057 「勇者」の試練
World view
大罪と対を為す固有スキルで、美徳スキルというものがある。
ただし、たまに発見される大罪とは違って、千年以上の間所有者は現れていない。
「市谷君!」
仲間の連携と勇気は奇跡を起こす、そんな都合のいい話はあるわけがない。
市谷が、ケルベロスに隙を突かれて、右の崖から突き落とされてしまった。
この崖から落ちて生きているとは思えないが、今助けに行ける様な状況ではない。
周りを見渡すと、俺以外の全員がほぼ満身創痍だ。
俺も、そう変わらない状態だが。
だけれども、もし俺達が立ち止まれば、今怯えているクラスメイトの方にケルベロスの狂牙は向けられるだろう。
一瞬そんなことを考えたら、その次の瞬間にはケルベロスの足が目前に迫っていた。
「光輝ぃぃ!」
その声とほとんど同時に、俺の視界は闇に閉ざされた。
意識が覚醒する、いや、無理やり覚醒させた。
俺は運よく、壁の方向に弾き飛ばされたらしい。
俺以外は、未だに化け物と戦っている。
俺だけは、未だに痛みでまともに動くことができない。
俺は勇者だ。
皆を守る義務がある。
でも、この醜態は何だ。
俺一人が床に這いつくばり、仲間だけに危険な思いをさせている。
それどころか、さっきは仲間の一人すら救えなかった。
何が勇者だ。
何が人類の希望だ。
ちょっとした力があるだけのただの無力な逸般人だ。
だけれども、それでも、俺のことを勇者と言うのならば……
「俺はこんなところでずっと寝そべっているワケには行かないんだよ! 限界突破ァ!」
その期待に、「勇者」として答えるだけだ。
一瞬のうちに痛みや疲れが消え去り、身体中から力が溢れてくる。
これなら行ける、と、根拠もないのに確信する。
聖剣を再び構え、化け物に向かって走りだす。
「どいてください。一発嚙まします!」
未だ奮闘し続ける騎士達に向かって叫ぶと、聖剣を大きく振りかぶった。
身体中から、限界突破だけではなくそれ以外にも力が溢れてくる。
これならば絶対に行ける、と心の底から信じて、
「この一撃で、死ねェエ!」
聖剣を使った最高の一撃を、ケルベロスの頭に叩きつけた。
「何で、そんな、これだけやって、」
ケルベロスは、全く、怯むことなどなかった。
黒い体毛は、変わらない黒い輝きを保っている。
「傷一つさえも付けられないんだよ!」
瞬間、身体中から力が抜けていくのが感じられた。
限界突破が切れたのか、そう一瞬でわかった。
体を支えることすらできず、俺は地に倒れ臥した。
目の前に、絶望が迫ってくる。
「やめろぉぉぉ!」
食われる、そう思った。
本当に、そう思った。
その瞬間、ケルベロスが吹き飛ばされた。
超高速で吹っ飛んできた入り口の扉にぶつかられて。
何が起きたのかわからなかった。
気がついたら、入り口とは反対側の壁に、ケルベロスが叩きつけられていた。
そして、その前に見覚えのある扉が落ちている。
慌てて入り口の方を見ると、たった一人の少年が立っていた、足を前に突き出した状態で。
そいつが何をしたのかはすぐにわかった。
扉を蹴飛ばしたのだ、ということは。
何をしたのかわからなかった。
扉を蹴るだけで、あの化け物をいともたやすく吹っ飛ばすだなんて。
「それで勇者なんですか。弱いですね、弱すぎますね。それで人類の希望ですか、笑えますね」
その惨状を作り出した奴が、入り口の扉があったところから入ってきた。
年齢としては、俺たちとあまり変わらないように見える。
髪も、少し長いけれど、黒色という点では同じだ。
けれど、違っていたのはその目だ。
蒼と紫のその目は、まさに捕食者の側にいる者の目。
自分の勝利を疑わず、弱者を蹂躙する強者の目。
ケルベロスは、その少年を最大の脅威と認識したらしく、一気に起き上がると襲いかかった。
「ああ、まだ生きていたんですね。鬱陶しいから早く死んでいただけませんか?」
そう少年が言うと、ケルベロスの速度がガクッと下がった。
次の瞬間には、被捕食者はいつのまにか少年の手に握られていた長剣で真っ二つになっていた。
少年の剣は、驚いて見ているうちにいつの間にか消えていた。
倒された直後にケルベロスの体は薄れていき、宝箱が一つ現れた。
「それはそうとして、こんなところで何をやっているんですか? 一応あなた方は勇者でしょう? 僕が偶然ここに来なかったら死んでいましたよね?」
少年は、さっきと比べて若干光っている紫の瞳を俺たちに向けて、一方的に話し立てる。
「そんなんじゃ、命がいくつあっても足りないと思いますよ。僕にとってはどうでもいいことですが」
俺たちは、気圧されて誰も声を出すことができない。
「一応忠告しておくだけしておくと、この先に進むのはやめたほうがいいですよ。まあ、今すぐに進まないぐらいの分別はあると思っていますが」
酷い言われようだ、けれど、そう言われるのも仕方がないのかもしれない。
徐ろに、少年はどこからともなくいくつかの瓶を取り出すと、それを俺の方に投げてよこしてきた。
「僕は生きている人を見殺しにするほど人間をやめているつもりはないので。かけてあげるだけで効果を発揮しますよ」
そう言って、少年は瀕死の状況に陥っている騎士たちの方を一瞥する。
「では、僕はこの先に行きますので。くれぐれもついて来ないでくださいね、魔物と間違って殺してしまうかもしれないので」
そう言って、少年は出口の扉の方に歩き始めた。
ケルベロスの宝箱を完全に無視しながら。
今ここでこのまま行かせてしまうのは簡単だ。
少年は扉に手をかけ、もうすぐこの部屋を出てしまうだろう。
でも、
「ちょっと待ってください」
俺は何も考えずに、直情的に、呼び止めてしまった。
「何ですか?」
「えーっと、その」
「特に用事がないのなら、行ってしまっても構いませんか?」
「まず、助けてくれて本当にありがとうございます」
「はいはい、そうですね。で、わざわざ呼び止めてたったそれだけですか?」
考えなしに話しかけたので何を言うべきかわからない。
けれど、なんとかして話を続けようとしてしまう。
「一体、何をどうしたんですか?」
「ああ、ケルベロスの話ですか? それなら、ただ単に斬ったただけです」
「一体どうやってこのダンジョンに入ってきたんですか?」
「説明するよりも、地上に出ればすぐにわかりますよ」
そうだ、これほど実力がある人に頼めば、もしかしたら助かるかもしれない。
きっと、頼めば助けてくれるだろう。
生きている可能性は高くないが、その可能性にかけてみたい。
自分では行けない分は、何としてでも。
これは、多分俺の自己満足なんだろうが。
「そうだ、えっと、クラスメイトが一人下に落ちてしまったんです。どうか、もし下層で遭遇したら、助けてくれませんか?」
「すみませんが断らせて頂きます」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
了承してくれるのが当然だと思っていたのに。
「何でですか!」
「その落ちてしまった誰かさんを助けることで、僕にどんなメリットがあるんですか? ないでしょう?」
「でも、俺たちを助けてくれましたよね!」
「僕の通り道に魔物がいたのを排除しただけで、あなたたちを助けたつもりは一切ありません。これ以上は話し合うだけ時間の無駄ですね。では、帰り道もお気をつけて」
そう言うと、少年は扉をくぐって先に行ってしまった。
俺たちは、ただそこに取り残された。
はっとして、手元にある渡された瓶の存在を思い出した。
俺は慌てて、瓶の中身を騎士たちに振りかける。
すると、満身創痍だったはずが、一瞬で起き上がれるほどにまで回復した。
不思議現象は嫌という程見飽きているので、驚きはしても大しては驚かなかった。
帰り道では、誰も口をきかなかった。
理由は誰もがわかっている。
当然、俺もわかっている。
俺はなんで勇者なのだろう。
哲学的な問いではない。
なんで俺が「勇」気ある「者」なのだろうか。
俺は、まず、桐尾を救うことができなかった。
あの時、声の掛け方さえ違えば、桐尾の選択は変わっていたのかもしれない。
そして、次に市谷。
俺がもっと強ければ、ステータスで劣る市谷を戦闘に駆り出すようなことはなかったのに。
落ちてしまうことなどなかったのに。
最後に、クラスメイト全員。
俺の弱さのせいで、あのまま助けが来なければ全滅は必至だった。
結局、俺は何もできていない。
俺が勇者なのは藍澤がいないから、それだけだ。
本来ならば俺に与えられるような代物ではなかった、そうに違いない。
だから、俺は勇者として努力してきた。
けれど、その努力になんの意味があったのだろう?
藍澤に追いつく、と心中では宣言しておきがら、俺が追いつけたのは何歩だろうか?
きっと、それは0歩に限りなく近い。
俺は、いつまでたっても負け組なのか。
熊切は、今でさえも気丈に振る舞っている。
仲の良かった三人の友人のうち、一人は死亡、一人は行方不明、一人は生死不明。
それでも、何で、笑っていられるのだろうか。
こいつの方が、よっぽど「勇者」な気がしてきた。
もしかしたら、俺は誰よりも「勇者」に相応しくないのだろうか。
誰かがそれを口に出したら、今の俺は肯定してしまうかもしれない。
帰り道の魔物は、強さは変わっていないはずなのに、なんだかとても強かった。
それと同時にとても弱かった。
やっとの事でダンジョンから出てきた後、さらにもう二つの衝撃的な出来事が判明した。
まず一つは、ある程度予想がついていたこと。
ダンジョンを警護していたはずの兵士たちが、全員虚ろな表情で正気を失っていた。
話しかけても、言葉にならないようなうわ言を繰り返すばかり。
誰の仕業かは、考えなくてもすぐにわかった。
けれど、その犯人に俺たちは助けられたのだと考えると、複雑な気分になってしまう。
もう一つは、誰も予想していなかったこと。
ダンジョンから脱出して一息ついたところで、もう一人、クラスメイトが失踪していることが判明した。
ダンジョン内はそれほど明るくなかったので、どこからいなくなっていたのかはわからない。
けれど、ダンジョン内で彼女を見たと言うクラスメイトは誰もいなかった。
何で、クラスの二人目のムードメーカがいなかったことに、誰も気が付かなかったのかはわからない。
それだけ、ダンジョン内が殺伐とした状況だったのか。
それだけ、俺たちの心に余裕がなかったのか。
そう、クラスメイト八十島三日月が、行方不明になっていた。
名前 コウキ=タカムロ
年齢 16
種族 普人族
レベル 9
職業 勇者(固定)
適正 【光】【火】
魔力 3012/3012
体力 2513
筋力 2234
俊敏 1765
精神 1023
気力 1023/1023
スキル
[剣術lv4][聖剣適正lv--][絶対鑑定lv--][限界突破lv--][アイテムボックスlv1][魔力操作lv2][火属性魔法lv2][光属性魔法lv1]
武技
聖剣:
固有スキル
[勇気の誓い]
称号
[勇者][異世界人]




