044 とあるCランク冒険者の戦慄
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スキルの中で最強と言われるものは、固有スキルである。
固有スキルは、時に神さえも凌駕する。
大勇暦19999年3月、ラノリア王国はリンドヴァル王国に宣戦布告をした。
ラノリア王国は、当時国内がジャウアミ大事変によって乱れていた。
逆に、リンドヴァル王国は、帝国に次ぐ二番目に強力な、統制のとれた軍だと有名だった。
そのため、誰もがリンドヴァル王国の勝利を疑わなかった。
とはいえ、いくら余裕だと言っても、リンドヴァル王国も軍を派遣しない訳にはいかない。
冒険者ギルドに戦争への参加の依頼を出し、軍を整え、ラノリア王国の軍勢を迎え撃った。
そして、俺ことCランク冒険者のジェイクも、リンドヴァル王国の軍の一員としてそれに参加した。
冒険者になったものはどこの国にも属さない、それは、冒険者のメリットである。
とはいえ、俺はリンドヴァル王国に所属しているようなものだ。
この国で生まれ、この国で育ち、この国でCランクまで登り詰め、地元ではある程度の出世頭として歓迎されるまでになった。
ならば、この国に恩を返すのは当然だろう。
俺は、他の冒険者と共に遊撃部隊に回された。
冒険者は、軍隊として訓練を受けているわけではないので、普通の隊として使うと戦力が大幅に落ちてしまうため、遊撃に回されるのは普通のことだ。
遊撃隊の隊長は、本国軍から一人遣わされる。
とはいえ、実際のところはお飾りの隊長であり、実質的な隊長は、冒険者の中で最も実力が有る者が務める。
今回の場合は、『剛斧』という二つ名で知られるA級冒険者のトルハマーさんだ。
「それじゃ、俺は特に作戦とかはわかんねーから、ただ単に敵を倒すだけだ。お前らも全力を尽くせ!!」
「「「「「オォォォォォォ!」」」」
トルハマーさんの言葉には、何というかカリスマがある。
トルハマーさんは、斧を使いこなす凄腕の冒険者で、異例の速さでA級までの昇進を成し遂げた、俺の憧れの冒険者の一人だ。
勇敢で、男らしく、ソロを貫く、とてもカッコいい人だ。
最近は中型以上の魔石の買取価格が上がっているため、俺たち冒険者は結構羽振りがいい。
余分にある金で買った食料で、軽い夜の宴会のようなものにまで発展した。
戦争の前日だが、相手方にSランク相当の戦力さえなければ負けるようなことなどまず考えられない。
少しばかり羽目を外しても問題ないだろう、そう思いつつも、適度な時間に切り上げて俺たちは眠りについた。
翌日、俺たちは平原に布陣した。
国軍の方はきっちりとした隊列を組んでいるが、俺たち冒険者はそうではない。
冒険者は対魔物の戦闘が主な仕事であるが故に、臨機応変な立ち回りが求められる。
そのために、布陣などは邪魔なモノでしかない。
俺たちは、仲間とくだらない話をしながらも、適度な緊張感を持って、敵軍の到着を待った。
その時、地が揺れた。
自然のものとは思えぬその揺れに、冒険者も正規兵も関係なく、ほとんど皆が恐れ、慄いた。
そして、敵軍が到着した、銀色に輝くゴーレムの一軍が。
ただ、そのゴーレム達は普通のゴーレムとは似ても似つかぬモノだった。
普通のゴーレムと特徴としては、鈍重、怪力、硬質、その三つが挙げられる。
しかし、そこに現れたゴーレム達は、スマートで、どこか理知的で、片手に槍を持っている。
これが、ラノリア王国の秘密兵器、内部搭乗式魔像兵士が初めて戦場に駆り出された瞬間だった。
ゴーレムは、本来ならば、攻撃の威力こそ高いものの動きが遅いため、そこまでの脅威にはなり得ない。
また、理知的な戦闘などはせず、ただ力任せに暴れるだけである。
しかし、今、俺の目の前にいるゴーレム達は、隊列を組んで襲い掛かって来る。
誰もが、それらを前にしては無力で、ただ慄くばかり、
「お前ら!俺が手本を見せてやる!!」
そう言って、トルハマーさんがゴーレムの集団に向かって一直線で飛び出し、ゴーレムの内の一体めがけて目にも留まらぬ速さで斧を一閃した。
鮮血が飛び散り、ゴーレムが両断される。
「生身のまま戦えやしねえ臆病者どもがァア!!俺が全部まとめてブッタ斬ってやるよォ!」
トルハマーさんは返り血を浴びながら、敵の真っ只中で吼えた。
しかし、数の差は圧倒的だった。
トルハマーさんのおかげで恐慌状態から脱した冒険者達は、恐ろしい数のゴーレムを相手にして奮闘した。
魔法を使い、剣で斬り、何とかゴーレムの大群に抗い続けるも、ゴーレムにあまり攻撃は通らない。
そして、一人また一人とゴーレム達の持つ槍の餌食となっていく。
逆に国軍の方は、酷い有様だった。
兵士は対人戦闘を主とするので、ゴーレムの相手など務まるはずもない。
陣形は崩れ、我先にと逃げ出し、その逃げる軍勢には目もくれずにゴーレム達は、未だ戦慄している兵士達を串刺しにしている。
まともに戦っているのは騎士だけだが、剣も魔法もあまり通じないゴーレムに対して、ひどく苦戦している。
騎士達もどんどん数を減らしていくばかりだ。
そこに、さらなる絶望が降臨した。
銀のゴーレムとは違って、黒いゴーレムが。
武器としては、槍ではなく黒い剣を持ち、そして、圧倒的に強かった。
何とか戦っていた冒険者達が、騎士達が、黒いゴーレムが投入されてから一気に数を減らしていく。
黒いゴーレムは、明らかに経験豊富と見える剣技で敵を屠り、距離をとった相手に対しては、火の魔法を使って焼き尽くす。
まさに一騎当千の戦いを繰り広げていたトルハマーさんは、黒いゴーレム4体に取り付かれた。
そして、2体を巻き添えにして動かなくなり、ゴーレムの大群に押しつぶされた。
こうして俺たちは完全に敗北した。
トルハマーさんが死んでから、冒険者も、騎士も、完全に戦意をなくして逃走した。
俺もそのうちの一人であり、もう何も考えずにただひたすら逃げた。
ゴーレムは逃走する俺達に対して容赦無く追撃を行なった。
しかし、運命の女神様が微笑んだのか、俺は仲間の冒険者達と合流することができた。
その夜は、昨晩とは打って変わって、ダンジョンの最深層のように静かだった。
もちろん人数が大幅に減ったということもある。
昨晩は軽く見積もって400人はいたであろう冒険者達のほとんどがあの戦場で死に絶え、今ここにいるのはせいぜい20人程だ。
他にも逃げている冒険者はいるのかもしれないが、今ここにいるもの達と合わせても総数としては50に届かないだろう。
しかし、その数の減り具合が俺たちの口を閉ざしていてのではない。
俺たちが何も言えなかったのは、あの戦場で感じた圧倒的な恐怖ゆえ。
地を埋め尽くすような銀の兵士達、圧倒的な戦闘力を持つ黒い戦士、そして、一騎当千の活躍を果たしたトルハマーさんの無残な最期。
冒険者であるのだから、どうあがいても勝てないような圧倒的な相手とは遭遇したことが一度や二度あるものも多い。
しかし、もう勝てないと思った相手に立ち向かわなくてはならないという現実は、終わる気配のない恐怖を呼び起こさせる。
結局、その晩口を開いたものは誰もいなかった。
ただ、幸運なことに、敵方は夜襲を仕掛けて来るといったことはなかった。
その後もリンドヴァル王国軍は敗戦を重ねた。
みるみるうちに、ラノリア王国の率いる銀と黒のゴーレムに圧倒され、リンドヴァル王都の目前までラノリア王国軍は攻め込んできた。
その頃には、最初から戦っていた冒険者は、死ぬか逃げ出すかして、俺だけになってしまった。
俺より遥かに強く、英雄と呼ばれるに相応しい奴の命がゴブリンのように軽く蹴散らされるような戦場にいながら、俺は今の今まで生き残ってきた。
俺は何度も死んだと思った、なのに、今ここまで意地汚く生き延びてしまっている。
王都では、有力な冒険者や魔術師などのほとんどは逃げ出してしまったらしい。
しまいには、騎士や宮廷魔術師の中でも逃げ出すものが出てきているとも聞いた。
万に一にも、リンドヴァル王国に勝ち目はないだろう。
しかし、俺は負け戦でも逃げるつもりなどは甚だない。
ここで逃げ出すようなら、今まで死んでいった冒険者の仲間達に申し訳が立たない。
俺は今まで、ここで俺が代わりに死ぬべきだったのだと思っただろうか。
トルハマーさんに始まり、俺よりずっと生きているべき奴らが死んでいった。
そしてそれが、今度は俺の番だというだけだ。
故郷に残してきた両親と幼い妹の姿が頭の中に浮かんでは消えていく。
とはいえ、息子が冒険者になったからには、いつか急に死んでしまうことを覚悟してくれているだろう。
先立つ不幸をお許し下さい、とそっと呟き、頭の中から完全に追い払う。
冒険者のほとんどは、死ぬ直前まで次の瞬間に自分が死ぬことなど全く知らずに死んでいく。
それに比べて、死ぬということを事前からわかっている俺が幸せなのかどうかは判らない。
ただ確かなのは、明日、名もなき一介の勇敢な冒険者が、戦いの中で死んでいくということだけだ。
嗚呼、今は何も考えるべきことなどはない。
死を目前にしているのに、ここまで清々しい気分になれるとは思わなかった。
あまり信じてもいない神に祈りを捧げ、俺はおそらく人生で最後になるであろう眠りについた。
次の日の朝、一人の黒い長髪の少年がやってきた、俺を含む冒険者達が陣を敷いているところへ。
少年は、自分がBランク冒険者であり、依頼を受けてこの戦争に参加しに来た、と言った。
この歳でBランクとはかなりの才能だ。
わざわざ死ぬこともないのに、と本当に残念に思った。
それを口に出そうとして少年の方を向いた瞬間、偶然少年と目が合い、俺は底知れぬ恐怖を感じた。
全てを見通すような蒼い右目と、全てを引きずり込むような濁った紫の左目。
それらを見た瞬間、俺は本能的に恐怖を覚えた。
其の双瞳は、俺などには全く関心のない圧倒的な絶対強者の瞳。
思わず後ずさり、尻もちをつき、何も言うことができなかった。
少年は、俺のことを気にするような素振りも見せずに立ち去っていった。
そして、戦争は開始された。
銀の軍隊がこちらへと向かって進んでくる。
この地鳴りにももう慣れた。
ここが俺の死に場所だ、そう思い、左手に持った槍を握りしめて、最後の戦いへと赴く決意をしたまさに其の瞬間、
世界が止まった。
そう感じるほどの殺気が俺のすぐ後ろから放たれた。
世界の中心にいるのは、たった一人の黒髪の少年。
禍禍しい見た目をした漆黒の長剣を右手に持ち、ただ一人敵陣に向かって歩き出す。
その殺気に当てられて、リンドヴァル王国軍も、ラノリア王国も、誰一人として動くことができない。
少年は両軍の境界線まで歩くと、ラノリア王国軍に剣を突きつけてこう言い放った。
「貴方達に恨みはないです。ですが、僕のタメに死んで頂きます。恨むのならば、僕に敵対した貴方方自身を恨んで下さい」
そう言った次の瞬間、少年の姿は消え、先頭に立っていたゴーレム達が鮮血を散らせた。
少年が斬ったと判るまでに数秒かかった。
その一瞬の間すらにも、少年の殺戮は止まらない。
みるみるうちに、ゴーレムが赤く染まった物言わぬ物体へと化していく。
ゴーレム達は、慌てて少年を倒そうと動き出すも、姿すら捉えられないほど速く動くモノを相手にすることは不可能である。
黒も銀も関係なく、少年はただ単に滅びを振りまく。
俺たち冒険者も、王国の騎士達も、ただ敵軍が理不尽なまでに蹴散らされる様を見守ることしかできなかった。
たかが数分でラノリア王国軍は壊滅した。
理不尽な数の暴力は、圧倒的な恐怖を俺たちにもたらした銀と黒の軍勢は、もうそこには残っていなかった。
ここまでいくと明らかにやりすぎではないか、という疑問は、誰も口にしなかった。
その後、ラノリア王国に奪われた地域を取り戻すために、リンドヴァル王国軍は逆侵攻を開始した。
とはいっても、戦いはほとんどなかった。
ある程度進んだところで、ラノリア王国の使者が講和を持ちかけて来た。
明らかに一蹴して終わりだろうというそれを、驚くことにリンドヴァル国王は受け入れた。
これ以上の戦火で国を疲弊させないために、と言って。
講和条約の内容を俺は詳しくは知らないが、リンドヴァル王国は少しの土地と多額の賠償金を手にいれた。
風の噂で聞いたことだが、ラノリア王国が講和を持ちかけて来た理由としては、影でラノリア王国を支援していたSランク冒険者、『魔像使い』が、敗戦の噂を聞きつけて雲隠れしてしまったことらしい。
それを聞いた時、俺が感じたのは怒りでも、悔しさでもなく、圧倒的な無力感だった。
戦争そのものを一人で変えられる力を持った存在、それが、人外の領域。
その前では、俺はゴブリンと何の遜色もない相手なのだろう、と。
また、あの少年も同じように、人外そのものなのだろう、と。
黒髪の少年は、今回の戦争の一件で、世界で8人目のSランク冒険者に昇格した。
『黒葬剣』ハクア、それが少年につけられた二つ名だった。
第弐章終了。
次、接続章を挟んで第参章へ
名前 ジェイク
年齢 29
種族 普人族
レベル 34
職業 槍士lv19
職業履歴 見習い槍士
適正 【風】
魔力 153/153
体力 671
筋力 893
俊敏 912
精神 431
気力 431/431
スキル
[槍術lv2][洗濯lv1]
武技
槍:ランジ ハイスパイク
固有スキル
称号
序盤で一番書きたかった所です。
ここまでは元からある程度計画が立っていたのですが、ここから先は完全に行き当たりばったりです、ご了承下さい。
あと、不殺主人公は嫌だという感想について。
当話の構成が既に出来上がっていたため、毎回毎回とても嬉しかったです。
同時に設定集のスキル一覧も更新しましたので、興味があったらそちらもどうぞ。
設定集へは、シリーズ一覧から行けます。