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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【疑惑】ユスカ
77/79

騎士と魔女

楽しんて頂ければと思います。

ユスカ視点となります。

 十歳。

 その年齢に一瞬気が遠くなる。

 三十歳だと思っていたヴィーが、十歳。


 愕然としたものの、反面どうりでと思わざるを得なかった。

 素直でころころと変わる表情、世間知らずで知らなかった家事。大切に抱えるうさぎのぬいぐるみ。

 十歳であれば何もかもが頷ける。

 薬の調合というその作業をする姿だけはどこか洗練されたものはあっても、それ以外は今の姿の方が何もかもがぴったりと収まるのだ。


「ようやくユスカに言うことができた。ずっと隠し事をしているのが嫌でたまらなかったんだ」


俺の動揺をよそに、ヴィーは抱え込んでいた秘密をようやく明かせたとばかりに大きく息をついた。


「気にしてたんだな」


「最初は必要なことだと思っていた。だが、ユスカと過ごすうちにどんどん気になって。ユスカを騙していることが辛かった」


 以前王都にくる前のことを上手く話す自信がないと言っていたのは、話しているうちに正体が露呈してしまうことを危惧した為だったんだろう。

 そしてこの重大な秘密はヴィーを守る為に仕方なしに行われたものであって、それはヴィーが悪いわけではない。思うことがあるとするなら、なぜ師匠である本物のアークラさんはヴィーを十歳で一人立ちさせたのか、というところだろう。


「もう終わった事だ。気にするな」


 するとヴィーは申し訳なさそうに、だが心底安堵したように再び息をついた。

 そんな仕草に俺の知っているヴィーを見つけて、改めて元の姿に戻ったヴィーを見つめる。


「どうかしか?」


 俺の様子に首をかしげるヴィーは、向き合って見てみればそこかしこに大人の姿と重なるものが見え隠れしていた。

 そんなヴィーに惹かれる心はいまだ健在で、それはつまり俺の中でどんな姿であろうともヴィーはヴィーなんだと示している様なものだった。

 ヴィーが魔女である前に人であるのと同じように、ヴィーは子供である前に一人の人間なのだ。たとえ十歳であろうとも、目の前にいるのは俺が惹かれたヴィーなのだ。

 その事に気がついて、一瞬で心が決まる。


「いや。驚きはしたがそれくらいだ。ヴィー、これからも一緒にいような」


 十歳がなんだ。人は成長し、やがて老いていく。

 ヴィーもいつまでも十歳のままではなく六年経てば成人するのだ。

 成人してしまえば十歳差など大した差ではない。

 ゆっくり待てばいいのだ。


「ああ!ずっと一緒だ!」


 俺の言葉にヴィーは過去最高の笑顔で俺に抱きついてきたのだった。


 それから泣き疲れたことや魔法が解けたことによる緊張やなんかもあったんだろう、ヴィーは俺にしがみついたまま寝息を立て始めた。

 見慣れていたとはいえ、やはり完全には拭えなかった外見と言動の違和感が今は明瞭に一致した。


 そりゃ幼く感じるはずだ。


 変わらない濃紺の髪の撫で、ゆっくりとソファに寝かせる。

 薄っすらと開いた小さな口が視界に入り、親指で押して閉じさせ――その柔らかさに一瞬惹きつけられて手を離す。

 十歳でも惹かれずにはいられない存在に苦笑をせざるを得ない。


 そんな風に感じた、その時。


 小さな光が閃いたと直後に何かがゆっくりと落ちてきた。

 羽根のように舞うようにして落ちてきたそれは、一通の手紙だった。


『師匠ロヴィーサ・アークラ』


 そう署名されたそれに思わず手紙とヴィーを見比べる。

 魔法が解けた後に届くように設定されていたのだろうが、何故寝ている時に。

 偶然かもしれないがこの時機に意図を感じて裏返す。


『ヴィーヴィの魔法を解いた貴殿へ』


 書かれた宛先に知らず息を飲む。

 これはヴィーに宛てたものではなく俺に宛てられたものだったのだ。

 であるならばこの時機は偶然ではなく、ヴィーには内密なものである可能性が高い。

 俺は静かにヴィーから離れるとダイニングチェアへと移動した。


『まず初めに、ヴィーヴィの変化に驚かれた事と思う。以前の姿はヴィーヴィが一人で生きていけるようわたしがかけた魔法であり、魔法が解けた今がヴィーヴィの真の姿だ。貴殿を欺いていた事になるが、この魔法はヴィーヴィには解くことはできないように出来ていた。どうかヴィーヴィを許してやってほしい』


 達筆な字はそう始まり、師匠であるアークラさんの思いが書き連ねてあった。


『この手紙はヴィーヴィに魔法をかける直前に書いたもので、魔法が解けるのがいつ頃になるのか分からない状態で書いていることになる。そのことを前提に読んでほしい。

 ヴィーヴィは十歳で変化の魔法をかけられ独り立ちした。なぜ十歳でとお思いだろう。簡単なことだ。――わたしは余命一ヶ月ほどだからだ。もっと早くから予知していればよかったのだが、わたし自身はまだまだ生きるつもりでいた為になんの準備も出来ていなかった。ヴィーヴィには身内もおらず、魔女であることを合わせると孤児院に預けることも、養子先を探すこともできなかった。そしてそんな十歳のヴィーヴィが一人でわたしの死と向き合うのは恐ろしく過酷だ。それ故にわたしはヴィーヴィを強引に修行と称して旅立たせたのだ。わたしの持つ全財産と薬師の認定証を持たせ、魔法で姿を変え、簡単に帰ってこれぬよう王都へと』


 そう。何故、と思わずにはいられなかった。

 ヴィーはあまりにも世間を知らず、家事すらも一人ではままならない状態だったのだ。そんな状態で独り立ちなど到底無理な話である。

 なぜそんなヴィーを独り立ちさせたのか。もう少し世の中を知ってからでは駄目だったのか。魔法をかけずともぎりぎり済むだろう、せめて十四、五歳ではいけなかったのかと。

 その理由が師匠の死だったのだ。

 やりきれない思いを胸に息をつく。


『ヴィーヴィは恐らくわたしの死期には気づいていなかっただろう。貴殿を煩わせるのは気が進まないが、もしヴィーヴィが未だ若く、わたしの死を受け入れられないと判断した場合は、どうか伏せておいて欲しい。

 ヴィーヴィが成人するまで見守ってやりたかった。せめてあと二年、三年あればと悔やまずには居られない』


 字こそ淡々としていたが、そこに微かに残る輪染みが師匠であるアークラさんの心境を物語っていた。

 知らず指先に力が入り、手紙に皺が刻まれる。


『この変化の魔法は互いに心から大事だと想いあえる相手が現れる事で解かれるようになっている。堅い絆で結ばれただろう貴殿であれば言わずとも分かっていると言われそうではあるが――わたしの可愛い愛弟子を、どうかこれから先守ってやってほしい』


 一枚目の便箋はそう締めくくられていた。


「――生涯守り抜きます」


 守るに決まっている。騎士としてはもちろん、ヴィーを想う一人の男として。

 手紙を胸に、俺はただ目を瞑り誓うのだった。


 + + +


「まさか未成年とはな」


 翌日、本部へ上がった俺が昨日の出来事を報告すると、騎士長がそう感想を漏らした。


「魔法によって変えられた見た目に加えて最初に十歳差と聞いていたことで三十歳なのだと誤解していました」


 魔女は総じて若作りと聞くし、まさか下に十歳だとは露ほども思わなかった。

 ちなみに死病に侵されたカーポを救った理由の十歳というのも、幼い子供だからではなく同い年だからということから来ていたようだ。


「魔法というのがどれほどの脅威になりうるのか、その片鱗を見た気がします」


「ああ。姿を変える魔法に、一瞬で遠くの街へ移動する魔法、命の危機に瀕したときに身を守る魔法。……どれを取っても使い方次第では危険なものだな」


 魔女の力は時として常識を覆す。

 人ではあるものの、その力はやはり尋常ではないのかもしれないと感じずには居られなかった。


「しかし――魔女全員がそこまでの力をもっているわけではないだろう」


「といいますと?」


 と、騎士長は視線を落とし深く息を吐いた。


「谷の都の魔女は中でも群を抜いた力の持ち主だったのではないかと推測されていたからな」


 俺に宛てられた手紙の二枚目には、これまでヴィーが語れなかったアークラさんの詳細が記されていた。

 ヴィーと過ごしていたのは星の都でのことで、魔女というよりは占術師として過ごしていたこと。昔は違う名で谷の都に住んでいたこと。齢百を越えていること、など。


「有名な魔女だったんですね」


「谷の都の魔女として過ごしていた時のことは僅かだが騎士団でも記録があってな。それを読む限りではまるで次元が違う程の力の使い手だったようだ」


 つまりヴィーの姿を変えたのも、王都へと送りこんだのも、ひょっとしたら守りの魔法とやらもアークラさんだからこそできたものということだろうか。

 だが、そこでふと疑問が沸く。


「なぜそんな強大な力をもつ魔女がその後、騎士団の管理を外れたんですか?」


 星の都へと移動していたとはいえ、そもそも騎士がついていたのならアークラさんのこともヴィーのことも初めから確認が取れていたはずだ。となれば騎士団ではアークラさんの足跡を追えなかった、或いは追わなかったということになるだろうが。

 もっともな疑問に、騎士長は苦い表情を浮かべた。


「当時担当していた若手騎士が彼女を怒り狂わせ、それ以降騎士には絶対に姿を現さなくなったとされている」


「……はい?」


「騎士にだけ見えなくなるような魔法をかけていたようだ。姿だけでなく、住まいすらも見えなくなるという徹底ぶりだったと記録にはある」


 何したんだ、その担当騎士。


「そして気づいた時には魔女は谷の都を離れ、そのまま行方知れずとなっていたわけだ」


 ちなみに星の都にも騎士の駐在所はあるわけであり、魔女についての報告が上がっていないことからごく最近まで姿を隠していた、若しくは魔女であることを徹底的に隠していたのは明白だ。

 当時の谷の都の騎士にも、長きにわたって怒りを継続させていたアークラさんにも言葉が出ない。


「だがそうか。まだ生きていたんだな」


 齢百を超えて生き続けるというのは聞いたことがない。精々が七十くらいだろう。

 騎士長の呟きに俺も静かに頷いた。


「……星の都の騎士に通達を出し徹底的に調査させよう。アークラさんの存在と、その生死を」


「お願いします」


 手紙はヴィーに魔法をかけた時に用意されたものだとあった。

 余命一月ともなれば既に亡くなっている可能性は高いが――万が一にもまだ生き繋いでいてくれるのであればと願わずにはいられない。

 できるなら、安心してほしいと一言でいいから伝えたい。


「アークラさんのことは生死の確認が出来てからとして、次はレピストさんの今後だな」


「はい」


 感傷に浸っているだけでは前には進めない。言われてすぐさま頭を切り替える。

 未成年とわかった以上は保護者についてもらうか、孤児院に入るかしなくてはならない。

 だがヴィーは魔女であり、いつ正体が暴露され狙われるかもわからず、保護者となる者も信頼のおける者でなくてはならない。

 これをどう対処すべきなのか、だが。


「本当は俺が保護者に立てられればよかったんですが」


「無理だな」


「はい」


 保護者となれるのは親族以外であれば養子に迎える事が必須となるわけだが、養子に迎える条件の一つとして迎え入れる者は既婚者でなくてはならないのだ。

 ゆくゆくはヴィーとの結婚を望む者として、甚だ無理な条件である。


「早急に団長に相談するとしよう。いつまでもユスカの家に住まわせるわけにもいくまい」


「はい」


「念のために言っておくが相手は幼女だ。くれぐれも変な気は起こすなよ」


 ヴィーの魔法が解けた条件を聞かれないはずがない。あの条件を自分から報告するのは大変に居心地が悪かったわけだが、報告した結果の言葉である。

 俺とヴィーの想いについて疑われることがなかったのは――流石は純愛思考の騎士団とも言える――幸いだが、釘を刺されてしまったことにややうんざりする。

 如何にヴィーが好きでも弁えている。なにせ十歳なのだ。色々な理由で成人まで絶対に手は出さないのは当然のことである。


「当たり前ですよ……」


 自重するのは当然だが、敢えて言われたことに渋面を作ってしまったのは仕方がないことだと思いたい。


 + + +


 そうしておよそ一週間後。

 ヴィーが信頼のおける保護者の元へと移った今日、俺はトゥーレさんに誘われて飲みに出ていた。


「今日は流石に堪えるかと思いましてね」


「それを言ったら台無しじゃないですか」


 涼しい顔で酒に口をつけるトゥーレさんに思わず苦笑を浮かべると、向かいでクルトさんが遠慮がちに笑った気がした。


「まさかこんなに早くに落ち着くとは思わなかったからね」


「そうですね。正直難航すると思っていました」


 魔女にある程度理解があり金銭的にも裕福で、かつ倫理的な家庭という養子先の選定には勿論だが、何よりヴィーへの説得に時間がかかると予想していた。

 実際ヴィーは兎にも角にも俺と一緒に暮らすと言い張り、他には何もいらないと養子になることを断固拒否し続け、しまいには師匠にもう一度魔法をかけてもらうんだと旅立とうとまでした。勿論未遂に終わったが。

 そんな頑ななヴィーに見兼ねたセス団長に一度連れて来いと言われて対面させたのが一昨日。

 そこから坂を転がり落ちるかのように全ての物事が決まっていったのだ。


 対話はこれまでに見たこともないほどに優しい表情のセス団長の質問と、徹底抗戦の構えを取る不機嫌なヴィーの返事で成り立った。

 セス団長は魔法が解け正体が明らかになった以上はどうやっても保護者が必要だということや、師匠が言ったという世界を広げる必要性を説き、俺の元にいてはそれが不可能なことを諭した。

 それから今の俺とヴィーではとても釣り合わないこと、並んでいるのを見ても子供とその保護者にしか見えないことなどを告げた。

 ヴィーは悔しそう床を睨みつけ、スカートを握りしめ完全に口を閉ざした。

 そんな状態に思わず口を開きかけた俺だったが、セス団長は手でそれを制した。そして一口茶を飲むとゆっくりと最も効果的な問いかけをした。


 ――すでに大人なユスカに見合うような、立派な淑女になりたくはないかな?


 徹底的に叩きのめされていたヴィーは弱々しく「なりたい」と呟き、後はとんとん拍子である。


 俺との仲を引き裂くわけではない。

 互いに空いた時間に会うことは寧ろ推奨する。

 物理的には離れるかもしれないが、精神的にはより近くなれるだろう。

 ただ淑女として俺に相応しくなる為に、誰もが文句のつけようがないほどの俺の妻になる為に一時住まいを分けるだけ。


 トゥーレさんがこれを言っていたなら俺は胡散臭いと感じただろうが、流石はセス団長。絶妙な間を入れての労わるような、寄り添うような話術には感服した。

 すっかりヴィーは養子へ行く事を了承したのだ。

 それだけではない。なんと養子に行くならセス団長の元がいいとヴィー自身が志願したのだ。

 セス団長はといえば、こちらも意外なことにその場で快諾し――そうしてヴィーを迎える準備に数日をあけて今日を迎えたのだ。


「もともと養子先の候補が上がらなければ引き取ろうと思っていたみたいですね」


「セス団長の家庭はお子さんがいないからね。まぁ年は親子というより祖父と孫ってくらい離れてしまうけど」


 そう聞いて、俺が説得をしている間に一度だけ漏らされた本音を思い出す。


「逆にヴィーにとってもその方が良かったのかもしれません」


 自分の父親と同じ年頃の男とはどう接していいのかわからない。おそらくぎこちなくなり、養子先にも迷惑をかけてしまうのではないかと思う、と。対してセス団長は既に孫がいてもおかしくはない年齢。そんな年の差だからこそ、ヴィーも安心できると思ったのかもしれない。


「家にはいなくなりましたが、これでヴィーが安心して暮らせるならそれが一番です」


 今日セス団長の家へ送り届けたわけだが、その時の奥方はとてつもなく優しい笑みでヴィーの手を取っていた。

 ヴィーも寂しそうではあるが立派な淑女を目指すんだと前を向いて、奥方の手を握りしめていた。

 本当の家族環境には恵まれなかったかもしれないが、これから幸福な家庭を経験してくれると信じて、俺もまたヴィーをより守れるようにと気を引き締めたものだ。


「そうしてこれからユスカはヴィーさんと愛を育んでいくということですね」


 からかうように言われて複雑な表情を浮かべる。気恥ずかしく、どう反応していいものか。

 だがそんな俺に追い打ちをかけるようにトゥーレさんが続けた。


「新たな色恋話に騎士団は沸くでしょうね」


 色恋話という単語に少しだけ目が遠くなる。

 男しかいないというのに、なぜ騎士団は恋愛話が好きなんだ。ほとんどの騎士の結婚秘話が秘話でなくなっているのは理解ができない。

 ちなみに今年騎士団で大きな話題となった人物はトゥーレさんとクルトさん、そしてルーカスさんだ。

 トゥーレさんは男色疑惑まで流し込んで結婚を取りつけさせた強者で、クルトさんはルーカスさんの妹さんと結婚した猛者。そしてルーカスさんは惚れこんだ相手を本腰を入れて落としにかかる為に敏腕調査騎士だったにもかかわらず広報部に異動したつわものとして盛り上がっていた。

 それらの中に俺が混ざる、というのは非常に複雑な気分である。


「別に気にしなくていいんじゃない?そのうちまた誰かが結婚して風化するんだし。今のところ風化していないのはオスクさんの略奪愛くらいのものだよ」


「あー……」


「あれは伝説として語り継がれるでしょうね。――それに比べれば我々など微々たるものですよ」


 確かに。

 あの厳めしいオスク騎士長を思い浮かべて納得しかけてしまった。


「それに僕はユスカとヴィーさんの話は好きだよ」


「好き、ですか」


 思いもよらない言葉に反芻するとクルトさんは頷いた。


「世の中には子供も大人も、ひょっとしたら性別すらも関係なく惹かれる相手が現れる時がある。身分も外見も、年齢も性別も、それ以外のものも関係ない。ただただ魂が惹かれる相手が現れる時がある。その相手と出会えることは至上の幸福であるけれども、一生涯にその相手と出会える人はほんの一握りしかいない」


 どこか遠くを見ているようなクルトさんの台詞に引き込まれるようだった。

 だがそれはほんの一瞬のことで、クルトさんはすぐに気恥ずかしそうに頬を掻いた。


「ばあちゃんの受け売りなんだけどね。君達はそんな、魂が惹かれあった存在なんじゃないかなって思うんだ」


 そう続いたクルトさんの言葉にどうしようもないほどに喜びを感じた。

 条件など何も関係がない。ただただ惹かれる相手。例え十歳でも、三十歳でも関係ない。魂が望む相手。

 それがヴィーなんだと思うと、堪らないほどの歓喜が渦巻いていく。


「勿論僕とスティーナもそうだと思ってるけどね」


「おや、それならば私もですよ」


 なんて言って、互いに笑みを浮かべる。


「これから先、あと六年か。苦難はあるかと思うけど、頑張って」


「なに。他人の言うことなど気にしなければいいのですよ。いつか言ったでしょう?有象無象だと」


 そんな励ましにも心が震えるようで、俺は腹に力を入れた。


「頑張ります。誰がなんと言おうと俺とヴィーは恋人で、いつか結婚をするんです」


 おそらくこれから幼女趣味だなんだと言ってくる輩も出てくることだろう。

 だがそれがなんだ。ヴィーがいるなら、俺はそんな噂はどうでもいい。

 ただヴィーを愛し、愛されればそれでいいのだ。


「その意気ですよ」


「応援しているよ」


 そうして何時の間に泊まっていた酒を、三人で酌み交わすのだった。


 + + +


 半年後――

 俺はヴィーの通う学校までやってきていた。

 私服ではあるものの、王都勤務の騎士はだいたいその顔が広く知れ渡っていることもあり、俺もまた下校する子供達の視線を集めていた。


「ユスカ!」


 と、声がしたと思った瞬間、ヴィーが飛び込んできた。

 真正面からそれを受け止めると軽く抱きしめてからそっと放す。


「今日は仕事じゃなかったのか?休みなのか?」


 俺のシャツを両手で掴んで見上げてくるヴィーの頬は紅潮している。


「今日は誕生日だろ?学校にあわせて休みがとれるように調整したんだ。――おめでとう、ヴィー」


 すると見る間にヴィーは満面の笑みを浮かべた。


「あと五年だな!」


「そうだな」


 誕生日に喜ぶよりも、成人までの年数が減ることの方が嬉しいというヴィーにこちらも心が浮つく。

 ヴィーは俺の腕に自信のそれを絡めてくっついた。


「休みということは今日はこれから一緒に過ごせるんだな?」


「ああ」


 この素直な様が愛おしくてたまらない。

 濃紺の頭を撫でると、ふと学校から真っ直ぐにこちらに駆けつけてくる姿が見えた。言わずと知れたカーポである。

 カーポはヴィーの正体を知ると暫く口を開けて固まってはいたが、それ以降も変わらず接してくれる大親友である。


「よぉユスカ。仕事上がりか?」


「おう。ひょっとしてこれからヴィーと約束でもしてたか?」


 腕に頬ずりしているヴィーを余所に尋ねるとカーポは口の片一方を上げた。


「んなわけねーだろ?絶対ユスカが来ると思ってたぜ」


 そしてヴィーに小さなノートを差し出した。


「忘れもんだぜ」


「すまないカーポ。助かる」


「十一歳になったってのにかわんねぇな」


 はは、と笑うとカーポはヴィーの肩を叩いた。


「んじゃまた明日な」


「ああ。ありがとう。――礼に背が伸びる薬が完成したら真っ先に渡しに行くからな!」


「ちょっ、でかい声で言うなよ!」


 一度は離れていったカーポが恥ずかしそうに戻ってきた。その様子が少年らしくて微笑ましい。

 何を隠そう、行動力があって世話焼きで割と男前なカーポではあったが、身長だけは低いのだ。

 思わず笑みが漏れるとカーポに睨まれた。


「くっそ、身長分けろ。この野郎」


「無理だな」


 長身の部類に入る俺に軽く蹴りを入れるカーポを躱してその頭を掻きまわすと、悔しそうにしながらもカーポは走り去っていった。


「心配しなくても、あれだけ活発に動いて食うもの食ってればでかくなると思うんだがな」


 あとは先伸びか後伸びかだろうにと呟くとヴィーは絡めていた手を下げて手を繋いできた。


「カーポの両親は共に背が低くてな。それで気にしているんだ」


 繋がれた手を少しだけずらして指を絡めると、ヴィーが虚をつかれたような表情をして、それから目を細めた。金の瞳が蕩けそうな光を湛えるのを見て、小さく胸が鳴る。


「どこに行く?セス団長に許可はとってあるから、夕方までは自由だぞ」


「できれば適当な場所でくっついてたいんだが……公園はどうだ?」


「じゃあそうするか」


 なんて話をしながら俺達も歩み始める。

 学校の区域を出て、市場の通り過ぎて――


「ちょっと見て」


「うっそ、恋人繋ぎじゃん」


「まだ子供じゃない」


 俺とヴィーの様子に周囲の目が集まり、ひそやかに会話が成されるのを感じる。

 だが、俺は気にも留めない。


「……ユスカ、その。手を」


「放さない」


 静かに引こうをするヴィーの手を強く握り、言葉を遮る。


「誰が何を言って何を思おうと、俺達は恋人だ。違うか?」


 ヴィーの迷いは痛いほどによくわかる。

 以前同性愛疑惑のあった俺はその噂に頭を悩ませていた。ところが今度は幼女趣味ではないかと囁かれ始め、その原因が自分にあるのだと感じているヴィーは、居心地の悪さを感じているのだ。


「それはそうだが」


「なら何を憚る必要がある?俺はヴィーが好きだ。それを幼女趣味だと思う奴らもいるかもしれないが、言わせておけばいい。ヴィーが傍にいてくれるなら、俺はそれでいい」


 同性愛疑惑も、ヴィーが共にいることでいつの間に気にならなくなっていた。

 であるなら幼女趣味もまた同じ。いや、十一歳のヴィーと一緒にいるのだからそう思われても仕方がないとすらも思える。

 結局のところ、ヴィーと互いに気持ちが通じ合っていればそれでいいのだ。

 すっきりとした気持ちで断言すると、驚きの表情をしていたヴィーが俯きながらももじもじとし始めた。


「あのな、ユスカ」


「なんだ?」


 珍しいその様子に足を止めると、ヴィーは上目遣いに見つめてきた。


「そのな。あの……あ、愛、してる……ぞ?」


 顔を真っ赤にさせたヴィーの言葉に、一瞬世界が止まった気がした。

 潤んだ金の瞳が堪らない。


「――俺も、愛してる」


 ああ。あと五年も耐えなければいけないのか。

 そう思いながら、やがてそれもいい思い出になるのだろうと、俺はその小さな手の甲に口付けを落とすのだった。

読んでいただきありがとうございます。

これにてユスカ本編終了となります。

残り後日談2つ、よろしくお願いします。

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