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ザ・ブラックホール  作者: 久我島謙治
第一章 ―内閣情報調査室―
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 ――西暦2051年2月11日(土)11:52 【東京都千代田区丸の内・喫茶店内】


 秀雄は、2週間前に涼子と待ち合わせをした喫茶店で人を待っていた。


 待ち合わせに土曜日を指定したのは、オフだからだ。この面会は、無関係ではないものの、内調の仕事ではない。

 職務規程に違反するというほどではないと思うが、南部課長の指示の範囲には入っていなかった。

 秀雄が個人的に野辺史郎のべしろうという人物に興味を持ったのだ。

 今日は、出版社の記者らしく見える服装とモバイルPCと小型カメラ、ボイスレコーダーなどのアイテムを用意していた。それらは、スマートフォンで全てまかなえるのだが、プロなら別に用意しているものだからだ。


「お待たせしました」


 野辺史郎だろう、白髪交じりの物静かそうな男性に声をかけられた。年齢は50過ぎに見える。

 店員に言付ことづけておいたので、案内されたようだ。


「初めまして、千代田出版の田中です」


 秀雄は、立ち上がって挨拶をして、名刺を渡した。

 野辺に席を勧める。


「まずは、昼食でもどうでしょう? 取材費で落とせますから」

「ありがとうございます。そろそろ、お腹が減ってきたところだったので」


 秀雄は、店員を呼んで、昼食を注文した――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 秀雄は、パスタを注文して食べた。ボロネーゼだ。日本では、ミートソースと呼ばれることが多い。一方、野辺は、エビピラフを注文して食べていた。

 食事が終わった後、二人分のコーヒーを注文して食器を下げてもらった。

 そして、食後のコーヒーを飲みながら、野辺と話をする。


「例のブラックホールの都市伝説ですが、私が調べた限り、元は海外で話題になっていたようです」

「ええ」


 野辺は、相づちを打つ。


「天文学者が匿名とくめいでリークした情報ということになっていますが……」

「私は疑われているのですね……あなた、政府機関の人でしょう?」

「えっ……」


 図星を突かれて秀雄は、うまく誤魔化せなかった。

 驚いている秀雄をよそに野辺は、話を続ける。


「最近、私は監視されているようなのです」


「そう思われる根拠があるのでしょうか?」

「私の家は、三鷹市の住宅街にあるので、不審ふしんな人物が周りをうろついていれば、すぐに分かります」


 野辺の妄想だろうか?


『もしかして、公安の監視対象になっている?』


 可能性はあった。内調のデータベースで調べたところ、ここ一ヶ月の間に二度も参照されているのだ。

 住基ネットに連動した個人情報データベースは、日本国民全ての情報が閲覧えつらんできるが、一般人が内調や公安に参照されることは滅多めったにない。データベースの内容も通常は、戸籍情報程度しか登録されていないはずなのだが、野辺は勤務先の情報まで追加されていた。


「何か心当たりでもあるのですか?」

「それは、私がブラックホールの発見者だからでしょう……」

「――なっ!?」


 秀雄は、この男が何を言っているのか分からなかった……。


 ――誇大妄想癖こだいもうそうへきでもあるのだろうか?


「あなたは、どうやら、事実を知らされていなかったようですね。その若さでは当然かもしれませんが……」

「本気で言っているのですか?」

「ええ。ですが、海外でこの情報をリークしたのは私ではありません。それは信じてください」

「勿論です」


 この穏和おんわそうな人物が倫理違反を犯すとは思えなかった。


「ですが、匿名掲示板には書き込んでおられましたよね?」

「なるほど……確かに匿名掲示板には書き込みました。面白がっている若者たちを見ていたら、書き込まずにはいられなかったのです……」

「しかし、私にはとても信じられないのですが……」

「誰だってそうでしょう。いきなり数十年以内に地球が滅亡すると言われて、それを信じる人なんて居ませんよ」

「証拠はあるのでしょうか?」

「重力レンズ効果については知っていますか?」

「はい、詳しくはありませんが、強い重力を持った天体が背後の天体の光をゆがませる現象ですよね?」

「それだけ分かっているなら大したものです」

「もしかして……?」

「はい、知人からのメールで太陽方向の深宇宙から強い電磁波を観測したとの情報をもらい、その座標を観測したところ、ブラックホールを発見したのです。重力レンズ現象で背後の準惑星の光が歪められていました」


 秀雄は、目の前が真っ暗になるような衝撃しょうげきを受けた。


「間違いないのですね?」

「はい、そのうち個人でも観測できるようになるでしょう」

「どういうことですか?」

「一つは、地球の公転により、夜に観測できるようになること。もう一つは、太陽系内に存在する物質が吸い込まれるときに強い光を発します。おそらく、リング状に光る天体がアマチュア天文家の望遠鏡でも見えるようになるでしょう。近づいてくれば、肉眼でも観測できるようになると思います」

「人類が助かる方法はあるのでしょうか?」

「……残念ながら、無理だと思われます……」


 ――何でこんなことが……!?


「ですから私は、仕事を辞めて日本に帰ってきたのです。家族との時間を大切にするために……」


『全てがつながった……そもそも、終末伝説の調査なんていう仕事からして胡散臭うさんくさかった……』


 南部は秀雄に、この事実の隠蔽工作いんぺいこうさくと世論の動向を調査させていたのだ……。


 それから秀雄は、ショック状態で呆然としたまま帰途についた――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 第一章 ―内閣情報調査室― 【完】


―――――――――――――――――――――――――――――

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