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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【疑惑】ユスカ
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騎士の献身

楽しんでいただけると嬉しいです。

 それからというもの、俺はロヴィーサさんの元へ週に二、三度訪れていた。

 ロヴィーサさんと対面するまでは週に一度くらいで様子見と考えていたものの、訪問する度に満面の笑みを浮かべて出迎えてくれるものだからつい足繁く通っているのだ。


「――ですがアークラさんの出身地など王都に移住する前のことはまだ確認できていません」


 早めにロヴィーサさんの詳細情報を入手したいところではあったが、どうにもその辺りの話になると表情をぎこちなくさせ、口数が減ってしまうのだ。


『すまない、その……私は、ここにくる前のことをうまく説明する自信がない』


 スカートの裾を握って俯くロヴィーサさんは心底申し訳なさそうで、無理に聞くことは出来なかった。


「ふむ。ちなみに今現在のアークラさんの人間関係は洗い終わったか?」


 俺がロヴィーサさんの報告をまとめ終わると、騎士長は俺の隣に並ぶトゥーレさんへと視線を向けた。


「はい。何らかの組織に関わっている事はありません。友好関係にしても命を救った子供や薬を卸している店の者くらいで、あとは近隣の住民と世間話をする程度のようです」


 しっかりとトゥーレさんが答え、俺も同意する。

 ロヴィーサさん自身、悪事には手を染めた事はないと宣言していたわけだが、事実、善良な一般人としか言いようがなかったのはトゥーレさんとも一致している。


「であるならば過去の事は一先ず急がずとも良い。知っておくに越した事はないだろうが、ユスカは良好な関係を築くことを最優先にするように」


「畏まりました」


 もっと調べるよう言い渡されるかと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 やや意外に思いつつ報告を終えて、トゥーレさんと共に退室する。


「ところでユスカは情報部事務室のクルトとは面識はありますか?」


 と、唐突にトゥーレさんが尋ねてきた。

 クルトさんといえば春前にあのルーカスさんの妹さんと結婚した騎士だった筈だ。トゥーレさんとは年齢も結婚時期も近くて、ルーカスさんを通しても関わりが深いのは確かだろう。


「いえ、名前はわかりますが面識はありません」


「そうでしたか。そのクルトから伝言がありましてね」


 一度も言葉を交わしたことがないが、なんだろうか。

 全く予測のつかないそれに目を丸くしながら続きを待つ。


「もし魔女に関することで気になることがあればいつでも相談に乗ります、とのことです」


 魔女に関することで、相談に乗る?

 ロヴィーサさんのことは情報部の調査からはじまっているわけであり、クルトさんが知っているのは当然のことではあるが……


「彼は魔女の家系なんですよ」


 言われて驚嘆する。非常に稀な存在であるだけに、まさか魔女の親族が騎士団にいるとは思いもしなかった。勿論クルトさん自身は魔女ではないが、それでも魔女に対する知識は広いということだろう。


「ありがとうございます。何かありましたらよろしくお願いしますと、お伝え願えますか?」


「ええ。もちろんですよ。――さて、ユスカはこれからアークラさんのところでしたか」


「はい。その予定です」


「頼みましたよ」


 そうしてトゥーレさんに挨拶をして本部を出る。

 行く先は雑貨屋の多く集う区画。これからロヴィーサさんの元へ行くわけだが、その前にひとつだけ買い物をするのだ。

 目的の店を見つけて足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ」


 軽やかなドアベルと共に入店すると甘い石鹸の香りが鼻腔を抜けた。

 白を基本に淡いピンクや青の飾り付けがされたその店は石鹸を中心に入浴関係のものを扱うとりわけ大きな店だ。

 どこかしこに石鹸が置かれているが身体用、顔用、髪用など分類がされているのを見て、香油の一角に向かう。今回は頭髪につけるものを求めてやってきたのだ。

 様々な瓶が並ぶそこでそれぞれの特徴を記した表に目を向ける。

 色艶向上、発毛専用、香り重視、全身に使用可などの複数の用途がある中でいくつかを選び取っていく。

 ――俺が求める機能は痛みまくった髪を修復するものである。


 そう、あのロヴィーサさんのパサつきハネつきの酷い有様になっている髪につけるのだ。


 ロヴィーサさんは初日の排水管掃除もそうだったが、どこか生活知識が欠落しているのだ。

 皿や調理器具は洗うが洗い台や排水管は掃除せず、衣類を洗いはするが干す時に皺を伸ばさず、髪や体は洗うがその後の手入れはしない。

 既に訪問する度になにかの欠落を見つけては説明をするのがいつもの流れとして定着しているほどである。

 三十代女性が生活についてあれやこれや男から言われるのはいい気はしないだろうと遠慮がちにしていたものの、教えれば教えた分だけ感激され「ありがとう」と言われる為にこちらも気になる点は遠慮なく小出しにしており、今回は髪の手入れについてを申し出る予定なのだ。


「ふむ」


 選出したものを眺めて思考する。

 あとは容器の形や香りの違いといったところか。次回からは自分で好きなものを選んで買うように伝えるとして今回はどうしたものか。

 ロヴィーサさんの好み……はまだ把握していない。

 表情は豊かで無邪気な子供のような可愛らしい印象を受ける反面、何度か目撃した調合の様子は息を呑むほどに神秘的で美しい。

 そんなロヴィーサさんにはどれがいいのか、としばらく悩んでいると、ふと小さな囁き声が聞こえた。


「あそこにいるのって――」


「トゥーレ様の――」


「だよね」


「女物――」


「えっ、女装――?」


 …………。

 もの凄く憂鬱だ。

 誰がトゥーレさんを好きになった同性愛者なものか。恋に破れてとうとう女装に手を出すとかないからな。

 ああ、苛々する。


 俺はため息をつく代わりに候補の中でとびきり可愛らしい瓶のものを手に取ると足早に会計まで持っていった。


「プレゼント用に包んで下さい」


 先ほど囁き合っていた数人に聞こえるような声ではっきりと告げて、ピンクの小さな造花と包み紙を選んで支払いを済ませる。


「プレゼント?」


「男色じゃなかったの……?」


 という明らかな声を完全無視して、大股で店を出る。

 なんだってこんな噂が出回るんだ。

 憤慨しつつロヴィーサさんの家へと向かうことしばし。

 突然行く先から爆音が響いた。


「っなんだ?」


 明らかに不自然なその音に胸騒ぎがして駆け出す。

 事故か、事件か――

 そのどちらであっても被害は甚大である筈だ。


「すみません、失礼します!」


 音の発生源である場所に近づけば近づくほど人が集まっていて、それらをかき分けて突き進めば、そこは俺の目的地であるロヴィーサさんの家があった。

 窓の隙間や煙突から黒煙が靡いている。


「先ほどの爆音はあの家からですか?」


 手短に居た野次馬が頷くのを見て、すぐさま家の戸に手を掛ける。


「ロヴィーサさん!」


 いつも開けっ放しだったのに、今日に限って鍵が閉められているのは前回俺が注意したからだろうか。


「っくそ」


 俺は数歩下がると思い切り戸を蹴り開けた。

 直後、屋内に充満していたらしい煙が勢いよく外へと流れ出る。

 こんな煙が上がっているのなら、中はどんな惨状になっているのか――


「ロヴィーサさんっ」


 口元を袖で覆って、屋内へと突入する。

 煙で目が染みるが気にしてはいられない。

 一体何があった。あんな爆音なんて通常考えられない。まさか魔女を狙った何者かの犯行か。


「ロヴィーサさん!いますか!?」


 記憶を頼りに居間へと足を踏み入れたその時、小さく返答が聞こえた。


「ユスカ、ここだ。台所だ」


 くぐもってはいるものの思いの他しっかりとした声に僅かに安堵して隣接する台所へと向かう。


「無事ですか!?」


「ああ、私は何ともない。だが煙が――」


 という声の方へと慎重に足を進める。

 やがて見つけたロヴィーサさんは尻餅をついていたらしい。そのまま抱き上げて来た道を返すと、様子を見ていた数人から歓声が上がった。


「すまない、助かった」


「怪我はないですか?」


「ああ。特に問題はない」


 救出したロヴィーサさんは頰も髪も服も黒く煤けてはいるが怪我をした様子は見受けられず、とりあえずは無事であることにひとつ息をつく。


「一体何があったんです?」


 窓を開けて更なる被害があってもいけない。

 まずはと確認を急げば、憮然とした表情でロヴィーサさんが答えた。


「鍋が爆発したんだ」


 鍋に何者かが爆薬を仕掛けたか、若しくはロヴィーサさんが魔女の秘薬でも調合していたのか。

 そう予想を立てながら続く言葉を待つ。


「ユスカがこの前自炊するようにと言っていただろう?だから料理をしてたんだ」


 確かに言った。

 ロヴィーサさんは台所で調合はするが、食事は不規則な上に外食しかしないのだ。

 薬の調合ができるなら――殺人的にまずい茶は気になるものの――自炊なんて比べ物にならないほどに簡単な筈だから、三食きちんと自炊する様にと。

 だがその結果が、爆発?

 怪訝に思っていると、続いたロヴィーサさんの声に言葉を失った。


「本に強い火力でやるのがコツだと書いてあったから火蜥蜴の吐息を入れたんだが、そうしたら途端に大爆発したんだ。――全く、あの本はとんだ嘘つきだな」


「…………」


 憮然とした様子のロヴィーサさんをただ見つめる。

 ちなみに火蜥蜴の吐息というのは鍛冶屋の炉に放り込まれるもので、一般家庭の料理に使うような代物ではない。むしろ取り扱いにはある程度の資格がいる。


「な、なんだその目は」


「ロヴィーサさんは、もう少し常識を学ぶ必要がありますね」


 深くため息をついて立ち上がると、弾かれたようにロヴィーサさんが顔を上げた。


「悪かったな!どうせ私は世間知らずの半人前だ!」


 少し悲しそうに、だが同時に憤慨する身体を軽く抱きしめて、無事を確認して背を叩く。


「ともかく、怪我がなくてよかったです」


「それについては師匠の加護があるからな。私自身はそれで守られているし、建物自体にも師匠の護符を仕込んでいたから問題ない」


 そういわれて、かなり大きな音であったにもかかわらず家が吹き飛ばされていない事に気づく。

 魔女の加護というのは絶大らしく、感心しているとロヴィーサさんが胸を張った。


「家の中にあるもの全てとは言わないがな。それでも建物と大事なものには護りをつけていたから、致命的な被害はないだろう」


「それならいいんですが」


 開け放たれた玄関から煙が吐き出され、やや視界の晴れただろう屋内を見て、俺はゆっくりとその場に足を踏み入れた。

 窓という窓をあけて換気し、その中の状況を確認する。


「これはかなり酷いな」


 思わずぽつりと漏らすほどには、惨状が広がっていた。

 建物は確かにびくともしていないようだが、その中に設置されていた棚や机などの家具、台所を中心とした皿や雑貨などはほぼ根こそぎ粉砕されている。

 不思議なことに壁は平気なのにその向こう側の部屋の中までもがぐちゃぐちゃになっているのは、護りの効果によるところなのだろうか。


「ううむ……これは何をどうしたらいいんだ」


 と、後からついてきたロヴィーサさんが唸るのを聞いて、自分がしっかりしなければと認識する。

 俺としてはかなりの惨状と思われるが、致命的ではない、大事なものは護っているから大丈夫だと言っていたし、まずは。


「お金を探しましょう。まずは家においていたお金を全て集めて下さい」


 今日一日でどうこうできる状態ではない。とりあえず今日一晩の宿をとって、掃除をしながら必要なものを取り揃えなければ。

 頭の中で今後の流れを組み立てながら振り向くと、ロヴィーサさんは腕を組んで何やら天井を仰いでいた。

 どうしたのだろうかと見る事暫し、顔を下ろしたロヴィーサさんは真顔で言った。


「金は吹き飛んだんじゃないか?」


「……護りとやらは」


「していない」


 断言された。

 つまりこの家には金が全くないという事になる。

 いや、だが金は巡り入れ替わるものだからな。常に護りを張るのは難しいものなのかもしれない。そうだ、そうに違いない。


「では預けているお金を下ろしに行きましょう」


 貧困層であれば預け入れることはない。だが少なくともロヴィーサさんは独立して一人の薬師として生活しているのだ。薬を取り扱う者はそれなりに収入は高い訳であり――


「金を下ろす?どこに?」


 真顔だ。この人は真剣に言っている。

 とても三十路を過ぎた大人の台詞とは思えないが、ロヴィーサさんが本気なのはこの短期間でも理解してしまっていた。


「そもそも誰に金を預けるというのだ?」


 という追い討ちに、俺は暫く黙り込んでしまったのだった。


 + + +


「じゃあ今同居してるんだ?」


「はい」


 爆発事件の数日後、俺はクルトさんと食事をとっていた。

 魔女に関して困ったことがあれば相談に乗ると言われていたが、俺が声をかける前にクルトさんからやってきてくれたのである。


 ちなみにロヴィーサさんは完全な無一文となり、更には王都には知り合いがいないということで、騎士長に同居について問題がないか確認を取った後に無駄に部屋の余っている俺の家に泊まっている。

 怪しいところから金を借りたり頼ったりされるよりも遥かに安心できるし、俺自身ロヴィーサさんとの生活は苦でも何でもなかった。叙任までの数年寮生活だった分、一人になってしまったことに寂しさもあったらしく、むしろ楽しんでいる部分さえある程だ。


「一応、ある程度金が貯まったら一人暮らしに戻るという話にはなってますが、まぁしばらくはかかりそうですね」


「お金も生活用品も何もかもなかったら無理もないよね」


「ええ」


 金がない、物がないということはつまり、着替える服もなければ食事もできず、調合で稼ごうにも材料を購入することすらできないということだ。

 もちろん食費や最低限の衣類に関しては俺が用立てていて、材料費に至っては貸していることになっている。


「ちなみにロヴィーサさんの言う大事なものっていうのはなんだったの?」


 というクルトさんの問いかけに、俺は苦笑した。

 そう、ロヴィーサさんの大事なもの。それもまた驚愕すべき物だった。


「薬師の認定証と、うさぎのぬいぐるみです」


 認定証は薬師として持っていなければならないものだ。瓦礫の中から掘り起こして見つけた時にはロヴィーサさんも安心していた。だが、もうひとつのものは。


「ぬいぐるみ」


「ええ、ぬいぐるみです」


 反芻されて強調し返す。

 認定証よりも掘り起こして嬉しそうにしていたものがぬいぐるみだと知った時、俺は二度見したほどである。

 だがどこをどう見てもそれは花柄の服を着たうさぎのぬいぐるみで、ロヴィーサさんはそれを両腕で抱きしめ幸福そうに笑っていた。


「大のお気に入りらしいです」


 毎晩それを抱きしめて眠っているらしく、それどころか朝起きた時には居間につれてやってきたりもする。

 まるで幼女のような行動だが、相当にそのぬいぐるみが好きらしいロヴィーサさんを見ているうちに慣れてきて、今では微笑ましい光景となっている。


「ええと、ロヴィーサさんは若い女性なのかな?」


 と、やはり戸惑いを見せるクルトさんが尋ね、俺は首を振る。

 調査騎士の報告では年齢不詳だった為にクルトさんも知らないようだ。


「いえ、はっきりとは聞いていませんが俺とは十歳差と言われたので三十歳なのではと思われます。見た目はもっと若いですが」


「まぁ、見た目については魔女はアレだからね。――でも三十となるとだいぶ変わってる、というか。よく今まで生活できたね」


 というのはクルトさんの感想である。


「二ヶ月前までは師匠と二人で生活していたようなので」


 たまに漏れ聞こえるロヴィーサさんの話では、そういう事のようだった。

 ところどころ欠如している家事の知識はそれまでほとんどの家事を師匠が行い、それを時たま手伝うだけだったことが原因のようだ。洗濯物の汚れを落とす水洗いはするものの、干すのは師匠だったからとか、そういった感じで。


「ああ、例のね」


「はい」


 ロヴィーサさんの話から師匠は騎士から隠れて生活していたらしいことは窺えた。というか、完全に騎士との接触を絶っていたと言っていた。

 そして騎士団では二人で生活をしている魔女がいることを把握していなかったわけで、師匠は現在調査対象となっている。


「師匠、か。魔女が複数人で暮らすというのは聞いたことがないんだよね」


「そうなんですか?」


「連絡を取り合うということはあるし、ごく稀に会うこともあるみたいだけど、基本的に魔女は生まれ住んだ土地から離れないんだ。魔女自体の数が少ないから、同じ土地に複数人生まれるというのも考えられにくいし、わざわざ弟子入りするような風潮もない」


 確かに初め読み漁った資料にも故郷を離れる魔女はほとんどいないとはあった。魔女は皆情が深く、生まれ育った土地を愛し、慈しむのだと。

 だからこそ土地を離れて師弟関係を結ぶことには違和感を感じるとクルトさんは言った。


「ロヴィーサさんが嘘を言っているようには、見えませんが」


「うん。なんにでも例外はあるしね」


 そうしてクルトさんは茶を飲み干すと微笑んだ。


「でも、よかった」


「何がですか?」


「君がロヴィーサさんとうまくいっているようで」


 そう言われて瞬きをする。

 何処か心配な点があったんだろうか。


「君が魔女に関する文献をたくさん読んでいたと聞いて、ちょっとだけ心配していたんだ」


 そう言って指を組むクルトさんは嬉しそうである。


「確かに彼女達は僕らにはない力を持っているけれども、人から生まれた同じ人間だからね。人ではない特別な存在として対応する人も多いみたいだけど、君はちゃんとロヴィーサさん自身を見てくれてるんだね」


 親族に魔女をもつクルトさんに言われて、少しだけ居心地が悪くなる。

 魔女を知り、魔女への対応というものを考えていたことは否めないのだ。叙任して割りとすぐの特殊任務に力が入っていたというのもあるが、確かに初めは人としてではなく魔女という別の存在という意識はあった。


「……ロヴィーサさんはあんな感じなので。放っておけない人という印象が強すぎて引きずられたというのが正確ですが」


 苦笑して、学び直す。

 確かに魔女は注視しなければならない存在かもしれないが力以外はただの人なのだ。

 病気については魔女の作る秘薬で跳ねのけることはできても身体の作りは同じ。前もって護りとやらを張っておかなければ怪我だってするし、運動能力だってごく一般的なのだとあったではないか。


 そう。

 ロヴィーサさんは、年の割に世間知らずなだけの、ただの人なのだ。


「それでも、軌道修正できたならいいさ。その調子でがんばってね」


「ありがとうございます」


 これからも偏見を持たずにロヴィーサさんと接するよう心に打ちつけて、クルトさんに頭を下げると、食事の終わった皿のトレイを戻しに行くのだった。


 + + +


「ただいま戻りました」


「ああ、おかえりユスカ!」


 仕事を終えて家に戻ると、なにやら顔を凝視された。


「……なんですか?」


 じっと金の瞳に見つめられると惹きつけられるようではあるものの、それ以上に非常に気になる行動である。

 俺もその目を見返すと、ロヴィーサさんはひとつ頷いて口を開いた。


「街中で聞いたのだが、ユスカは男色なのか?」


 純粋な問いだった。

 おかしな興味も嫌悪もない、それ故に真っ直ぐな問いに心を抉られる。


「……違います」


 思わず胸を抑えて呻くように返答する。


「違うのか。やたらとそう騒いでる女達がいたんだが」


「大変不名誉にもそういう噂が流れているのは知っています」


「そうか」


 深く、果てしなく深くため息をつく。

 ロヴィーサさんの耳にも入ったらしいその話は本当にどうにかならないものか。

 最初はただ驚くだけだったが、不快感を覚え、どうにもならないと知って憂鬱になりながらも耐えている現状は思いだすだけで頭が痛くなる。


「ユスカはそれが嫌なんだな?」


 と、俺の様子にロヴィーサさんはその思いを汲んで心配そうに顔を覗きこんできた。


「大丈夫ですよ。心配をおかけしてすみません。噂はそのうち風化するものですから」


 ロヴィーサさんの心遣いに淡く笑みを返すが、ロヴィーサさんは納得していないとばかりに首を振った。


「嫌なものは嫌な筈だ。噂に疎い私ですら聞いているのだから、相当なものなのだろう?でなければユスカがそんな沈痛な顔をするはずがないだろう!」


「とはいえ否定しても収まらなかったわけですから、どうにもならないんですよ」


 というのは肯定したようなものだった。失敗した、と思うよりも早くロヴィーサさんは前のめりになって俺の両手を握りしめた。


「何かいい案がある筈だ!一緒に探そう!」


「いえ、ロヴィーサさんの手を煩わせるほどのことではありませんよ」


 そう辞退したものの、ロヴィーサさんはさらにその勢いを増した。


「何を言ってる!ユスカの手を煩わせているのは私の方だろう。私のようなひよっこの世話をして、家まで貸してくれているのだぞ」


「煩わしいと思ったことはありませんよ。ロヴィーサさんとの生活は楽しいですから」


 知らないことが多すぎて驚くことも多いが、それでもそんなロヴィーサさんと過ごすことは嫌ではなかった。むしろ表裏のないロヴィーサさんに癒されるくらいである。


「そ、そうか?そうなのか?」


 ロヴィーサさんはそんな俺の台詞が意外だったのか一瞬ぽかんと口を開け、それから嬉しそうに満面の笑みを見せた。


「私もな、ユスカとの生活が楽しくてたまらないんだ」


 ああ、こういうところがいいんだよな。

 ロヴィーサさんにつられて、俺は力を抜いて笑みを浮かべた。

 だが――


「そんなユスカには辛い気持ちになってほしくない。だから協力させてほしいんだ」


 なんて真摯に言われて、俺も自らを振り返る。

 男色と信じられる、騒ぎ立てられる日々を思い出すと静かに、だが大きなうねりを伴って心が痛切を訴えてくる。諦観できずに蟠る嫌悪、憤り、叫び。

 ロヴィーサさんの訴えかけるような、寄り添うようなその申し出に俺は泣きそうな感情を胸に抱えた。


「ほら、ユスカは辛そうだ。そんなユスカは嫌だ。無理をしてほしくない。私にだってできることがあるはずだから、どうか手伝わせてくれ」


 そんな親身なロヴィーサさんに、寄りかからずにはいられなかった。


「ありがとう、ございます」


 うまく作れなかった笑みと声にか、ロヴィーサさんは背伸びをすると俺に抱きつき頭を撫で始めた。


「よくこれまで頑張ったな。これからは一人じゃない。いつでも私を頼ってくれ」


 居心地の良い温かな声と感触に、俺はそっと目を閉じてロヴィーサさんの背に腕を回した。

 男とは違う細い身体にもかかわらず、ロヴィーサさんの存在は俺の中でどんどん大きなものへと変わっていくようだった。


「ありがとうございます。お陰で元気が出てきました」


 騎士は弱音を吐いてはいけない。それは表向きにことであり、私生活においてはその限りではない。しばらくロヴィーサさんの温かみに心身を委ねた俺は、そう言って顔を上げた。

 そうして少しだけ気合いを入れる。


「そうか。それなら良かった。ユスカには元気でいてもらいたいからな」


「お気遣いありがとうございます」


 微笑んでそう言えば、ロヴィーサさんは少しだけ頬を膨らませた。


「別に気遣ってなどいないぞ。ユスカが笑うと私も嬉しくなる。それだけの話だ」


「奇遇ですね。俺もロヴィーサさんが笑うのは嬉しいですよ」


 そうして顔を見合わせて互いにくすくすと笑いあう。


「いいな、こういうのは。ユスカといるとなんというか、こう、わくわくするし、ドキドキしてたまらない気持ちになるんだ。こんな気持ちは師匠の元にいた時にはならなかったぞ」


 子供のような表現に、だがロヴィーサさんらしいと思ってしまう。

 そして力を抜いて付き合える、互いに支え合える存在のような気さえするロヴィーサさんと出会えた幸運を思い、心地よさを感じる。

 そんな俺を知ってか知らずかロヴィーサさんはやや興奮したように言葉を続けた。


「こういう気持ちになるのはあれだな。家族とか、友人とか――そうだ」


 と、ロヴィーサさんが大きく動く気配がした。

 怪訝に目を開けると、ロヴィーサさんが目を輝かせて身を乗り出した。


「恋人だ!私とユスカが恋人になればいいんじゃないか!?」


「はい?」


「女と付き合っていれば男色ではないと示しているようなものではないか!折よく一緒に住んでいるのだし、恋人同士の同棲に見せかければより効果が得られるのではないか!?」


 恋人を作る。

 余りにも突飛なその発想に、俺はしばし目を丸くするのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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