077 『紅蓮血涙』vs『絶弓』
ここから3話連続で、主人公の配下対Sランクをお送りします!(断言)
主人公が出てこない? いえ、最終章はもっと出てこないので多分大丈夫でしょう。
(俺ならば何とか切り抜けられる。今すぐにここを突破して、ゼニアを連れて逃げる)
それが、『絶弓』コルケドスのその瞬間の思いだった。
その思いは彼の自信に裏付けされるものであり、そして、今までは一度たりとも彼を裏切ったことはなかった。
彼は今まで数多くの強敵を、その弓を使って屠ってきた。
当然、今までに勝てなかった相手はいる、だが、
(相手が人の形をしている限り、俺が負ける筈がない)
それが、彼の自信だった。
今までその自信が彼を裏切ったことは一度もなかった。
「でっ、どうします? 戦いますか、それとも降伏しますか?」
突然目の前に現れた少女を見つめて、コルケドスは一瞬考える。
(見た所、相手はあまり歳をとってはいない。息子の言葉を借りると、「高校生ぐらい」なのだろうか。つまり、何か強力な力を持っていたとしても、戦闘経験自体はあまり多くないだろう。そして、相手はいくら邪神の手下だと言っても、所詮は生きている人間。だから……)
そう考えながら、コルケドスはアイテムボックスから弓を取り出し、後ろに回した右手に持つ。
その弓の名前は、飛竜堕とし。
竜の素材を使って出来た、最高級の弓のうちの一つ。
その強力すぎる弓から放たれる矢は、当たりさえすれば、竜の鱗をも貫く。
「邪神の手下だか何だか知らないが、調子に乗るな。Sランクが何故Sランクと呼ばれているかを教えてやる!」
そう言い放つや否や、コルケドスは即座に弓に矢を番え、先を制する一撃を放った。
カンッ
常人ならば回避不能な一撃、そのまま即死する筈だった一撃、鉄の装甲すらも一瞬で貫通する一撃。
だが、それは少女の目の前に到達した瞬間に、右の手、それも素手によって薙ぎ払われていた。
「危ないですねえ。じゃあ、戦うということでいいんですよね?」
そう言うや、少女はその表情を歪め、まるで人とは思えないような顔つきになり、嗤いだす。
「では改めて名乗らせて頂きます。私は『紅蓮血涙』のリツコ=エノカワ。だから、楽しく、殺し合いをしましょう?」
(やはり一筋縄で倒せる相手ではないか。それでも、倒せない相手ではないだろう)
だが、その言葉に、コルケドスは、無言で答えるだけだった。
一瞬の沈黙の後、先に動き出したのはコルケドスだった。
アイテムボックスから三本の矢を取り出すと、続けざまに撃ち放つ。
リツコは先ほどと同じように素手で弾き、再た顔に笑みを浮かべ、高速で踏み込んだ。
コルケドスは慌てずに、矢を放って、払われるだけの時間分だけ僅かに踏み込みの速度を遅くさせ、その隙を狙って回避に移る。
(俺よりかなり素早い、これは普通の弓撃が効かないわけだ。手加減などをする必要もなく、最悪『必中なる神弓』を使わざるを得ない。だがまずは、[非望の双腕])
それと同時に、彼の肩のあたりから二本の腕が出現する。
だがそれは、腕と呼ぶには少々異形だった。
肌色をした、細くて無骨な腕。
見た目は、少々物足りないような感じだ。
だが、これこそが、『絶弓』としてコルケドスが名を馳せた理由……其の、半分である。
それを見たリツコは、まるで新しい玩具を前にした子供のような顔をして、一旦攻撃を辞めた。
コルケドスはそれを見て、リツコが何かをしてくる筈だと感じ、最大限の警戒態勢を取る。
「警戒しないでくださいよぉ。あなたが準備を始めたので待ってあげることにしただけです」
その無邪気な、そして、何よりも邪悪な微笑みを見て、コルケドスは恐怖というものを理解した。
(ヤバい。もし、こいつが本気で来たら、確実に死ぬ。が、油断してくれているということだけは有難い。本気を出される前になんとかして決めなければ)
コルケドスは警戒しつつ、ゆっくりと、アイテムボックスからもう一本の弓を取り出す。
それもまた、一本目と同じ、飛竜堕とし。
そして、二本の弓が、二本の補助腕に握られる。
準備が完了したと見るや、リツコは再び動き始めた。
「では、そろそろ再開ですね?」
リツコは相変わらず楽しそうな笑みを浮かべたまま言う、それを見ながら、コルケドスは無言で二つの弓を構えた。
そして両者は、同時に動き出した。
先ほどまでとは打って変わって、戦いは拮抗していた。
己の拳に頼るリツコは接近しようと試みるも、コルケドスの操る矢がそれを許さない。
一本だった弓が二つになったことで、連射速度が格段に上がって、隙がなくなっている。
リツコは今はすべての矢を弾く、または避けるかしているが、自分から攻撃に移ることはできない。
このままいくと、いずれはリツコは被弾してしまうだろう。
側から見ると、この状況はコルケドスにとって有利だ。
だが、本人は、全く逆のことを考えていた。
(何故こいつは底が見えない? どうしてそこまでずっと避け続けていられる?)
コルケドスは、とても焦っていた。
理由は単純、このままだと自分が負けることを確信しているからである。
ただ、別にコルケドスは弱いわけではない。
『絶弓』コルケドスは、固有スキルで腕を追加することにより、それに本人の人並み外れ過ぎた技量も合わさって、本来遠距離でしか使えないはずの武器を使っているにも関わらず、近接戦闘をこなす。
弓は接近されたら負け、そのような定石も、全く意味を為さない。
また、本来の弓の欠点である連射性能の低さは、アイテムボックスからの即時取り出しと、二本の弓による連携で補っている。
父の空前絶後の技量を見た転生者たる息子が、『人間マシンガン』と心の中で渾名をつけるほどの連射攻撃である。
さすがにマシンガンの速度に及ぶはずもないが、それに相対する側からしたらどちらも大して変わらない。
むしろ、一発一発が必殺級の威力である上に、狙いを定めて撃ってくるぶんマシンガンよりたちが悪い。
普通の弓使いの抱える、残りの矢が切れると何もできなくなると言うデメリットも、アイテムボックスを使用することであってもないようなモノになっている。
本人のみだけが知っている矢の数は、数えることを考えるだけで気が滅入るほどの数だ。
普通なら、矢を使い切らせる前に、全滅させられる。
さらに、矢は同じ種類のものだけではない。
貫通力に特化した矢、猛毒を塗りたくった矢など、一本一本性質の違う矢を選んで放ってくるため、同じSランクの中でも、対処できる人物はあまり多くない。
ただ、そこに欠点を挙げるとすれば、本人の防御力の低さがまず挙げられる。
申し訳程度の防具はつけているものの、弓を十全に扱うためには、重装甲を纏うことなどできやしない。
ある程度強めの一撃だけで、即座に戦闘不能、運が悪ければ即死。
だから彼はSランクの中でもそこまで強い方ではない。
ある程度の強者を十人程度集めて奇襲をかける程度で、1人や2人は道連れにされながらも、仕留めることができるだろう。
ただ、今露見しているのは、その欠点ではない。
(こいつの体力は底なしか。何とかして早めに仕留めなければ、俺の矢が尽きる前に)
普通は露見することなかった弱点、残弾不足だ。
当然、弓使いの弱点であるソレを補うための対策を、コルケドスはきちんと講じていた。
彼のアイテムボックスの中身は、メインで使用する弓、飛竜堕としを2本、予備としてメインと同じ弓を2本、切り札の神弓、そして、残りの容量は全て矢で埋め尽くされている。
こまめな補充を欠かすことがない限り、使い尽くすことにはならない、はずだったのだ。
だが、ここに一つの例外が発生する。
邪神の配下にして、元ダンジョンマスターであり、戦闘経験だけであってもコルケドスを上回る強者、リツコ。
そして、リツコははっきり言うと舐めプをしていた、つまり、コルケドスにとっては必死のペースに合わせて、戦闘を愉しんでいた。
それをコルケドスも、薄々感づいていた、だが、気づいていながらも勝つことはできなかった。
故に、彼は判断を下した、窮地を切り抜けるための最後の判断を。
(アレを使って、仕留められなければ奥の手を使う。最悪他の奴を相手に二度目を使わされかねないが、俺の両手ぐらい安いものだろう)
コルケドスが、一瞬だけ高速連射を切らせた。
その瞬間を見逃さず、リツコは矢の雨をくぐり抜けて距離を詰める。
(思った通り……これで、できれば終わらせる! 矢の嵐)
瞬間を同じくして、コルケドスはアイテムボックスから矢を大量に放出する。
そして、全ての矢を一気に番え、同時に斉射した。
普通の弓使いでも使えるアローレイン、一気に大量の矢を番えて適当に放つ技、その、進化系である。
矢の方向を完全にコントロールできるわけではないが、コルケドスが使用すれば、ほとんどの敵は数だけで押し切ることが可能。
(矢の消費が多いので普段は使わないが……これで倒れてくれるのだろうか)
ただ、矢の嵐が収まったすぐ後に、コルケドスは見た。
大量の矢に晒されながらも、ほとんど無傷で立っているリツコの姿を。
「ホント、惜しかったですね。残念でした」
そう言って微笑む姿を見て、コルケドスは理解してしまった。
こいつ相手に出し惜しみなどを考えたが間違いだったのだ、と。
そう考えて、コルケドスは一つの結論を出した。
「このままだと俺は勝てない。だが、今更見逃すつもりなどはないだろう?」
弓を下ろし、アイテムボックスに仕舞ながら、コルケドスは言う。
「ええ、勿論」
コルケドスが何かをしようとしていると気がついたリツコも、一旦攻撃を中断する。
「次の一撃で最後にする、それが徹らなかったら俺の負けだ」
コルケドスの勝算は、今までで把握できたリツコの性質。
相手が何か新しい行動に移った時、面白がって見逃すこと。
「イイですねぇそう言うの、楽しそうです。そう言う、最後の一撃とかいうのは大好きですよ」
そう言いつつ、リツコはまた笑う。
コルケドスは無言で新しい弓を取り出すと、補助腕に持たせた。
その弓の名前は、『必中なる神弓』。
絶対に外れることのない一撃を放つ、神々に祝福されし弓。
(補助腕強化、怪力。照準固定)
その一撃は、当たった者に決して治らない傷を与える。
ただ、射った者は代償として、両手を失う。
(これで終わりだ! 俺に行動させたのが間違いだったな!)
コルケドスの補助腕は弓を引き絞り。
神の弓を使った代償として補助腕が崩れ落ち。
光り輝く矢が発射され。
矢がリツコの心臓を寸分狂わず貫き。
その次の瞬間、決着した。
その時何が起こったのか、コルケドスには判らなかった。
辛うじてわかったのは、己の胸に刺さっている、紅く鋭い刃。
そして、己の敗北。
「ひとつ忠告しておきまぁす。心臓を貫かれた程度では死なない相手なんて、結構いるんです、よ?」
その言葉を最後にして、コルケドスは、永遠に意識を手放した。




