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深淵の神刻魔剣士(更新永久停止中)  作者: 易(カメレヲン)
第参章 歪んだ勇者達へ、
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048 八十島三日月の追憶

しばらく、主人公は出て来ません。


 私は気がつくと、屋上のフェンスの外側に来ていた。

 屋上には本当は鍵がかかっていては入れない、はずなのだが、ここには一つだけ抜け道がある。

 階段の窓から外に出て少しだけ登ると、屋上に出ることが出来る。

 これは、私がふと屋上に出る手段がないだろうか、と言った時、白哉が屋上に出るために考えてくれた手段だ。

 当時は、そんな危ないことをするなと叱ったけれど、結局一緒に何度も屋上に行った。

 けれど、もう一緒に屋上に行くこともできない。


 屋上の風に吹かれ、私の頭の中で、隣に白哉がいる頃のことが次々と思い出される。



 第一印象は、はっきり言ってもうよく覚えていない。

 いつのまにか隣にいた、という感じだった。

 物心つく前から一緒だったかどうかは判らないが、多分それに近いものだったのだろう。

 それゆえに、白哉を欠いた日常を想像することすらできなかった。


 幼稚園、この頃から毎日、両方の母親が付いていたものの、二人一緒に登校していた、いや、正しく言えば通園だ。

 家からさほど離れていなかったというのもあり、幼稚園まで歩いて通っていた。

 幼稚園の頃から、白哉は天才だった。

 私としても、幼稚園児としては平均より上だったはずだ。

 実際私でも、ほとんどの遊びにおいて、勝った思い出の方が圧倒的に多い。

 その上、幼稚園の頃から平仮名を書くこともできたし、2桁の足し算をすることができたらしい、と白哉から聞いた。


 しかし、白哉はその遥か上を歩んでいた。

 私は、白哉が、ほとんど遊びにおいて、負けていた記憶が全くと言っていいほどない。

 勿論、ジャンケンなどの運が全てのゲームなら、私でも勝てることはあった。

 とは言え、運が多少介在している程度ならば、白哉はほぼ全ての勝利を実力で引き寄せていた。

 しまいには、サッカーのチーム分けが1対残り全員になるほどだった。

 それが、ほぼ唯一の白哉が苦戦するケースであり、白哉が負ける可能性もあるケースだった。

 勉強の面でも、私の上を闊歩していた。

 幼稚園生のはずなのに、簡単な漢字ならば当たり前のように使いこなし、3桁の割り算までできたとか。


 そんな白哉を間近で見続けた私が抱いた感情は、嫉妬でも憎悪でもなく、ただひたすらな憧れだった。

 白哉みたいになりたい、そして、白哉の横に並べるようになりたい、と。

 私がそう決意したのはこの頃だった。



 小学生になって、白哉との差は縮まるどころか、さらに開いていった。

 小学一年生の頃、私は、幼稚園生の頃の白哉には追いついていた。

 小学生ながらも、父や母の本を漁り、小学生の基準としてはものすごい深夜である23時まで勉強をした。

 両親から、小学生なんだから早く寝なさい、と言われた回数は数え切れない。

 それでも、色々と駄々をこねたり、貧相な語彙で屁理屈をこねたり、こそこそ隠れてやり過ごしたりしているうちに、とうとう両親も私を寝かせることを諦めた。

 落とし所としては、何があっても23時には寝ること、という形で落ち着いた。

 しかし、そこまでしたのに、私は白哉に敵わなかった。

 白哉はすでに中学分野まで進出を開始し、二次関数だったり、英語だったりと、遥かな高みにいた。

 白哉もこの頃は私に負けないほど勉強していたようで、白哉のお母さんが私の母と、子供が勉強をして眠らないことについて愚痴を言っていた。

 白哉は、私の前ではそこまで勉強をしているようには見えないのに、実は裏で頑張っていたと知ると、なんだか少し微笑ましくて誇らしかった。

 白哉に追いつこうと決心したのに、私と白哉の差はただ広がるばかり。

 それでも私は、この頃もほとんど白哉の隣にいた。



 小学校高学年になる頃、白哉はさらに私の手の届かないところにまで到達していた。

 私はようやく高校範囲を始めたばかりなのに、白哉は高校範囲などとうの昔に終わらせて、いろいろな専門分野に手を出し始めていた。

 それに加えて、私の質問にも嫌な顔をせずに答えてくれた。

 

 この頃から白哉はかなりモテて、女子の中で好きな男子ランキング1位の座を不動のものとしていた。

 実際に誰かがランキングを作ったわけではないが、友達と話しているうちに何となく、私を含めた全員が理解していた。

 今なら理由はわかるが、この時、友達が白哉を褒める度に少し嬉しくはなるのだが、なぜだかすごく嫌な気持ちになった。

 

 白哉が自分自身を隠すようになったのも、この複雑な時期とあまり異にしない時だった。

 今までも、あまり自分の力をひけらかしたり、それを鼻にかけて自慢するなどと言ったことは全くなかった。

 けれど、今までとは明らかに何かが変わっていた。

 

 パッと見て、今までと変わった気はそこまでしない。

 行動、仕草、話し方など、細かいところに目を向けて考えると、何かを取り繕っているような感じがしてくる。

 まるで、本当の白哉自身を隠して、偽って、無理をして何かをしているような。

 気づいたのは私だけで、私の友達も、誰も、白哉の変化について気がつかなかった。

 それでも、家族の前では、私の前では、いつもの変わらない白哉のままだった。

 当時の私がそれに軽い優越感を抱いたことは間違いない。

 


 私と白哉は、同じ中学の制服を着ることになった。

 家が隣どうしなのだから、当たり前といえば当たり前だ。

 白哉は、その頃から、歩みを止めてしまっていた。

 勉強でも、スポーツでも、全く違和感がない範囲で、自分があまり上達しないように振る舞っていた。

 これも、気づいたのはこれも私だけだったのかもしれない。

 けれど、私はそんなことを気にしていられなかった。

 それよりも、もっと大切なことに気がついてしまったからだ。


 今更ながら、白哉はかなりモテる。

 私もモテる方かもしれないが、それとは全く比べ物にならない。

 誰々が白哉に挑んで玉砕した、という話は何度か聞いたことがあったものの、実際の現場を見たことは一度もなかった。

 そして、私があの日それを見たのは全くの偶然だった。


 その日、私はジャンケンの女神様に見放され、部室の掃除を請け負ってしまった。

 ぼやきながらも、できるだけ早く終わらせるために昼休みが始まるや否や部室へと飛び出した。


 部室を掃除しているところで、ふと窓の外を見ると、そこには白哉と誰かはよく知らないけれど結構可愛い女の子がいた。

 何を話しているのかは聞こえなかったが、何を話しているのかは雰囲気で大体わかった。

 その瞬間、胸がものすごく痛くなった。

 心臓も、全力で200メートルを走った後のように動悸を打ち、いつもと違う何かを知らせていた。


 結局、その女の子は前例に漏れず玉砕したようで、泣きながら走り去って行った。

 白哉は私に見られていたことに気がつかなかったようで、そのまま校舎に戻って行った。

 一人部室棟の中に残された私は、何をすればいいのか、何と言えばいいのかわからなかった。


 その感情の理由は、すぐにわかった。

 私は、その感情を言い表すのに相応しい単語は、たった一つ以外思いつかなかかった。

 きっと、これは、間違いなく、



 けれど、中学卒業まで私達の関係は変わることがなかった。

 私の方は色々と私達の関係について真剣に考えたのだが、白哉には全くそういう考えはなかったようだ。

 途中からは忙しすぎて、余計なことを考える時間が全くなくなったというのもあるが。

 何故ならば、白哉は生徒会長として学校に革命を起こし、私は副会長としてサポートをしていたからだ。


 一年生の頃から人望と演説力の巧さで何故か生徒会長の席に収まった白哉は、全校生徒の前でこう宣言した。


「僕は、この中学に革命を起こします」、と。


 一年の頃は、私はヒラの生徒会役員という職だった。

 白哉と同じように、最初から生徒会副長なんて職につけるはずがない。

 けれど、それでも、大量すぎるほどの仕事があった。

 

 白哉の打ち出した、『革命』の第一段階としては、校内の不良を完全に更生させることだった。

 そのために、私を含めた生徒会の全員は全力でこき使われることになった。

 不良、と呼ばれる生徒達の情報を集め、不良同士の力関係などについても調べ、家庭事情なども調べ、行動パターンを調査し、全員が完全に更生するにはどうすればいいのかの計画を立てる。

 一度更生してももう一度戻ってしまったら意味がないと言って、根本的原因そのものを突き止め、それを消し去る。

 手段としては、正統的な話し合いから、教師を利用した作戦、話し合い(物理)まで、どんな手段であれ有用ならばそれを用いて実行する。

 こうして、生徒会全員の過度の睡眠不足を代償に、1ヶ月ほどで校内における不良は完全にいなくなった。

 私自身の睡眠時間もかなり削られ、その上勉強もしているため、1日あたり1時間ほど眠る生活に慣れてしまった。

 なお、半分以上は生徒会長自らが執行しているが、忙しすぎてそれにツッコミを入れる生徒会メンバーなどいなかった。


 その後、生徒会の一員だった間は、恐ろしいほど充実した時間を過ごした。

 校内の清掃の強化だったり、全生徒に対する成績向上企画だったり、その全てを生徒会の苦労と引き換えにして成功させてきた。

 

 生徒会を惜しまれながら引退した後は、受験勉強の期間に入り、あれよあれよというまに卒業式になっていた。

 そして、卒業式の日、私は白哉から告白された。


 告白をいちいち断るのが面倒だから、付き合っているフリをして欲しい、と。


 その瞬間、私は泣き出したいような、喜びたいような気持ちになった。

 所詮私は白哉の恋愛対象などではなく、あくまで一番仲の良いだけの幼馴染なのか、と思った。

 逆に、白哉には今は好きな人はいないのだ、つまり、私に一番チャンスがあるのかもしれない、とも思った。

 それでも、私は白哉の提案を了承した。

 白哉の隣に居られるのならそれでいい、今はそれだけでいい、と自分に言い聞かせた。

 

 その時は、『今』が永遠に続くものだと思っていた。

 その時はそう思っていた。








 そして、私の所為で、白哉はあっけなく死んだ。



 そして、私は『今』完全に独りだ。

 




 

 気がつけば、フェンスにかかっていた太陽はいつの間にか頭上から見下ろし、私を照りつけている。


 白哉は私を守るために死んだ、だから、ここで私が死んだら何もかもが無駄になる、そう自分に言い聞かせる。

 一応学校に来たのだから、授業にはきちんと出ないといけない。

 こんなことは絶対白哉も望んではいないはずだ、ともう一度言い聞かせる。


 空っぽな体を引きずって、無機質な廊下を一人で歩き、教室へ向かう。

 どうやら昼休みのようで、あちこちから楽しそうな雑談をしている声が聞こえる。

 重いドアを開け、教室に入る。

 どうやら授業が長続きしていたようで、クラスメイトは私が本当にいて欲しい一人を除いて全員が揃っていた。

 クラス内にいるのは、掛け替えのない一人を欠いて、39人。

 教室中から奇異の視線が集まる、しかし、誰も話しかけてこなかった。


 何故ならば、次の瞬間、そんなことを気にしていられないようなことが起こったからだ。

 足元に金色で綴った幾何学的文様、魔法陣が展開する。

 驚き慌て、騒ぎ、困惑し、興奮しているクラスメイト達を尻目に、魔法陣は輝きを増し、そして、


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