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悩める子爵と無垢な花  作者: トウリン


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後顧の憂い

 フィオナが家族との感動の再会を果たした、その日。

 トラントゥール家の者が皆寝静まるのを待って、ルーカスは屋敷を抜け出した。

 裏門の鍵を針金で開けて路地に出ると、小振りだがしっかりとした作りの箱馬車が一台停まっていた。それは、今回の件で協力してくれたグランスきっての実業家、ブラッドの友人でもあるアシュレイ・バートンが手配してくれたものだった。


 ルーカスが乗り込むと、馬車は車輪が軋む音をほとんど立てることなく滑るように走り出す。

 フィオナを一人残していくことはしたくなかったが、仕方がない。頭の中でしつこく瞬く、彼女はこの国にいて拉致されたのだという事実を、ルーカスはひとまず押しやった。

(まあ、戻って来て早々に何かが起こることはないだろう)

 よほど良いものなのか、驚くほどに静かに走る馬車の中で、ルーカスは独り言ちる。本来ならば、自分の家にいるのだから大丈夫だろう、と言いたいところだが。


 当初、ルーカスは、フランジナ滞在中はどこか他に宿を確保するつもりでいた。その予定を変更したのは、あの親子の遣り取りを目にしたからだ――とうてい『感動の』再会とは言えない、あの場面を。


(単に、情が薄いだけなのか……?)

 昼の光景を思い出し、ルーカスは指先でこめかみを叩く。

 フィオナを迎えた時の、大仰な喜びの声とは裏腹な、アデライドの眼差し。エドモンの方は彼女よりはマシだったとはいえ、どちらも、長年行方不明だった娘がようやく帰ってきた親の態度としては、どうなのだろう。

 アデライドは即座に取り繕ってはいたが、喜びよりも驚き、それも嬉しい驚きよりも単純な驚愕の方が目立っていたように思われる。まるで、フィオナが戻ることなどはなから期待していなかったかのように。

 それは、取りも直さず、フィオナはトラントゥール家にとっていてもいなくてもいい存在だったということになるのではなかろうか。


「まあ、貴族などというものはあんなものかもしれないがな」

 解せぬ思いが消化しきれず、知らずルーカスは声に出してそう呟いていた。

 グランスの上流階級の中でも、我が子に対して、単なる家を維持していくための存在としか思っていない者は少なくない。アシュクロフト家もどちらかといえばそういう傾向があり、長男次男ともに健やかな子どもで、三番目のルーカスが『必要』となる可能性は非常に低かったから、幼少期から彼のことは放置状態だった。もっとも、多少なりとも跡継ぎとして見られていたら、きっと警邏隊などには入れなかっただろう。


 トラントゥール家の夕食の席には、当然、フィオナの兄姉である長男長女も姿を現した。

 長男のセルジュは二十三歳、髪と目の色は母と同様金と薄青をしていたが、面立ちは端正な父のものをそのまま受け継いでいた。

 長女のコンスタンスは兄よりも四歳年下、母の金髪に父の緑瞳をしていて、容姿はアデライドにそっくりだ。確かに華やかな美女ではあるが、驕慢さがそこかしこに見え隠れしていた。誰もが自分に惹かれるものとばかりに自信満々にしなだれかかってきていたが、ルーカスにしてみれば小指の爪ほどの食指も動かない。


 揃った家族の中で眺めてみても、フィオナはあまり彼らに似たところがなかった。外見的にも、恐らく、性格的にも。

 強いて言えば、見た目だけなら父の面影はあるかもしれない。だが、フィオナの持つ柔らかな美しさ、ふわりとした世俗離れした可憐さは、家族の中の誰一人として持っていなかった。


(自分に似ていないから、つれないのか?)

 アデライドは、長男長女のことはむしろ溺愛しているように見えた。コンスタンスに至ってはしきりに彼女のことを褒め、あまつさえ、ルーカスの伴侶にと臭わせるような言動すらあったぐらいだ。

 食事中、母親はフィオナに対しても声をかけてはいたが、どこかおざなりというか、ルーカスがいる手前、そうしているに過ぎないような印象が否めなかった。明らかに、上二人の子どもへの態度とは温度差がある。

 アデライドから視線を投げられるたび委縮するように肩を強張らせていたフィオナを、ルーカスは何度抱き締めてやりたくなったものか。隣に座るコンスタンスの手を振り払い、彼から遠く離れた末席に座らされたフィオナの元に走りそうになったのは、一度や二度のことではない。

 

 フィオナは女児でしかも二番目となれば、単に金を食うばかりの存在だともいえる。

 一見暮らし振りは派手そうだが実際のところそれほど潤沢な収入があるようには見えないから、二人目の娘は予期せぬお荷物だったのかもしれない。

 アデライドは見るからに打算的な女性だから、そういう点で兄弟の扱いに差が生じているのだろうか。

 まさか、いなくなってせいせいしていた、というほどではないとは思うが。


「まあ、そういう考えであってくれた方が、私にとっては都合がいいがな」

 暗い窓の外に目を遣りながら、ルーカスは呟いた。

 家族がフィオナのことを要らないと言ってくれるならば、彼女をグランスへ連れ帰り易くなるというものだ。

 肉親から愛情を注がれていないことをフィオナが思い知らされてしまうことには胸が痛むが、あちらに戻れば彼らが与えない分、いや、それ以上の想いをルーカスが浴びせてやれる。

 血のつながりなど、単に、ヒトをこの世に生み出すための過程に過ぎない。フィオナが家族からどう扱われていようと、どうでもいいことだ。一人の人間として、ルーカスが慈しんでやればいいだけのことなのだから。


(幸いなことに、彼らの記憶もないことだしな)

 出会ってからの半日ほどの時間で、フィオナが生を受けてからの十四年間、彼女が家族からどんな扱いを受けてきたのか、薄々察せられた。恐らく戻らなくてもいい記憶だろうし、これから先、ルーカスがもっと良い『家族の記憶』を作ってやれる。むしろ、フィオナがこちらの血族のことを考えなくても良いのなら、今後は彼が独占できるということだ。


 フランジナくんだりまでやってきて得たことは、フィオナが別れがたく思うような存在がないことがほぼ確信できたことだろう。

 となれば。

「あとの問題は、黒幕の正体、だな」

 残るは、彼女の身が今後安全かどうか、だ。グランスに戻りさえすれば、二度とその身が脅かされることがないのかどうなのか。

 ここにフィオナを連れてきてしまった以上、彼女の無事はいずれその黒幕の耳にも届くだろう。そうなれば、きっと、動きがある。仮にルーカスがその人物であるとすれば、自分ならば、きっと彼女のことを諦めたりはしないだろうから。


 フィオナを攫うようデリック・スパークに依頼したその貴族を探し出し、まだその邪念をくすぶらせているのならば叩き潰す。

 そうして初めて、安心してフィオナと共にグランスへ帰れるというものだ。後顧の憂いなく、彼女に幸福な日々を与えてやれる。


 ――その人物を見つけ出すことができたら、どうしてやろうか。

 ルーカスは暗闇を眺めながら思う。


 その何者かがフィオナの拉致を企んだから、彼は彼女と巡り逢うことができた。

 フィオナと引き合わせてくれたことには多少の感謝の念を覚えないこともないが、彼女を死ぬほど怯えさせたのは確かだ。命を、とまではいわないが、社会的に抹殺するくらいのことはしてやりたい。


 デリック・スパークは相当高い身分の者らしいことを臭わせてはいたが、ルーカスの知ったことではない。それ相応の報いは、受けさせてやる。


 やがて馬車がその走りを止めるまで、ルーカスはまだ顔も知らぬその人物を見つけ出した時に打つ手について、策を巡らせていた。


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