078 『戯蝕圏』vs『魔軍勢』?
この時、レクシュー=フィンドルグが考えていたことは、何が何でも生き残りたい、ということだった。
(仮の仲間を売ってでも、這いつくばってでも、生き延びねばならない。なぜなら、ボクの死は……ボクだけのものではなくなってしまうのだから)
その時、レクシューの前に、1人の少年が現れた。
彼は緑色の上着を着ていて、フードを深く被って顔を隠していた。
「……勧告です。……一応言っておくだけですが。……直ちに降伏してください」
その少年の勧告を聞いて、レクシューは少し考える。
(この場で最良の選択肢としては、投降することだろうか? いや、一概にそうとは言えない。投降した場合どうなるのかを、まず一応聞いておくべきだろうか)
「投降したとしても皆殺し、とか嫌なんでー、一応聞かせて貰うよー。投降したら命の保証はしてくれるんだよねー?」
レクシューは、警戒しながらもふざけたような口調で言う。
「……命の保証はします。俺達の仲間として働いていただくだけです」
冷徹な口調で、謎の少年は返答した。
「えー、まさか、ブラック企業みたいに働かされる的な感じー? あっ、そうか、ブラック企業って言ってもわかんないかー。じゃあ、なんて言えばイイのかなー」
すると、少年は、フードの端から覗いている口に若干の笑みを浮かべて言った。
「……大丈夫です、この世界に労働基本法はありません」
その瞬間、レクシューの顔色が変わった。
(労働基本法? この世界で聞くはずのない言葉だ。なぜ知っているのか、それは、こいつが僕と同じ、転生者だと言うことか!)
「……あなたの考えは、だいたい予想がつきます。俺はあなたと同じく元日本人。そして、転移者です」
それを言うと同時に、少年はフードを外した。
フードの中にある日本人としての、この世界では特徴的な顔が露わになる。
(転移者、つまり、『魔剣王』と同じ。でも、何故今まで表舞台に出て来ていない? そして、何故、邪神なんかに協力しているんだ!)
「……転生者も転移者も、そこまで珍しいものではありませんよ。Sランク最強の方も転移者です。また、こちら側で把握している転生者と転移者は、あなたを含めて8人もいます」
見透かしたように、転移者を名乗る少年は言った。
「へえぇ、そうなんだー。じゃあ、何であんなのに協力してんのさー」
虚勢、と言うほどではないが、若干の怯えを隠しながらレクシューは質問する。
「……契約と賛同、とだけ言っておきましょう」
冷徹なように、少年は返答する。
「じゃあ、ボクが君たちの下についた時のメリットは何ー? 新入会員サービスとかはあるの?」
あくまでも戯けたように、レクシューは質問する。
「……あると思っているとしたら相当なバカですね」
若干の嘲笑を交えた返答には、空気を凍らせそうなほど冷たい感情が篭っているようだ。
「じゃあ、君たちの言うボクの降伏した時のメリットは、ボクの現在の命の保証。デメリットは、ボクはボクの意思に沿って動くことができなくなる、これでイイかなー?」
見た目だけの少年は、道化のように言い放つ。
「……概ね間違ってはいません……いささか不愉快ですが」
それよりも見た目だけの少年は、不愉快と言いながらもそこまで不愉快ではないように言う。
「でもそれは間違ってるよねー。だって、君たちが必ず勝つという保証がどこにあるのー?」
その言葉を聞いた瞬間、少年が嗤った。
「ええ、その保証だけはあります。俺たちが負ける理由は、何処にもありません。現に、俺は今すぐあなたを無抵抗のまま抹殺することができます」
その言葉と同時に、少年を中心として白い空間が展開された。
何物をも包むような純白の真ん中に立って、少年はもう一度笑った。
「どうしますか、この俺と、『戯蝕圏』可愛川秀夫と、戦いますか?」
(どうする、戦えば勝てるか? いや、相手の戦力が未知数な上で戦うのは危険すぎる。それに加え、さっきのセリフからすると、十中八九こいつは俺のことを知っている)
「戦った場合に俺が保証するものは一つしかありません。それは、あなたの死、それだけです」
(先ずはデネブを呼んで様子を見るか、いや、喚べない! [広域なる私庭]に繋げない!)
「どうしますか、降参するか戦うか早く決めてください」
(何かの方法でスキルが無効化されている! 雑魚相手ならまだしも、未知数の転移者を相手にサジタリウスだけで戦うのは無理に近い)
「待った待った待った、戦うのは拒否するよー、ボクはそこまで強くないからねー」
あくまでもその人を食ったような態度だけは崩さずに、レクシューは言う。
「何だ、残念です。折角面白い遊びができると思ったのに」
それと同時に、白い空間が薄れて消えた。
(白い空間がなければ、スキルは使えるか。でも、だからと言って、他に何かがないとは限らないし、あの空間だけでも脅威だ)
「……ということで、降参、ということでいいんですね?」
確認するように、少年、可愛川秀夫は言った。
「いえいえいえ。状況はあなた方が有利そうだけれど、ボクは100%以外には賭けない主義なんですよー」
「……成る程」
殺気が放たれるのと同時に、白い空間が再び展開され始める。
「だから、ボクは、向こうでの勝負に勝った方に着きますよー」
「つまりは、ここで死ぬことを希望するのですね?」
その言葉と同時に、トランプや賽子の絵柄のついた武器が現れ、白い結界内を回り始めた。
「でも、あの邪神の方の勝利を確信している、ということはつまり、そっちにとってはボクは無条件で仲間になる、ってことじゃない? つまり、ボクはもう実質降参が約束されたようなもの、だから殺す理由もない、よね?」
あくまでも強気な言葉だが、レクシューの内心は冷や汗の洪水で溺れてしまいそうなほどのものだった。
「……いささか不本意ですが、あなたの言葉もあながち間違っている、というわけではありません。……どうぞご自由になさってください」
それだけ言うと、何も起こさずに武器と結界は消えた。
こうして、最大戦力に対する最悪の無双は、始まることなく幕を閉じた。




