079 『魔像使い』vs『氷帝』
「あなたもあたし達の敵、ということでいいんですかね?」
巨大なロボットのようなものに搭乗して立ちはだかった『魔像使い』カレル=ウォルターに対して、『氷帝』ゼニアはそう問いかけた。
「ええ、間違ってはいません。実際僕はあなたをこちら側に引き込むように、それができなければ、殺すように命じられています」
平坦な口調で、全長4メートル程度の巨大魔像の中から答えたカレルに、ゼニアは怒ったような口調で言い放つ。
「では、手加減は要りませんね。死んでもらいますよ!」
それと同時に、ゼニアを中心とした空間の温度が急激に下がり始める。
空気中の水蒸気が氷となって光の雨を散らす。
「本当にできると思うのならば、僕は止めるつもりはありません。ですが、死んでも、文句だけは言わないでくださいね?」
同時に、カレルの機体も起動音を響かせる。
重低な音で空間が振動し、あたり一帯を震わせる。
そして、どこからか翠色の剣を取り出して装備した。
「氷結防鎧、展開」
ゼニアがそう言うと、まるで魔法少女のような氷の鎧がゼニアの周囲に展開される。
まるで氷の要塞のような姿になったゼニアは、カレルを睨みつけた。
「同調率設定、40%。対氷防護」
カレルがそう言うと、魔像、『極龍騎士』の体表の輝きが増し、その表面が赤い膜で覆われる。
「それでは、尋常に、勝負!」
「では、仕事をしましょうか」
宣戦の言葉と同時に、両者は動き出し、ここに二番目の戦いが始まった。
「氷連弾!」
ゼニアの省略詠唱による魔法で、百を超える砲弾が瞬間で生成される。
「そんなチャチな攻撃が効くと思っているんですか?」
赤い輝きを纏った機体を駆り、氷の雨の中を強引に突破しながらカレルは吠えた。
「掛かったね! 解放」
だが、次の瞬間、ゼニアが軽く笑うと同時に、残った氷弾は光り輝き、その本性を露わにした。
「全域氷獄!」
氷の弾は形を変え、互いにつながりあい、巨大な氷の牢獄を形作る。
「まずっ、危ないですね!」
だが、一瞬早く危険だと気付いた、カレルは氷獄の範囲から逃れていた。
「残念ね。ならばもう一回喰らいなさい! 氷連弾!」
「もう同じ手は喰らいません。チャージ5%!」
すると、極龍騎士の頭の部分に当たる龍の頭部のような意匠が口を開き、口の中に光の玉が出現し、何らかのエネルギーを貯め始め。
「龍の息吹!」
コマンドと同時に暴風を吐き出した。
竜巻に匹敵するかのような暴風に煽られて、氷弾はその勢いを失い、全てが地に叩き落とされる。
だが、龍の息吹も、ゼニアの纏った氷の鎧に当たると、威力を減退されて消滅した。
「氷連槍」
だが、氷弾を全て消されたことをまるで気にしていないように、ゼニアは次の魔法を綴り始めた。
先ほどまでの氷弾とは比べものにならないほどの威力を秘めた氷の槍が、彼女の周りに何本も出現し、魔像に向かって飛翔を始めた。
「大きさが変わっても結果は変わりませんよ! チャージ5%」
再び龍の口が開き、エネルギーの貯蓄を開始して。
「龍の息吹!」
戦場に再び、破壊の息吹が解放された。
先ほどとさほど変わらない破壊力の風は、幾つもの氷の槍と正面から激突した。
だが、結果は先ほどとは打って変わり、打ち破られたのは風の方だった。
数本は砕けたものの、氷の槍は大半は無事なまま。
表面に傷はあるものの、その威力は未だ健在。
槍はカレルの目前までは迫ったが、
「そんな弱った槍が効くと思っているんですか!」
『極龍騎士』は、右腕に持たされた大剣の一閃で、力尽くで氷の槍の大軍を薙ぎ払った。
ほとんどの槍は粉々に破壊されたが、幾つかの軌道を逸れた槍は、後方の床に突き刺さって沈黙した。
「では、こちらからも参ります」
カレルは再び魔像を駆り、ゼニアに接近しようと試みる。
「氷連槍」
ゼニアも再び氷槍を造り、迎撃に移った。
「効きません。どこを狙っているつもりなんでしょうか!」
だが、カレルに当たりそうな氷の槍は全て叩き落とされ、カレルが距離を詰める。
そして、あと少しでゼニアを剣のリーチに捉えようとした瞬間、ゼニアはもう一度綴った。
「氷連弾」
氷の槍とは変わって、最初と同じ氷の弾丸を産み出される。
「その攻撃は対処して見せたでしょう! チャージ5%」
何も焦らずに、カレルは息吹の予備動作に入った。
「龍の息吹」
解放された息吹を目前にして、ゼニアはついに回避動作に移った。
「白銀霜路」
氷弾が砕かれつつある中、ゼニアは床に白銀の道を作り上げ、その上を滑って破壊の息吹から逃れる。
そして、全ての氷弾が砕け散った後には、カレルとゼニアの間には、最初とあまり変わらないような距離が開いていた。
「成る程、床凍結による低摩擦移動ですか。簡単にはいきませんね」
カレルの言葉に対して、ゼニアは魔法の行使で答えた。
「氷連槍」
そして、氷の槍は空を舞い、緑色の魔像騎士は地を駆け、先ほどの焼き増しのような戦闘が始まった。
そのような戦闘が、合計十セットも繰り返された。
氷槍をゼニアが放ち、それを斬りはらいながらカレルが肉迫。
カレルが近づいたところでゼニアが氷弾を放ち、それをカレルが息吹で迎撃。
そして、その間にゼニアは白銀霜路で逃走して、振り出しに戻る。
ただ、この状況を変える手段が、決してどちらにもなかったわけではない。
だが、カレルも、ゼニアも、どちらもその手を打たなかった。
まずカレルの方は、現状これ以上の手札を使うことに忌避感があったからだ。
カレルの駆る『極龍騎士』は、カレルが今までに作ってきた全ての魔像の中で、間違いなく最強の戦闘性能を誇る。
最高の出力、最高の素材、最高のバックアップ、そして、多彩な状況に対応できる追加装備の数々。
ただ、高機能になった分、二つの大きな欠陥を抱えている。
一つ目は、余りに多機能となりすぎてしまったため、機体には基本的な操縦設備だけしか付いていないこと。
ほとんどの追加武装は、カレルの持つ固有スキル『魔像創造』で本体に干渉しないと使用不可能になってしまっている。
実質、ではなく、本当にカレル本人しか使えないのだ。
二つ目の欠陥は、高い出力を実現したことによる代償、つまり、ある程度以上の出力で動かすと、本体への負荷が大きくなりすぎることである。
龍という最高級の素材を使っているからこそ実現出来たことであり、逆にそれ以外の素材だったら、各部のパーツが耐えきれずに一瞬で崩壊してしまう。
つまり、同調率40%、それが安全範囲であり、これ以上の出力を使うと、機体の再整備は避けられない。
現在の出力で使えるものは、対氷防護の常時発動でかなり喰われているため、大して役に立ちそうもない対人戦闘用小火力武装の他には、威力を調節出来る息吹ぐらいしかないのである。
それ以外に搭載している武装は、現状では消費が大きすぎてただのお飾りになってしまっている。
逆にゼニアの方は、この状況を変えたいなどと思ってもいない。
何故ならば、この状況こそが、彼女の狙いなのだ。
「いい加減やめませんか? どうやら僕の魔力切れを狙っているようですが、こちら側の消費はごく僅か、対してあなたは省略詠唱で何度も魔法を使っています。いくらあなたが消費魔力を抑えられるといっても、分が悪いと思いますよ?」
何度も繰り返し使われた白銀霜路のせいで、まるで白い紋様が描かれたようになっている床の上で、苛立ちを隠しながらカレルは言った。
それに対して、ゼニアは初めて笑みを浮かべた。
「ええ、私も、もうやめるわ。だって……これで、終わりだもの」
ゼニアは言うと、床に右手をつき、言い放った。
「再起動」
それと呼応して、辺り一帯が輝き始めた。
呼応しているのは、彼女が今までに敷いてきた白銀霜路、そして、彼女が今までに投げてきた氷槍。
それらが描く形は、寸分の狂いもない、綺麗な魔法陣。
彼女が今までしてきたのは、時間稼ぎではなく、ただの準備。
回避不可能かつ最大火力の一撃を、確実に叩き込むための用意。
カレルは、その瞬間に危険を察知し、その場から離脱しようと試みる。
だが、それよりもゼニアの宣告の方が早かった。
「焉氷地獄!」
そして、世界は凍りついた。
「流石に消費し過ぎたわね。このままコルの援護に向かいたいのだけれど」
ゼニアは今も激しく戦闘を繰り広げているコルケドスの方を見る、そして、空間収納の魔道具から魔力回復ポーションを取り出して、それを飲もうとした。
だが、ゼニアはそれを飲むことはなかった。
ゼニアは危険を察知して跳びのき、その次の瞬間、彼女が今まで立っていたところを破壊の風が吹き抜けた。
「さすがですね、今の一撃を避けますか」
その風の発生元は、当然、氷の中にあるカレルの極龍騎士。
破壊を為した龍の首は、ゆっくりと口を閉じているところだった。
「これ以上酷使するわけにはいきませんね、同調率下降、60%」
極龍騎士の纏う光の量が少し減少する、だが、下ろされた後の光も、先ほどまでの戦闘時よりは強い。
「では、早めに決めさせていただきます」
そう言うと、カレルは今までよりもかなり早く、ゼニアに向かって踏み込んだ。
「氷連弾」
急接近したカレルから逃れるために、ゼニアは残り少ない魔力を振り絞って、時間稼ぎ用にしかならないと知っていても魔法を使う。
「そんなものではもう時間稼ぎにすらなりませんよ! 炎連弾」
だが、カレルはそんなものを気にせずに、即座に魔法を発動して突っ込んでいく。
同調率を上げた今のカレルにとっては、発動までに時間がかかる息吹以外にも、いくらでも迎撃手段はある。
そして、カレルの大剣はゼニアの氷結防鎧に大きく傷をつけ、ゼニア本人にも少なからぬダメージを与えた。
即座にゼニアも体勢を立て直し、氷結防鎧を修復しようとするが、間に合わない。
「火炎付与!」
炎を纏った大剣が再び振り下ろされ、ここに一つの戦場が決着した。




