎が来やがったのは。

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