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***   誰にでも起こりうること。


今回ちょっとしょんぼりするかもです。(・ω・`)



 今日は人間誰しも通るかもしれないある困った現象を題材に一つ。


 まだ店主がこの街に店を構えたばかりの頃に、よくやってきてくれたファンキーなお婆さんがいました。


 どうファンキーかというと、林家パー○くらいにピンクが好きなお婆さんで、当時店主の中であだ名も捻りなく“ピンクばあちゃん”でした。


「ここはこんな街にあるには勿体ない店やね。コーヒーも丁寧に淹れる、掃除も行き届いてて良いわ。友達にも教えとくわな」


 これが最初に来店して下さった時の“ピンクばあちゃん”の言葉でした。


 この“ピンクばあちゃん”は昔バリバリのキャリアウーマン(死語?)だったそうで、さばけた物言いをされる店の近所では珍しい生命力に溢れた格好の良い老人でしたね。


 朝晩シャキシャキとウォーキングしている姿もお見かけしました。本人曰わく「旨いタバコを吸うには肺活量が大事よ」らしかったです。


 あれは何をするにもやっぱり肺活量と足腰が大切なんだな~と思わせて下さる名言でした。


 ですが、この“ピンクばあちゃん”はご自分のご家族に物凄く不満があったようで、毎日その愚痴を喋りにお店にいらしていたんですね。愚痴の内容は息子さんと旦那さんです。


 でも愚痴とは言ってもまだ愛情のあるもので、時間自体もコーヒー一杯を飲みきる間程度。だいたい十五分くらいでしょうか。


 話の内容も愚痴と言うよりは面白い落語のようなオチのあるものが多かったので、店主も楽しく聞かせて頂いていました。


 お帰りの際も「家の男共がアタシを待ってるし、しょうがないからもう帰ったろうか~」と笑って帰って行かれるのが常でしたので、結局は仲の良いご家族なのかなと感じていたんですね。


 けれどその数年後。毎日楽しい愚痴を聞かせてくれていた“ピンクばあちゃん”がパッタリとお店に現れなくなりました。


 今までも熱心に通って下さっていたお客さんが店に飽きたり、土地柄老人ホームに入ったり、入院されたりといったことも多かったので、店主は悲しいけれどそこまで気にしませんでしたね。


 朝晩のウォーキングもされないようになったのか、完全にその目立つ姿を見かけなくなってしまいました。


 ですがいらっしゃらなくなってから一年ほどが経った頃でしょうか?


 ある冬の寒い日に友人とおぼしき方と来店して下さったんです!


 店主は嬉しくなって滅多にお客さんに自分から話しかけたりはしませんが、その日は「お久しぶりです」と声をかけたんですよ。


 しかし、同席しておられたご友人のお婆さんが店主の言葉に顔を強ばらせました。店主がそんなお婆さんに訝しんだのは一瞬でした。


「そりゃあ、こーんな甘やかされ切った奴がやっとる店に、侘しい年金暮らしのアタシがそんなに金落としたる訳あらへんやないの!」


 ……………その言葉に店主は耳を疑いましたね。


 “この人はいったいあれからどうしてしまったんだろう?”


 そう思いはしてもやはりその言葉が信じられずに同席しておられたご友人のお婆さんに視線をやると、お婆さんは目で“ごめんね”と訴えて来られます。


 理由は分かりませんがとにかく久し振りのご来店でしたので、店主は動揺する心を落ち着けながら“ピンクばあちゃん”が美味しいと言ってくれたコーヒーを淹れました。

 

 それはもう、とっても真剣に。お湯を細く細く保ってそうっとコーヒーに注いで行きます。挽いたばかりの新鮮な豆はふっくら膨らんで、店内はコーヒーの良い香りで一杯になりました。


 以前の“ピンクばあちゃん”が大好きだったコーヒーの香りです。


 けれど、店主がコーヒーを淹れている間も一向に“ピンクばあちゃん”の暴言は止みませんでした。同席しておられたご友人が度々悲しそうにこちらに視線を寄越して下さるのですが、ポットを持つ手が震えました。


 提供したコーヒーを飲みながら「アンタのこの店が親のスネかじってやってんの、アタシ皆に教えたったわ!」と店主の顔を憎々しげに見ながら吐き捨てます。


 ―――帰りのお会計はご友人のお婆さんがしてくれました。


 そのときそのお婆さんが、


「あの子の息子、ええ歳して働かへんと親の年金取り上げて遊んでんのよ。それであの子、最近おかしくて。今日は病院に付き添いで来たんよ」


 と、教えて下さいました。しかもさらに信じられない言葉が続きます。


「何かねぇ、認知症やったわ。言葉が乱暴になったり人格が変わったみたいになったからもしかして――て、思うててんけど。今日はごめんなぁ」


 そう言って店主に頭を下げてくれたご友人は“ピンクばあちゃん”を支えるように歩きながら店を去っていきました。


 いつも一人で肩で風を切って歩いていた“ピンクばあちゃん”。


 その背中がこの街の老人のように丸く前傾姿勢になっていたのが、店主は今も寂しくて忘れられません。


 フラフラしながら夕闇に紛れて見えなくなっていく“ピンクばあちゃん”の服がそういえばその日はピンクではなかったのだと気付いたのは打ちのめされた気分のまま閉店準備をしていた時でした。


 今となってはもう分かりませんが、もっと最初期の内に店主がもっと真剣に話を聞けば良かったのでしょうか?


 どうか皆さんの近くにいる親しい高齢者が豹変したときは、出来そうであれば一度医療機関に付き添ってあげてみて下さい。


 ――――それではお客様、またのご来店をお待ちしております。



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