「おーーい」おーーい「お前かーー」お前かーー「俺だーー」俺だーー
「おーーーーーい」
おーーーーーい
「今日も頑張ろうぞー!」
今日も頑張ろうぞー!
向こうにある「向こう山」に大声で言うと、向こう山にいる友人から励ましの言葉が返って来る
これまで友人というモノの無かった阿保太郎にとって、それは本当に嬉しい事であった
もう、独りで頑張っている訳ではないのだから
名は、馬鹿田阿保太郎
職業「キコリ」兼「コンビニアルバイト」
彼に両親は無く、幼少期を施設で過ごした
乳児の頃から、そのあまりの阿保さに「阿保太郎」と名付けられ、施設では職員からの虐待の日々
しかし、あまりに虐待されまくった為、阿保太郎は5歳になる頃には戦闘に長け、既に大人との戦いで負ける事は無くなった
18歳で施設を追い出され、その恵まれた体格により「キコリ」にスカウトされ今に至る
「おはようございまーす!」
阿保太郎、17時にバイト先のコンビニに出勤
『おはようございます!馬鹿田さん!』
「今日からの新人君だね!よろしく!(^^」
『佐藤砂糖です!よろしくお願いします!』
レジ奥の従業員室から、阿保太郎の先輩従業員の声
「あーーサトちゃん!そいつバカだから、馬鹿田さんとか呼ばなくて良いの、バカ太郎って呼んであげてwww」
『え、いや、でも…』
ニコニコと笑いながら阿保太郎は言う
「佐藤君、バカ太郎で良いよ!俺バカだからね!」
阿保太郎は、本当にバカであった
ついこの前は、自分の利き手を忘れてしまいレジを打てなくなり、頭で計算して業務を続け、結果1円も間違えずに8時間働き続けた程のバカ
正真正銘の「バカ」阿保太郎
しかしながら「馬鹿田阿保太郎」などという酷い名前なのに、阿保太郎をバカ太郎と呼ぶ辺り、従業員もかなりのバカである事は間違いない
して、なぜ職業「キコリ」なのにコンビニでアルバイトなどしているのか?
そこもまた、彼がバカだから
18歳で施設を出た後、彼は行く当てが無い為に仕方なく、しばらく近くの山の中で生き延びていたのだが、そこをその山の持ち主に発見され、キコリとしてスカウトされたのだ
1日4時間労働、週14日勤務、固定給20万円
それが、山の持ち主から提示された労働条件
阿保太郎は「1日4時間で20万!?めっちゃホワイトやん!」と喜んで契約
しかし働いてみて分かったのだが、1週間は7日である
週14日勤務は不可能
さすがにマズイと山の持ち主と相談した所、1日を2日で換算し、8時間勤務する事で解決
本物のバカ
もちろん、契約上「1日4時間労働」なので休憩は無い
つまり都合8時間、キコリの勤務をこなす事になる
週14日勤務で1日を2日換算なので週7日勤務、つまり休日も無い
ブラックキコリ阿保太郎
もちろん給料は固定給なので20万
そこから所得税、住民税、頑張った税、山登って息ゼイ税、何となく税、…まぁ…税、を引かれ、手取りは10万ちょい
キコリだけでは生きて行けない
故の、コンビニバイト
何度も何度も、そのあまりの過酷な労働により倒れ、死にかけた
しかし阿保太郎は、その他の生き方を知らないのだから仕方がない
キコリの仕事は朝が早い
朝6時に住居を兼ねた山荘から出勤し、山の手入れやキコリ業務の要である伐採に励む
たった独り、山の奥で毎日毎日、休み無く昼の2時まで働き続ける
そしてキコリ業務を終えると、そのまま片道4時間をかけて町まで向かい、夜6時から8時間コンビニバイトに励む
深夜2時バイトを終え、また片道4時間かけて山荘へ帰る
この様な毎日を過ごしていたのだから倒れるのも無理はない
だって、バイトを終えて山荘に帰宅する頃には、もう朝の6時
キコリ業務の始まりの時間なのだ
バカ、ココに極まれり
食事や風呂などは、バイトに向かい、そして帰宅する往復8時間で何とかしたが、睡眠だけはどうにもならない
そこで阿保太郎は、この「世界の理」を覆し、自分に流れる時間を1日27時間とした
これにより彼は3時間の睡眠時間を確保する事に成功
そこまでの力が有るのなら、よもや「世界の全てを変える何か」くらいは簡単に出来そうなモノであるが、そこは規格外のバカなのだから仕方がない
そんな毎日を永遠繰り返す事に、阿保太郎は辟易していた
今日もまた、1日が始まる
また、始まるのか…
朝からキコリをし、バイト先ではバカ太郎と呼ばれバカにされ
こんな生き方…
「俺は人間なのか?」
誰からも人間扱いされない、タダの「物」ではないのか?
しかし、そんな日々のある朝、阿保太郎の人生が変わる
キコリの作業場へ移動している最中、森の中では珍しい、とても大きな山が眼前に広がる、開けた場所を通りかかった時の事
なんだかとても気持ちが良く、阿保太郎は腹の底から山に向かって叫ぶ
「もう!こんな毎日は嫌じゃーーー!!!」
すると不思議な事に、向こうの山からも声が聞こえて来るではないか
もう!こんな毎日は嫌じゃーーー!!!
阿保太郎は驚きのあまり尻もちを付く
「な、なんだぁ?向こうの山にも人がいるのか?」
もう一度、大きな声で叫ぶ
「そなたも!嫌なのかーーー!!!」
そなたも!嫌なのかーーー!!!
阿保太郎、確信
いる。間違いなく、誰かいる
「嫌じゃーーー!!!」
嫌じゃーーー!!!
阿保太郎は震えた。山でヒグマに出会った時ですら震える事など無かった阿保太郎が、震えた
いる、いるのだ。自分以外にも、山で生き、そして苦しむ同胞が、いる
「分かる!分かるぞーーー!!!」
分かる!分かるぞーーー!!!
「共に!励もうぞ!!!同胞!!!」
共に!励もうぞ!!!同胞!!!
たった独りの山の中、救われた気がした
「ありがとう!同胞よ!!!また明日!来る!!!」
ありがとう!同胞よ!!!また明日!来る!!!
この日より阿保太郎には「友達」が出来たのだ
「おーーーーーい」
おーーーーーい
「今日も頑張ろうぞー!」
今日も頑張ろうぞー!
向こうにある「向こう山」に大声で言うと、向こう山にいる友人から励ましの言葉が返って来る
これまで友人というモノの無かった阿保太郎にとって、それは本当に嬉しい事であった
もう、独りで頑張っている訳ではないのだから
友人もでき、とても気持ちの良い日々を過ごしていた頃、コンビニバイトの暇な時間にバイト内で、なんとなく「友達」の話になり阿保太郎は、その友人の話をした
すると、阿保太郎を「バカ太郎」と呼び始めた奴が言う
『それ、コダマじゃね?』
「児玉?」
『そう、コダマ』
「え?あの人、児玉さんって言うんですか?」
『え?』
「え?」
『いや、人じゃなくて…妖怪?みたいな?知らねーけど』
バカVSバカ
「知らないのに、なんで児玉さんって知ってるんですか?ってか、え?人じゃないんですか?」
『うるせーなバカ、スマホで検索しろよバカ』
「あ、そうですね。すみません…児玉…検索っと………んん!?(児玉清)ええ?人ですよね…」
『え?マジで?…コダマ…検索っと……(木霊)ええ?化け物じゃね?』
「ええ?いやーーーー…さすがにこの方を化け物とは…」
『いや、化け物だろwww人の声を返す妖怪じゃんwww』
「え?児玉さん、人の声を返す仕事してるんですか?……ああ〜〜、まぁ…職業上、人の声と言うか、まぁ…会話を返さないと仕事にならない…(え!?2011年5月16日没!?)ほ、本当だ………オバケだ…」
『だろ?コダマは妖怪だろ?』
バカの会話のすれ違い、ココに極まれり
と、言ってしまえばそこまでだが、阿保太郎が受けた精神的ダメージは計り知れない
まさに「救い」であった友人は、もう、この世にいない筈の存在
帰りの道4時間、阿保太郎は泣いた。泣きに泣く4時間
しかしそれでも、児玉さんは「返してくれる」
阿保太郎の心に生まれる「児玉さんに会いたい」という想い
願い
そして翌日の朝、阿保太郎は、向こう山に向かって叫ぶ………前に、少し思考を巡らせる…
例えば俺が「児玉さんに会いたいから、そちらに行く」と叫ぶと、児玉さんはそのまま返して来るのだろう
そうなると児玉さんがこちらに来てしまう可能性があり、入れ違いになって会えない…
試しに…叫んでみよう…
「児玉さーーーん!!!」
児玉さーーーん!!!
返って来た児玉さんの声により、確信する阿保太郎
俺は児玉でなく馬鹿田だ…恐らく児玉さんは「返す事しか出来ない」のだろう…
その「制限」が「言葉」だけなのか、それとも「行動」にまで及ぶのか、それは分からない…
そうなると「今から行くから、そこで待っていてくれ」と叫べば児玉さんも、そう返して来るのは間違いなく、それではまた入れ違いになる可能性がある…
うーむ……そうだ。アレを利用しよう
向こう山のてっぺんには「一本松」なる名の松の木がある
「コレより一本松に向かう!そこで落ち合おう!」
コレより一本松に向かう!そこで落ち合おう!
よし来た!!!これならば2人が共に一本松に向かう事になり矛盾しない!
児玉さんに会える!!!
向こう山の一本松へと進む阿保太郎
しかしその道は険しい
道無き道の獣道
既にスマホの電波も入らず、深い森に覆われては星を見る事も叶わない
星が見えなければ方角が分からない
どれだけ歩いたのだろう…
何日も歩いている気がする…
実はこの頃、数日間行方不明になっている阿保太郎を心配したコンビニバイト達の声により捜索願いが出され、捜索隊が山で阿保太郎を探している
コンビニバイト達の中には「俺がバカ太郎などと呼び始め、本当に済まなかった。早く帰って来い、頼むから、頼むから」と号泣する者もいたとの事
阿保太郎は何度も何度も疲れ果て地べたで眠り、水溜りの水を飲み、木ノ実で飢えを凌ぐ
朦朧とした意識の中「何か」が聞こえる
アタックチャーーーンス
「ん…なんだ?…あたっく…ちゃんす?」
突然意識がハッキリとする阿保太郎、不思議と体の疲れも消え去る
その阿保太郎の目の前に、分かれ道が現れた
分かる、分かるぞ…右の道だ…その先に…
道を登り切った阿保太郎の目の前に、ついに「ソレ」は姿を現す
「児玉…さん……」
『よくまぁ…ここまで来る事が出来たねぇ』
「!?児玉さんが、俺の言葉を返さない!!!」
『コダマは仕事じゃ。「ココ」は私の世界。だから話す事が出来るんじゃ』
「?児玉は仕事?(ああ、そうか、オバケだもんな。生前は児玉さんだから、児玉さんは児玉っていう仕事なのか…)」
バカは死んでもバカ
『?』
「いや、何でもないです!それより、何で児玉さん、こんな場所に…」
阿保太郎は、たくさんたくさんの事を話した
仕事の事。人間関係の事。金の事。人生の事。生きる事
そんな話に、コダマはいちいち的確なアドバイスをくれる
こだわるな。信じる時は裏切られる事を許せ。金は自分の為でなく人の為に使え。生きているとはタダ生きているという事だ。人生はただ過ぎるのであって悩む程の事では無い
「児玉さん…俺、児玉さんみたくなりたいです」
『共に行く覚悟が有るのか』
「はい!」
『もう…元の世界には戻れぬぞ?』
「はい…思い残す事は…ありませんよ…」
ちょうどその頃、捜索隊により阿保太郎は発見された
場所は、山頂の一本松へと向かう分かれ道
阿保太郎の身体にはまだ温もりがあり、もう数分早ければ…という、とても悔やまれる結果であったという
『阿保太郎、お前はこれから先、山彦と名乗りなさい』
「俺は…阿保太郎ですが?…」
『コダマの弟子の名は「山彦」と決まっている』
「ヤマビコ…どう、書くのですか?」
コダマは木の枝で地面に「山彦」と書く
「おお、おお、山彦…良い名ですね!」
阿保太郎の遺体が発見されたその日より、向こう山から「コダマ」が消えた
ご存知の事かとは思いますが「コダマ」は、発した音が山に反射して聞こえる物理現象
故に「向こう山」は「コダマの消えた山」として知られる事になり、多くの科学者がその現象を研究する為に訪れたが全くもって解明出来なかった
それから幾年
幾十年
永い時が経った頃
「おお!何と眺めの良い!」
今はもう「名も無き山」となっていた「向こう山」を眺める登山者
何も知らぬ彼は、その昔「コダマの消えた山」と呼ばれた山に向かって叫ぶ
「ヤッホーーーーーーー!!!」
ヤッホーーーーーーー!!!
なんと美しい「山彦」かと、登山者は驚く
そう
「山彦」は
帰って来たのだ
ずっとずっと昔、自分のいた山に
その山は、大変美しい「山彦」が聞こえると有名になり、今では多くの人が訪れている
しかし、一つ「おかしな事」が、たまぁに起きるらしい
叫べば返す、美しい山彦を楽しんでいると、ひと言も発した覚えの無い言葉が返って来るのだそうで…
「ヤッホーーーーーーー!!!!!」
アターーーックチャーーーーンス!!!!!