012 獣王ヴィルヘルムの追憶
儂は、昔日本人じゃった。
今利龍弥というなんの変哲も無い一般人。
普通の高校を卒業し、平均的な大学に進学し、特に優秀な成績を収めるといったわけでもなく、かといって特に悪い成績というわけでもなく、普通に大学を卒業した。
院には進まず、就職することに決め、王手では無いものの大企業になんとか滑り込むことができた。
会社ではメキメキ頭角を現す、といったこともなく普通に働いた。
儂が人生に疑問を持ち始めたのはその頃じゃった。
俺は特に何もすることなくこのまま死んでいくのだろう、けれど、そこになんの意味があるのだろうか、と。
しかし、疑問は持っても何かが変わるということもなく普通に働いていた。
そして、26歳の時にトラックにはねられて死亡した。
その時は本当に驚いた。何故ならば死んだと思っていたらいきなり赤ん坊になっていたからだ。
転生した、ということをはっきりと認めるまでに結構時間がかかった。
そして、儂には双子の妹がいた、名前はサーシャ。儂も妹もどちらも稀少な虎人族の獣人じゃった。
儂等の生まれた家庭環境は不幸の体現のようなものだった、いやそれどころか家庭と呼んでいいのか怪しいほどだった。
母親はどこぞの変態貴族の性奴隷だったのだが、儂等を身籠ってしまい、追い出されてしまった、らしい。
母親はものすごく苦労していたようだった、儂等を育てるためにひたすら獲物を狩り、時には盗みを働き、儂等の前では明るく振る舞った。
狩りの腕が悪くはなかったことが救いだったようだ。
そんな母親が死んだのは儂等が3歳の頃じゃった。
盗みをしたところ、運悪く衛兵に出くわして捕まり、見せしめかのように火炙りで処刑された。
儂は泣きじゃくるサーシャを宥めながら、必死で泣くのを我慢していた。
その後、母親は何も言わなかったのだろうか、衛兵が儂等を捕まえに来るようなことはなかった。
母親が死んだ後の生活は一気に厳しくなった。
普人族の子供なら孤児院が引き取ってくれるが、この国では獣人は人として認められていなかっため、頼れる相手などなかったのだ。
幼いながら自分たちで獲物を捕まえ、食べられるけれどものすごくまずい野草を食べ、何とか助け合って飢えをしのいだ。
その時は生きることに必死だった、そして、生きていられることすらも不思議だった。
身体能力の高めの虎人族でなかったらどうなっていたのだろうか、そう考えていた。
そんなある日のこと、サーシャは泣きながら呟いた。
「何でみんななかよしになれないの?」
儂は驚いた、何故なら儂は、、
「わかった、俺が誰でも幸せに暮らせる国を創る。だから泣くな、大丈夫だ」
儂はその時、本気でそんなことができると思って言ったわけではなかった。
けれどなぜなのだろうか、このことは儂の記憶から抜け落ちなかった。
十三歳になり、綱渡りのような生活はずっと続いていたが、儂もサーシャも何とか食いつないできていた。
そんなある日のこと、サーシャが行方不明になった。
儂は気が狂ったように妹を探した。
狩りに適した森、スラム街の中でもある程度安全な場所、よく残飯が出る酒場の裏口、たまに行って夢を膨らませた市場、貴族街の入り口、街が良く見渡せる丘の頂上、獣人達の溜まり場、母親が処刑された広場、どこもかしこも探した。
妹はどこにも見つからなかった。
儂はどうすれば良いのかわからなくなり、一睡もせずにひたすら探した、多くはない知り合いに妹のことを訪ねて周り、ようやく情報を得た。
妹は貴族に捕まった、と。
その貴族の家の場所を聞き、儂は一直線でそこへ向かった。
家の門は固く閉じられ、儂はそこで絶望を覚えた。
しかし、儂はそれでも諦めなかった。入ることはできなくても、出てくる人を全てチェックし、妹の手がかりをひたすらに探した。
食事は三日に一回だけ、それもとても少量。そんな生活が一週間続いた。
その日出てきたのは、大きなズタ袋を背負った執事のような男だった。
「まーったく困りますねえ、坊ちゃんは。使いすぎて壊れたからといって自分で拾ってきた獣人を私に捨てさせにいくなど」
さっ、と全身の血が引いていくのがわかった。
儂はそこで数分固まっていたが、ようやく正気を取り戻すと、執事風の男のいった方に急いで向かった。
その男はスラムに着くと、まるで燃えるゴミをゴミ収集車に投げ込むように手に持っていた袋を投げ捨てた。
袋は地面に落ちると、明らかに中に生き物が入っているような音を立てた。
男が汚れを落とすかのように手を叩いてさっていくのを見届けると、儂はその袋に駆け寄った。
無我夢中で袋の口をほどき、袋の中入っている物を、祈るようにしながら取り出した。
その中にあったのは、変わり果てた妹の姿だった。
妹はほぼ全身にやけどを負っていた、そして全身に鞭で打たれたような跡があり、手足は血が止まるほどきつく縛られていた。
しかし、その時はかろうじて妹は生きていた。
縄をほどき、できるだけ体が休まる体勢にして、儂は必死で呼びかけた。呼びかけて、呼びかけて、呼びかけた。声が枯れるまで。
すると、奇跡が起こったのだろうか、一瞬だけサーシャは意識を取り戻して、目を閉じたまま弱々しく言った。
「ねえ、お兄ちゃん、変なことを言ってもいい?私にはね、ここの前の世界の記憶があるの。その世界ではね、みんななかよしなの。だから、、」
妹の最期の言葉は途中で途切れ、それっきり目を覚ますことなく、冷たくなった。
儂はもう動かなくなった妹を背負って立ち上がった。
スラムにおいては死は日常茶飯事だ、誰も儂に好奇心を持って話しかけるようなことはなかった。
背中に背負った妹がこんなに重かったんだ、と初めて思った。
どうしようもなく悔しかった、妹一人さえ守れない自分が。
どうしようもなく恨めしかった、この残酷な世界が。
どうしようもなく悲しかった、今日から天涯孤独の身だということが。
どうしようもなく美しかった、妹が死んでも何も変わらず回り続けるこの世界が。
儂は街から一番近い森の中で穴を掘って亡骸を埋めた。
自分一人でそれほど深い穴を掘れるはずもなく、妹の全身が土に隠れる程度の深さしか掘れなかった。
儂にとってただ一人の肉親が完全に土に隠れると、儂はまったく動けなくなった。
その後、命をつなぐ以上のことは何もせず、時間が空いては妹が眠っている場所に舞い戻ってきた。
儂はそこにきて何をしていたのだろうか、今となってはわかるが儂はただ救いを求めていたのだ。
無力な自分を誤魔化すため、そして、自分に言い訳をするためにここにきていた。
そして、儂が思い至った答えは、妹の言った夢を現実にする、ということだった。
つまり、みんななかよし、な世界を作る、ということだった。
儂はただ妹の言ったことにすがったにすぎなかった。
贖罪の方法を探していただけだった、と今になってわかった。
しかし、その時の儂はそれが儂の生きる道だ、と信じて疑わなかった。
儂は願った。世界を変える力を、弱者を導く王の力を、圧倒的なカリスマを、守りたい物全てを守り抜く力を。
そして、その時覚醒したのが儂の固有スキル[覇王の気概]だった。
儂はその日から険しい道を歩き始めた。
その頃の儂はその行き着く先に絶望があるとはまったく知らなかった。
儂は同志を集めた、人間と獣人の共存を願う同志を。
そして、仲間がある程度増えてきた時、人間のうちの一人が裏切った。
儂等はほとんどが捕まり、儂はかろうじて逃げ延びた。
儂は同志たちが処刑されていくのを影から見守ることしかできなかった。
それでも、儂は繰り返した。同じように、仲間を集めた。時には殺しにも手を染めた。
そして何度でも裏切られた。裏切った仲間は時には獣人だったりもした。
何人の仲間を死に追いやったのかはもう儂にはわからない。
けれど、儂は毎回生き延びた。
儂が五十歳の時、最大規模の組織が完成した。
獣人と普人族を合わせて約五千人。
それは儂の最後の希望だった。
組織は壊滅させられた、たった二人の転生者によって。
その時、儂はなぜ逃げ延びられたのかわからない。
儂はこうして、妹の夢を、いや、いつからか儂の夢にもなっていたのかもしれないが、諦めた。
そして、儂は獣人だけの国でもいいから作ろうと決めた。
結局理想は理想のままなのだ。
それからの行動は楽だった。
獣人を集め、居場所を作る。
五百人程が集まり、儂を先頭にして、当時は帰らずの森とは呼ばれていなかった森へと向かった。
儂等は森の中心あたりに集落を築くことに決めた。
そして、そこにいたのは、巨大な龍だった。
その龍は言った
「我への挑戦者か?死にたいのであればその挑戦を受けるがどうする?」
[覇王の気概]の影響で儂はどんな相手でも臆することがなく話すことができる。
そのため、儂以外の全員が怯える中で儂は交渉をし、獣人達を守ってもらう契約を取り付けた。
その龍はヴィントと言った、結構話が分かる龍でいつのまにか集落の守り神のような立場に置かれ、信仰の対象になっていたりもしていた。
集落は発展し、儂はいつしか獣王様と呼ばれるようになっていた。
その理由としては皆をここまで連れてきたこと、全ての分野で進んだ指導をしたことなどがあるが、大きかったのは一人だけ龍と臆することなく話していたことだ。
集落が安定してきてからかなり経った頃、ヴィントが一人の人間の子供を拾ってきた。
今までヴィントは道から出て森に入ってきた者は一人残らず皆殺しにしてきていた。
なぜなのか、と聞いたらこの子供に負けたから、という。
儂は信じられなかったが、ヴィントは負けたと主張する。
儂は一つのことに思い当たった、転生者だ。
転生者は特殊な固有スキルを持っていて、めっぽうに強い。
ヴィントの話を聞く限り時間操作系の固有スキルだろう。
この集落にとって役立つかもしれない、と思って生かすことに決めた。
けれど、儂の中にあったのは同郷の者を殺めることへの抵抗感だったのかもしれない。
事実、その少年と日本について話し合うのは楽しかった。
その少年は子供達に魔法を教え始めた。
そして、いつのまにか村の子供の半数以上が魔法を使えるようになっていた。
獣人の子供達と人間の子供が一緒になって仲良くやっている様を見て、サーシャが笑っているような幻影を見た。
儂は不覚にもその時泣いていた。
儂がずっと見たかった光景はこれだったのだ、と。
その少年は七歳で旅に出ることを決めた。
儂は本心はその少年に旅に出て欲しくなかったけれど、儂はそれを応援した。
少年の目はまだ絶望を知る前の儂の目をしていた。
どんな可能性だって持った明るい目、未来を造っていける目、サーシャと一緒にいた頃の儂と同じ目。
儂が止めても背中をおしても絶対に出ていくだろう。
儂は無理やり止めることはせずに、せめて全員で豪華に見送ろうと決めた。
集落の全員が憎いはずの普人族の子供のためにたくさんの餞別を用意する、その光景は儂が望んでいた物だった。
少年が出て行ってから、集落は寂しくなった。
儂はまた、奇跡を望んだ。妹の夢の先が見たくなった。
しかし、儂はこれ以上夢を見ることはできないようだ。
儂に突き刺さった大剣のそばから血が流れ出していく。
どんどん意識が遠のいていく。
狭まった視界に映るのは夢の終焉を告げる光景。
「サーシャ、すまない、儂はどうやら、約束を、破るようだ」
視界は血と涙で染まり、儂は世界を呪った。
名前 ヴィルヘルム
年齢 85
種族 虎人族
レベル 35
職業 なし
適正 【土】
魔力 125/125
体力 3125
筋力 2881
俊敏 7010
精神 1012
気力 1012/1012
スキル
[獣化][剣術lv9][隠密lv5]
固有スキル
[覇王の気概]
称号
[転生者][獣王]