ルーカスと息子〜再出発〜
割り込み連絡というほどではありませんが……舞台設定についての割り込みをかけています。
父さんが仕事でしばらく王都を離れる日のこと。
「いいか。男は女を護るもんだ」
父さんは僕の前でしゃがむと、目の高さを合わせてそう言った。
「うん」
父さんは何でもできて、強くて格好いい。
そんな父さんに語られることが嬉しくて、ただ頷いた。
「お前の大切な女は誰だ?」
「母さん」
すぐに答えるとわしっと頭を掴まれて荒く撫でられた。大きくて使いこまれたその手が大好きで、自然と目を細くして笑った。
「そうだな。そのうち好きな女もでてくるだろうが、今はなんたって母さんだ」
「うん」
そうして父さんは僕から手を放すとじっと僕の目を覗きこんだ。
「さっき話したようにオレはこれから仕事で長く家をあけることになる」
「……うん」
仕事でしばらく帰ってこないことは何日か前から聞いていた。
分かっていたけどやっぱり寂しくて、視線が下を向く。
そんな僕に、父さんはこう続けた。
「だから、オレのかわりに母さんをしっかり護るんだぞ」
「僕が?」
言われた言葉は思いもよらないもので、思わず顔を上げた。
すると父さんは仕事の時によく見せるにやりとした笑みを浮かべた。
「おう。どんなに小さくたって男は男だ。だろ?」
男。そう言われて、なんか一人前の扱いを受けたようで声を弾ませて頷いた。
「うんっ」
「だったら母さんを護れるな?」
「うん!」
勢いよく返事をして、でも、と思い出す。
「僕、弱いよ?」
この前喧嘩で負けたし。
ちょっと嫌なことを思い出して肩を落とす。僕は弱い。こんなんじゃ、守れない。
落ち込んで息をつくと、また頭を撫でられた。
「護るってのはなにも暴力だけのことじゃねえよ」
その手がさっきとは違って優しくて、声も優しくて、しょぼくれながらも父さんを見る。
僕は母さんと同じ色の目だけど、父さんのような深くて思いやりのある目になりたいって思う。いつか、僕もって。
「怪我から護る。病気から護る。嫌なことをされないように護る。世の中にはいろんな護るがある」
「どうやって守るの?」
怪我も病気も守れるものなの?
首を傾げると父さんはひとつ指を立てた。
「鞘のないナイフや県が家の中に転がってたとする。踏んだり蹴っちまったらどうなる?」
「怪我する」
「じゃあ怪我をしない為には?」
「片付ける」
僕の答えに父さんは「そうだな」と相槌を打って、それから二本目の指を立てた。
「身体が重くてだるくて、すごく寒いとする。このままじゃ風邪をひくかもしれない。どうしたらいい?」
「体をあっためて早く寝る?」
「でも皿洗いをしないといけない。そしたら余計に身体は冷えるし、疲れはとれない。――もし母さんがそんな状態だったらどうする?」
聞かれて少し考える。
僕が具合を悪くした時は、気づいた時にすぐ父さんか母さんがやりかけのものを片付けてくれて、僕はただ何もしないであったかい蜂蜜の入ったミルクティをもらって飲んで寝る。
だったら……
「僕がかわりにやる?」
「そういうこった」
頑張って出した答えは正解だったらしい。
満足そうな顔で上出来だと笑う父さんにほっとしながらも一生懸命に思う。
守るっていっぱいあるんだ。
「何も全部自分が背負う必要はない。母さんが気づいてなくて自分が気づいた時。なんとなく母さんの具合がよくなさそうな時に自分のやれるものをやればいい」
「うん、わかった。気づいても僕じゃできないことだったら他の人に言う」
「さすが母さんの子だな。お前は頭がいい」
褒められて顔がにやける。褒められるのはすごく好き。
「お前はいい男になる。俺が保証する」
「ホントに?」
「ああ。――だからオレがいない間は頼んだぞ」
「うん!がんばるよ!」
「約束だぞ」
そう立派な一人として約束をしてもらって、一人前な気持ちになって、そこからひたすらにその大きな背を追いかけるようになった。
いつかは届くように。並び、追い越せるようにと。
そうして時は流れ――
「元気でやれよ」
白髪が目立つようになった父親に俺はしっかりと頷いた。
「ああ。親父も元気でな」
「おう。まだまだヒルダと二人で人生を謳歌してやるよ」
それは別れの時。
親父は騎士団を引退し、母さんと二人で母さんの生まれ故郷へと旅立つのだ。
妻も子供もいて、仕事もしている俺はそれについていくことはない。
これは、正直今生の別れだとも思っている。
「頼もしいな」
だが寂しいといったことは互いに口にはしない。
俺も親父も多少なりとも寂寥を抱えてはいるが、新たな旅立ちを前に洩らすことはしない。
「じゃあ、母さんも身体に気をつけて」
「ええ。――愛しているわ。ずっとずっと、元気でいてね」
「ああ」
最後にと母さんと数十年ぶりになる抱擁を交わし、そうして見送る。
二人手を繋いで旅立つ姿を見て、その親父の背を見て思う。
まだその背に届いていない。
距離は近くなったと思うが、それでもまだ足りてはいない。
「じーじとばーば、おわかれ?」
俺の少し後ろで妻と控えていた息子が口を開いた。
「ああ」
「またあえる?」
「会えるといいな」
「うんっ」
素直に頷く息子の頭を優しく撫でて、小さくなっていく背中をもう一度見つめる。
あの背はとてつもなく大きくて広くて、ひょっとしたら一生追いつけないのかもしれない。
だが――
たとえ追いつけなくても。追い越せなくても。
いつか息子が自分を追ってくれるなら、それでいいのかもしれない。
自分のようにやがてこの子が追ってくれるのなら。
「まだまだ頑張らないとな」
「がんばれー?」
「ああ。頑張るぞ」
そうして俺は新たに道を認識し、目指すものへと突き進む決意をするのだった。
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