貴方との最後の時間
衝動的に書きました。
下手ではありますが、暖かい目で読んでほしいです
「また来てくれたのねぇ、ありがとう。」
「いえいえ、良いんですよ。友だちの時だけなのでついでみたいでこちらこそ申し訳ないです。」
病院の屋上に男と車イスに乗る老婦人が夕焼けに染まった町を眺めている。
その病院は周りから少し高い、山のふもとにあり町全体を見渡すことができる。
「私みたいなおばあちゃんを訪ねてくる変わり者なんていないからね、ついででもなんでもこうして話し相手になってくれるだけで嬉しいものなのよ」
「そう言ってもらえたら僕もありがたいです」
「そのご友人はいつ退院なさるの?」
その言葉に男の顔は一瞬歪む。
「いえ、その答えづらいものなら良いわ。ごめんなさいね」
男はその言葉にハッとして咄嗟に言葉を選びながら答えていく。
「いえ、その。詳しくはまだ。分からないみたいなんですが、もう少しかかるらしいんです。」
「そうなのね、早く良くなると良いわね。」
「ありがとうございます。その、友だちにも伝えておきますね。」
「日がもう暮れてしまいますね。もうすぐ冬も近いですからお体お大事になさってください。今日はこの辺で失礼します。」
「えぇ今日もありがとう。ご友人にも宜しくお伝えください。」
「では。」
「あ、万里子さん。今日もこちらに居ましたか。良かったです。」
「えぇここは町が見渡せるし夕陽がきれいにみえるから」
「昼間から夕陽を見るためにですか?」
「あれ。まだそんな時間だったかしら?最近忘れっぽいし私も歳なのかしらね。」
男の顔に影がさす。しかしそれも一瞬のことですぐに明るい表情に戻った。
「そんな事よりも万里子さん。このお弁当食べていただけませんか。ホントは友だちに作ってきたモノなんですが、既に昼食は済ませてしまったらしくて。」
「あらそうなの?なら有り難くいただくわ」
男は心配そうな顔をして見つめる。
「とっても美味しいわ!ありがとう。」
「本当ですか!?良かったです。」
「実は弁当を作ったのは初めてだったんですが。一応全部味見はしたんですが、やっぱり万里子さんにそう言っていただけて安心しました。」
「そうだったの。毒味って訳ね。」
万里子は少し悪い顔をしてそんな事を言ってみる。
「そういうつもりでは!ないんです、けど」
「嘘よ嘘。美味しかったわ。始めてなら奥さんか彼女に教えてもらったのね。」
「いえ、あのそれは。お恥ずかしながら今はお付き合いさせていただいてる方はいなくて。昔作ってもらった母の弁当を思い出しながら作ってみたんです。」
「そうなのね。あ、うちにも一人息子がいるのよ。」
男は少し落ち込むような様子を見せる。
「そうなんですか・・・。息子さんはお元気になさってますか。」
「それがね、もうしばらく会ってないのよ。ケガとかしてないといいんだけど。」
「きっと元気にしてますよ。息子さんは。」
「そうだと良いわ」
「すいません。今日は失礼しますね。」
「ええまた会いに来てくれるかしら。」
「ええ、もちろんです。」
「そういえば名前。教えていたかしら。」
「お母さん、朝ごはんまだー?」
その子にしては高い椅子に座って足をぶらんぶらんとさせている子供。
「もうちょっとでできるから待ってなさい。」
「今日もパンなのー?」
「ごめんね、でもほら、スクランブルエッグのせておいたよ」
スクランブルエッグののった食パンと何の味付けもない薄切りのパンが乗った二枚の皿と野菜ジュースをいれた二つのコップがテーブルに並ぶ。
「昨日も一昨日もおんなじじゃん。」
「そんなこと言わないでよ。好きでしょ。いいじゃない。」
「ところでそれ、何してるの?」
ノートを片手に朝ごはんを食べ、時たま驚き時たまメモを取る母を見て不思議そうな声をあげる。
「えっとね、今日の準備かな。」
ふ~ん。すぐに興味を無くしたように野菜ジュースに口をつける。
それを見届けるとまたまじまじと母親。
その母子は仲が悪いと言うことは全くなかった。
しかし夫を亡くした母子家庭であるためか、余裕がなく会話は少なかったかもしれないと言うだけで。
会話の量だけで母にじわじわと訪れるその異変に息子が気づけたかもわからないし、そもそも隠していたと言う可能性が一番高いであろうことはいうことは云うまでもなく。
それでもあのときこうしていれば!
気づくことが出来ていたなら!。と後悔が出てくるばかり。
あの時のことを時々おもいだす。
まるで自分ではない誰かのように明るく元気に笑っている少年に腹が立ち、
ゴマかすような母を見てまた苛立ち、
そして母はそこまで悩んでも相談されず頼りに出来ない関係だったのかと悲しくなり。
そしてその思いは再び後悔する理由として充分すぎて。
その日の朝はパンにスクランブルエッグをのせた。
朝になってから食材がほとんどなにも無いことに気づいたがそれからではもう遅い。
しかし一口食べた瞬間に安易な行動をとった自分を呪いたくなった。
母と過ごしたあの時に好きだったものは。
今では、あの頃をおもいだしていまう食べ物として大嫌いになってしまった。
あの頃のことを思いだし、また心が荒れる。
もう心がぐちゃくちゃになりすぎて今日は病院に行けそうになかった。
病院に行かなければすることもないし、一眠りしようとベットに横になる。
眼が覚めたのは翌日の昼前だった。
もう一日以上眠り更けっていたらしい。
グ~と鳴るお腹のために起き上がり冷蔵庫を見る、が昨日買い物に行っていなかったことに今更ながらに思いだし、仕方なくカップラーメンを作ろうと思ったところで、電話がなった。
電話番号を確認すると自分が唯一知っている番号だった。
「はいもしもし、しまな」
「あ!島仲太一さんですか!やっと繋がった。急いで病院に来てください。」
「万里子様の容態が急変しました。」
病院までの坂道を一息に上りきって息を切らしながら病院に駆け込んだ。
「すいません!島仲です!」
「待っていましたこちらです・・・」
母の病室に入ったのはもう随分と久しぶりだった。
母の服が少しあき、しかし誰もいないその部屋を見て、すべては既に行われたのだと、あまりにも遅すぎたのだと、その部屋を見て理解した。
理解した途端に足に力が抜けた。この病室に今回と同じように入って担当医の話を聞いて、母に視線を移し。変わり果てた母を見て。
母が自分を息子と理解しなくなったことに気づいたあの瞬間と同じ、いやそれ以上の後悔がこの身にドっと押し寄せた。
「島仲さん、ちょっとよろしいですか。」
どれほど時間が経ったのか。たったの10分だったのか、はたまた1時間以上経ったのか。
見ると、看護師が膝をついてこちらに話しかけてきていた。
「あ、ああ。すいません。大丈夫です、ありがとうございます」
そう言いながらゆっくり立つと看護師さんもあとから立って
「こちらに来ていただけますか。」
自分が後を付いてくるのを確認するとゆっくりと歩き出す。
「万里子様がこれを貴方にと。」
「これは?」
差し出されるのは一通の封筒。
開けてみると中には二つ折にされた紙が一枚入っているだけだった。
紙を取り出し開けてみる。
―――――――――。
ピピピッピピピッピピ
頭に響く目覚ましを止めてもう一度二度寝、をしそうになって慌てて起きる。
時間を見ると7時15分。ギリギリせーふ。
顔を洗って何を作ろうかと冷蔵庫を開ける。
卵以外がほぼ売り切れ。
「スクランブルエッグのせるか」
パンをトーストにかけてから卵をといて。フライパンに流し込んだら固まる前に箸で適当に。
「いただきます」
一口食べた瞬間にあのときの記憶が甦る。
それは今まで思い出したくなかった記憶、そして今は懐かしく、温かい思い出となっていた。
大好物のスクランブルエッグパンを完食し、玄関で母の写真。
「お母さん。いってきます。」
「すいません。今日は失礼しますね。」
「ええまた会いに来てくれるかしら。」
「ええ、もちろんです。」
屋上から男が出ていってから看護師が屋上に現れる。
「そろそろ戻りませんか。もう夜は冷えてくる季節ですよ。」
「もうそんな季節かしらね、悪いけど車イス押してもらえない?」
「わかりました。」
その日は、西の空の夕陽は暗く重そうな雲に見え隠れしていた。しかし微かに照らされる町はいつにも増してきれいに見えた。
「万里子さん。そろそろ消灯の時間ですよ。」
「ええ。 そうね」
西に向いた病室の窓、駅へ向く道を車が行きかっている。
「寝てしまうのが怖いの」
「っっっ。」
「ねえ咲さん。ちょっとだけ消灯待ってもらっていいかしら」
「え、 あ。はいいいですよ。」
するとメモ用紙とボールペンを手に取って。
「これ、あの人に渡してもらえないかしら」
いちまいの封筒とメモ用紙。
――――――――――――――――――――太一。有難うね。