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悩める子爵と無垢な花  作者: トウリン


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深夜の訪い

 ルーカスはブラッドの腕の中に転がり込んできたソレを覗き込む。


 少女、だ。


 まだあどけない顔立ちを縁取る燃えるような真紅の巻き毛に、仄かな灯りの中で煌く鮮やかな緑の瞳。年のころは十五か六か、いや、強い光を放つその眼差しからすると、もしかするともう少し、年長かもしれない。剥き出しの細い手足は傷だらけで、身に着けているものはといえばまるで下着だ。

 一体どれだけ駆け続けてきたというのか、少女は喉を鳴らしながら荒い息をついている。


「君――」

 ルーカスが声をかけた瞬間、彼女はバッと顔を上げ、自分を抱き留めているブラッドに食い付くように掴みかかってきた。

「お願い、みんなを、みんなを助けて――ッ!」

「みんな? 少し、落ち着け――」

「紙、紙と、何か書くものをください!」

 眉をひそめたブラッドを無視してそう言った彼女に、ルーカスは近くの卓上から取った白紙とペンを渡す。それを受け取ると、彼女はすぐさま何かを描き始めた。どうやら、地図のようだ。仕上がったそれを、少女はブラッドの胸元に押し付けた。

「そこに、みんなが。早く……」

 それを最後に、フツリと声が途切れる。

 と同時にクタクタと崩れ落ちた彼女を、ブラッドが抱き留めた。


「おい……?」

 呼びかけに応答はない。彼の胸にもたれかかっている小さな顔は血の気が失せて真っ白だった。

「意識、飛んでしまったようですね」

「そのようだな」

 渋面で頷いたブラッドは、普段の武骨さからは想像できないほどの優しげな手付きで、少女を両腕に抱き上げた。大柄な彼の胸の中で、彼女は幼子のよう――いや、もっと適切な表現は、熊に包み込まれた仔猫のよう、か。

 とにかく、目覚める気配のない少女を抱いたブラッドは大股で歩き出し、普段隊員たちが休憩室としてたむろしている部屋に運ぶ。散らかり放題で彼女を寝かせるのにはふさわしくない部屋だが、仕方がない。

 ピクリともしない少女を、ブラッドはやけに丁寧な所作で自分の上着で包み込む。束の間、まるで彼女が繊細な宝物ででもあるかのような眼差しで見つめた後、ルーカスに振り返った。


「……取り敢えず、彼女が描いた地図の場所へ行くぞ。皆を集めろ」

 そう言ったブラッドはいつもの彼で、ルーカスは小さく頷き玄関に引き返した。そうしてそこに下げられた紐を引く。

 夜のしじまを裂いて響き渡った呼び出しの鐘の音に、ワラワラと隊員たちが部屋から出てきて玄関広間に集まった。詰所で寝起きしている者は常時全部で二十人ほどいるはずだが、見回りに出ている隊員もいるから、残っているのは十五人ほどだ。呼び出された時点で出動するものと思っていたらしく、皆、すでに出られる身なりに整えてきている。


「何事ですか?」

 若手のアレンが寝ぐせのついた頭を掻きながら眉根を寄せる。

「詳細は行ってみないとわからないが、取り敢えず出動だ。子ども絡みの犯罪らしい」

 ルーカスの答えに一同の顔がサッと引き締まった。普段は気のいい連中だが、隊長のブラッド同様、犯罪には厳しい。ましてや子どもが関わっているとなれば気の入り方もひとしおだ。

「行くぞ」

 大股で広間に入ってきたブラッドが短く残し、皆に一瞥をくれることもなく玄関から出て行く。隊員たちは無言でその後に続いた。


 赤毛の少女が描いた地図の場所に到着してみると、かなりの広さがありそうだとは言え、門扉の奥に建つそれは、個人の邸宅のようにしか見えなかった。だが、ぐるりと張り巡らされた塀は中が覗けないほど高く、よくよく見れば門扉もやけに頑丈そうだ。

 ルーカスはブラッドを振り返る。

「ここ、ですか?」

「ああ」

 ブラッドは頷き、ためらうことなく門扉の横に下げられている呼び鈴の紐を引いた。ややしてやってきたのは、身なりは良いがこずるそうな眼をした小柄な中年男だ。


「いらっしゃ――っと、これはこれは警邏隊の皆様。何の御用でしょう?」

「中を検める」

 ブラッドが単刀直入にそう告げた。男はほんの一瞬表情を消し、また、取り繕うように唇を捻じ曲げる。

「それは、突然、どうしてまた……」

「四の五の言わずに中に入れろ」

 淡々と命じるブラッドに、男が鼠めいた笑いを浮かべる。

「ですが、主人に確かめませんと――ッ!?」

 卑屈な声は、途中で悲鳴に変わった。ズイと門扉の格子の隙間から腕を突っ込んだブラッドが彼の襟首を掴んで引き寄せたからだ。

 ブラッドは男の服を探って鍵を取り出し、有無を言わさず解錠する。


「ちょ、ちょっと、あんた!?」

 抗議の声を上げる男には構わず、彼を弾き飛ばすようにしてブラッドは中に足を踏み入れた。他の警邏隊隊員たちも後に続く。

 一気に屋敷に踏み込むと、奥から恰幅のいい黒髪黒目をしたひげ面の男が出てきた。他にも、いかにもガラの悪そうな屈強な輩が二十人ほど。警邏隊はそれよりも少しばかり人数が少ない。

 彼らを背後に従え、ひげ面の男がブラッドたちをねめつける。


「お前ら、何の用だ?」

「屋敷内を捜索する」

「あぁ!? 何の為にだ!?」

「それを調べる」

「そんな言い草が通用すると思ってんのか!? お前ら、とっとと放り出せ!」

 その号令で、後ろの男どもが動き出した。手始めに最前にいたブラッドに手が伸びる。が、次の瞬間、脳みそまで筋肉でできているような男が甲高い悲鳴を上げた。

「い、て、てぇッ!?」

 腕を捻り上げられ、床に組み伏せられた男がジタバタともがくが、丸太のような腕脚が振り回されていてもブラッドはどこ吹く風というふぜいだ。

「おとなしく応じないのならば、怪我をした上で、結局は屋敷の中を荒らされることになるが?」

 彼は、淡々とした声、淡々とした眼差しを、黒ひげの男に向けた。男の浅黒いこめかみにビシリと青筋が浮き上がる。

「このクソガキが生意気な口を! やっちまえ!」


 その怒号ともに、大乱闘が始まった。


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