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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【疑惑】ユスカ
75/79

魔女の企み

楽しんでいただけると嬉しいです。

冒頭ヴィー視点、中盤からユスカ視点に変わります。

 それからというもの、私はカーポが調べ上げたユスカの加害者達が群れる場所へと乗り込んでは蹴散らせた。


「ユスカが迷惑している」

「お前達の妄想は不愉快だ」

「ユスカは男色なんかじゃない」


 群れる女どもはそう言い募る私に怯み、中には謝罪をしてくる者もいて順調にことは進んでいたかのように見えた。

 だが――


「あんたこそ邪魔しないでよ!」


 言い返してきて激しい口論になる相手もいた。

 そういう相手はなにを言っても聞く耳を持たず、こちらも躍起になって言い返していると、たいていは掴み合い、引っ叩き合いになる。

 そのうち突き飛ばされて腕をぶつけたり足を捻ったりということも出てきてしまった。


「だいじょーぶか、ヴィー?」


 一部始終を見ているカーポの手を借りてこっそりとユスカがいない時間に家に帰っては自家製の塗り薬で対処していた。


 そんなある日のこと――


「ヴィー。最近怪我が多すぎるが、どうかしたのか?」


 夕食時に真正面から尋ねられて一瞬動きが止まるが、何とか強引にフォークに刺さっていたソーセージに齧り付いて平静を保つ。

 いくつかの怪我についてはユスカにばれてしまっていたが、誤魔化せているものだと思っていた。思っていたんだが、どうやらそうではなかったらしい。


「……ひや、ほくにはひが」


 口一杯に頬張りきちんとした言葉にならないのは、嘘だと悟られない為だ。

 もぐもぐとかみ砕きながら落ち着けと自分に言い聞かせているとユスカはなおも食い下がった。


「理由もなく連日のように怪我はしないだろ。あまりにも不自然すぎる。本当に心当たりはないのか?」


 あくまで穏やかな口調に初めはソーセージを食べていることを理由に誤魔化せないかと思ったが、ユスカの視線は私を捕えて離さなかった。

 ユスカにばれるわけにはいかない。ここはなんとしてでも否定しなければ……!


「ほ、本当だぞ!?何にもないからなっ」


 慌ててソーセージを飲みむと、私は身を乗り出して否定をした。

 全否定だ。怪我の心当たりなど私はない。私は何も知らない。知らないったら知らないのだ。

 必死に自分に言い聞かせているとユスカはふと目をつぶった。

 何か考え事をしているのか、それとも怪我から意識が逸れたのか。

 頼むからこの話はもう止めてくれ、と心に願っているとゆっくりとユスカが目を開けた。


「ヴィー、もう一度だけ聞くぞ。心当たりはないのか?」


 真剣そのものだというそのユスカの目を前に、疾しさを抱える私は少し泣きそうになった。

 ユスカに話すことはできない。だがユスカは私のことを心配してくれていて、こんなに真剣に向き合ってくれている。

 こんなユスカに嘘をつき通すのは、いいことなのか?


「その、なんだ」


 肩を落として、なんと言っていいのかわからず口の開け閉めを繰り返す。

 ユスカに素直に言うのか?それとも、嘘を続けるか?

 ぐるぐると頭の中で自問自答が繰り返されて、やがて向き合えという声に従った。


「心当たりは、ある。……すまない」


 嘘を白状した上で言えるところまで話す。

 小さく謝罪をして、それでもせめて安心してほしいと勢いよく顔を上げた。


「っだが、これは私が好きでやってることなんだ!」


 それまでのしおらしささか一変した私にユスカは驚きに僅かに目を大きくさせた。そうしてしばし見つめ合い、ユスカが口を開いた。


「怪我をしてまでやりたいことなのか?」


 何をしているのかと尋ねられるかと思っていた私は、違った質問に多いに頷いた。

 これなら答えられる範囲だ。


「ああ。やりたいことの為に必要なら、怪我など大したものではない」


 すると今度は更に別の質問が飛んできた。


「今のところ軽い物ばかりだが、そのうち重傷を負うかもしれない可能性はないのか?そもそもいつまで続くんだ」


 ユスカの心配はあくまで私の怪我なのだろう。

 その優しさに嬉しくなりながらも、ユスカの疑問に返答する。


「いつまでかはわからないが……たいした怪我はしないだろう。互いに非力だし、どちらかというと言い争いの方が主だからな」


 なにしろその場限りの女同士の喧嘩である。

 計画的な衝突ではないのだから、武器になるようなものを手にしてもいないしな。

 大丈夫だとばかりに腰に手をやるが、ユスカが触れたのは核心部分だった。


「……一体何をしてる?」


 思わず漏れたかのような言葉にはっと息をのむ。

 それは答えられない。その方面への質問はまずい。


「いや、その」


 ふとテーブルに身を乗り出したままだった事に気づいて座り直す。更には咳払いをして見るがユスカの視線は外れない。

 どうする。どう乗り切る?

 目を彷徨わせては何度もユスカを見るが、逃がすまいとするユスカの意気込みを感じて汗が流れる。

 このまま話し続けていたらついぽろっと漏らしてしまうかもしれない。

 駄目だ、そんなのは、絶対に駄目だ。


「け、喧嘩だ!ちょっとした喧嘩が続いてるだけだ!」


 困り果てた私は少しだけ涙目になりながらユスカを見上げた。

 瞬間、ユスカが気圧されたかのように見えたのを見逃さずに立ち上がる。


「こっこれ以上は何も話さないからなっ」


 もう逃げるしかない。

 私は大慌てで踵を返し自分の部屋へと駆けこんだ。勢いよく鍵を閉めてベッドへと飛び込み布団すらもかぶる。

 追って来るなよ、本当に、これ以上はまずい。

 ぬいぐるみを抱きしめて布団の中で耳を済ます。

 とりあえずすぐに追って来てはいないようだと判断しつつも、いつ来るかとハラハラと身構える。

 そうして――


「ヴィー?」


 どれくらい経った後か、ノックと共にユスカの声が耳に届いた。

 瞬間的にびくりと身体を振わせるも、遠慮がちだったユスカの声にそっろ布団から顔を出してドアを見つめる。

 だが何をどういってもまずいという危機感から返事はできなかった。


「食事途中だっただろ。食べやすいように作りなおしたものを台所に置いといたから、腹が減ったら食ってくれ。俺は仕事に出るから戸締りだけはしっかりな」


 いってきます。

 そう言い残してユスカの気配が遠ざかる。

 そうか、今日は夜番だったか。これから仕事であるということはこれ以上の追求はないということで、心底力を抜いて脱力する。

 何とか危機は脱したということだろうか。だが……


「ユスカに隠し事というのは酷く居心地が悪いな」


 誰にともなく独り言ちる。

 いかにも隠しているといったていで逃げ込んできたのもそうだが、それだけではない。

 私にはユスカに告げることのできない大きな秘密があるのだ。伝えたいのに、伝えてはいけない秘密が。


 ――今のままのヴィーでは危険だ。その姿では思うようには生き抜けないだろう。

 ――この魔法は互いに心から大事だと想いあえる相手が現れた時初めて解けるだろう。それまでは例えヴィーが望んでも解かれることはない。

 ――これからお前の名前はロヴィーサだ。ロヴィーサ・アークラ。いつか自分の名で立てるようになるまでは。


 ぎゅっと胸の前で両手を握りしめる。

 私はまだ弱くて、一人では身を守れなくて。師匠が少しでも安全でいられるようにとしてくれたこと。

 それはとても大事なものなのは確かだ。だからそれほど気にしてはいなかったのだが――ユスカと親しくなるうちに秘密を抱えていることが心の棘となって私を苛んだ。

 ユスカは私のことを大切にしてくれているのに。それなのに私は。そう思うとどんどん棘が増え、太く鋭くなって私を苦しめるのだ。


「くそっ」


 弱い自分に苛立ち、あたるように布団を跳ね上げた起き上った。


「ええいっ、くよくよしたって何も始まらない!」


 次いで布団を力いっぱい丸め、それをぼすぼすと殴りこむ。

 弱い自分なんて嫌いだ。師匠のように強くなるんだ。


「まずユスカに心配させないこと!」


 護衛対象であるのだから多少は仕方がない。が、私生活においては別である。せめて余計な心配をかけないようにしなければならない。


「それから完全に一人立ちすること!」


 ユスカの家で世話になりっぱなしなど論外だ。早く稼いで借りた金を返して、自力で家を借りなければ。

 この二つができなければ次などない。


「怪我はともかく、金だ。金儲けだ!」


 来週、公園広場でフリーマーケットが開催される。そこで私は出品をする予定なのだ。

 売り出すものは調合した薬ではなく、調合に使った残りの花や葉を使ったポプリや薬膳茶といったもので、今は時間さえあれば量産している。

 とにもかくにも収入を得るためには数を用意しなければ。


「やるぞ」


 気合いを入れた私は台所に立つとユスカが残してくれた料理を食べて、売り物の作成に必要なものを買いに出かけるのだった。


 * * *


 最近ヴィーの様子がおかしい。

 おかしいと言うか、気がつくと怪我をしていて、それが少しずつ増えているのだ。

 最初に気づいたのは腕の打ち身で、次は足首の捻挫。ヴィーは隠しているようだが、他にも怪我をしているのはわかっている。

 ヴィーは知識が抜けていることはあるが、そそっかしいタイプではない。ここまで続くと流石に何かあったとしか考えようがない。


 故に――俺は夕食の際に訪ねることにした。


「ヴィー。最近怪我が多すぎるが、どうかしたのか?」


 あくまで何でもないように尋ねると、ヴィーの動きが一瞬止まったのを見逃さなかった。


「……ひや、ほくにはひが」


 慌ててソーセージを大きく頬張りながら首を振るヴィーに、あくまで穏便な口調で追求する。


「理由もなく連日のように怪我はしないだろ。あまりにも不自然すぎる。本当に心当たりはないのか?」


 するとヴィーは僅かばかりに視線を外し、もごもごと口を動かし咀嚼した。

 じっと言葉を待つとヴィーは居心地悪そうに口の物を飲み込み、両手をテーブルについて身を乗り出した。


「ほ、本当だぞ!?何にもないからなっ」


 ……嘘が下手すぎるだろ。

 はっきりと狼狽えてる姿に確信と同時に呆れと愛しさまでもが生まれて苦笑する。

 ヴィーが自覚していて尚且つ問題ないと判断してのことであればそれでいいかと思う反面、怪我はよくないだろうと心配する。

 トゥーレさんからは何も連絡がないことから、魔女として何か面倒事に巻き込まれているわけではなさそうではあるが、だが。

 俺は一度目を瞑ると呼吸を整えた。


「ヴィー、もう一度だけ聞くぞ。心当たりはないのか?」


 目を開き真剣な眼差しをむけると、ヴィーは俺の雰囲気を感じ取ったのか肩を落として俯いた。


「その、なんだ」


 余程俺には言いたくないらしいが、隠していることに対して罪悪感もあるのだろう。身体を小さくさせてなんと言おうかと口を開け閉めすること暫し。


「心当たりは、ある。……すまない」


 やがてヴィーは小さく言葉を漏らした。それは蚊の鳴くような声だったが、次の瞬間ヴィーはテーブルについた手を握り、勢いよく顔を上げた。


「っだが、これは私が好きでやってることなんだ!」


 つまりヴィーは自発的に何かをし、その結果怪我を負っているということか。

 だが怪我をするようなものとは?


「怪我をしてまでやりたいことなのか?」


「ああ。やりたいことの為に必要なら、怪我など大したものではない」


 大きく頷くヴィーの目には堅い決意が浮かんでいた。


「今のところ軽い物ばかりだが、そのうち重傷を負うかもしれない可能性はないのか?そもそもいつまで続くんだ」


 ほとんどは自前の薬で二、三日もすれば完治しているようだが、その程度で必ず済むという確証もなく、回数が多ければ軽傷も笑い事では済まされない。

 俺の問いにヴィーは腰に手を当て考えた。


「いつまでかはわからないが……たいした怪我はしないだろう。互いに非力だし、どちらかというと言い争いの方が主だからな」


 言い争い?互いに非力?


「……一体何をしてるんだ?」


 思わず漏れた純粋な疑問に、ヴィーがはっと息をのんだ。


「いや、その」


 乗り出したままだったヴィーがイスに座りなおした。

 明らかに慌てた様子で何度も俺と視線を合わせては外すことを繰り返し、それでも俺が折れないことに焦ったヴィーは声を荒げた。


「け、喧嘩だ!ちょっとした喧嘩が続いてるだけだ!」


 困り果てたヴィーが顔を赤くしやや目を潤ませたのを見て、鼓動が胸を打った。

 その刹那、


「こっこれ以上は何も話さないからなっ」


 ヴィーは身を翻し足音を立てて走り去っていった。

 やがて自室の戸が勢いよく閉められる音が響いてため息をつく。


「……あの表情は卑怯だろ」


 ヴィーに対する自分の感情は既に自覚している。

 夜空のような紺色の髪に、星の様な金の瞳。

 そこに映し出される多様な表情はそのどれもが愛しくて堪らない。


 とはいえ現在ヴィーは俺の家に同居している上に金を借りている身だ。そんな状態で告白したとしても、ヴィーも返答に困るだろう。

 であるならばヴィーが再び一人で暮らし始めてるまでは秘めておくべきだろう。


 と、話が逸れたか。

 ヴィーの隠し事についてどうするべきか。


「様子を見るべき、なんだろうな」


 怪我が続くのは心配だが、隠したがっていることもあるしな。

 一つ息をつくと、ふと食べかけの料理が目に入った。

 俺は既に食事を終えていたが、逃げ去ったヴィーはまだ途中だったようだ。これでは後で腹が空くことは間違いない。

 ヴィーが腹を空かして部屋から出てきた時に食べやすいようにと調理し直すと、俺は時間を確認してヴィーの部屋を叩いた。


「ヴィー?」


 未だ警戒しているかもしれないヴィーに遠慮がちに声をかけると、ドアの向こうで動く気配がした。

 出てきてくれるのかと期待したが、残念なことにそれ以上に動きも返答もない。


「……さっきは悪かった。食事途中だっただろ。食べやすいように作りなおしたものを台所に置いといたから、腹が減ったら食ってくれ。俺は仕事に出るから戸締りだけはしっかりな」


 これ以上何かを語っても、ヴィーは警戒するだけだろう。

 そう判断した俺は後ろ髪引かれつつも詰所へと向かった。


 今日はまず任務明け前のトゥーレさんとヴィーに関する定期連絡を交わしてから街の巡回に当たる事になっている。

 トゥーレさんは周辺調査をしてはいるが、それも定期的なものでありヴィーと直接会話することはない。

 そして俺も通常の職務をこなしている間のヴィーのことは分からず、二人で情報のすり合わせをしなければならないのだ。


「お疲れ様です」


 到着した詰所で巡回任務を終えたトゥーレさんと打ち合わせ用の部屋へと入れば、すぐさまトゥーレさんからの報告が始まる。


「行動範囲は前回報告時よりは広がっています。とはいえ全て治安は悪くない場所ですので問題はないでしょう。ヴィーさんに関しての注目度も一般的な方と同等とは言えませんが、騎士の恋人と思えば何ら不自然ではありませんね」


 行動範囲が広がっている事についてはヴィーとの日々の会話で把握はしている。

 だいたいはヴィーが命を救った子供であり、今は友人として付き合っているというカーポによるところだろう。

 彼は病に侵されるまではとにかく冒険心が強く、危険だと言われている場所にも特攻していたようだが、それが原因で病魔を貰ってしまったこともあり今は場所を選ぶようになっているし、左程問題視はしていない。


「今のところ周囲でも不穏な動きは感じられませんので概ね問題ないかと」


 というトゥーレさんの締めくくりに、ふとヴィーの怪我を思い浮かべる。

 ヴィーの喧嘩という言葉と報告に上がらない点からして問題ないのだろうとは思うが、だが。


「……ここしばらくヴィーが経て続いて怪我をしています。何か思い当たる節はありませんか?」


 一応聞けるなら聞いておきたい。

 外部からの調査を担当しているのであれば、おそらく原因についても知っていておかしくはない筈だが――


「勿論、ありますよ」


 俺の問いにトゥーレさんはにっこりと笑みを浮かべた。


「ですがその件は魔女の護衛任務からは全く外れたものですので、お答えすることはできません」


 どういうことだ?と一瞬疑問符を浮かべると、すぐさま補足してくれた。


「魔女に関する諍いや問題では全くないのですよ」


「……職務上得た個人情報は極力話してはならない、ですか……」


「ご名答です」


 そこで広報部騎士の心得が出てくるとは思わなかった。

 任務に関係のない個人情報は話してはいけないという奴だ。任務に関わりそうなものは報告を上げるが、そうでないものに関しては明かさないのが広報部では決まりとなっている。

 ……情報部だったら逆に全公開だから話しても問題がないわけではないんだが、目の前にいるトゥーレさんはそのあたりはきっちりとしているわけで。


「気になるのはわかりますが、完全に仕事とはかけ離れた内容になりますので。ご本人に聞くか、休日に自力で調べることですね」


 だよな。

 涼しい顔で言ってのけるトゥーレさんに項垂れる。

 既にヴィーには聞いて逃走されたわけで、となれば自分で調べるということだ。

 だが危険ではないと分かっていて、本人が隠したいものを暴くのは人としてどうなんだ?


「……やめておきます」


 気になって仕方がないが、それでも踏み込んではいけないものはある。どうしてもという時は真正面から向き合えばいい。

 唸るようにして息をつくとトゥーレさんが意味深な瞳を向けてきた。


「まぁ、一つ言うのであれば愛()()()ますね」


 騎士の観察眼は伊達ではない。

 ヴィーの恋人宣言とその後の偽恋人については既にトゥーレさんをはじめ騎士長にも報告はあげている。その為仲睦まじい様子なのは不自然なことではないんだが、そこに隠された俺の恋情は見抜かれているのだろう。


「やっぱり、わかりますか」


 憂いを含んだ声で肯定するとトゥーレさんくすくと笑い出した。


「まぁがんばってください」


 既に意中の人を捕らえているトゥーレさんに恨めしい気持ちでいると、今度は俺からの報告を促された。


「ではユスカからの報告を聞きましょうか」


「はい」


 尋ねられれば仕事なのだから答えなければならない。

 俺は気持ちを切り替えて報告を行うのだった。


 + + +


 その翌夕。

 朝帰宅した時にはヴィーは既に家を出ており、睡眠をとり目を覚ました後。

 俺は起き上がると軽食を摘み、身支度を整えた。

 フリーマーケットに出店しているヴィーを迎えに行くのだ。

 昨日は気まずい別れ方をしてしまったこともあるが、何より初めて自分で直接物を売買しているのだから疲れてるだろうしな。


 家を出て大きな通りに出ると、所々で不思議な視線を感じた。

 どこか決まりが悪いかのような、申し訳なさそうな視線を向けられるが、意味がわからない。

 思い当たる節がないか考え――そこでふと全然違うことに気づく。


 そういえば最近こうやって視線を感じることが気にならなくなっていた。


 理解のできない期待や憐憫、含みのあるものに堪らなく嫌悪感を抱いていたが、ヴィーと知り合い、隣に並ぶようになってからは全く気にならなくなった。

 無論、ヴィーとの恋人作戦で落ち着いたというのもあるかもしれないが、どうでもいいとすらも思えるほどにそもそもが気にならなくなったのだ。


 自分の心境の変化に自問していると、やがてフリーマーケット会場である広場へとたどり着いた。

 なかなかの盛況であるらしく、予想よりもかなり人の出入りが多い。

 さて、ヴィーはどの辺りにいるのか。


「おっ、あれユスカじゃね?」


 ヴィーを探して歩いていると少年らしき声で名を呼ばれた。


「本当だ。よく見つけたなカーポ」


 続いて聞こえたヴィーの声に二人の姿を見つける。

 商品を並べる敷布の上がほぼ空の状態のそこに、ヴィーと少年が座り揃って手を振ってきていた。

 小物が数点残っているが、ほぼ完売と言ったところか。フリーマーケットは成功だったようだ。


「仕事は終わったのか?」


「ああ」


 近寄るとすぐさま尋ねてきたヴィーに頷く。


「なんだ。近くで騎士服見てみたかったのに」


 と、ヴィーの隣で少年が残念だと息をついた。


「職務中ではないからな」


 苦笑し少年を見る。

 活発とした雰囲気の少年は以前ヴィーが命を救ったという十歳の子供のそれと同一だった。


「君はカーポ君だね?」


「おう。ユスカのことはヴィーから聞いてるぜ。よろしくな!」


 カーポは腕白ぶりがよくわかる瞳を輝かせてそう手を上げた。

 その元気さに目元を和らげる。死の狭間を彷徨っていたというカーポだったが今ではすっかり元の調子を取り戻したようだ。


「ああ、ヴィー共々よろしく」


「よろしくな!」


 口の端を上げて笑うカーポにヴィーも嬉しそうにしている。

 ヴィーからよく話は聞いているが、いい友人関係を結んでいるようだ。


「ところで、商品はもうこれだけなのか?」


 と、改めて俺は敷布の上を眺めた。

 敷布の上には匂い袋が四つと、薬膳茶が二袋。ドライフラワーで飾られた編み籠が一つ、厄除けの意味をもつリボンが六本しか置かれていない。

 敷布の広さからするにほぼ完売と言っていいところだろう。


「そうなんだ!見てくれユスカ」


 俺の質問にヴィーは声を弾ませ蓋付の花飾りのバスケットを開けて俺に突き出した。

 その中には予想をはるかに上回る硬貨が入っている。


「凄いな。結構な金額じゃないか?」


 純粋に驚いた。

 するとヴィーとカーポは顔を見合わせ満足そうに笑みを浮かべた。


「これでユスカに借りた金の四分の一くらいにはなるだろう?これからもっと稼いで、あっという間に返して見せるからな!」


 そう意気込むヴィーの頭に手を乗せ、軽く撫でる。


「気にしなくていいぞ?ヴィーはまず家を借りて一人で生活できるようになることを考えればいい」


「よくないぞ。親しき仲にも礼儀ありというだろう?部屋代だって出していないというのに」


「金に困ってるわけでもないし、俺の事はいつだっていい。部屋だってどうせ使ってない空き部屋だったんだから気にするな」


 紛れも無い本音だったか、ヴィーはそれを受けて勢いよく抱きついてきた。


「ありがとうユスカ!」


 思いも寄らぬ行動に驚きつつその背を撫でてやると、ヴィーは顔を擦り付けるように更に抱きしめてきた。

 ほんの少し薬草の匂いが薫るヴィーは体温が高くて心地よい。

 ……本当に無邪気だよな。

 触れる柔らかな誘惑に抗い、俺はやんわりとヴィーを離す。


「友人だろ?」


「っああ!ユスカも、カーポも、私にとってはかけがえのない友達だ!」


 感極まったヴィーは力一杯破顔した。

 それを見た俺とカーポが顔を見合わせ笑みを浮かべたところで――鐘の音が響いた。


「時間だな」


「お、もうそんな時間か」


 見れば周囲の出店者も揃って売れ残った商品を片付け始めていた。


「んじゃ、ユスカがいるんなら平気だな。先帰るわ」


「またな、カーポ」


「おう。またな!」


 そういって元気よく手を振ってカーポは駆け足で家路についた。


「さて、片づけだな」


 二人で残りの商品を纏めにかかる。とはいっても少量しか残っていない商品は硬貨の入ったバスケットに詰め込むだけですぐに済み、敷布を畳んでさらにそれも中へと収めれば終わりである。

 バスケットを手に立ちあがると、自然と俺は手を差し出した。


「帰ろう」


 ヴィーもすぐさま俺の手を握り、肩を並べて歩き出す。


「夕飯、ヴィーの好きなもの作ってやるぞ」


「本当か!?」


「今日は一日がんばってたみたいだからな。何がいい?」


 昨日追い詰めてしまったことへの謝罪もあったが、それは口に出さないでおく。

 かわりに要望を尋ねるとヴィーは空を仰いで考え始めた。


「野菜をたっぷり混ぜ込んだハンバーグも美味しいが、クロケットもいいな。あ、テリーヌはどうだ!?」


「……どれも手間がかかるな」


 料理は比較的得意ではあったが、どれも野菜を細かく刻む作業がある。食材を買って帰った後に作るというのは一苦労だ。

 思わず漏らすとヴィーは勝ち誇ったように言った。


「好きなものを作ると言ったのはユスカだからな!遠慮なくいくぞ」


「はいはい。何でも作ってやるよ」


 嘆息して言いつつも、視線を合わせて互いに笑いあう。

 ――俺はヴィーが同性愛者ではないと理解していてくれるから、愛する人が理解してくれるから、それで満足したのかもしれない。

 そう気がついて、密かにヴィーを握る手に熱がこもるのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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