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第一章 ―内閣情報調査室―
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武田秀雄は、茨城県出身の二十四歳だ。身長は、178センチメートルと日本人男性の平均よりも高く、堂々とした体格をしていた。
秀雄に対する周囲の評価は、子供の頃から勉強も運動も人並み以上にできるが、のんびりした性格がそれを邪魔しているというものだった。
秀雄は、内閣情報調査室――通称「内調」――の新米職員だ。
秀雄が内調へ進路を希望したのは、高校二年生のときに失踪した幼馴染についての情報を得られないかと考えたからだ。失踪した幼馴染の名前は、伊藤雄一だ。秀雄と雄一は、家が近所で幼稚園の頃からの付き合いだった。
七年前、秀雄が高校二年生の夏休みに雄一は失踪したのだ。宮城県の親戚の家でコンビニにアイスを買いに行ったあと忽然と居なくなった。コンビニの防犯カメラには、アイスを買ってコンビニを出る姿が映っていたらしい。そこから、祖父母の家に向かったと思われるが、事件か事故に遭い行方不明になったとされている。当時は、テレビでも高校生失踪と報道されたくらいだ。しかし、手がかりは全く残っていなかった。秀雄の高校でも見てはいけない現場を見たため誘拐された、果ては某国の工作員に連れ去られたなど、無責任が噂が飛び交った。
内閣情報調査室は、国内外の情報を収集し、必要な情報を選別して内閣総理大臣に報告する仕事を行っている内閣総理大臣直轄の諜報機関だ。諜報機関と言ってもスパイ映画のように何処かに潜入して情報収集を行うような活動ではなく、各省庁などから寄せられた情報を分析するシンクタンクのような仕事をするところだった。
内閣情報調査室には、大きく分けて国内部門、国際部門、経済部門の3つの部門がある。その他にも情報収集衛星から得られた画像を分析する部署などもあるが、基本的には、その3つの部門が内調の仕事と言ってもいいだろう。
秀雄は、入庁してから国内部門に配属された。主な仕事は、新聞などのメディアから、政治的に問題になりそうな事件などをピックアップするというものだ。具体的には、新聞を切り抜きスクラップして、公共放送局のニュースなどをチェックするという仕事だった。
マイペースな秀雄には、仕事の内容は合ったが、朝が早いのだけは、低血圧な彼には辛かった。
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――西暦2051年1月23日(月)10:05 【東京都千代田区永田町・内閣府庁舎内】
「武田君、南部課長が呼んでたわよ?」
秀雄がトイレの帰りに廊下を歩いていたら、内閣情報集約センターの庶務に所属する上田恭子に声を掛けられた。
マスコミ報道をチェックする彼女たちとは、仕事の内容が似ているため、縦割り行政の中でも特に他部署との連携が低いと言われている内調の中でも付き合いがあった。
内調には美人が多いと噂されるほどで、秀雄もそう感じていた。恭子も身長が160センチくらいで、髪型がセミロングの知的美人だった。年齢は、秀雄よりも2歳くらい年上のはずだ。
「ありがとうございます」
秀雄は、言付けをしてくれた彼女に礼を言って、南部課長の元へと向かった。
南部次郎は、50代の警視庁からの出向組だが、キャリアとは思えない風貌をしている。まるで刑事ドラマに出てくるくたびれた刑事のようだった。
「おう、武田。呼び出して悪かったな」
「いえ」
よく見ると南部の顔には、疲れたような悲壮感が漂っているように見える。
『テロでも起きたのかな?』
「お前にやってもらいたい仕事がある」
「どんな仕事でしょうか?」
「インターネットの監視だ」
それはいつもやっていることでもあった。
秀雄が黙っていると、南部は言葉を続けた。
「掲示板、SNS、個人サイトなどのコミュニティサイトで終末伝説を話題にしているものを調べるんだ」
「終末伝説ですか?」
「そうだ。上からの情報では、日本で終末伝説を煽って国民にパニックを起こそうとしている組織があるらしい」
「それはまた……」
日本国民がそんなことでパニックを起こすだろうか?
かつて、『ノストラダムスの予言』というものが流行ったことがあったらしいが、その時にもこうやって監視していたのだろうか? だとしたら、宮仕えも大変だ。
「笑いごとじゃないぞ。真に受けて自殺する国民が出たら、叩かれるのは俺達なんだからな」
いつになく、真剣に南部は話をする。
「分かりました。終末伝説にもいろいろあると思いますが、満遍なく収集すればよろしいですか?」
「いや、ニビルなどの宇宙関連だけでいい」
「ニビルですか……?」
ニビルとは、太陽系に存在すると言われている架空の惑星だ。
何千年もかけて太陽の周りを公転している天体で地球に接近すると様々な天災を引き起こすという都市伝説だ。
「どうやら連中は、そういった天体が地球に被害をもたらすという内容のデマを流すらしい」
「分かりました。収集した情報は、データベースへ保存しておけばいいですね?」
「いや、外部メモリに保存して直接渡してくれ」
「……分かりました」
「頼んだぞ」
「はい」
秀雄は、新たな任務を行うため自分の席へと向かった。
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