ブックレポート:ルトワック『戦争にチャンスを与えよ』
エドワード・ルトワック(奥山真司訳)『戦争にチャンスを与えよ』文春新書2017年
はじめに
本稿では、ルトワックの著書から、著者の思想を考察する。ここではまず、本書の要約を行い、それについて、批評を行っていくが、本書は10章に渡り各々独立した内容を論じている。まず彼の思想の根幹である六章について論じ、その後、我々の目下の安全保障で最重要と考えられる三、四章について要約し、さらに現状を鑑みて批判したうえで、位相の誕生を紹介する。
要約
ルトワックは六章にて彼の思想を「パラドキシカル・ロジック」と述べている。彼の逆説論理について、一橋大学名誉教授の野中は『戦略の本質』で以下の様に紹介した。
「この逆説の論理はまさに、特に奇襲に典型的に示されているように、相互に敵対意思を持つ彼我の作用・反作用を的確にとらえたものだが、これだけならば、リデルハートの『間接アプローチ戦略』と大した差異はない。ルトワクの戦略論で注目されるのは、ここに『時間』の概念を導入して、この逆説的論理をダイナミックなものとしたことである。」(四十九頁)
ルトワックは技術、戦術、作戦、戦域、大戦略という五つの戦略レベルに分け、それぞれに垂直的逆説と水平的逆説が適応されると述べた。ルトワックは本書において大戦略に特化して記述し、同盟論を最重要なものであると定義し、七章で述べている。
この逆説的論理は紛争においても適用され、一、二章ではボスニア紛争やルワンダ内戦の例を挙げ、「『無関心で安易な介入』が戦争を長期化させる」と主張し、NGOや多国籍軍の介入を非難し、熱狂的感情が冷めるまで続けさせるべきだと説いた。
さらに、国際政治学の祖、モーゲンソーが『国際政治(中)』で「いかに多くの戦争がバランス・オブ・パワーの範囲外で起こったかを明言できるものが誰もいない一方では、近代国際システムの誕生以来戦われた戦争のほとんどすべてがバランス・オブ・パワーのなかで起こっている、ということを知るのはむずかしいことではない」と述べたことを、逆に肯定的に踏まえ、六章百三十三頁で第四次中東戦争のイスラエルの勝利を分析した。
しかしだからといってルトワクが戦争そのものを正当化させたわけではない。九章では「戦争を可能な限り避けよ」と述べ、もう一度、同盟と、軍備維持によって軍事バランスを整えることができると説いた。
三章及び四章でルトワックは日本の安全保障上最重要である対中国論を述べた。彼にとっての前提は「中国は未だ不安定な状況にあり」さらに、「隣国を理解しない」ということであり、中国封じ込め政策を、日本や東南アジア、さらに日露関係が好転してきていると考えたうえで実行すべきであると主張し、さらに、力の空白が無いよう、尖閣に武装人員を常駐せよと記している。
考察
ルトワックの思想は確かに純軍事的に考えれば間違いなく正しいといえるだろう。しかしながら、彼の思想は中国の戦略よりやや遅れているようである。『平成29年度版 防衛白書』は中国の国防政策について以下の様に分析している。
「『三戦』と呼ばれる『輿論戦』、『心理戦』および『法律戦』を軍の政治工作の項目に加えたほか、軍事闘争を政治、外交、経済、文化、法律などの分野の闘争と密接に呼応させるとの方針も掲げている。」(二章)
近年、AIIBが設立され、アジア経済においても覇権争いが激化している。共同通信によると、二月、AIIB(アジアインフラ投資開発銀行)はインドに対しインフラ開発事業を融資した。
勿論、ルトワックの同盟による外交戦略、つまり中国封じ込め政策は適切であるといえるだろう。中国は二〇一五年、AIIBを資金源としたうえで、陸と海に対し一路ずつの「シルクロード」を構想、実行に入った。これについて元統合幕僚長の折木はこれについて『国を守る責任』で以下の様に分析した。
「中東・アメリカから中国に至るシーレーンを事実上守っているのは現海洋覇権国のアメリカです。一方、自国の生命線であるシーレーン防衛について敵対するかもしれない他国に依存している状態は、安全保障上の不安の種といえるでしょう。中国指導部が現状を打破したいと考えるのは、当然といえば当然です。」(百二頁)
我々にとれる手段は覇権を委譲するか、若しくは封じ込めを行い、勢力均衡を構築するかである。
しかし、些かルトワックの対中国観は楽観的であると言わざるを得ない。ルトワックは習近平が「革新的リーダー」になれるか疑問視していたが、それは最早現実となっている。二〇一三年、三・一九中南海クーデターにより、これまでの敵対派閥であった上海閥及び団派は完全に失墜した。さらに、今年三月には全人代で国家主席の任期制限を撤廃する憲法改正が承認された。
だが、我々に希望が無いわけではない。ルトワックは、中国が対外進出する内因性を分析していなかったが、折木は「一党独裁体制の維持」であると分析する。昨年、中国はパリ協定に批准し、世界を牽引していく姿勢を明らかとした。これ以後、中国が自らの国益のみで行動する可能性は明らかに低くなったといえる。
総括
評者のルトワックに対する批判はここまでで二点存在した。一点目は、大戦略が未だ不十分であるということだ。そして二点目は、ルトワックの中国観は希望的観測の上に成り立つものであり、彼の構想は打破されつつあるということだ。一点目についてさらに推し進めた話をしておくと、米国でも現在、ルトワックの考えが推し進められ、歴史学者であるマイケル・ハワードはかつて「社会的位相、作戦的位相、技術的位相、兵站的位相」の四つの位相をクラウゼヴィッツの三位一体説から引き出して以来、戦略家コリン・グレイにより大戦略における17の位相が主張された。これこそが、現在の中国情勢を鑑みるうえで重要になってくるであろうと予想される。
参考文献
The epoc times 2012
Record china 2013
BBC news 2018
読売新聞 2015
日本経済新聞 2017
M・V・クレフェルト(佐藤佐三郎訳)『補給戦』中公文庫 2006
リデル・ハート(森沢亀鶴訳) 『戦略論』 原書房1986
マイケル・ハワード(奥村房夫訳) 『ヨーロッパ史における戦争』 中公文庫2010
モーゲンソー(原彬久訳) 『国際政治(中)』 岩波文庫2013
防衛省 『平成二十九年度版 防衛白書』 2017
野中郁次郎、戸部良一、鎌田伸一、寺本義也、杉之尾宣生、松井友秀『戦略の本質』 日本経済新聞出版社 2008
折木良一 『国を守る責任 自衛隊元最高幹部は語る』 PHP新書 2015