073 聖女
翼を広げて舞い上がり、魔族の軍の前に立ちはだかる。
困惑し、動揺する魔族の前に、私は宣言した。
「私はこの世界に召喚された勇者のうちの一人、『聖女』セレネ。あなた達の蛮行は見過ごすことはできません。殺戮を辞めて此処から去りなさい、さもなくば、私が相手になりましょう」
「舐めんなよ、聖女だか何だか知らねえが、俺たちの邪魔はさせねえ!」
当然私の勧告に従う筈などなく、私に向かって色とりどりの魔法が襲い来る。
予想通り、これで、正々堂々と蹂躙を開始できる。
「我は望む、神の如し干渉を
其れは黄金の盾、邪を通さぬ永遠の守り
神聖属性魔法、単純派生、聖護天蓋」
予め決めておいた防御魔法を発動して、初手は防御に専念する。
詠唱の終わりと同時に、私の周囲に、球体の金色障壁が展開される。
数々の強力そうな魔法が飛んできるが、この黄金の壁を破れる筈がない。
これは浄化魔法の応用であり、飛んでくるモノを、魔法であれ矢であれ何であれ消滅させる凶悪な障壁。
欠点としては20秒程度しか持たないことぐらいだが、今この場合には十分すぎる。
魔法の雨も晴れて、魔族の方々はさぞ驚いただろう。
この中で生き残っている筈がない、と思っていたことだろう。
十分に驚愕の感情を植えつけられただろう。
だから、此処に抹殺宣言を行う。
「攻撃してきた、ということは、私に敵対するということで良いですね? では、ご希望通り、私があなた達を全滅させてあげましょう」
もう返答すら待つつもりはない。
羽を羽ばたかせ、一瞬のうちに高度を上昇させる。
「待ちやがれ! 巫山戯るなぁ!」
また数多の魔法が飛んでくるが今度も律儀に受ける必要はない。
翼の機動力に頼って魔法を回避しつつ、詠唱を行う。
「我は望む、神の如し干渉を
其れは罰、我に敵対した者全てを打ち滅ぼす
神聖属性魔法、単純派生、虚偽罰雨」
虚偽天罰の派生、と言うか少し変えただけの魔法。
違いとしては、本家は一点突破で消しとばすのに対して、こちらは、私を中心として破壊の光の雨を放つ。
どちらが強い、とは一概には言えないが、この戦場においてはどちらが強力かははっきりしている。
当然、一対多の戦闘においては、広い範囲を纏めて潰せる魔法の方が遥かに有能だ。
照準は殆ど合わせてなどはいないが、下手な鉄砲も数打てば当たる。
傷つけたくない相手には無害であるため、どの方向にでも気にせず打てる。
的が多い分、かなり多くの相手を削れる。
「ギャアアアア」
運悪く私の近くにいた魔族が、魔物が、全身に穴を穿たれて落ちていく。
遠くにいても、羽の付け根や急所にクリティカルヒットを食らうという悪運を持ち合わせている相手も、少なからず存在した。
「こいつに近づくな! 距離を取って囲んで削れ!」
そう、その戦法は正しい。
ただ、正しい戦法だからと言って私が倒せる訳でもない。
翼によって生み出される私の機動力を相手にして、速度も大きさもバラバラの相手がついて陣形を維持しながらついて来ることは不可能だろう。
空中移動による撹乱と回避をし、詠唱が完了したら広域殲滅魔法で吹き飛ばす。
極めて単純な戦法だけれども、極めて有効な戦法だ。
数回程度魔法を使用し終わった頃には、空を埋め尽くすバケモノの数も若干減ってきた。
けれど、こちらの魔力は無限ではない。
広域魔法を打てる残り回数も多くはないし、掠り傷程度だけれども、魔法で受けた傷を回復するのにも魔力は必要だ。
だから、ポーションを使用するか、奥の手を使用するかを悩んでいた。
その次の瞬間、嫌な予感がした。
直感に従って、無詠唱で聖護天蓋を展開する。
消費魔力も多く、耐久時間も短いけれど、背に腹は変えられない。
だが、その判断は正解だったようで、黄金の障壁が形作られるや否や、世界は闇に包まれた。
多分これは魔族のうちの誰かが長時間かけて準備した、または複数人の協力による魔法だろう。
これほど強力な魔法がポンポン使えるのならば、最初から使っていたに違いない。
流石は攻撃力最高と名高い闇属性魔法だけあって、障壁がなかったら即死だろう。
だが、希少属性たる神聖属性の消滅障壁の前を破る程度の威力はなかったようだ。
ただ、私はこれで魔力のほとんどを使わされ、魔法は後一度ぐらいしか使えなくなった。
魔力ポーションを数本口に突っ込んだが、多分これでも焼け石に水だ。
闇属性魔法による攻撃が終わり、それとほぼ時を同じくして障壁が消える。
場合によっては1枚目の切り札を使う必要があるかもしれない、と思いつつ、飛んで来るはずの攻撃に警戒した。
けれど、晴れた視界の前には予想とは違う光景が広がっていた。
魔族も、彼らが連れてきた魔物も、かなり遠くまで撤退している。
ただ一人だけが私の近くに残っていた。
「これでも生き残るか、バケモノめ」
紫の翼を持った魔族の男は、忌々しそうにそう吐き捨てた。
「私はここで死ぬわけにはいきませんので。そういえば、お仲間は皆逃げたようですが、あなたは逃げなくてよろしいのでしょうか?」
私は別に、魔族に対して殺意がある訳でもない。
撤退してくれるのならば、それでも私の目的は達成できる。
多分逃げてはくれないだろうとは諦めながら、一応確認をとってみる。
「これ以上部下を殺されるわけにはいかんのでな。キサマは生かしておくにはあまりにも危険すぎる。この私、六魔将が一角、『塵影』ヒシャムラバムの名に於いて、キサマを葬らせてもらう」
ヒシャムラバムと名乗った魔族の男が名乗りを上げるとほぼ同時に、その背中から黒い影のようなものが生えてきた。
「そうですか。仲間思いなんですね。では、その敬意を讃え、あなたが死んだ後も、撤退する限りにおいてはあなたの仲間に手を出さないとしましょう」
私の言葉が終わると同時に、黒い影が触手のような変幻自在の動きで私に迫ってきた。
慌てて回避して、こちらも攻撃をするために詠唱に入る。
けれど、たった一人の相手一人が全てを操っているぶん、危険性は有象無象によって放たれる魔法より大きい。
完全に回避することはできず、かすった翼の一部がバラバラに崩壊した。
こちらも単ににやられているだけではないと、虚偽天罰を用いて応戦するが、影を使って相殺された。
「へえ、凄いじゃないですか。流石は『塵影』ですね。なんでさっきまで使わなかったんですか?」
多分、この影には私の扱う虚偽天罰と同じような効果がある。
『塵影』という名前からしても、そのような能力であることは間違いないだろう。
「仲間を巻き込むわけにはいかんのでな。だが、そんなことを口走っている暇があるのか?」
実を言うと、ここまでに見せた手札では対処できない。
ここまでに見せた、手札では。
「あなたこそ一生で最後の攻撃できる機会を無駄にするつもりですか? 次の私の攻撃で、決着が着きますよ?」
止まない攻撃の手を躱しながら、新たな詠唱を開始する。
「我は望む、神の如し干渉を」
より一層攻撃の激しさが増すが、もう遅い。
「其れは救済、全てを起源へと還す世界の輪廻」
魔法が教会を巻き込まないように、魔族の下に位置を取る。
「神聖属性魔法、逆転派生、永遠なる虚無への回帰」
詠唱が完成し、そして、1秒とかからずに決着した。
六魔将のネームバリューは圧倒的だったのだろうか、戦いに巻き込まれないように遠巻きに眺めていた魔族たちが、自分たちの上司が負けたと知るや否や、雲の子を散らすように退散していく。
今なら魔力も十分にあるので、もし向かってきたとしても問題はなかったのだが、できれば逃げてくれる方が望ましい。
そうすれば、街への損壊が少なくなるからだ。
だから、私は無意味に追撃などはしない。
もうすっかり暗くなった空がすっかり平穏を取り戻したのは、それからあまり長くない時間が経った後のことだった。
「教会を守ってくださいまして、本当に有難うございます、聖女様。あなた様がいなければ、我々は奴ら魔王軍の手でなすすべもなく蹂躙されていたでしょう」
計画通り、私は教会の人からの信頼を得ることに成功した。
「感謝されるほどのことではございません。私は、勇者としての務めを果たしただけです」
豪華な部屋の中で、出されたお茶に手をつけながら、言う。
「いえいえ、ご謙遜なさらずに。現に、あなたは勇者の中でたった一人だけ、此処スルミナまで駆け付けて下さいました。感謝してもし尽くせません。私達にお礼に何かできることはございませんでしょうか?」
このやたらと感謝している人は、聖光神教の教皇様らしい。
派手ではないけれど、整った服を着た人が良さそうなご老人だ。
教会だからプライドとか腐敗とかそう言うイメージが先行していたのだが、そのイメージを良い意味で壊してくれた。
「では、失礼を承知で一つ頼みごとをさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「はい、何なりとどうぞ、聖女様」
「私がここに来た理由としては、帝国にあった古代の書物に、聖スルミナに魔王と戦うときにおいて極めて有効な武器が眠っている、とあったからなのです」
勿論、嘘だ。
「私も長年教皇を務めて来ましたが、そのようなことは今、始めて聞きました」
「それが当然のことです。なぜならば、勇者の中でも『聖女』の称号を持つものだけが、それを見つけることができるそうなのです。だから、無理を承知で頼みますが、私に教会内を自由に探索する許可をくださりませんか?」
「ええ、それぐらいならば何なりと。ただ、私も教皇として忙しい身。あなた様を教会中案内する時間がございません。枢機卿の中から私が信頼できる人物を代わりに呼んで参りますので、少しだけお待ちいただけないでしょうか?」
「大丈夫です。私も別に急いでいるわけではないので」
「では、早速呼んで参ります。失礼致します」
そう言って、教皇は立ち上がり、そそくさと部屋を出て行った。
待っている間に、私は少しずつ眠くなってきた。
こんなところで眠ったら失礼にあたる、そう思いながらも、なぜか睡魔に抗うことができず、私は意識を飛ばし……
「全ては神の御意のままに。神に仇なす悪魔を、我々の手で」




