*** たまには分かり合えることも。
こんなのは本当にたまに、です。
(・ω・;)<もっといても良いのよ?
「死ね! 死ね!! 死ぃぃねぇぇぇー!!!」
外で開店準備を始めていた店主の背後を【死ね死ねオジサン】がシャウトを効かせて自転車で走り去っていきます。うーん、今日も良い天気。
【死ね死ねオジサン】が後ろを通ったということは……窓からまだ照明を点けていない店内を覗くと、やっぱり開店時間の五分前です。
ちょっと開店時間を過ぎてしまうかな? でも朝はお客さんなんて来ないし、まぁ少しくらい遅れても無問題。だって一ヶ月でモーニングが出たのって片手で足りるくらいですし。
“老人の多い街ならモーニングの方がお客が多いんじゃないか?”ですか?
ハハハ、いったいいつの話をしてるんですか。ご冗談ばっかり。この辺は朝昼晩と全てを家の中で完結させるご老体達しかいませんよ。
あぁ、でも健康には熱意があるのか毎日何かに操られてるみたいにウォーキングしてて、みんな元気!
と、最後の開店の仕上げをしている最中にドアがバタンと閉じる音が。お店のドアは木製だから、閉じると結構音が響くんですよ。
あれ? 店主はまだ外にいるし、店内は真っ暗。おまけに“クローズ”の札がかかりっぱなしで何者も入店させない構えなのに――?
物凄く嫌な予感がしますよね? たまにストーカー爺さんが店内にポツンと座っていることがあったりするので、いつもは鍵をかけてるんですがこの日は忘れてました。
もうこの時点で心臓はバックバクです。今日の営業止めたい……とか言ってられないので入口に回り込めば、ベコベコに凹んだオレンジのママチャリが――。
あー……朝一からとんでも案件発生です。でも仕方がないですね、店はお客さんを選べませんから。
うちのお店を作って下さった大工さんは「これだけ内装も外装も若い女の子が好きそうな店にオッサンは入りにくいよ!」って言ってたのに……嘘つきです。
で、中に入ったら案の定、がたいの良いお爺さんが! あ、ヤバイ。経験上から明らかに元・土地転がしてた方っぽいです。
「何や自分、めっちゃええご身分な開店時間やの~! そんな若い頃からさぼり癖つけて、仕事なめとんのちゃうか?」
これが後に、ほぼマブダチといっても良いくらい仲良くなったオッサ……ゴホン、オジサンとの出会いです。
このオッサ……オジサンは近くの病院に検査にきたらしくてその日は「次来るときは十月やから! それまで真面目に店やっときや~!」と店主の心をざわつかせる発言を残して去っていきました。
もう二度と来なくて……ゴホン、まぁ、思うだけは自由ですからね。
しかし、何と翌日もそのオジサンは現れました。その翌日も、また翌日もです。あの十月のフリは何だったのか? これはまた後々。
結局週に二・三度の頻度で下ネタとイヤミを言いに来るようになったこのオジサンに、店主は“十月オヤジ”とあだ名をつけました。
しかし本来うちの店にはコーヒーを飲みに来店してくれるお客さんはいません。皆無です。
だから次第にイヤミにも慣れて、これが“十月オヤジ”なりの親愛の表しかただと分かった頃にはオレンジの愛車を“ガソリンのいらん儂のベンツ”と言って笑い合える関係になりました。
「ここのコーヒー、めっちゃ旨いわ。一杯ずつその場で挽いてくれるんもええけど、昔よく取引先の人とかと飲んだような古い深めのローストで。アンタこんな街でようやっとるわ」
ある日、突然いつもの明るい下ネタを飛ばした“十月オヤジ”がそう言いました。店主は不覚にもこの言葉に背中を向けてちょっと泣きましたね。
あんまりそういう言葉をかけられ慣れていないのもありますが……この街で純粋にコーヒーが美味しいと言ってもらえたのが嬉しくて。
それからもちょくちょく「領主様が領地視察に来たったぞ~」とかふざけていらしてくれていたんですが――ある日、ポツリと。
「いやぁ~、検査で癌の疑いありって出てから手術や医者に言われて逃げ回っとったけど、年貢の納め時らしいわ。ちょっとの間、領地視察に来られへんけど頑張るんやで」
そう言って店を立ち去った“十月オヤジ”はそれ以来、十月になっても現れませんでした。
今でも店の前を良く似た“ベンツ”が横切ると思わず外に出て確認してしまう店主です。
いつかまた「領主様のおなりやで! 領地視察に来たったぞ~!」と元気にやってきてくれることを領民である店主は待っております。
――――それではお客様、またのお越しをお待ちいたしております。
(´・ω・)<赤い“ポルシェ”に乗り換えるって言ってたのになぁ……。