072 其処に有ったモノ
私がコルヴィ教国の中心地、聖スミルナに着くまでにかかった時間は、約9日程度だった。
一日24時間、ずっと休まずに飛翔を続ければもっと早く到着できたのだが、私がそうしなかった理由は二つある。
まず一つ目の理由としては、単純に疲れるからだ。
いくら身体能力が上がっても、休みなしで活動し続けるのはかなりキツイ。
タダでさえ慣れない「飛ぶ」という動作では特にだ。
死ぬ気でやれば無理ではなかったのかもしれないが、教国に入る前にヘロヘロの状態になっているのは、かなりマズイ。
二つ目の理由も単純、昼間に飛ぶと目立つからだ。
空を人間が羽を生やして飛んでいるとなると、目立つことは避けられない。
伝説上の存在である天人族と誤解される程度ならばまだしも、最悪の場合は魔族だと思われて攻撃されかねない。
別に攻撃されてもあまり問題はないのだが、それが話題になることが問題だ。
討伐隊が組まれたり、帝都にいる勇者達が私を連れ戻しに来たりするとなると、それはとても面倒だ。
だから、私は飛ぶ時間を夜に限定している。
できるだけ野営や村などの明かりを避けて見られることを防ぎ、日が沈んでいる間だけ飛び続ける。
昼間には、できるだけ人通りの少なそうな場所を探して、そこで休息をとる。
適当な場所に森があればそれが最高なのだが、一度だけ森ではなく平原の中で休憩を取らざるを得ない時があった。
その時、依頼を達成するために平原で狩りをする冒険者に鉢合わせてしまった。
下心が見え見えの声で話しかけて来たりしてとても煩かったので、魔法を使って眠らせてしまった。
と、大きなトラブルを挙げるとしたらそれぐらいだ。
そんなこんなで、私は教国に到着した。
教国に来た理由は、当然ながら蘇生魔法、つまり白哉のためだ。
帝国で読んだ本によると、教国は神に最も祝福されている国、らしい。
教国にある中央神殿では神の言葉を聞くことができ、唯一聖光神アポロンが御加護を授けられる場でもある。
そして、加護を授けられたものは神官、聖女の職を手に入れ、そして、「光属性を扱うことができる様になる」のだ。
この世界において光属性は産まれながらにして持っているものではなく、聖光神の加護があって始めて使うことができる様になると言われている。
つまり、ここ教国は世界一光属性の適性を持った人物が多い場所である。
私の扱う神聖属性は、光属性の上位属性らしいので、教国に神聖属性の持ち主がいる又はいた、可能性が高い。
だから、教国で資料を探せば、何か手がかりになるものが見つかるかもしれない。
又、加護を授ける聖光神についても興味がある。
ここには地球と違って神がいるらしいから、その神に協力を要請するのもありかもしれない。
「光の神」なのだから、蘇生魔法ぐらい使えるかもしれない。
聖光神は魔王を討伐することを望んでいるのだから、それに協力するという条件を付ければ了承してくれる、可能性はある。
だから、聖光神への繋がりがありそうな教国にわざわざやって来たのだ。
教国の中心地、聖スミルナは、帝都とは違った様相だった。
帝都が強大な壁を持ってその中を守っているのに対し、外壁のない、構造的にはオープンな街。
中心には、まるで城の様な教会がそびえ立っている。
その頂点には、どうやって立っているのかわからないほど不安定そうな、巨大なφの様な形をしたシンボルマーク。
事前に手に入れた知識だと、あれが聖光教のシンボルマークらしい。
φの紋章を刻まれた鎧を身にまとった騎士が、街の周囲を巡回している。
どうやら、この人達が所謂聖騎士で、教国の基本戦力の様だ。
あまり関わり合いになるのはやめておきたい。
街の入り口では、一応検問の様なことはしているが、基本的にザル警備のため、侵入経路はいくつかありそうだ。
街の内部はかなり整っており、道は教会と広場を中心にして放射状に広がっており、街の形は二つの円を重ねた様な形になっている。
計画都市なのかと疑いたくなるほどだ。
実際にそうなのかもしれないが、真偽は不明である。
ちなみに、帝都は確実に計画都市ではない。
外壁には継ぎ足した様な跡がたくさんあり、道も曲がりくねっており、治安の悪い区域も一部にはある。
話を教国の聖スミルナに戻すと、治安は良さそうで、犯罪の危険性は低そうである。
だが、外敵に対する抵抗力が低そうな点は否めない。
そのぶん聖騎士団が強いのかもしれないが、そこらへんはよくわからない。
私が到着した時間帯は早朝だった。
当然、街中に飛び込む様なことはしない。
警備の聖騎士を眠らせて、その間に街に忍び込む。
あまり怪しまれないために、帝都にいる間に購入した粗末な服を着る。
違和感を与えない程度の範囲で、私は聖スミルナ内にある手がかりを探し始めた。
その日の夕方までに、私は中央の教会以外の場所は巡り終えた。
一日で成し遂げることができた理由としては、スミルナが小さかったことが挙げられる。
ただ、帝都と比べて小さかっただけなので、普通に街と比べたら十分大きい。
ヤラヴァ共和国が魔王軍によって落とされたらしいという噂が流れていて、町から逃げ出した人が多いというのも、私の探索を手助けしてくれた。
いつもは少なくとも倍以上の人通りがあるそうで、街からは逃げなくても、家に引きこもっている人は多いらしい。
噂の真偽は不明だが、ここまで広がっているところを見ると、真実だと思う。
国の上層部は、混乱を防ぐために情報統制を行っているのかもしれない。
実際その判断は正しいことであり、一国が落とされたなどとまともに国が報道したとしたら、どれほどの狂騒になるかは予想もつかない。
それはともかく、私が見つけた手がかりはほぼゼロだった。
街中にある怪しいものとしては、各地に点在する神を讃えるシンボルだけだった。
聖光教では神そのものの姿の像を造ることは禁止されているらしいので、φの様な形のシンボルマークこそが祈る対象らしい。
理由としては、神の真の姿に及ばない偽りの姿を形作ることは、神への冒涜だ、と教義の片隅にあるかららしい。
しかし、私が注目したのはその形だった。
街中にあった512個はどれもほとんど同じ様な見た目だけれども、実はいくつかのバリエーションがある。
23種類の、頂点の形だったり、一部の色だったり、どこかが違っているそのシンボル達はこの街の中で、教会と広場を結ぶ線を対象軸として、線対称に並んでいる。
何かの図形を描いている可能性はある、いや、これほど精密な並びである以上は、多分何かの意味がある。
けれど、私にはその意味がわからない。
大規模な儀式を行うための触媒だ、というのが私の見解だ。
それ以外に特殊だったこととしては、殆どの国にあるらしい冒険者ギルドが無かったことだ。
教国内の他の小さな街にはあったのに、教国の中心部であるここ、聖スミルナに限ってないのには違和感を覚える。
どちらも転職ができる場所として、教会とギルドが対立しているのならば話はわかるが、表立ってそんな話は聞いたことはない。
私としては、この街自体が何かの儀式場だから、それにギルドが邪魔だったという説を唱えてみる。
ただ、真偽は不明だ。
書籍という形での資料は、全く手に入らなかった。
図書館は教会の一部となっていて、身分証明書がなければ入ることができない。
一応ブレイブカードは持っているが、これを出すわけにはいかないだろう。
勇者としての身分を明かすことが、この図書館の中の情報に値するかどうかもわからない。
時間帯はもう夕方で、太陽が西空を染め上げるのは遠い先ではないだろう。
空が真っ黒になったら、図書館への侵入を試みよう、そう思っていた矢先の出来事だった。
南の空に、黒い点が現れた。
黒い点の数は一つではなく、どんどんとその数を増やしてゆく。
黒い点が近づいてきて、その正体がわかる頃になると、街は狂騒に包まれた。
それは竜、それは巨蟲、それは怪鳥、それは黒い雲。
それは軍勢、それは大軍、それは侵攻。
そう、それは、空を埋めつくさんほどの魔族の軍勢だった。
魔族達は街に近づくと、街に向けて魔法の攻撃を開始した。
逃げ惑う人々にも容赦しない魔族の手によって、街は地獄絵図へと一瞬で変貌した。
「卑怯だぞ! 地に降りてきて戦え! この悪魔どもめ!」
聖騎士達は応戦しようと試みるも、空に対して攻撃する有効な手段を持っていない。
嘗て私が迷宮でケルベロス相手にやったことを、ここでは魔族が実践している。
相手に対空攻撃手段がない場合、遠距離攻撃ができる飛行能力はほぼ無敵となる。
ただ、ここでは聖騎士達も黙ってやられるだけではなく、ある程度光魔法で応戦している。
あくまでも純粋な対空手段ではないので、威力不足は否めない。
けれど、魔族に対してある程度の傷を与えることには成功している。
「悪魔はキサマらの方だ! 我らが同胞がお前達にどれほど殺されたと思っている!」
ここまで持ちこたえているのは、聖騎士達の強さがあってのことだ。
もし帝国の騎士だったら、これほど持ちこたえることができるのだろうか、と思う。
それでもやはり魔族の方が優勢な様で、聖騎士達は少しづつ数を減らしてゆく。
このままだと、教国が落ちるのも時間の問題だろう。
それについては何の問題もない。
けれど、一つだけ問題がある。
それは、この街にある資料について。
魔族が勝った場合、この聖スミルナがどうなるかは分からない。
私の探しているものに繋がる何かがあるかもしれない。
こいつらに勝たせてしまうわけにはいかない。
もし私が参戦して功績を残した場合、教会関係者からの印象は良くなるだろう。
教会のさらに内部までを見ることも、不可能ではないのかもしれない。
「我は望む、神の如し干渉を
其れは白銀の翅、天駆ける希望の双翼
神聖属性魔法、単純派生、銀翼生成」
魔族の皆さん、あなた達の目的は問いません。
私は、私の極めて個人的な事情のために、あなた達を殲滅します。




