基本的人権概論
基本的人権
1.出題意図
問1は、講義で検討した判例についての正確な理解を問う問題とした。2点×15問で合計30点。
問2は、代表的な人権である自由権、参政権、社会権の内容と性格の違いを問う問題とした。配点は20点。
2.講評
問1の平均得点は20点前後であった。特に間違いが多かったのは、(2)住基ネット訴訟について問うもの(最高裁は本人確認情報が、個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報であるとはしていない)、(3)八幡製鉄政治献金事件について問うもの(最高裁は法人に対し政治資金の寄付などの政治的行為をなす自由を認めたが、自然人に固有の選挙権・被選挙権は法人には認められない)、(4)日産自動車判決について問うもの(この事件は人権の私人間効力についての判決でもあり、最高裁は男女別定年制を定める就業規則が、直接憲法14条1項に違反するとはしていない)、(6)前科照会事件について問うもの(最高裁は前科等を「みだりに公開されない」法律上の保護に値する利益の存在を認めたが、「本人の承諾なしに」公開されないとはしていない)、(12)よど号ハイジャック事件新聞記事抹消事件について問うもの(最高裁は閲読の自由の憲法上の重要性から、監獄内の規律及び秩序を維持する上で放置できない程度の障害が生じる単なる「おそれ」があるだけでは足らず、そのような障害が生じる「相当の蓋然性」が認められる必要があるとしている)であった。
問2の平均点は15点前後であった。
問2の解答で必須のキーワードは、「自由権=国家からの自由」、「参政権=国家への自由」、「社会権=国家による自由」というものである。
自由権は、思想・良心の自由、信教の自由、表現の自由などの精神的自由権と、職業選択の自由、財産権などの経済的自由権、そして奴隷的拘束からの自由、適正手続きの保障、被疑者・被告人の権利などの人身の自由からなる。この権利は国家が個人の領域に対して権力的に介入することを排除する「国家からの自由」という性格を持つ。
参政権は、選挙権・被選挙権など国民が国政に参加する権利であり、「国家への自由」という性格を持つ。
社会権は、20世紀になり生まれた、資本主義の高度化に伴って生じた貧困、失業、労働条件の悪化等の弊害から、社会・経済的弱者を守るための権利で、生存権、教育を受ける権利、労働基本権などである。社会権の特色は、国家の積極的な関与を求めることであり、「国家による自由」であるところにある。なお社会権は具体的権利ではないと考えられている。
以上のキーワードが正確に書かれていない答案は、適宜減点した次第である。(17年)
問1 主として講義で検討した様々な判例について、正確に理解しているかを問う問題とした。
問2 外国人の地方自治体レヴェルでの選挙権という、最高裁判決も出されている論点については講義でも取り上げたが、この論点についてしっかり理解しているかどうかを問う問題とした。
基本的自由権のうち、信教の自由(および政教分離原則)と表現の自由を取り上げ、その保障と限界に関する基礎的知識の習得度と応用力をはかることを主眼に出題しました。
<講評>
問1 全10問で各3点、配点は合計で30点であった。平均点は18点あたりか。誤った解答が多かった問題は、(1)(前科照会事件最高裁判決は、前科等を「みだりに公開されないという法律上の保護に値する利益」の存在を認めたものである。京都府学連事件では肖像権に関し、本人の「承諾なしに」みだりに容ぼう等を撮影されない自由を認めたが、前科等についてこの要件はついていない。)(2)(よど号ハイジャック新聞記事抹消事件で、最高裁は喫煙禁止訴訟との対比で、閲読の自由というより重要な憲法上の権利が制限される場合は、監獄内の規律及び秩序を維持する上で放置できない程度の障害が生じる単なる「おそれ」があるだけでは足らず、障害が生じる「相当の蓋然性」が存在することを求めた。)(5)(日産自動車事件で最高裁は直接適用説をとっておらず、間接適用説に立って就業規則は民法90条に違反すると判示した。)(7)(住基ネット訴訟において最高裁は、本人確認情報等が「個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない」としている。)であった。
問2 配点は50点中の20点であった。平均点は15点ほどか。
論述問題の論題は「外国人の地方自治体レヴェルでの選挙権について、判例を挙げて論じなさい。」であった。採点は次の5点についてきちんと指摘されているか、という観点から行った。
(1)論題では「外国人」と書いてあるが、「外国人」とひとまとめに論じることは相当ではなく、地方選挙権が問題となるのは旅行者等の一般の外国人についてではなく、例えば在日韓国人などの定住外国人についてである、ということを理解しているかどうか。
(2)国政レヴェルでの定住外国人の選挙権については、国民主権の原理から、これを否定するのが通説であること。
(3)しかし地方自治体レヴェルでの定住外国人の選挙権については、憲法93条2項が、地方公共団体の長や議員については、その地方公共団体の「住民」による直接選挙を予定していることから、この「住民」の中に定住外国人を含めるとの解釈が可能ではないか、また、憲法94条において、地方公共団体の権能は、「法律の範囲内」、すなわち国民主権原理の下で日本国民により選ばれる国会の制定する法律の範囲内で条例制定権を持つにとどまるので、地方自治体レヴェルでの参政権を認めても、その効果は法律の範囲内にとどまることを理由として、憲法は定住外国人に対する地方自治体レヴェルでの選挙権付与を許容しているのではないかということ。
(4)この点に関し、学説には、地方自治体レヴェルの選挙権についても国民主権原理が適用され、定住外国人に対する選挙権付与は憲法上禁止されると説く禁止説、国民主権原理の「国民」とは国籍保持者に限られず、生活実態からみて日本国民一般と異ならない定住外国人も含まれると解し、定住外国人に対する選挙権付与は憲法上要請されていると解する要請説、憲法上は禁止も要請もされておらず、専ら立法政策の問題であると解する許容説があること。
(5)定住外国人選挙権訴訟(H.7)において、最高裁は国政選挙について定める憲法15条1項の規定(「国民固有の権利」)は、国民主権の原理より、当然に日本国民にのみ保障され、定住外国人に認めることは困難であると述べたこと。また地方自治体レヴェルでの選挙権についても、憲法93条2項の「住民」とは区域内に住所を有する日本国民を意味するとしたこと。しかしながら、地方自治の重要性に鑑みて、永住者等であってその居住区域の地方公共団体と特段に密接な関係を持つに至ったと認められるものについて、法律により選挙権を付与することは憲法上禁止されておらず、専ら立法政策にかかわる事柄であるとして許容説の立場を採ったこと。すなわち地方自治体レヴェルの定住外国人の選挙権問題については、裁判所から国会にボールが投げられた状態になっているということ。
引用条文についての誤りは、できるだけ気にしないようにしたが、学説の呼称、判例の紹介内容の誤り、などについては、マイナス評価の対象とした。
平均点は35点(50点中)でした。全体としてはよく出来ていましたが、判例や学説に関する知識そのものを問う問題のほとんどが8割以上の正答率であったのに対し、応用力をはかる問題は5割台もしくはそれ以下の正答率にとどまりました。後者の問題は、暗記型の試験準備ではなかなか対応できません。判例や学説の趣旨を身近な問題などに当てはめるとどのような結論が導かれるか考える癖を付けて、応用力を養ってほしいと思います。
以下に正答率の低い問題について解説します。
設問Ⅰ
問16 教科書検定制度のもとでは、文部科学省が不適当と判断した箇所を削除・修正しなければ教科書としては発行できません。しかし、一般図書としての出版は禁止されませんので、判例の検閲の定義では検閲に当たらないことになります。
設問Ⅱ
問21 公共財としての表現の自由を支える仕組みとしてのマスメディアの公共性を強調する見解は、議論のフォーラムであるマスメディアへのアクセス権を肯定する意見になじみますから、本問はアクセス権に対する批判として適切ではないことになります。
設問Ⅲ
問22 本問の文章は、政府による表現内容規制が政府による情報操作の危険をはらむことを述べるものですから、表現内容規制・内容中立規制二分論の正当化論拠になります。(16年)
問1 30点満点で平均点はおおむね20点であった。特に誤答率が高かったのは、例えば(2)の日産自動車事件で男女別定年制を定める私人の就業規則が「憲法14条1項に違反」すると判示したとの記述では、私人間の人権規定の効力についての最高裁の判断を問うものであったが、最高裁は「民法90条」違反としている。(4)の前科照会事件については、最高裁は前科等を「承諾なしに」みだりに公開されない法律上の保護に値する利益を認めてはいない。(9)のよど号ハイジャック事件については、最高裁はそれ以前に判決された未決拘禁者に対する喫煙禁止処分判決(S.45)と比べて、制限される憲法上の権利(新聞閲読の権利)が、「個人として自己の思想及び人格を形成・発展させ、社会生活の中においてこれを反映させていくうえにおいて欠くことのできない」ものであることを指摘して、閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置できない程度の障害が生じる(単なる「おそれ」以上の)「相当の蓋然性」が存在することが必要であるとした。(12)の八幡製鉄政治献金事件についての設問では、最高裁は法人に対して、自然人に固有の権利である「選挙権・被選挙権」を認めていない。代表的な誤答は以上である。
問2 20点満点で平均点は15点ほど。
昭和28年に人事院「見解」として出された「公務員の法理」は、「公権力の行使、又は国家意思の形成への参画に携わる公務員となるためには、日本国籍を必要とする。」というものであった。この法理は「公権力の行使」、「国家意思の形成への参画」という、極めて広範かつ抽象的な基準で、外国人、とりわけ定住外国人を公務員職から排除するための根拠として用いられてきた。そしてこの法理の下で、外国人は国家公務員・地方公務員を問わず教育・調査・技術的な公務員職にしか就けなくなっていた。
この法理に対しては、それがあまりにも広範かつ抽象的で、外国人、とりわけ定住外国人の公務就任権の制限のために使われているという批判があった。
平成17年の最高裁「外国人管理職選考受験拒否事件」判決では、上記の「公務員の法理」に対する批判を考慮したのか、地方公務員のうち、「住民の権利義務を直接形成し、その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い、若しくは普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い、又はこれらに参画することを職務とする」、「公権力行使等地方公務員」については、国民主権の原理に基づき、原則として日本国籍を有する者が就任することが想定されていると判示した。
この判決は、広範かつ抽象的な「公務員の法理」をそのまま採用したものではなく、多少とも限定的な考え方をとったものである点については評価できよう。また、この判決の合憲性判断が前提としていた、いったん管理職(課長級)の管理職に昇進すると、いずれは「公権力行使等地方公務員」に昇進する可能性があるので、そもそも課長級の管理職に任用されるための試験を定住外国人に受験させない、という論理は、自治体によって、課長級の管理職に任用されても、その後も「公権力行使等地方公務員」に就任することのない別のトラックを設けている場合には、通用されないはずであることも押えておくべきであろう。
「公務員」というキーワードに反応したのか、猿払事件での公務員の政治活動の自由について述べる答案が目立った。そもそも「公務員の法理」について理解していなかったのであろう。そういう答案には大幅な減点を加えた。
「基本的人権概論」の試験(太田の出題部分)で高得点が獲得できなかった人は、問1の正誤判断の問題の得点率が低かったためであろう。
Ⅰ-1は政教分離の代表的な判例に関する理解を、Ⅰ-2は表現の自由の優越的地位を基礎づける価値と理論に関する理解をはかる問題であった。Ⅰ-1については、個々の判例と審査方法の特徴の対応関係を正確に理解していない答案が予想外に多かった。
Ⅱは判例の趣旨に関する正確な理解をはかる問題であり、講義内容全般から万遍なく出題した。文章の正誤を解答する形式であったことも手伝ってか、ほとんどの問題で正答率が8割を超え、多くの受講生がしっかり試験準備をしたことがうかがわれた。
Ⅲは表現内容規制と表現内容中立規制の二分論に関する理解を問うものであった。やはり正誤形式の出題であったが、知識より思考力を問う問題であったからか、正答率はⅡより下がり、6割平均であった。(15年)
平均点は38点(50点中)で、全体的によく出来ていました。
マークシート問題は、知識を問うものと論理的思考を図るものの2種類を出題しました。例年、論理的思考を問う問題の正答率が低い傾向がありますが、本年度の試験ではどちらの種類の問題も平均正答率が7割強と好ましい結果でした。ただ、3問のみですが、正答率が4~5割と極めて低い問題がありました。具体的には、①「裁判所の事前差止めは・・・表現物の内容を網羅的一般的に審査する性質を有するものであるが・・・」という問題、②「表現物に対し刑事罰などの事後的制裁を科すことは・・・その性質上予測に基づくものとならざるを得ないことから・・・」という問題、③「憲法の禁止する検閲とは、公権力が主体となって・・・」という問題です。①裁判所による事前差止めは「一般的網羅的」に出版物を審査するものではありませんし、②事後制裁は予測に基づいてなされるわけではありません。また、③最高裁判所の定義によれば、検閲を行う主体は公権力機関すべてではなく「行政権」です。いずれの問題文も注意深く読めば容易にその誤りが分かるはずです。ケアレスミスのないよう注意してください。
記述問題は、憲法上の政府情報開示請求権の性質を問うものでした。授業で説明した事項でしたので、問題の趣旨に的確に解答する答案が多く、平均得点率は6~7割でした。(14年)
問1は、講義で取り上げた主要な憲法判例について正確な理解ができているかどうかを問う問題とした。問2は、昨今憲法改正規定である憲法96条の改正が話題になったことを受け、近代立憲主義に基づく憲法がなぜ改正のためのハードルを上げているのか、理解しているかを問う問題とした。問3(おまけ問題)は、7月に安倍内閣の行った集団的自衛権行使容認の閣議決定について、法学部学生の意見を知りたかったので出題した。
講評:問1は例年の答案よりもよくできていた。平均点はおそらく20点代の半ばであると思われる。誤った解答が多かった問題は住基ネット訴訟について問う(6)と日産自動車判決について問う(10)であった。(6)で最高裁は氏名、生年月日などの本人確認情報が「個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報」であるという評価をしておらず、(10)は私人間効力の問題であり、憲法14条違反であるとはしていない。なお問題文(下線部に○×を記入するよう指示)をよく読まず、マークシート解答用紙に解答を記入した答案があった。今回に限り救済したが、試験では問題文をよくよく読むことが必要であることをよく覚えておいてほしい。
問2は、そもそも憲法が「硬性」であることの意味を理解していない答案が散見された。「硬性」であるということは、憲法改正について通常の立法と同じ国会の過半数による改正が許されず、それ以上の改正のための条件を課すことであり、例えば憲法96条は両院の総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議し、さらに国民投票における過半数の賛成を必要としている。この「硬性」の意味を理解していない答案は大幅な減点対象とした。
18世紀末の市民革命期に成立した近代立憲主義に基づく憲法は、憲法により国家権力を制限し、それによって国民の人権を保障しようとする。近代立憲主義に基づく憲法の特色として、成文であること(ただし、立憲主義の母国であるイギリスは例外)、そして「硬性」の性質をもつことが挙げられる。
憲法が「硬性」であることは、憲法が社会契約であることによる。憲法という国民と国家との契約によって創設された権力、とりわけ立法権は、自らを生み出した根本法である憲法を簡単に改正できないことになる。そして憲法は国家権力の授権規範、制限規範、とりわけ最高規範として存在するものであり、最高規範である憲法を下位の立法権がほしいままに改正することはできないことになる。
問1の出来が予想より良かったために、問2の採点については以上の諸点を押えているかどうかという観点から多少辛めに行った。
問3は「おまけ問題」であり、問1、問2の点数があまり高くならないことを予想して加点しようとしたものであるが、ほぼ全員が(問2に答えないときでも)解答した。言うまでもなく、問2と問3は、内容的にはつながっているものである。問3については何か書いているかどうかを基準に採点したため、この講評執筆時点で、すべての解答を精読できていないが、興味深い傾向としては、今の時点では印象にすぎないが、法律学科の学生の6割から7割ぐらいの者が安倍内閣の閣議決定のプロセス、あるいは集団的自衛権自体に反対しているのに対して、政治学科の学生ではその割合が低い、ということであった。いずれ時間のある時に問3の解答を精読した上で分析結果を別の形で公表できればとも思っている。
(14年)
出題意図
問1は、講義で検討した主要判例について正確に理解しているかを問う問題とした。また問2は、法人の人権領域で、強制加入の法人について、法人の人権と構成員の人権が衝突する事件で下された最高裁判決を正確に理解しているかを問う問題とした。
講評
問1
1,2クラスとも平均点は30点の配点中20点台であった。特に正答率が低かった(50%以下)のは、問題24(「よど号」ハイジャック新聞記事抹消事件で、最高裁は閲読の自由という重要な権利を制限する場合には、監獄内の規律及び秩序を維持する上で放置できない程度の障害が生じる「相当の蓋然性」の存在が必要であるとした)、問題27(日産自動車事件で、最高裁は男女別定年制を定める就業規則に憲法を直接適用していない)、問題28(昭和女子大事件で、最高裁は「国公立であると私立であるとを問わず」、大学に学生を規律する包括的権能があることを認めた)、問題32(定住外国人地方参政権訴訟で、最高裁はいわゆる「許容説」の立場を採ったからこそ、立法政策の問題だとした)
問2
1,2クラスとも平均点は配点20点中12点台であった。
まず法人の人権が認められる根拠としては、法人が社会的実在として社会の重要な構成要素となっていることが挙げられる。また法人は自然人から成っているので、法人に人権を認めてもその効果は自然人に帰属することになる。八幡製鉄政治献金事件では、政党の健全な発展に協力することが、社会的実在としての法人の当然の行為として期待されるとして、内国の法人には「性質上可能なかぎり」人権規定が適用されると判示した。もっとも自然人に固有の人権を法人が享受することはできない。また法人、とりわけ巨大な法人は、社会的権力の持ち主として、その権利を制限されるべき場合もある。
法人の人権が自然人と同じように保障されるべきだとしても、強制加入の法人の場合には、別の考慮が必要となる。すなわち、弁護士、司法書士、税理士などは都道府県単位の会に強制加入の制度がとられ、加入しないと業務が行えないことになっている。このような強制加入の法人についても、一部の構成員の意見と対立する事項を多数決で決め、その履行を構成員に義務付けることで自然人同様に人権が認められるのか、という問題である。
この点、南九州税理士会事件は、政治資金規正法上の政治団体に対する寄付を、多数決で可決し、そのための5000円の特別会費の支払いを会員に義務付けた。それに反対する原告は特別会費の納入を拒否したために、選挙人名簿に登載されないまま役員選挙が実施されたため、規正法上の団体への寄付は税理士会の目的の範囲外の行為であり、特別会費徴収決議は無効であると主張して、特別会費納入義務不存在の確認などを求めた訴訟であった。
最高裁は税理士会が強制加入の団体であり、会員に実質的な脱退の自由が保障されていないことから、目的の範囲を判断するに当たっては会員の思想・信条の自由との関係で次の考慮が必要であるとした。すなわち強制加入であることは、その構成員には様々な思想・信条を有する者が予定されていることから、税理士会が多数決により決定した活動、そのための会員の協力義務には限界がある。特に政党など規正法上の団体に対して寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏をなすものとして、会員各人が市民として個人的な政治的思想、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるとした。したがって税理士会が多数決原理によって決定し、会員に協力を義務付けることはできず、規正法上の団体への寄付は税理士会の目的の範囲外の行為であると判断した。
しかし群馬司法書士会事件において、最高裁は強制加入である司法書士会による多数決での決議に基づく会員の協力義務を肯定した。この事件で群馬司法書士会は、阪神淡路大震災で被災した兵庫県司法書士会に3000万円の復興支援拠出金を寄付することとし、その資金として会員から登記申請あたり50円を徴収することを多数決で決議した。原告はこの寄付は目的の範囲外のものであり、強制加入の団体で負担の強制はできないと主張して、債務不存在の確認を求める訴訟を提起した。
最高裁は、まず拠出金は兵庫県司法書士会に対する直接の金銭補てんや見舞金という趣旨のものではなく、司法書士への支援を通じて司法書士会の業務の円滑な遂行による公的機能の回復に資することが目的であったと認定した。次に司法書士会は、その目的を遂行する上で直接または間接に必要な範囲で他の司法書士会との間で、業務その他について協力、援助等をすることもその活動範囲に含まれ、本件拠出金の寄付は司法書士会の権利能力の範囲内のものであるとした。そして拠出金の調達方法についても、公序良俗に反するなど会員の協力義務を否定すべき特段の事情がある場合を除き、多数決原理で決定できるとした。最後に司法書士会が強制加入団体であることを考慮しても、本件負担金の徴収は、会員の政治的・宗教的立場や思想・信条の自由を害するものでなく、負担額も社会通念上過大な負担を課すものとは言えない。したがって公序良俗に反するなど会員の協力義務を否定すべき特段の事情はなく、多数決原理に基づく決議は有効であると判断した。
以上の二つの最高裁判決から言えることは何か。一つは南九州税理士会事件の示した、規正法上の政治団体へ寄付をするかどうかという問題は、選挙における投票の自由と表裏をなすものとして、会員各人が市民として個人的な政治的思想、見解等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるから、様々な思想・信条を持つ者からなる強制加入の団体が、多数決原理に基づいて決議し、それに伴う協力義務を会員に負担させることはできない、というルールであろう。
そして群馬司法書士会事件では、最高裁は苦心して上記のルールと区別しようとしたのだといえよう。そのため最高裁は、まず兵庫県司法書士会への拠出金の目的を、「金銭補てん、見舞金」ではなく、兵庫の司法書士会の業務の円滑な遂行による「公的機能の回復」にあった、つまり私的な目的からのものではなく公的な目的のためであり、いわば「皆が賛成できる、各個人の思想・信条の自由とは関係ない」ものであると捉えたのだと考えられる。そのうえで最高裁は、司法書士会は目的遂行の上で直接・間接に必要な範囲で「他の司法書士会との間で」、「協力、援助」をすることがその活動範囲に含まれるとした。ここで「協力、援助」の対象は、「他の司法書士会」に限定されていることに注意したい。「規正法上の政治団体」ではないのである。そして次に拠出金の調達方法について、「公序良俗に反するなど会員の協力義務を否定すべき特段の事情」がなければ多数決原理で決定できるとし、公的目的での寄付のための負担金徴収は、会員の思想信条の自由を害することもなく、また額も登記申請1件当たり50円で過大な負担と言えず、上記の「特段の事情」は存在しないから多数決原理に基づいて会員に協力義務を課すことが許されるとしているのである。
採点の際は、結論の異なる最高裁の2つの判決の事実、判決の論理をどれだけ理解しているかに主眼を置いた。事実について全く誤って理解している答案や、一方の判例しか挙げていない答案、判決の論理をはき違えている答案などは大幅に減点した。
講評
昨年・一昨年に比べて若干平均点が下がりましたが、それでも平均点36点(50点中)とまずまずの出来でした。
マークシート問題の解答傾向としては、判例の趣旨に関する問題の正答率は高く、他方で、権利や制度の性質等に関する問題の正答率はそれに比べて低くなっていました。また、前者の問題群では、ストレートに趣旨を問う問題の正答率が高い一方で、応用問題になると正答率が下がる傾向がみられました。暗記にとどまらず、判例や学説の考え方、その基礎となる原則を理解し、自分で解答を導く力をより一層養ってほしいと思います。
記述問題は、得点に大きな開きがありました。小問(1)は、表現の事前抑制が原則的に禁止される理由を問うものでした。7割以上の高得点が受験者の4割を占める一方で、4割以下の得点にとどまる受験者の割合も同程度でした。判例学習はときに審査基準の確認と事案のあてはめに終始しがちですが、なぜそのような審査基準が提示されるのか、という原理・原則をしっかり理解してほしいと思います。
小問(2)は、出版差し止めの検閲該当性を問うものでした。最高裁の検閲定義のうち、主体(行政権か)や審査方法(網羅的一般的か)などが特に問題になります。判例集(「北方ジャーナル事件」)には後者の点を理由に検閲該当性を否定する部分が抜粋されています。もっとも、講義の中では、「税関検査事件」を素材に検閲の問題を説明しましたので、上記の「北方ジャーナル事件」該当箇所を独学で読んでいた受験者を除き、本問は応用問題ということになります。7割ほどの受験者が、税関検査事件最判の検閲定義を示して解答を導いていました。
出題意図
問1:「人権保障の原理」において太田が担当した部分に関して、講義でとり上げ、検討した主要判例についての理解度をたずねる問題とした。
問2:「外国人の人権享有主体性」を扱った講義で検討した、外国人の政治活動の自由についての学説および判例についての理解を問う問題とした。
講評
問1:誤りは(30)(日産自動車事件:最高裁は就業規則が民法90条に違反するとした。私人間効力のベーシック)、(32)(八幡製鉄政治献金事件:最高裁は選挙権・被選挙権を法人に認めたことはない。法人の人権のベーシック)、(33)(東京都外国人管理職選考受験拒否事件:合憲判断を下した)、(34)(「宴のあと」判決:民事事件であった)、(37)(「よど号」ハイジャック新聞記事抹消事件:閲読の自由という憲法上重要な自由を制限する場合には、監獄内の規律、秩序を維持するうえで放置できない程度の障害が生じる(単なる「おそれ」ではない)「相当の蓋然性」の存在が必要とした)、(38)(群馬司法書士会事件:多数決による会員に対する協力の義務付けを認めた)、(40)(前科照会事件:「承諾なしに」前科等をみだりに公開されない法律上の保護に値する利益を認めたのではない)、(43)(権利の性質:「自由権」は、国家による干渉を排除する「国家からの自由」を意味する。)
平均点は、30点(2点×15問)満点で、約20点であった。3分の2の理解ができていたということで、まずまずといえようか。
問2:「外国人の政治活動の自由に関する『無限定保障説』について説明しなさい」というのが設問であった。
外国人の人権享有主体性については、権利性質説が通説・判例となっているが、それを前提として、選挙権・被選挙権といった狭義の参政権については少なくとも国政のレヴェルでは国民主権の原理からそれを否定する見解が支配的であり(地方レヴェルでは最高裁はいわゆる許容説の立場に立っている)、それ以外の参政権的機能を果たす、デモや集会などの政治活動の是非について問う問題である。
無限定保障説は、限定保障説に対する学説である。限定保障説が、国民主権の原理から参政権の行使が少なくとも国政のレヴェルでは保障されていないと考えられることを基礎として、日本の「政治的意思決定またはその実施に影響を及ぼす活動」(マクリーン事件)等には保障が及ばず、その意味で政治活動の自由の範囲を限定するのに対し、無限定保障説は一票を投じる参政権の行使と政治活動とは質が異なると考える。そして外国人に政治活動の自由を無限定に保障しても、それは参政権の行使とは異なり、むしろ一票を投じる主権者である国民に対し、外国人の自由な政治活動がもたらす多様な視点、見解を提供する可能性があり、その結果主権者国民が賢明な投票を行うために必要な情報を提供することに寄与すると考える。
前提としての権利性質説に触れ、限定保障説、無限定保障説の内容及び根拠を指摘し、限定保障説をとったと解される判例(マクリーン事件)に言及することが、本問の解答には期待されていた。しかしながら、大半の解答は、根拠について何も述べず(限定保障説と無限定保障説の内容は、設問から容易にわかるはずである)、減点対象とした。問2の平均点は、20点満点中約10点程度となった。
出題意図
基本的人権に関する基礎的知識の習得度をはかることを主眼として、個々の自由権保障に関する基本的な考え方や判例の動向を中心に出題しました。
講評
全般的に良くできており、平均点は39.5点(50点中)でした。
特にマーク問題は、高得点者が多く、平均正答率は81%でした。答案の傾向としては、判例の内容に関する問題の正答率が高い一方で、違憲審査に関する考え方や判例の理由付けの違いに関する問題の正答率は、それに比べ低くなっていました。後者の問題は、暗記型の試験準備ではなかなか対応できません。判例や学説の考え方、その基礎となる原則を理解し、自分で解答を導く力を養ってほしいと思います。
記述問題は、得点に大きな開きがありました。評価ポイントを、①マスメディアに対するアクセス権とは何か、②それが主張される理由、③関連判例の内容の3点に分けて採点しましたが、3点とも言及していないか、いずれかにつき言及するが間違っている答案が4割ほどに上りました。講義に出席し、その内容を理解していれば、①③のポイントはほぼ正確に説明できたであろう問題だけに残念です。②まで踏み込んで説明していた答案は、全体の2割ほどで、その多くが満点に近い評価でした。(11年)
出題意図
「人権保障の原理」の講義において太田が担当した項目の中で、比較的大きなテーマである「法人の人権享有主体性」に関する判例及び論点についての理解を問う問題とした。
講評
①「法人の人権享有主体性」に関して授業で検討した判例は、「八幡製鉄事件」、「南九州税理士会事件」、「群馬司法書士会事件」の3件である。この3件について言及していない答案は、大幅な減点対象となった。
②答案においては、少なくとも以下の諸点について記述することを期待した。
1)法人に人権享有を認める根拠は何か
2)具体的にどのような人権を享有すると考えられるか
3)その際に自然人の持つ人権とまったく同じように共有すると考えてよいか
4)法人自体に享有主体が認められるとしても、法人の権利と法人を構成する自然人の人権が衝突する場合の調整をどのように考えればよいか
5)判例において、上記の諸点を含む争点についてどのような判断が下されたか
これらの点については最低限以下のことが書かれていることを期待した:
1)については、法人に人権享有主体性を与えても、法人は自然人によって構成されるため、その効果は自然人に帰属するため問題はないこと、また法人は重要な社会の構成要素となっており(社会的実在)、享有主体を認めるべきこと。
2)については、自然人に固有の人権以外の権利を認めるべきとされていること(通説・判例)。
3)については、法人は時に巨大な力を持ち、社会的権力とも称すべき存在であることもあるので、特に経済的自由権について社会国家の理念に基づき一定の積極的規制が許されること。
4)については、例えば法人が強制加入か任意加入かによって法人の精神的自由権の強度が異なること。
5)については、それぞれの判例の正確な紹介がなされていること。
③採点の結果、上記の3つの判例を挙げていない答案が目に付いた。例えば「三菱樹脂判決」や「日産自動車事件」を取り上げるなど、「私人間効力」の問題と混同したと思われる解答が多かった。また法人に享有主体性を認める根拠に言及しない答案も多かった。さらに上記の3つの判例を挙げつつも内容についての不正確な理解を示すものも目に付いた。平均点は50点満点で30点台あたりと思われる。
出題意図
基本的人権に関する基本的知識の習得度をはかることを主眼として、判例・基本原理・個々の人権の歴史的経緯等を中心に出題しました。
講評
全般的に良くできており、9割以上得点した答案が4割(全問正解答案8%)、平均点は41,6点でした。試験準備が着実になされた結果だと思います。
ほとんどの問題(19問)が正答率7、8割以上でした。これらの問題については解説するまでもありませんので、以下では正答率が7割未満だった問題(1問)についてのみ簡単に解説しておきます。
[問14](正答率54%)は、公共の利害に関する名誉毀損表現の出版差止め要件に関する問題でした。問題文にある「真実であることの証明」は、表現行為の事後処罰である名誉毀損罪の成立を、刑法230条の2に基づき排除する際の要件です。出版差止めという表現行為の事前抑制が問題となる場合には、事後規制より要件が厳格になります。北方ジャーナル事件最高裁判決によれば、表現内容が「真実であることの証明(または、誤信したことについての相当の理由)」がなくても、「真実でないことが明らか」でなければ差止めは認められません。表現の事後規制と事前抑制とでは許容要件が異なることを把握している受講生がほとんどだと思います。要件は「具体的に」どのように異なるのか。「原則」とともに「具体」も併せて押さえるよう心がけてください。