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ザ・ブラックホール  作者: 久我島謙治
第一章 ―内閣情報調査室―
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 ――西暦2051年2月8日(水)10:38 【東京都千代田区永田町・内閣府庁舎内】


 秀雄は、庁舎内の自分の席でいつものように情報収集を行っていた。

 ここ数日、新しい情報は入ってきていない。


『そういえば、あの天文台の職員を名乗る人物はどうなったのだろう?』


 あれ以来、大手匿名掲示板のスレッドには、それらしい人物は現れなかった。コテハン――固定ハンドルネーム――ではなかったので、書き込んでいないと断言はできないが。

 もしかしたら、南部課長が何か手を回したのかもしれない。


 秀雄は、内調のデータベースを検索してみることにした。

 データーベースを検索するためのエージェントを起動する。

 内調のデータベースと言っても他省庁のデータベースとも接続されている。

 セキュリティレベルが設定してあるので、秀雄の持つレベル1のセキュリティレベルでは、国家機密級の情報にはアクセスできないが、公安警察などに照会した人物の記録程度なら閲覧できるだろう。


[天文台 職員 公安]


 をキーワードに日付を2月3日から現在までで検索してみた。

 すると一件の情報がヒットした。


 野辺史郎のべしろうという国立天文台の職員についての個人情報だ。

 検索履歴を見ると、2月4日に照会された記録が残っている。今年の1月22日にも照会されているので、もしかしたら、別件かもしれないが、何となく興味を引かれて、連絡先を調べてみた。

 ハワイに住んでいるようだ。住所がハワイ島となっている。

 勤務先がハワイにある国立天文台の施設のようだ。


 秀雄は、少し考えたあと、電話をしてみることにした。

 内調には、身元が分からないように公衆電話として発信できる回線が用意されていた。

 21世紀初頭には、携帯電話が普及したことで公衆電話はいずれ消滅すると言われていたが、現在もしぶとく生き残っていた。

 携帯電話もスマートフォンが普及して、従来型のフィーチャーフォン――いわゆるガラケー――が消滅すると言われた時期もあったが、2051年現在でもしぶとく生き残っている。利用料金が安く、電話とメールだけ使えればいいという層がそれなりに居るのだ。

 この時代、現金を使う機会が少なくなったが、そういった携帯電話でも電子マネーの機能くらいは標準で付いていた。

 電気自動車が一般的になっている現代でも内燃機関で動作するクラシックカーを好む人も居るくらいだ。


 約15年前に起きたエネルギー危機により、世界中で石油が高騰したのだ。

 人口の多い新興国が発展して莫大なエネルギーを消費したことで、原油の埋蔵量が急激に減ってしまい、原油価格が高騰した。

 2010年代までは、石油の埋蔵量は増える一方だったのだが、それは、新しい採掘方式などが開発されたためで、地球上に埋蔵されている原油の量は限られている。

 また、原油があっても少量であちこちに散らばっているようなところや深い海の底では、採掘コストの関係で採掘されることはなかった。

 つまり、2050年代の現在では、簡単に採掘できる場所から採れる石油が激減してしまったのだ。


 日本では、2011年に起きた大地震により原発の事故が起きたことで、左翼メディアの煽動せんどうもあり、世論は脱原発へシフトしようとしていたが、このエネルギー危機により、原発の稼働数が増えた。

 そもそも、ベース電源である原発を風力や太陽光といった自然エネルギー発電に置き換えることなど不可能なのだ。電力というものは、受給がほぼ一致していないと大規模停電が起きる。供給不足でも供給過剰でも大規模停電に繋がるのだ。

 原発は、一定の電力を常に発電するのでベース電源に分類される。

 勿論、原発のようなベース電源だけでは駄目で受給の調整をする火力発電などは欠かせない。電力需要が高いときには発電して、少ないときには止めて受給を調整するのだ。こういった電源はミドル電源と呼ばれる。他にも夏場のピーク時に使われる揚水発電などのピーク電源と呼ばれるものもある。

つまり、風力や太陽光のような発電量が不安定なものは、原発に代わるベース電源とはなりえず、こういった不安定な電源が増えると停電が起きやすくなる。


 国会答弁で当時の経産相けいさんしょうが「原発を使わなければ、電気代が10倍になりますがよろしいか?」と答えたのは有名な話だ。メディアや野党議員は、暴言だと叩いたが、既に電気料金が2倍程度まで上がっていたので、国民は原発政策拡大に反対しなかった。

 というのも、この頃には日本の人口が減っていき、労働力にロボットを活用した無人工場が増えてきた時代だったのだ。

 このまま電気料金が高騰すれば、そういった企業や工場が海外へ移転してしまい、生活が成り立たなくなることを国民は理解していた。


 2010年代頃から、移民に対する嫌悪感が世界中の国で蔓延まんえんしたため、日本の政党も移民政策を政策集などから除外するようになった。それに代わって出てきたのが労働力のロボット化だ。

 ロボットを動かすには、電気が必要となる。しかし、エネルギー危機で電気料金が高騰し、石油に頼らない発電が模索された。

 原子力発電は、その一つだった。とはいえ、全体の発電量から見れば、30%程度の比率ではあったが。

 他にも石炭火力や地熱発電なども以前より増えた。太陽光発電は、個人レベルでは増えたが、面積当たりの発電効率が悪いことや、日照に影響され発電量が不安定なためにかえって高コスト化を招くとして、買電の優遇措置が廃止された。利用者の負担増となり、電気料金の高騰に拍車をかけてしまうことになってしまった。

 そのことで、売電よりも買電のほうが高いなんておかしいと議論されたのだ。


 ◇ ◇ ◇


 秀雄は、受話器を取り、『外線11』のボタンを押した。

 ハワイ島の国立天文台の電話番号を端末からコピー&ペーストする。

 そして電話番号を電話機に転送した。発信ボタンを押す。


 ――トゥルルルル……


「ヘロウ」


 発信音の後に女性が英語で電話に出た。


「ハロー、アイアム、タナカ……」

「ああ、日本の方ですか?」


 下手な英語で話しかけると、受話器の向こうの女性が日本語で話しかけてきた。

 英語が苦手な秀雄はホッとする。


「はい、そうです。そちらに野辺史郎さんが勤務されていると思うのですが、野辺さんはおられますでしょうか?」

「野辺は、退職いたしましたが?」

「え!? いつですか?」

「つい、先日のことです。突然のことで我々も驚きました。今は、日本に帰っているはずですよ」

「分かりました。ありがとうございました」


 秀雄は、電話を切った。


 そして、もう一度、『外線11』のボタンを押して、今度は、野辺史郎の自宅の電話番号を端末からコピペして発信する。住所は、東京都三鷹市となっていた。


 ――トゥルルルル……


「はい、野辺です」


 奥さんだろうか、女性が電話に出た。


わたくし、千代田出版の田中と申しますが、史郎さんはご在宅でしょうか?」

「はい、少々お待ちくださいませ」


 工作で使われるダミー企業の名前と偽名で秀雄は、野辺史郎を呼び出してもらう。


「お電話代わりました」


 野辺史郎と思われる男性が電話に出た。


「私、千代田出版の田中と申しますが、国立天文台に勤務されていた野辺さんにお話をおうかがいしたいのですが?」

「どういった、ご用件でしょうか? わたくしは、国立天文台をすでに退職しておりますが?」

「はい、それは存じております。そのほうがかえって好都合でして。今、一部で話題のブラックホール接近についてのお話を伺いたいのです」

「……なるほど。分かりました」

「では、次の土曜日……2月11日のお昼の12時でご都合はどうでしょうか?」

「構いませんよ」


 秀雄は、よく利用する丸の内の喫茶店を指定した。


「では、失礼いたします」


 次の土曜日に野辺史郎と会う約束をして、秀雄は電話を切った――。


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