16、久々に売られたケンカ。キャットファイトと行きたいけれど。
「私がいた所のオジロワシってね、パートナーと狩りしたり冬の移動したりするんだって」
この世界とは違う故郷の話をあまりしない奈々が、ワタシの話を聞いて突然そんな事を言い出した。
「ペアで行動した方が効率的だからだろうって言われてるだけど」
……なるほどね。
「なんだかワシザキさんらしいのかもね」
奈々はうっとりとした表情でふわりと幸せそうに笑ったけど、ガァー! って叫びたくなるからやめて。
新しい職場になって終業時間も変わってからゆっくり時間が取れなかったけど、本採用が決まってお世話になっていた千秋と奈々に報告がてらcafeだんでらいおんに寄って、明日は休みだしとそのまま奈々と久々にお茶なんてしてたからか。
テラスのバルコニーに「チャ、チャ」とウグイスの女の子がやって来た。
「ニーニャさん、まだ結婚届出してないってホントですか?」
バルコニーからテーブルに軽々飛び移って、心なしか険しい顔で、でもそれはそれは可愛い声で聞かれる。
あ、この子知ってるワ。何歳か後輩の、コーラス部の歌姫的存在だったコじゃないノ。
奈々が動揺してるとこを見ると、アイツの元カノか。
わぉ、アイツこんなコ肩に乗せてたの?
「ね、どうなんですか?」
「出してはないけどネ」
それがどうかした?
アンタに関係ないじゃないって言ってやりたいところだけど、あまり挑発的にならないように、かと言って下手に出るでもなく答える。
だってワタシ、まだ正規職員じゃないとはいえ役所勤務だからさぁ!
あんまり市民の皆さん、しかも同性と波風立てるワケに行かないのヨ! あとあと面倒になってもイヤじゃない!?
カフェのアルバイターだった頃ならガンガン言っちゃてたかもしれないけどね!
だから奈々もサ、そんな冷や冷やした顔でチラチラお店の中見てちーちゃんに助けを求めなくていいから。
「それ確認してどうするノ? 取り返しに来た、とか? それってワタシじゃなくてまずあっちに言って、あっちがワタシに言うのがスジじゃない? それとももう言ってきた?」
「━━ッ。まだです。言ってもいいんですか?」
「そりゃそれはアナタの自由よ。ワタシが文句言う権利なんてないと思わナイ?」
だから宣言しに来たんでしょうに。
女の魂胆ってのを同性だからこそ理解して、でもそんなのは見せず柔らかく言ったつもりだったのに、傷ついた顔をしたのは奈々で、一気に頭に血が上ったのはウグイス娘。
あ、これは。
来るゾ来るゾー
「何よ、そんな余裕ありげな顔して! どうせ色気仕掛けでカズくんにせまったんでしょ!」
うっわー!
こんなの言われたの超久し振りなんだケド!!
顔だけはいい夏樹と付き合い始めた頃、お婆ちゃん譲りのこの派手な顔と自己主張の激しい胸のおかげでけっこう言われたもんヨ。
田舎にもこんな根性のある小娘がいようとは!
「ワタシも小鳥の方が小さくて断然かわいいと思うんだけどネ。トリ専だっていう男がそれでもワタシがいいって言うんだから、肉欲にはかなわなかったって事なんじゃない?」
とか言ってやりたいわー!
でも。
そうだよね、悔しいよね。
生まれ持っての姿が原因で別れざるを得なかったなんて。
だからさすがに言えないし、役所職員としてもちょっと品が無さすぎるだろうし、さてどうしたもんかしらネー
「前は長い間同棲して失敗したから今回は早々に結婚しようって事でしょ!?」
だよねー、やっぱりそう思われるわよねー
付き合い始めてすぐにこんな事になりゃ、誰だってそう思うわよねー
ワタシ、評判よくないだろうし。
あー癪だわー
「それって悪い事かしら? それだけ彼とは相性が良かったとか運命的だったって事だとは思わナイ? だいたい彼から言い出した事よ?」
なーんて挑発したいけど、それ言っちゃうと後でまたみんなに「のろけやがって」とか言われそうだしなー
それにしても可愛い容姿で随分とえげつなく抉ってくるわネ、このコ。
なんてめまぐるしく考えていたら、奈々が思いつめたような顔で勢い良く立ち上がって、想定外の方向からの思わぬ動きにウグイス娘がびくっと体を震わせる。
奈々はさっさとテラスの屋根の下から出ると、空を見上げてすうっと息を吸い込んだ。
あ、この子、まさか。
「奈々、待ッ━━!」
「ワシザキさーーーん!!」
止めようとしたけど間に合わなかった。
ちょっと来んかい、この女どうにかしろやと言わんばかりの叫び。
なんでアンタがワタシより先にブチ切れるのよ。
可愛い恋人の尋常じゃないその怒号にカフェ店主のちーちゃんが飛びだして来たけど、三人娘のメンツとその様子を見て何かを悟ったらしく一瞬迷った顔をしてからそっと扉を閉めて下がって行った。
うん、賢明な判断だよ、ちーちゃん……
女の揉め事に混じったっていい事なんて何一つない。
「しっぽのないお客さん」からの緊急性を孕みまくった叫びに、仕事中のそいつはすぐにやって来た。
地面に黒い塊が猛スピードで貼り付いたみたいに見えた。
うわ、そんなスピードで着地しちゃうのか。お前は隕石か。
そしてさすが緊急事態モード。いつもの比じゃなく剣呑でシャレにならないくらいおっそろしい顔してるワ。
まず一番に奈々の安全を確かめたけど、その奈々は黙って泣きそうな顔でウグイス娘を指さし、ワシザキはそれに従ってこのメンバーを確認するなり状況を察したらしく、厳しい表情のままぴくりと精悍な眉を動かした。
「カズくん!」
ウグイス娘がワシザキの肩に向かって飛んで行ったけど、ワシザキはそれを掌で制して険しい顔つきのまま無言で人差し指でテラスの手すりをチョイチョイと指し示す。
ちょ、アンタその顔でソレは怖いわヨ。
止まり木にする事を拒否されたウグイス娘は、ワシザキの後ろを回ってバルコニーにとまり緊張した面持ちでワシザキを見る。女優か。
思わずため息が出た。
「じゃあネ。ワタシ帰るワ」
ワシザキが何か言いかけるのを見て、そうはさせるかと先に告げれば奈々は愕然として、ワシザキはまた一層顔を険しくする。
そんな顔される筋合いないわヨ。
「ニーニャさん!?」
「まだワタシには関係ないもの。じゃね、奈々。また来るワ」
驚愕の表情を浮かべる奈々にひらりと手を振ってテラス席の階段を下りる。
ここにいたっていい事にはならないもの。
しかも普段にこにこしてる奈々が怒りの大絶叫なんてしてくれちゃうもんだから皆集まっちゃったし、ポメラニアン署長や後輩のモカくんまで来ちゃってるじゃない。
ギャラリーも渦中のメンバーを見て「うわぁ」とか「あちゃー」な顔してるからご理解はいただいてるだろうけど。
これじゃワタシ、超おさわがせキャラじゃないの。勘弁してよ。
「ワシザキ、ちょっと早いがお前もうあがれ。モカ、交替出来るな?」
ポメラニアン署長のおっとこ前な指示に、モカくんが同情を隠し切れない表情で手を出し、ワシザキは一瞬不服そうな顔をしたのち観念したようにそこへ警報装置を乗せて引継ぎを済ませた。
え、「有給使って早退」とかにならないんだ。
田舎、ホントにゆるいなー
「すんません署長。モカわりぃな」
「交替する気でブラブラしてたんでいっすよ。じゃ見回り行ってきまーす」
努めて明るく言いはしたものの心配そうにこちらをちらりと見て来るモカくんに、軽く肩をすくめて見せる。なんて事ないから。そう見えたらいいんだケド。
「奈々、ちーちゃんにコーヒー二つって言ってあげて」
ワシザキとウグイス娘の分。ウグイス娘がコーヒーを嗜むかどうかなんて知らないけどさ。
こんな状況に奈々置いて行くのも可愛そうだし、ちーちゃんのトコに避難しなヨ。
「後は任せたわヨ、お巡りサン」
こんな時は男がしゃしゃり出るもんじゃないだろうし、別にコイツが悪いと思ってるワケでもないけど、来てしまったもんはしょーがない。
ここはコイツの警官の技量を利用してやる。
「あっちが浮気して別れたのに何で今さら引っ掻き回すようなマネするかなぁ! わたしがこっち来てすぐの頃だからもう三年以上前とかだよ!? 小鳥彼氏と最近別れたからって……!」
追いかけて来た奈々はまだ腹の虫がおさまらないとばかりにブチブチ文句を言っているけど、アンタ、あの状況でちーちゃん置いてきたノ。
ゴメンちーちゃん。一番関係ないのに一番手ひどく巻きこんだ。
「アンタ、あんな場面で男呼ばなくても」
「だって、ああいう時ってそもそもの原因は男の人じゃない!? それなのになんで女同士でバトルしなきゃいけないのか私ずっと不満だったの! モテ男なんだか知らないけど、男が原因なんだから好きなコちゃんと守りなさいよ、ってハナシじゃない!?」
……奈々、途中から言ってることがちょっとおかしくなってない? 一体何の話をしてるノ。
アンタのいた世界ってそんなのが日常茶飯事だったワケ?
冬ごもりみたいな日でも年中無休で、というかそういう時こそ犯罪が増えるとか、アンタぽやんとしてるクセにどんだけハードな世界に住んでたのヨ。
でもってウグイス娘、浮気したのか。
えー、そういう事で悩んでたっぽい事は聞いたけど、肉体関係がないのが不満だったってワケ?
だったらワタシあそこまで遠慮しなくても良かったんじゃないノ。
でもまぁ、ウグイス娘はまんまウグイスだったからなぁ。ヒトの血が濃いワタシやワシザキと違ってその辺りにちょっと本能的になっても仕方ない部分があるんだよなー。
自分の子孫を残そうとするのは生き物の根幹なワケだし。
「まー条件のいい男に行くのは道理デショ。それが未婚の相手となれば後ろ指さされるほどの事でもないし」
それに。
「ましてや春だしネ」
春なんだから、まあそう言うのが起きても仕方ないってもんよ。
まったく文化の違う世界から来た奈々が、この世界の文化に馴染みきれない部分があるのも仕方ないワケで、だからやんわりと匂わせる。
ワシザキが既婚ならウグイス娘はとんだ馬鹿女だけど、ワシザキはまだ独身で、ウグイス娘はちゃんとワタシに面と向かって宣言しに来たんだからマシってもんデショ。
奈々はぐっと言葉に詰まり、まだ納得いかないような顔をしつつ大きな深呼吸をした。冷静さを取り戻す努力をしてるらしい。
「こっちはみんなその辺りがおそろしくシビアだよね。ニーニャさんは特に別格だけど」
「そりゃどうも。ま、もう少し言われてたらワタシも黙ってなかっただろうけどアンタが先にブチ切れてくれたからネ」
つい口元が緩む。
うん、そうね。助かったワ。
ここは大サービスだ。
まだ不満そうにしている奈々の頬を両手で挟んでやる。
ほら、アンタの大好きなにゃんこの手ヨ。
濡れたらなかなか乾かないし、パン作りも出来ない不便な手の何がいいのか理解に苦しむケド。
一瞬驚いた顔をしてから、ふにゃりと顔を緩ませて至福の表情を浮かべる奈々。
あーこりゃちーちゃんがまわりを警戒するワケだ。
こういうのを『もふもふ』って言うんでショ?
ホレホレと大盤振る舞いでサービスした結果、手を重ねられてちょっとやめられなくなって予想以上に『もふもふ』とやらを堪能された。
そうだった。
久し振りで忘れてたけどこのコ、変態だったわ。
まぁ気持ち悪さで言ったら断然「カズくん」呼びの方がキツかったからいいんだけどサ。
<変態娘認定されている奈々へのご褒美>
あんな目に遭ったのに、ニーニャさんは大人でカッコいい。
そんないつもはキリっとしたクール系美人のニーニャさんが、ふわっと表情を緩めて少し嬉しそうに笑って柔らかい肉球と、滑らかなのにほわほわ毛のネコの手で両頬を包んでくれた。
う・うわぁぁぁぁ!
なんたるご褒美!
実に久々の貴重なデレ!
はー、これはトリ専のワシザキさんが落ちるのも分かるなぁ。
たまんないだろうなぁ。
いいなぁ、ワシザキさん。
くっ、羨ましすぎる。




