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***   どこか遠くへ行きたい……。

今回はスピンオフ回です\(´ω`*)



 あー……いらっしゃいませ、お客様……。


 “いきなりどうしたの?”とは、こんな店主に何て優しいお言葉をかけて下さるんでしょうか。


 いえね、最近特に強く思うんですよ。ここじゃないどこかに行きたい。出来ればこの店ごと。


 “そんなこと働いてる奴全員思っとるわ。聞いてみて損した”ってそんな身も蓋もないことを仰らないで下さいよ。


 理由、せめて店主がこんなにへばってる理由を聞いて下さい。お客様と店主の仲じゃないですか、ね?


 ――はい、無言は“是”と受け取りますので続けますよ。こちらにコーヒー置かせて頂きますので転かさないで下さいね。


 いや、確かに以前の勤め方より大分楽にはなったんですよ? ですけどね、やっぱり安定した収入……いや、実質季節労働者みたいなもんだったから安定はしてなかったかもしれませんが……。


 安定した収入(仮)が懐かしくなる時があるんですよ。うん。


 店主の趣味の一つにキャンピング・カーの展示会を見に行くというのがあるんですが、あれで時々凄い心に刺さる車があったりするんですよね?


 それで値段を見るわけじゃないですか、買わないけど。夢ぐらいみさせて下さいよ。


 一昔前だったらキャンピング・カー何てお金持ちの道楽だったかもしれませんけど、最近は軽自動車のものもあるんですよ。だから三百万もあればかなり快適な新車が手には入っちゃう。


 しかも昔と違って装備が桁違いだし、女性を意識したものも多くてスッゴイ可愛いんですよねー。まさに移動できる小部屋。


 テントではキャンプはしたくないという彼女や奥さんも一緒に来てくれますよ。それはもう、間違いなく。例のアニメでキャンプブームも来てますけど、さすがに普通女子にはまだ敷居が高いですし。


 ――って、別にキャンピング・カーの話がメインなんじゃなかった!


 そうそう、それでキャンピング・カーの展示会って必ずと言っていいほどまぁ、可愛い移動販売車が来てるんですよね~。


 コーヒーとか、お菓子とかだけでなく最近はご当地グルメとかも多い例のアレですよ。行楽シーズンとかニュースでもよく見るでしょう?


 お客として利用する分には「美味しいな~!」で済むんですが、いざ飲食店やってる身として見ると……羨ましい訳ですよ。


 はい“みっともないな~”とのお言葉、まさにその通りでございます。あちらの方々も“店持ってるくせに”と思われている方もいらっしゃるかもしれないですしね……。


 結局水商売仲間ですからイベントのない月の収入とか考えたら、きっとあんまり常駐して経営するお店と変わりないでしょうし。


 衛生局への届け出とかはこっちよりも遙かに面倒臭いし、知ってます? あのキッチン・カーって中で調理するのは駄目なんですって。


 出来るのは仕上げとかトッピングだけで、下拵えとかはどこかでちゃんとした調理場を借りる必要があるそうなんですよ。ということはどこかでその場所を借りるお金も発生する訳ですよね。


 “……えらく詳しいな”ですか。いえ、一時期真剣にやってみようか悩んだことがありまして。


 調理設備もこうして閑古鳥が鳴くこのお店がある訳ですし、有効活用出来るかな、と。


 でもまぁ、ともかく収入が不安定なのはあんまり変わりません。


 “じゃあ何がそんな羨ましいの?”と、冷たくしつつ話を聞いて下さる何てお客様は優しいですね。来世ではきっと億万長者になれますよ。


 はい、では……店主が何が一番羨ましいって【移動が出来る】というこの一点ですよ。むしろこれに勝る一点なんてありません。


 要するに――お客様がいないなら探しに行けば良いじゃない! が出来るってことなんですよ。大きいじゃないですかこの違いは……。


 うぅぅ、昔は二月と八月は飲食店の地獄とか言われていましたが、現代においては毎日ですよ。


 それにいらして下さるお客様も当店の場合まともでない確率が高いじゃないですか。その点ああいった開けた場所で大人数を相手に、隣には同じ仲間が並んでいる訳ですから心強そうでしょう?


 店主は自分に危害さえ及ぼしてこないなら長いものに巻かれたいタイプなんですよ、割と。


 “いや、隣と仲良くするんじゃなくて売上バトルするわけだろ? じゃあ闘争心低そうな店主は即死だろう”とは……たまに長尺で口を開いたかと思えばお客様、まさに正論すぎてぐぅの音も出ませんね……。


 ――戦えないからこそこんな流刑地みたいなところで店開いちゃった訳ですもんね~……。(遠い目)


 あー……ありがとうございます、お客様。トドメを刺していただいて。


 時々こういうどうしようもないことを考えてグルグルしてしまうことがあるんですよ。


 キッチン・カーで移動販売やってる方々だって楽しいばかりじゃないのも、明日のことを不安に思っていない訳ではないのも分かっているんですけど。


 他人と比べてしまうのは情けないことだと思うのですが。つまらないこと考えてとは自分で思えても、誰かに言ってもらうのと自分で突っ込むのは違いますからね。


 ――と、言うわけでこんな店主の愚痴に付き合って下さったお客様にこの素敵なキャンピング・カーのカタログをプレゼント。


 “おい、ふざけんなよ……”とか言いつつページを開いちゃうお客様は素直ですね。おや、それが気になりますか、お目が高い。それ可愛いでしょう?


 “さては最初から引きずり込むきだっただろう?”ですか? はて、何のことでしょうねー?


 まぁまぁ、ちょっとここで息抜きしつつ人を羨んでみましょうよ。誰かと一緒だと湿っぽくならなくて良いんですから。


 え? “そもそも店主はこんな車、運転出来るの?”ですか。


 ――ふふふ……甘く見てもらっては困りますね、お客様。


 店主はここ十年ほど車に乗ったこともないペーパー・ドライバーですよ?


 しかもゴールド免許――って、あぁ!? なんとここまで盛り上がったのにお帰りになっちゃうんですか!?


 しかも“これはもらっていく”とはちゃっかりしてますね。良いですよそれは布教用なので。店主はあと二部ずつ持ってますから差し上げます。


 それでは今回はポイントカードのご利用ですので、新しいカードは次回ご用意させて頂きますね。


 それではお客様、またのご来店をお待ちしております。

 

 

でもやっぱり羨ましいのは許してー!

人間だもの。by,店主。

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