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ザ・ブラックホール  作者: 久我島謙治
第一章 ―内閣情報調査室―
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 ――西暦2051年1月23日(月)08:28 【東京都千代田区永田町・内閣府庁舎内】


「――なんで今まで気付かなかったんだっ!」


 会議室に怒声がこだまする。


 小さな会議室には、全部で7人の男たちが居る。7人のうち5人は、内調の国内部門の人間だ。

 部屋は薄暗く、プロジェクターにノートパソコンが接続され、スクリーンに資料が映し出されていた。

 資料は、プレゼンテーションソフトウェアによって作られており、慌てて作成されたためか、あまり完成度は高くなかった。


 眼鏡を掛けた50がらみの男が質問をする。


「その情報の確度かくどは、どれくらいなのかね?」

「間違いないようです。複数の天文台で確認されました」

「情報統制はしてあるのだろうね? 国民に知られたらパニックになる」

「学者たちには口止めをしてあります。米国政府とも対応を協議する準備をしているところです」


 眼鏡をかけた若い男が慇懃いんぎんに答えた。


「それで、何故、今まで気付かなかったんだ?」


 先程、大声で怒鳴った男が同じ質問をした。


「はい、ブラックホールは、自身が光や熱を発することはありません。ブラックホールの本体は、特異点と呼ばれる物質が重力崩壊した一点です。その周囲に強力な重力場を構成します。特異点から光も脱出できない範囲の半径はシュヴァルツシルト半径と呼ばれ、その半径の球の表面を事象の地平面と呼びます。また、シュヴァルツシルト半径は、ブラックホールの質量に比例し、太陽質量の10倍程度のブラックホールでは30キロメートルほどしかありません」

「小さくて見えない天体だから気付かなかったと?」

「いえ、ブラックホールに物質が吸い込まれると降着円盤による摩擦で一部の物質が極方向からはじき出され放出されます。このとき、強い電磁波が観測されます。ブラックホールの最有力候補と言われる『はくちょう座X-1』も連星系で近くに主星があったので存在が確認できたのです」

「ではなぜ、今まで観測できなかったんだ?」

「このブラックホールがやってきた太陽系外の深宇宙には、吸い込む物質があまり無かったようです」

「なんてこった……」


 最初の電波望遠鏡が作られてから、まだ100年ほどしか経っていないのだ。

 この100年の間に沈黙されていては、電波による観測は不可能だろう。


「それ以外にもブラックホールは、超巨大質量を持ちますので、背後の天体に重力レンズ現象を引き起こします」

「重力レンズ現象とは何だね?」

「はい、大質量の天体は、その重力で周囲の空間を歪曲させます。そのため、背後の天体の光を歪ませてしまうのです。これが重力レンズ現象で像が歪んだ天体の写真です」


 男は、ノートパソコンを操作し、資料の写真をスクリーンに表示させた。

 写真には、円弧状えんこじょうに引き伸ばされた多数の銀河が映っている。


「それも観測できなかったのか?」

「それが、たまたまボイドのある方角にまぎれていたようで、太陽系に接近するまで観測できなかったようです」

「ボイド?」

「宇宙には、銀河などの天体が存在しない広大な空間がいくつもあるそうです。その泡沫状ほうまつじょうの空間をボイドと呼びます。そのため、背後に天体が極めて少ない方角もあるのです」

「しかし、突然ブラックホールが発生するはずがないだろう?」

「いいえ、実は宇宙はブラックホールだらけなのです。宇宙には7兆個以上の銀河が存在しますが、太陽系のある天の川銀河も含め中心には巨大ブラックホールがあります。更に太陽質量の30倍程度以上ある恒星が超新星爆発を起こすとブラックホールとなります」

「近くで超新星爆発が起きたとすれば、記録に残るだろう?」


 日本でも鎌倉時代に超新星爆発と思われる現象が記録されている。


「有史以前に発生した超新星爆発なら、記録が残っていなくてもおかしくはありません。ある天文学者の話によると、強引な仮説ではあるが、例えば巨大質量同士の連星の片方が超新星爆発して、もう片方の恒星を弾き飛ばし、その後、そちらも高速で移動しながら途中で超新星爆発を起こしたと仮定すれば、高速で移動する『はぐれブラックホール』が生成される可能性がないとは言えないとのことです。実は、宇宙には連星の恒星系のほうが多く、6連星の恒星系も発見されています」

「だが、ブラックホールほどの質量のある天体なら、引力で周囲に物質を集めるのではないか?」

「太陽系を含む恒星系や銀河は、基本的に薄い円盤状に天体が周囲を公転しています。ですから、水平方向には物質が集まっていますが、垂直方向には、他の銀河の近くへ行かないと物質はあまりありません。それに高速で移動しているので、重力圏に他の天体を取り込んでいないとも考えられます」

「つまり、別の銀河から放出された恒星がブラックホールになって、長い年月をかけて接近してきたということなのか?」

「その可能性が高いとのことです。他の銀河から天の川銀河へ向かって来たとすれば、数千万年から数億年の時間をかけて接近してきた可能性が高いそうです。そのため、過去には、何らかの物質を吸い込んで強い電磁波を発していた時期もあったのかもしれませんが、それを我々が観測できるようになったのは、ここ100年ほどの間というわけです」

「それにしても現代の観測技術をもってしても、その程度なのか?」

「世間が思っているほど観測技術は完璧ではありません。アマチュア天文家が天文台よりも先に彗星などを発見することもありますし、例えば2013年にロシアに落下した隕石を予測することもできませんでした。もっと莫大なコストをかけないと無理でしょう」


 再び眼鏡を掛けた50絡みの男が質問をする。


「それで、人類は助かるのかね?」

「……おそらく、難しいでしょう……」

「JAXAには、問い合わせたのか?」

「はい、日本国民の多くを脱出させるための宇宙船を造るのは、どれだけ予算をかけても無理だろうとのことでした」

「ブラックホールの影響をまぬがれる可能性は?」

「それはありません。かなり高速で接近しているようですが、太陽系内を通過するだけで壊滅的な被害を引き起こすと計算されています」

「「…………」」

「仮に脱出する宇宙船を造ったところで、早く出発しないとブラックホールの影響を受けてしまいます」

「地球がそのブラックホールの影響を受けるのは何年後なんだ?」

「現在、調査中です。しかし、ある学者の話では、パイオニア計画やボイジャー計画の探査機よりも速度が速いのは確実なので、少なくとも50年以内には地球の公転軌道近くに達するのは間違いないだろうという話でした。早ければ10年以内の可能性もあると……」


 室内に重い沈黙が立ちこめた。


「防衛省の対応は? 場合によっては、国防軍の出動もあり得るだろう」

「国際情勢がどう動くか分かりませんからね。防衛省としても有事における対応を考えております」


 2007年に防衛庁が防衛省へと格上げされた後、2010年代から2020年代にかけて憲法改正が議論され、2032年に日本国憲法が全面的に改正されたことで、日本国自衛隊――JSDF:Japan Self-Defense Forces――は、日本国防軍――JDF:Japan Defense Forces――へと名称が変更された。


「南部君、君には国内の情報規制をお願いしたい」

「分かりました」


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