*** 敬える老人、それはもはや絶滅危惧種。
今回は泣き寝入り。(TωT;)<あ、今回も、か。
「昨日大丈夫やった?」
朝一番に来店して下さった常連のおばさんがそう言うのですが、全く何のことだか分からない店主は首を傾げます。
というのもこの辺りは土日にかけて治安が著しく荒れるんですよ……。
なので数年前から土日だけは実家に帰ることにしてます。続くおばちゃんの話題に“やっぱりな……”とおかしな笑いが込み上げました。
「この二件隣のお店によぼよぼの爺さんが“みかじめ料払え!”って包丁もって乗り込んだのよ。歳考えへんとね~」
結局、そのお爺さんは近所の元・お好み焼き屋のおじさんにボコボコにされたらしいです。
交番のお巡りさんが頼りないので誰も呼ぼうともしない土地柄――。サバンナのド真ん中に生きてるみたいで逞しいですよね?
この周辺は戦後すぐにバラックから派生した広い公団住宅地でして、昔は仕事にあぶれたヤ○ザの多い――いえ、しかいない地域だったそうなので時々当時を思い出した老人がハッスルしたりします。
因みにかなりの戸数がありますが全室埋まっていて大体の部屋が代々一族で暮らしています。だから空きが出るのはその一族の最後の一人が孤独死した時ぐらいですね……。
前までは年に数部屋空きが出たんですが最近は寿命が延びましたし、あんまり空きが出ません。平均年齢が滅茶苦茶高いので、日中も人がいないのかと思うくらい静かですよ。
こうして聞くだけだと閑静な住宅街みたい。ははは……はぁ。
生活ゴミは深夜に出すと高確率で不審火が出るよ! ゴミ箱には鍵を付けてね! という土地。これぞまさに試される大地。
おっと、話がそれました。この日、朝一番のこの老人ニュースが自分の店にまで及ぶとはその時は全く思っていませんでしたね……。
さて、お昼過ぎに現れた“店主の今日の試練”は着流しに高下駄、スキンヘッドにハンチング帽という出で立ちをして小豆色の自転車に乗ってやってきました。
店に入ってきた瞬間に“うわ……面倒臭そうなのが来た”とは思いました。
そして入店するなり店主の頭の天辺から爪先までをジロジロ観察すると「ホット」と言ったきり席につきました。
“気をつけろ! この爺さんは明らかにおかしい”とここで培われたカンが店主にそう言います。
さっさとコーヒーを飲ませて帰ってもらおう。でも急いで淹れると雑味が出て美味しくないのでコーヒーはいつものように真剣に淹れました。
しかし膨らんだコーヒー豆と睨めっこをしている店主にそれまで黙っていた“着流し爺さん”が「自分、歳と、名前と、生年月日と、干支、紙に書いて持って来い」と言い出しました。
これに店主は一瞬“はぁ?”となりました。
だって普通そうですよね? 全く面識のない人にそう言われてすぐに頷く人なんていませんよね?
とりあえずコーヒーを出して相手の気が変わることを祈りましたが、そんな店主の祈りも虚しく、
「早よ書いてもってこんかい! 儂は易者やぞ! タダで占ったる言うてんねん、阿呆!」
と店主を罵ります。
面倒くさいし胡散臭いので適当に書きましたが、干支がすぐに思いつきませんでした。
するとその“自称・易者の着流しジ○イ”は
「ほらな! やっぱりそうや! 外から見たとき何ちゅう頭の悪そうなガキがやってる店かと思ったんや! お前みたいな阿呆、見たこともないわ!」
と叫んで店内で暴れ出しました。店は店主一人で回していますし、助けてくれそうな奇特な人は店の周辺にはいません。
何と言ってもお巡りさんの出来からしてあれですからね……基本的には助け合わない。
相手は老人ですし、多少手荒な真似をして騒ぎを治めても良いのですがそうすると店主はここで商売を続けることが出来なくなってしまいます。
無駄だろうなとは思いつつも「お巡りさんを呼びますよ」と言ってみましたが「呼んでみろや! おぉ!?」と聞く耳持ちません。
またまたここで【身内召喚!】です。この日は運良くこの周辺のルートを回ると言っていたので……。
早速暴れる“自称・易者ジ○イ”を前に兄と一応交番に電話をします。目の前では暴言を吐き散らかす老害。木製の店の床は高下駄のせいで傷だらけ。
いやぁ~控え目に言ってももう、うんざりです。
「もう来るそうなのでここにいて下さい」と言うと、突然ジ○イは「用事思い出したし帰るわ」と席を立ちます。
店主はさせるかとばかりにドアの前に立ちふさがっての攻防です。
――――喫茶店の業務内容じゃないな………。
兄は電話から十五分後に凄い形相で駆けつけてくれました。やったね。
兄を見た途端に、
「こんな立派な人がバックにおるなんか思わんかったんや、許したってくれ! 爺のすることや、な?」
と哀れっぽく言いますが、兄は「警察に突き出したる」と離しませんよ。
女性の経営者だとお分かりになって頂けるかと思うんですが……この時代に“女は男に逆らわない生き物”みたいな物の考え方をする老人が未だに結構多くて嫌になりますよね……。
そうそう、お巡りはまた「頭がおかしいって言ったって、老人一人なんでしょう?」と言った挙げ句に自転車で二十五分後にやってきました。
うん、もうね――知ってたよ。税金払い損だわ。
事情聴取の間、店主と兄は同席を許してもらえず、無能なお巡りは何のお咎めもなしにジ○イを放逐してしまいました。
「だいぶお酒飲んでたんで自転車には乗らないように注意しておきました」
違う。そうじゃない。結局連絡先も訊かなかったとのことで床の修繕費も請求できません。
それ以来、そのジ○イはたまに店の周りをうろついていますが入店させることは金輪際ありません。
ここに店を構えるようになってから初めての“出禁”レッテルを貼られた老人は小豆色の自転車で今日も店の前を横切っていきますよ………。
――――それではお客様、またのご来店をお待ちしております。
お巡りか老人……せめてどちらかがまともでいて欲しいです……!




