006
目の前には巨大な龍がいた。
龍とは、ファンタジーにおける最強生物。その最上位の力は普通人間に向けられることはなく特に何かしない限りは襲ってこない、はずだった。
僕の前には今、絶望の体現者である龍がいる。
悪い予感がして、身体強化をギリギリ体が耐えられる最大まで引き上げて後方に跳ぶ。
その次の瞬間、僕が今の今まで立っていたところが土煙を上げて吹き飛んだ。
龍が前足を振り下ろしたのだ。
川の岸辺だったところは跡形もなく、ただただ破壊の跡が残るのみだった。
少し避けるのが遅れていたら自分もこうなっていたのか、と思い少し身震いする。
そして心の中で、お前の方が森を荒らしてるだろ、と突っ込む。
「ほう、今の一撃を避けるか。面白い。久々に戦い甲斐のある相手というわけか」
龍は今の一件で本気になってしまったようだ。
「待ってくれ、こっちは森を荒らす気はない。そしてあなたと戦うつもりも無い。話し合いをしないか」
ダメ元で叫んでみる。
「無駄だ。我の守る区域に入ってきた者はすべて我の敵。話し合いなど認められん。寝言は我に勝ってから言え!」
龍は聞く耳を持たない。どうやら戦闘は避けられないようだ。身体強化をもう一度掛け直し魔力腕を2本展開する。
次の瞬間、龍の口から凝縮された魔力が放たれた。どうやらブレスのようだ。魔力量的には僕と比べたらさほど多くも無いが、破壊力は龍の方が圧倒的に高そうだ。
これが龍言語魔法か、と思いながらブレスの範囲から急いで逃げ出し、魔力腕を伸ばして龍の脚を絡め取ろうとする。
しかし、それは容易に避けられた。
「面白いぞ。このような戦いは何年ぶりか」
龍はこの戦いを楽しんでいる様だ。けれど、一瞬の隙も無い。間髪も入れずブレスが飛んできた。
横に飛んで避けたところに脚が落ちてくる。
回避不可能と判断し、魔力腕で龍の脚を受け止める。
龍の脚に激突する瞬間だけ込める魔力を瞬間的に増大させて受け止める。しかし、その衝撃までは殺せずに後ろに吹き飛ばされた。
飛ばされる一瞬のうちに魔力弾を生成して発射する。
けれど、龍はそんなことを気にもせずに鱗によって弾かれた。
元からダメージを与えるつもりもなく牽制のつもりで撃ったものだが、全く効かないというのは地味にショックだ。
向こうは待たずにブレスを撃ってくる。
このままだと避けられない。なのでこちらも不本意ではあるが切り札を一枚切ることにした。
(身体強化、限界突破)
身体強化に込められる魔力には上限が存在する。それは、体が耐えられるかどうかの限界だ。今まで僕は身体強化をこのラインぎりぎりで使ってきた。そして、このラインを超えると体が崩壊する、らしい。
けれど、僕が今行っているのはその限界を超えた身体強化だ。身体強化をかけながら、崩壊する体を強引に魔力で押しとどめるという無茶苦茶な強化だ。多分、これが終わったらほとんど動けなくなるだろう。そして、長時間使っていると死ぬ可能性すらもありうる。
しかし、そのリスクを伴っても有り余るほどの力が発揮された。龍もこれには驚いたのか、人間でいえば目を見開いた様なそぶりを見せた。
さっきまでは避けられそうにもなかったブレスすら少しだけれど余裕を伴って回避できる。そして、木々の間を音速で駆け抜ける。
吐き出されるブレスをギリギリで回避しつつ龍の下まで戻ってくると、魔力腕を再び展開する。
脚は受け止め、ブレスは回避する。相手の攻撃はこちらへの有効打とはなり得なかった。
しかし、こちらも魔力弾と魔力腕で応戦するも、有効打は決められ無いままだった。
魔力の腕が舞い、ブレスが木々を切り裂き、龍の脚や尻尾が暴れまわり、地面は穴だらけになり、一帯はまさに荒地と化していた。
これこそまさに、森を荒らすとでもいうべき状況だ。
森を荒らすもの以上に森を荒らしているであろう森の守護者は、全く気にとめる様子もなく、戦い続けている。
戦闘開始からどれほど経過したのだろうか。
正確な時間はわからないが、時間が経てばたつほど僕が不利になるのはわかっている。それは、身体強化のせいだった。
魔力で強引に体の崩壊を抑えているとはいえ、その限界はいつかくる。その瞬間がいつ来てもおかしくないのはわかっていた。
よって、僕は最後の切り札(最後と言っても二つしか切り札はないが)を切ることにした。
この戦闘において確実に勝利を収められる切り札。圧倒的すぎる一ヶ月に一度きりの切り札を。
龍の脚が振り下ろされるその瞬間、魔力腕で受け止める代わりに僕は固有スキルを発動した。
([時間凍結]!!)
その瞬間、僕の周りの時間が止まった。あの圧倒的な龍の巨体もすべて止まっている。
僕以外が動かぬ像と化した世界10秒きりの世界で、僕は龍の背中に飛び乗り、魔力腕で龍の首をがんじがらめにした。
そして、時は動き出す。
そして、龍が動き出す前に僕は大声で叫んだ。
「動かないでください。僕の勝ちです。これ以上戦闘の意思を見せるなら、僕はあなたを殺すしかない!」
龍は、何が何だかわからないといったようで一瞬あたりを見まわそうとしたが、首が動かないことに気づき、現状を理解したようだった。
「わかった。我の負けだ。そなたの言う通り話し合いでもなんでもするがよい。でも、まずはこの魔力を取り払ってはくれないか?」
「そんなことをしてだまし討ちをしないという保証はあるんですか?」
「嘗て風龍の王として龍種最強の一角を担っていたこのヴィントの名において誓おう。我の負けだ。大人しくそなたに従おう」
一応アカレコ先生に聞いてみることにする。龍は約束を守るのか?
<はい。龍はとても誇り高い生き物です。約束は決して破りません>
アカレコ先生の保証をもらったところで解放してやる。
龍はそれをみて、一度着地して言って。
「礼を言う。改めて名乗るがヴィントだ。ヴィントと呼んでくれて構わない。我を破りし強者よ、そなたの名前を教えてはくれないか?」
「僕は、、」
カレル=ウォルター、と言おうとして一瞬考える。僕は捨てられた子供だ。カレルのファーストネームを名乗るのはまだしも、ウォルターを名乗るのはやめたほうがいいんじゃないだろうか。ここで前世で親しんだ名前に変えるのも悪くはないのかもしれない。
「ハクヤ=アイザワだ」
「わかった。ハクヤ殿よ、なぜそなたがここにいるのか教えてはくれないか?」
僕は、転生した部分と固有スキルを除いた事情を説明した。
龍、いやヴィントはその間ずっとさっき暴れていたのが嘘のように大人しく聞いていた。
「ほう。そなたなら信用してやってもいいな。我がここにいる理由を教えてやってもいい」
「わかった。教えてほしい」
「我がこの森に来たのは20年ほど前のことだった。我は息子に風龍王の座を明け渡し、死に場所を求めていた」
ヴィントは語り出した。その内容を簡潔にまとめるとこうなる。
この森の奥には差別から逃れてきた獣人達の集落がある。
ヴィントは集落の長と契約してこの森への侵入者を排除して人間から集落を守っている。
その代わりに、ヴィントが死んだ後死体を悪用されないように守って貰うことを約束している。
「龍の身体は最高の武具の素材になるとも言われる。龍王を冠していた我なら特に、だ。信頼できる者以外に使われたくはない」
「息子がいるんでしょう。なんで息子に頼まないんですか?」
「仮にも元龍王だ。息子にみっともない姿は見せられるわけがなかろう」
龍の誇りというのは結構大変らしい。
「そうか。こっちから二つお願いがあるんですけれどいいですか?」
「よかろう。我は負けたのだ。敗者は勝者に従う義務がある」
「まず、一つ目は僕を獣人の集落に住まわせて貰う口添えをしていただきたい。僕は決して獣人に対して差別はしない。僕は決してこの集落のことを信頼できる人間以外に話しません。また、その集落にいる間は集落の守りにも協力しましょう」
これで、住居を確保することにする。人間の町や村だった場合は僕を捨てた親に僕の情報がいく可能性があるが、人間との交流を絶っている場所ならその危険はない。
「信頼できる、とはどういうことか?」
「獣人を差別しない、ということです」
「よかろう。その願いを聞き届けよう。我を破った強者が守ってくれるというならかなり安心だ。そして、そなたはまだ強くなるのだろう。しかし、その約束を破ったら我はそなたに敵わなくともそなたの敵となる。このことだけは覚えておけ。では、二つ目はなんだ?」
「ここで身体強化を解くと僕は動けなくなります。集落まで僕を運んでくれませんか?」
「わかった。それなら簡単なことだ」
ヴィントは案外あっさりと承諾してくれた。
そして、その言葉を聞くや否や僕は身体強化を解除した。
無理やり押さえ込んでいた疲労や痛みがどっと押し寄せてくる。
そのまま僕の意識はブラックアウトした。
名前 ハクヤ=アイザワ
年齢 0
種族 普人族
レベル 0
適正 【光】【闇】【時空】
魔力 294892048/294892048
体力 17
筋力 21
俊敏 18
精神 26
気力 26/26
スキル
[剣技lv3][並列思考lv5][魔力制御lv7][光属性魔法lv2][闇属性魔法lv2][時空属性魔法lv1]
固有スキル
[無限の心臓][全知の理][時間凍結]
称号