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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【疑惑】ユスカ
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魔女の真実

楽しんでいただけたら嬉しいです。

前半ユスカ視点、後半ヴィー視点となります。

 数日後――

 俺は配属されている詰所とは別の詰所へとやってきていた。

 引退間近だった年配の騎士がどうやら腰を痛めてしまったらしい。なんでも孫を抱っこした時にやってしまったのだとか。

 もともとその詰所の人員が少なかった事もあり応援に来たのだ。


「すまないね」


「いえ」


 地区担当の騎士に地図を見せてもらって、ざっくり頭に叩き込むと、早速共に巡回する騎士と外へと出る。

 この辺りの地区は図書館や学校などの集まる地区で、それ故に少年少女達が多い。


「危険と判断したものへの対処のみで、軽い喧嘩くらいなら素通りして構わないよ」


「了解しました」


 説明を受けつつ巡回し、辺りを見回す。

 昼を過ぎたこの時間は一日の中で人の往来が多くなる時間帯らしい。

 集団で駆けていく少年達に、本を抱えて談笑する少女達。それらの未成年者に向けて軽食を売りに出る販売者達。


「市場とはまた違った活気ですね」


「若い子が多いからね」


 時々羨ましくなるよと中年の騎士が笑うそこは、確かに故郷で学校に通っていた時を回顧させるものがあった。


「さて、表通りはこれくらいにして――裏へ入ろうか」


 この地区の表通りは教師の往来もあり比較的安全で、一番重要なのは裏通りなのだと言う。

 裏通りの人目につかない場所で興味本位で違法な薬物を使用する子供や、陰湿な嫌がらせ、恐喝まがいの事が行われることも少なくないらしい。

 気を引き締めて中年騎士の後を追っていく。

 建物の細い隙間や積み上げられた木箱。死角になる部分は多岐にも渡る。


「昨日学校が一斉に締め上げたらしいから、流石に今日はみんな大人しくしているようだね」


 それぞれの場所を確認した中年騎士は何事もなかったことに満足そうに頷いた。

 因みに巡回ルートを決めると、それを把握して巡回直後の場所に屯ろする子供達が出てくる為、順不同で行われるらしい。


「ちょっとした知恵遊びだね」


 なんて笑う中年騎士につい感心する。市場を担当している俺は、騎士がいる事自体が犯罪への抑止力になる為に堂々と回っているが、場所によっては全く違うようだ。


「さて、最後に表通りをもう一度辿って詰所に戻ろうか」


 言われて足を進めていると、ふと見覚えのある姿を見つけた。


「カーポ?」


 思わず声を掛けると、その身体が明らかに跳ねた。次いでぎこちなく振り返る。


「きっ、奇遇だなユスカ!」


 表情すらも硬く、口元が引き攣っている様子は明らかに不審だ。

 まさかカーポが非行を?と思う間も無くカーポが大急ぎで駆け寄った。


「っつーかなんでこんなとこ居んだよ。今日は仕事だろ?」


「今も仕事中だが……何してたんだ?」


 一人のようだがあまりの不自然さにカーポの居た方へと視線を向ける。


「あー、いやっ、なんだ、あれだ」


 カーポは途端に大声をあげてなんとか俺の視界を遮ろうと手を振る。


「かくれんぼだ!隠れてたんだよ」


 怪しい。

 ちらりと中年騎士を見れば小さく頷かれ、俺はカーポの脇を過ぎて踏み出した。


「ちょっ、ま、おっさん邪魔!」


 背後で中年騎士がカーポを抑えている間にと角を曲がる。

 そこで見た人物に思わず目を疑った。


「ヴィー?」


 一人は学生……成人間近といった様子の少女だったが、残る一人は見間違いようもなかった。

 艶めく濃紺の髪を振り乱し金の瞳は怒りに燃えているその人は、ヴィーに他ならない。

 二人は険悪な様子で睨みあっていた。


「知り合いかな?」


 カーポを捕獲したままの中年騎士に尋ねられ肯首する。


「はい。現在俺とトゥーレさんで対応をしている件の」


「彼女が例の」


 こんなところで子供相手に何をしているんだ。

 全く接点のなさそうな二人は一体何が原因でこんなことになっているのか。


「だから!ユスカはお前のせいで迷惑しているんだ!」


「何言ってるのよ!アンタこそただの友達の癖にユスカ騎士のこと食い物にしてるんじゃない!」


 ……俺か。

 まさかの内容に苦虫を噛み潰したような気持ちが広がる。

 そんな俺の横で中年騎士は面白そうに笑っていた。


「いやぁ、若い女性の諍いに恋はつきものだからね」


「ヴィーは若くない、ですが」


「私にとっては充分若いさ」


 どうしたものかを苦渋の表情を向けると、中年騎士は静かに肩を竦めてカーポを手放した。


「あれくらいであれば止めには入らないのが常だね」


「……了解です」


 止めに入りたい気持ちも、ヴィーに問いただしたい気持ちもあるが致し方がない。

 名残惜しそうに二人に視線を向けると、カーポが怪訝そうな顔をした。


「止めねーの?」


 知り合いだったらそりゃあ止めに入るのが普通だからな。だが今の俺は職務中の騎士であり、知り合いといえど公正に対応しなくてはならない。


「騎士としては介入すべきではない」


「ふーん?」


 よくわからないとカーポが首を捻ったところで、言い争いは唐突に変化した。


「うるさいわね!」


 小高い音がして、ヴィーの頬が叩かれたのだ。


「っなにを、する」


 頬に手を当てて瞠目したヴィーに少女は更に拳を振り上げた。


「だいたい、騎士様が人のこと迷惑だなんて言うわけないじゃない!優しい言葉を鵜呑みにして馬鹿じゃないの!?あんたがいなければユスカ騎士はもっと新しい恋ができてるのに!あんたのせいよ!あんたこそ消えなさいよ!」


 連続で振われる暴力にヴィーはよろめき尻もちをついたが、それでも興奮状態の少女の勢いは止まらず足蹴にしようとしたところで、我慢の限界だった。

 飛び込むように二人の間に割って入って、少女の足からヴィーを庇う。


「そこまでだよ。お嬢さん、流石にそれはやりすぎじゃあないかな?」


 背後から中年騎士がやってきて、少女をやんわりと諌める。


「っ、あの、これはその」


 突然の騎士の登場に少女は激しく動揺を示した。あたりへと視線を走らせ、そして一歩下がると途端に駆け出した。


「ごめんなさいっ」


 騎士に見られたというだけでも少女にとってはとんでもないことだろう。騎士から学校や家へと連絡がいけば大事になってしまうのだから仕方がない。


「本来であれば追って事情を確かめ互いに謝罪をさせるところだけれど、どうするかい?」


「アイツのことは名前も学校もバッチリ知ってる。教えようか?」


「では後でゆっくり話を聞こう。その時に頼むよ」


 という中年騎士とカーポの言葉をどこか他人事のように聞き、それから背にかばったヴィーへとゆっくりを振り返り――驚愕した。


「大丈夫か、ヴィー!?」


 地面に座り込んだままのヴィーの顔は蒼白だった。


「ヴィー?」


 肩を掴んで顔を覗きこめば金の瞳はかつて見たこともない恐怖に揺れ、全身が小刻みに震えていた。

 ――怪我によるものではない、明らかに精神的な何かにヴィーは侵されている。

 咄嗟にそのまま腕の中に抱きこんで、その背をさする。


「大丈夫だ、怖いものは何もない」


 緊迫した口調になりそうな自分を押し止め、努めて優しい口調を心がける。


「安心していい。大丈夫だから」


 何度も語りかけ、そうして頭を撫でると僅かにヴィーが顔を上げた。

 未だ何かに脅える瞳が俺を捉えた。


「あ……ユス、カ?」


 か細く震える声に力が入りそうになるのを堪える。

 まるで親を見失った子供のような姿に、ゆっくりと問いかける。


「どうした?」


 だがヴィーはすぐには答えず、言葉を発しようとしては飲み込んでいく。

 静かに、ただ俺は頭を撫でてヴィーの言葉を待つ。

 やがて――


「私、は。……私は、ユスカにとって、邪魔……なのか?」


「そんなわけないだろ」


「だが、騎士は迷惑だとは言わないと」


「それ以前に嘘は言わない」


 ヴィーの言葉を遮って力強く断言する。

 言葉巧みに躱す事はあっても嘘は言わない。職務の一環であれば致し方なしにという場合もあるだろうが、必要に迫られない限りは言ってはいけない。


「いいか。俺はヴィーと暮らすのが楽しい。一緒にいると嬉しい。迷惑だとか邪魔だと思った事は一度もない」


 しっかりと金の瞳を見つめて、真意を伝わってくれと願う。


「本当、か……?」


 暫しの沈黙の後、ヴィーは口元を震わせ縋るように見上げてきた。


「ああ」


「だが……」


 尚も否定しようとするヴィーに、カーポの盛大なため息が漏れた。


「ユスカがヴィーのこと嫌いだったらフリーマーケットに迎えにまで来ないだろ。よく考えろよ」


 僅かに首を巡らせると、カーポが指折り数え始めた。


「休みの日には薬草の買い出しを手伝いって、自分は仕事の癖にその間のヴィーの飯を作り置きして、帰りにヴィーが好きそうなものを見つけたら買ってくんだぜ?」


「ユスカ君は尽くすタイプなんだねぇ」


 ……ヴィーの説得をしてくれている筈だが、公開処刑をされてる気がしてならない。居た堪れない。

 だがカーポのいう裏付けはどうやらヴィーの心に届いた様だ。徐々に瞳から輝きが灯り始めたのを確認して、気を取り直すように咳払いをする。


「つまりだ。俺はヴィーの事が好きだ。居なくなられる方が困る」


 簡潔な言葉は、止めとばかりに真っ直ぐにヴィーの中へと入り込んだらしい。


「ユスカ……っふ、う。うわあぁぁっ」


 ヴィーは見る間に大粒の涙を零し、俺にしがみ付いてくるのだった。


 + + +


「落ち着いたか?」


「……ああ」


 あまりにも激しく泣き明かした後、私は知らずユスカの家へと連れ帰られていた。

 差し出されたティーカップを両手で包むようにして持ち、ハーブの匂いにほんの少しだけ心の闇が解けていく。


「いろいろ聞きたいことはあるが、話せるか?」


 労わるような声のユスカに一度しっかりと目を閉じる。

 ユスカは私のことを迷惑でも邪魔でもないと否定してくれた。むしろ私の事が好きだと。いなくなる方が困ると。

 そう言ってくれたことが本当に嬉しくて、思いだせば再び涙が浮かびそうになる。

 だが話さなければ。ユスカに見られ、心配させてしまったのなら、せめて話せることは話さなければならない。

 それが偽りをもつ私にできるせめてものことだ。


「問題ない。何から話せばいい?」


 堅い意志で目を開けてユスカを見据える。

 するとユスカもまた私の中に確固としたものを見つけたのだろう。心配しながらもユスカは口を開いた。


「まずは今日、あの少女と何をしていたのか」


「あの女にはユスカの男色疑惑を晴らしに行っていた」


 端的に応えるとユスカはひとつ頷いた。

 どこからユスカがあの現場にいたのかは分からないが、なんとなく察してはいたのだろう。


「今までの怪我も、今回と原因は同じだな?」


「ああ。……隠してすまなかった」


 ユスカには知られたくなかった。

 恋人役だけで充分だと言われていたし、そんなことで私が怪我をしたりしているなんて知ったら絶対に止められるだろうから。

 だからなんとしてでも隠しておきたかったのだが、まさかユスカの担当地区ではないところで出くわすことになるとは思いもしなかった。


「無理しすぎだろ」


 非難されるだろうかと、その雰囲気に耐えきれまいと僅かに俯くと、ユスカはため息交じりに、だが微かに笑っていた。


「怒らないのか?」


 勝手な行動をしたことを。

 思わず視線を戻せば、その大きな手で頭を撫でられた。


「正直な話、ヴィーがとり乱さなかったら怒りはしなくとも苦言は漏らしてただろうな」


「だよな……」


「だがヴィーの行動は俺を思ってのことなんだろ?」


「ああ」


 それは紛れもない本心だ。

 それだけは信じてほしいと即答すると、ユスカは苦笑を浮かべた。


「なら今回のことは不問だ。――ただし、これ以上一人で行動を起こさないこと」


 これだけは絶対だと言い渡されて神妙に頷く。


「俺の為だと思っていてもまずは相談すること。いいな?」


「わかった」


 一も二もなく頷く。

 今回私は勝手に行動を起こし、怪我を繰り返した。そしてそれを隠そうと嘘をついて――居心地が悪くもなった。

 心配させたくないという思いもあったが、これ以上嘘を増やすのはよくないと、心が非常に痛んだのだ。

 私がしっかりと返答するのを見て、ユスカは一呼吸置いて次の質問に映った。


「さっきヴィーが取り乱したのは、何が原因だ?」


 一番聞きたいことはそれなのだとありありと瞳に書いてあった。

 それが一番心配なのだと。


「……その」


 これを話すのはやはり勇気がいる。

 私の親に関すること、私が師匠と暮らすことになった理由。


「上手く説明できないかもしれない。それでも、いいか?」


 どこか縋るような気持ちで尋ねれば、安心しろとばかりにユスカは背を撫でてくれた。


「ゆっくりでいい。話せるところまででいい」


 どこまでも私の気持ちを優先させてくれようとするユスカに、私は心を落ち着かせようと手にしていたハーブティーに口をつけた。

 大丈夫。ユスカは私を好いてくれている。過去の話をしても、嫌いになることはない。

 その思いを一緒にハーブティーと共に身体の中に落とし込むと、私は息を吸った。


 + + +


 私は王都より遠く離れた星の都の近くにある村で生を受けた。

 特に珍しくもない平凡な家庭に生まれた私は、不思議な力を持つ魔女というものだったらしい。


 幼い頃から人ならざる者の声を聞いていた私は早い段階でその声が他の人には聞こえていないのだと気づいた。気づいたが――私はその事をすぐに大人に伝えることはしなかった。

 沢山の人ならざる者達は私だけの内緒の友達なんだと、秘密への憧れとちょっとした独り占めの気分が楽しかったのだ。

 そうして草の声、花の声、風の声や動物らしきものの声。様々な者の声を聞いて五歳になった私は、秘密を打ち明けることを決めた。

 特に重大な何かがあっての決意ではない。ただ単純に、父様と母様に見せたいものがあったのだ。


「ぴんくと、きいろと、しろも!」


 その日私はたくさんの花びらを集めて、そうして両手に乗せた。


「あのね、見てて!」


 にこにこと笑う両親の目の前で、人ならざる者が教えてくれた魔法を使ったのだ。

 簡単なつむじ風を作るその魔法は、私の手の平に乗った花びらを突然舞い上がらせ、目を楽しませた。


「きれいでしょ?」


 喜んでくれると思った。

 綺麗な花びらの舞は普通では見られないものだから、絶対に凄いって喜んで褒めてくれると思っていた。


 ――だが、


「すごいわね、ヴィー」


 母様はすごく驚いて、笑顔を浮かべてくれたもののその顔はぎこちなく、


「なんだ、これは。何をしたんだ。こんなの」


 父様は目を見開いたまま、私を見て後退った。その顔が青白くて、震えていた。


「……父様?」


「っ来るな!」


 それは明らかな拒絶だった。

 異変に手を伸ばした私に一喝し、私と母様を見て呟いた。


「化け物」


「違うの!この子は、ヴィーは――っ」


 咄嗟に否定する母様だったけど、父様は最後まで聞くことなく去っていった。

 まさかこんな事になるなんて思いもしなくて、ただ父様の拒絶が胸の中をかき乱した。


「大丈夫よ。父様はちょっとびっくりしただけだから。あとで母様がちゃんとお話しするわ」


 父様の背中を呆然と見つめる私を母様が抱きしめた。


 それから私は母様が魔女の家系なのだと話を聞いた。

 とはいえそう簡単に力を発現させる者などいないから、おとぎ話の様なものと思っていたらしい。だからすごく驚いたと言っていた。そして父様にも特別話はしていなかったと。

 その上で母様はちゃんと話せば父様は分かってくれると言っていたが――父様は私を嫌悪の目で見て、「化け物が」そう吐き捨てて一人去っていった。


 私は異常なのか。

 私は化けものなのか。

 私のこの力は、あってはいけないものだったのか――


 そう胸の内で苛んだものの、気丈に振る舞う母様に問うことはできなかった。

 ただ笑って抱きしめてくれる母様にはこれ以上苦労をかけたくなくて、悲しませたくなくて、ただいい子にしていようと心に誓った。


 そうして一年後。

 父様のいなくなった家庭を守ろうと仕事に励み、それと同時に私への配慮をも怠らずに心身をすり減らした母様は、呆気なく他界した。

 本当に一瞬のことだった。魔女とはいえ子供の私には薬の知識もなく、ただ何もできずに逝ってしまった。

 呆然とする私に事情を知らない周囲の大人達は全力で父様を探してくれた。普通であれば血の繋がった子供を捨てるような真似はしない。引き取らないわけがないと。


「誰がこんな化け物引き取るものか!」


 やがて見つかった父様は、私にそう吐き捨てた。


「この疫病神が。お前のせいであいつは死んだんだ。お前さえ生まれなければ、あいつは今も生きて、一緒に暮らしてたんだ」


 どうやら父様は母様に幾度となく私を捨てて一緒に住むように打診していたらしい。

 だが母様は頑なにそれを拒み、死んでいった。


 私がいなければ、母様はまだ生きていた。


「お前のせいだ。お前さえいなければ。お前なんか要らなかった」


 まるで呪いのような言葉を突きつけられて、拒絶と怒りを露わにした目で睨みつけられて、私は――


 力を暴走させたのだった。


 + + +


「その直後のことは覚えていない。だが結果的に、私は魔女である師匠に保護された」


 師匠は人ならざる者の声が私という存在を教えてくれたのだと言っていた。


「それからの暮らしは穏やかなものだった。時折父親から受けた存在否定の言葉と瞳を思い出して暗く沈む事もあったが、子が居なかった師匠は私を慈しみ大切にしてくれ、私の心を少しずつ癒してくれた。……はずだったんだがな」


 自嘲のようなものが自然と漏れたのは仕方がないだろう。

 すっかり癒えたと思っていた傷が、なぜかあの女の言葉で一瞬にして広がったのだ。

 これまで師匠の元にいた時も親のいない子として後ろ指さされることはあった。だが師匠の元で生活するようになって二年も経てば気にも留めなかったというのに。


 いつも優しいユスカも、ひょっとして私の事をよく思っていないのだろうか。

 いらない存在だと思っているのだろうか。

 本当は厄介者だと、邪魔者だと思ってるんじゃないか……


 一度疑いだすと一気に全てが崩壊した。

 ユスカは私に遠慮してるのか。騎士だから、仕事だから我慢してるのか。と次々に思い始めて、そして恐ろしいほどの不安に駆られたのだ。


「辛い思いをしたんだな」


「師匠に助けてもらったからな。私は幸運だったと思う」


 親を亡くして住む場所を追われる子供もいるし、重篤な病で死ぬ子供もいる。ずっと孤独を抱えて生き続ける者も、確かにいるのだ。

 そう思えば私はまだまだ幸せで、こんな事で弱るなど甘ったれているだけに過ぎない。


 と――そう思っていたら、ユスカが静かに抱きしめてきた。

 温かく、心地のいい、大好きな場所。そこに包まれてゆっくりと目を閉じる。


「無理しなくていい。他人なんて関係ない。辛かったなら辛かったでいいんだ」


「ユスカ……」


「もっと甘えてくれていいんだからな。弱音でも愚痴でも我儘でも、なんでも俺が受け止めてやる」


 それは未だ残る心の靄を払っていく様だった。


「どんな事があっても俺はヴィーから離れない。絶対に離さないから、安心してくれ」


「本当か?本当に離れないか……?たとえ私が重要な秘密を抱えていても、側にいてくれるか?」


 未だ師匠の魔法は解けない。重大な隠し事をした状態の私をユスカは許してくれるのだろうか。

 涙目になって見上げれば、ユスカは揺るぎのない目を返してきた。


「その秘密は人の命を脅かすものか?」


「っ違う」


 咄嗟に首を振れば背を叩かれた。


「だろうな。なら問題ない。俺はヴィーと居る」


「本当、か?」


 今日は何度もそのセリフを言っている気がする。

 だが確認せずにはいられない。

 ユスカの腕にすがりつき、口元を震わせる。

 秘密がある事を許してくれる。だがもしその秘密が公になったら、その時でもユスカは許してくれるだろうか……?


「本当だ。何があったってヴィーと一緒にいる。――ヴィーのことは俺が一生護る」


 嬉しさと安心とで、再び私は涙を零しながらユスカに抱きついた。


「ヴィーが俺の為に嫌われるのを覚悟して恋人役を振る舞ったり、知らない女性達の間に乗り込んでいってりするのと同じように、俺はヴィーの為なら何だってする。安心してくれ」


 ユスカは私がユスカに抱く思いと同じものを抱いてくれている。

 そのことが痛いほどに伝わってきて、絶対の安心感が私を包みこんだ。

 大丈夫。ユスカは絶対に離れていかない。

 そしてそんな揺るぎない安心をもたらすユスカという存在に、ふと気づいてしまった。


 ――ああ、そうか。

 私があの女の言葉に不安が広がったのは、ユスカだったからなのか。

 他の誰でもないユスカに邪魔者だと思われることが怖かったのだ。

 私は。私は――


「好きだ。ユスカ、好きなんだ。私は……他の誰でもないユスカの事が」


 泣きながら訴えればユスカはこれ以上ないほどの優しさで応えてくれた。


「俺もだ」


 ユスカの指が私の頬を伝って顎をなぞり、上向かせられる。

 しゃくりあげる私はただユスカの顔が近づいてくるのを見つめて――


 柔らかいものが唇に重なった。

 ひどく鼓動が跳ねて、涙さえもが止まる。


「あー……ヴィーが自立するまで待とうと思ってたんだが」


 完全に動きの止まった私に、ユスカは少しだけ居心地が悪そうに離れて視線を外そうとして、そこで突然目を見開いた。


「ヴィー……?その姿は一体」


 初めて聞くユスカの動揺した声に瞬きをする。

 一緒に暮らしていても言葉を詰まらせるようなことなど一度もなかったというのに。

 ……ん?その姿?


 ユスカの台詞にそっと手のひらへと視線を落とす。

 そこにはようやく見慣れてきた細く長い指はなく、その一回りも二回りも小さな手が見える。

 ソファから下ろして床についていたはずの足は床に届かず浮いていて、肩も腰も細くなっている。

 顔に触れるとどことなく肉が柔らかくて、邪魔に膨らんでいた胸がほとんど消え失せている。


 核心に触れたくて部屋の隅に置かれた鏡へと視線を向けて――


「戻った。師匠の魔法が、解けた……?」


 久しぶりに見る自分の本当の姿に何度も鏡を確認する。

 背は少しは伸びただろうがそれでも低く、顔は幼く大人には程遠い。……間違いなく魔法は解けている。

 まさかここにきて魔法が解けてくれるなんて、と思ったところで師匠の言葉が思い出される。


 ――この魔法は互いに心から大事だと想いあえる相手が現れた時、解かれるだろう。


つまり私はユスカを、ユスカは私を大切だと、想い合ったのだ。

ユスカ自身も言っていたが、師匠の魔法が解けるほどに私の事を思っていてくれて。

それは魔法が解けても揺るぎないものだという事で。


言い表しようのない歓喜に振り返り、そこでユスカの様子がおかしいことに気づいた。

 未だ驚きの表情で私を見つめていて、少し考える。


「そうか。そうだよな。説明しなければ驚くのも無理はない」


 突然目の前で姿が変わったのだから当たり前といえば当たり前か。

 うんうんと大きく頷くと、私はしっかりとユスカへと向き直った。


「ユスカ、すまない。――これが、私の隠していた秘密だ」


 手を膝の上において、姿勢を正す。


「私は師匠に修行に出ろと言われて王都に来たんだが、そのままでは危険だからと師匠に姿を変えられていたのだ。これが私の本当の姿だ」


 そろそろ世間を知った方がいいと言われた。

 あまりにも突然なことに戸惑いもしたが、確かに師匠に守られてばかりの私は世間知らずだった。

 王都に来てユスカにいろいろなものを教えてもらって、そのことがよく分かった。


「私の本当の名前はヴィーヴィという。ヴィーヴィ・レピスト。ロヴィーサは師匠の名前で、その……薬師としての認定証も師匠から使えと渡されていた」


 認定証の詐称は罪だ。

 そこは非常に気まずいが、話さなくてはならないだろう。

 窺うように見上げると、ユスカは表情を変えないままに恐る恐る口を開いた。


「……年齢は?」


「十歳だ」


 ユスカは絶対に離れていかないと確信したばかりの私は、ようやく本当のことが言えるとばかりにはっきりと告げたのだった。

読んでいただきありがとございます。

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