080 約束された蹂躙
まず、現状を整理しよう。
こちらの戦力、『紅蓮血涙』、『戯蝕圏』、『魔像使い』の三人は既に転移完了し、交渉または戦闘を開始。
敵の戦力、戦神は死亡。
『魔剣王』、『魔潰師』、『氷帝』、『絶弓』、交戦中。
『魔軍勢』、交渉中。
この状況にまで持ち込めたのならば、この作戦の成功率は、100%。
魔剣王は確かに強い。
人の範疇で言うのならば、敵う人間はいないだろう。
ステータス自体も特出している、勇者などは比べ物にならないほどに。
ただ、そのままのステータスではなく、魔剣王の体の周囲に浮んで連動している、様々な剣による強化スキルが掛かっているため、元の値の十倍、いや、それ以上に強化されている。
あの迷宮で見たケルベロスでも、ステータスの差だけで、僕がしたのと同じ様に一太刀の元にねじ伏せられるほどに。
そして、魔像軍団が相手であっても、全て切り伏せることもできるだろう。
だが、僕に勝てる訳がない、理由がない、方法がない。
この戦いは、既に勝ち負けが僕にとっては判りすぎている。
ただ、プライドも、正義も、全てを踏みにじるだけの戦いだ。
「喚起、正義の剣!」
魔剣王の手に、また新たな剣が出現した。
それは、大罪と逆の美徳のうちの一つを冠した剣。
「正義の断頭台!」
その瞬間、魔剣王が僕の視界から消え、僕の背後に即座に出現する。
この攻撃の正体は、相手の背後への瞬間転移、もしかしたら、攻撃威力の強化もあるのかもしれない。
だが、それは無意味、右手の龍装剣を間髪入れずに振り抜き、剣だけを破壊する。
いや、実を言うと破壊する必要もないのだが。
「これで531本目ですね。まだ尽きませんよね?」
まだ戦闘が始まって数分しか経っていないが、もう既にこのような攻防が何度も繰り返されている。
そのうちに、また魔剣王は距離をとり、最初の間合いに戻る。
そして、また同じように剣を召喚してくる。
僕は知っている、僕の持つ[鑑定]の上位派生固有スキル、[真理の右目]で、既に読み取っている。
<魔剣王の召喚する剣は、再構成時間にかかる時間は1時間>
ただ、こんな戦いが1時間も続くとは思えやしない。
魔剣王自体が今までに蓄積してきた剣の数は多くとも、僕に通用すると魔剣王が判断する剣の数が後どれほどあるのだろうか。
最も、僕が攻勢に移れば一瞬で終わるのだが、そんなことをするつもりはない。
踏み躙ることが、一方的に蹂躙することだけが、叩き折ることが必要なのだ。
破滅の風の速度を、猛毒の劔を、爆炎の一撃を、芯まで凍るほど冷たい聖撃を、激流のごとき一閃を、純粋な破壊力を、空間を切る刃を、重力を操る崩壊を、過剰生命力攻撃を、虚無の斬撃を、決して避けられないはずの攻撃を、何度も何度もねじ伏せる。
そんなものは、僕に効きはしない、効くはずもない。
ステータスの差は絶対、ではないが、隔絶しすぎたステータスの差は絶対だ。
覆せるようなスキルがあったとしても、僕の場合は特にだが、効きもしない。
技術の差で、最早覆せるような違いではない。
僕は魔法は使えないが、そんなことで縮まる距離はあってないようなものだ。
もう一度になるが、あえて言う。
僕の勝利は確定している。
慢心は敗北の元、と言うが、これは慢心ではない。
ただの、事実から容易に導き出せる解答だ。
戦闘開始から十分が経過。
戦況に全く変化はなく、僕の圧倒的優位。
そろそろ僕も、道化の奇術ショーには飽きてきた。
「まだやめないんですか? よく頑張りますね」
「うるさい! 最強は俺だ! 邪神だか何だか知らねえが、黙って死ね!」
「世界最強を冠しているぐらいならば、自分と相手の実力差ぐらい判断するべきでしょう?」
「そんなことなど知ったことか! 俺の方が強い!」
「いいえ、あなたの方が弱いです。それでもあなたの方が強いと言うのなら、どうぞ頑張って証明してください」
「うるさいうるさい! 俺は負けない! 勝つのは俺だ!」
「ずっと同じようなことしか言えないんですか? 残念さ加減が滲み出ていますよ」
「知るか! 俺は負けるわけにはいかないんだ! お前は邪神で俺は正義、だから、俺が負ける筈があるわけがない!」
「ええ、僕自身は口が滑っても正義とは言えません。いえ、紛れようもない邪悪です。だけれど、それは勝ち負けに何も関係ありませんよ」
「悪は俺が滅ぼさなくちゃいけない! 俺こそが最強の剣なんだ!」
「では僕も言わせてもらいます。正義は滅ぼさなければならない、僕こそが最悪の存在であるが故に!」
そう言うと同時に僕は加速し、ステータスの差に任せて、無造作に蹴りを放った。
避けられる筈もなく、魔剣王の体はあっという間に吹き飛んで、壁に激突した。
その吹き飛んだ後を、僕はゆっくりと、歩いて、距離を詰めた。
死ななければいいという程度で攻撃したのに、思っていたよりも頑丈だった魔剣王は、未だに意識を保っていた。
そして、若干血を流しながらも、しっかりと剣を握っていた。
すぐさま、無闇矢鱈と飛びかかってくるようなことはなかったが。
「へえ、あきらめないんですね。その点だけは流石だと思います」
「この程度で死ぬ思ったか!」
「いいえ、思ってもいません。ですが、心は折れるかもしれないとは思っていました」
「生憎、そんなに弱っちく生きてきたつもりもねえんだよ!」
「誤解してしまったことだけは謝罪しましょう。では、もう一度始めましょうか」
そう言って、僕は剣を構え直した。
「仕方ねえ、これだけは使いたくなかったんだが…… 喚起、因果墜える暁闇の剣」
魔剣王は新しく黒く光り輝く剣を召喚し、構えた。
明らかに、今まで使ってきた剣と比べて異質な一本を、構えた。
そして、双方同時に動き出した。
明らかに異質だった、その剣は。
魔剣王のステータスも圧倒的に上昇していた。
それと同時に、顔には少しずつ皺が増えてくるのが見て取れた。
<生命エネルギーを吸い取って、身体能力に転化する。 事象切断>
どんな方法で不老を実現していたのかは分からないが、その効果も凌駕して生命力を吸い取っている、そして、その結果として破格のステータスを実現している。
ある意味で、僕の[無限の心臓]に通づるところのある能力だ。
ただ、犠牲にするものの大きさから言うと比べ物にはならないが。
オマケのように付属している[事象切断]も、いや、オマケなどではないのだろうが、実際に強力な能力だ。
昔、龍装剣に[概念切断]が付くまでは使っていた能力だから、よくわかる。
目にすることができるものなら、殆ど何でも切ることができる。
僕が[概念切断]を使用さえしなければ、龍装剣と互角に打ち合うこともできるだろう。
だからと言って、その程度の高性能の玩具があったところで、僕に勝てる理由になどなり得ない。
ここはただの通過点であり、ここで苦戦する理由などあってはならない。
くどいようだがもう一度だけ言う、戦いを始めた時点で僕の勝利は決まっている。
そして、さらに十分の間、魔剣王は粘り続けた。
「よく頑張りましたね、と、言わせてもらいましょうか」
目の前には、未だに倒れていない魔剣王がいる。
けれども、その姿はあまりにも痛々しい。
髪は全て白まで変色し、肌は黄ばんで皺だらけになり、動きも拙い。
だが、冬の枯れ木のように悲惨な姿に成り果てても、未だに立ち続けていた。
「黙れ……………ふざ…けるな……俺は負け……るわけには」
そう言って、弱々しく剣を振り下ろしてきた。
腕に自信がない者でも避けられるような渾身の一撃を、僕は軽々と回避する。
そして、世界最強だった男は、自らが振った剣の勢いに耐えられずに、地面に倒れた。
「ええ、素直にすごいと思いますよ。ここまでになっても闘志を失わないなんて。けれど、あなたの足掻きは全て無駄です。僕には勝てません」
魔剣王は、一言も喋らなかった。
もう口を開くほどの力も残っていないのだろう。
けれど、その両目だけはまだ、確かに生きていた。
「あなたも元日本人なのですから、こんな言葉を聞いたことがあるでしょうね、『勝てば官軍、負ければ賊軍』と。でも、大丈夫です。あなたは賊軍にはなり得ません。何故ならば、僕は官軍になどなるつもりはないからです」
その目が何を考えているのかは分からないが、僕のことを憎悪の目で見ていることだけははっきりと判った。
「では、あなたの無様な姿に敬意を評して。概念切断、発動」
そう宣言し、右手の剣を振り上げる。
けれど、僕がその剣を振り下ろすことはなかった。
「こんなところで、取るに足らない脇役のご登場ですか。魔法封じの連続発動、どうもご苦労様でした」
僕は振り向いて、後ろまで来ていた魔潰師に声をかけた。
「そうじゃな。お前さんにとっては取るに足らない脇役かもしれんな」
老人は、そう言いながらもしっかりと剣を構えていた。
「じゃがな、儂とてSランクの一席。おめおめ無様な真似を晒すつも……」
だが、老人の言葉がそれ以上続くことはなかった。
理由は単純、僕が斬ったからだ。
運悪く概念切断が乗ったままだった龍装剣で、一掃したからだ。
「ごめんなさい。あなたには、僕がわざわざ時間をかけて甚振る程の価値はないんです。恨むのならば、無力な自分と僕を恨んでくださいね」
僕は、自分で今さっき創り出した新鮮な肉塊に向かってそう言うと、もう一度魔剣王の方に向き直った。
「少々邪魔が入ってしまいましたね、すみません」
もう、生きているのか死んでいるのか分からないような状態だが、死んでいても構わない。
「概念切断、発動」
僕はもう一度、わざわざそう言って、剣を振り上げた。
「さようなら、元最強」
そう言うと同時に、僕は剣を振り下ろした。
邪魔するものは、もはや誰もいなかった。




