アントンとエリサ ~夜会~
更新ではありませんが連絡です。
アントン編の『後日談.若葉と陽だまり』に一部追記をしています。
煌びやかなシャンデリアの下、鏡のように磨き上げられた大理石の床の上、沢山の貴人達が集まる夜会。
馴染みのいい緩やかな音楽や目を楽しませる色鮮やかな花々に囲まれ朗らかな談笑や強かな応酬を交わしている人々のいるその世界は、わたしにとってはごく近く、それでいて触れることのない別世界だと思っていた。
いつもわたしは夜会の片隅で黒いワンピースを着て楽団の一員としてヴァイオリンを弾いて、結婚してもそれは変わらなくて、アントンは騎士であり貴族として夜会に参加して、わたしは楽師として夜会で演奏していたんだけど……。
「どうしよう、緊張してきたわ」
会場入りしたわたしは目も眩むような空間に足が震え始めた。
「心配いらないよ。この会場はエリサも馴染みがあるだろう?」
エスコートしてくれているアントンがそう言って柔和に微笑み、腰を抱く手に軽く力を入れて宥めてくれるけど、心配でたまらない。
アントンの言うように楽師として何度も足を踏み入れている会場なのに、まるで初めて入った場所のような感覚に陥ってしまう。
「でも」
「大丈夫。今のエリサはどこから見ても夜会に参加している貴婦人だよ」
言われて今日の格好に視線を落とす。
葡萄色のドレスは袖や裾に切れこみが入っていて、そこからはふんだんにあしらわれたレースが揺れていているし、布地はところどころ光を受けてキラキラと輝いている。
お揃いの豪奢な首飾りと耳飾り、精緻な細工の金の指輪と腕輪、色とりどりの宝石のちりばめられた髪飾り。
これら全てのものが今日の為にアントンが用意してくれたもので、色合いこそ落ち着いているものの華やかな装いのそれは、紛れもなく夜会に参加している女性の格好だ。
――結婚して数年、わたしは今日初めてアントンの同伴者として夜会に出ていた。
王宮主催の同伴者必須な夜会は年に何度かあるけど、今まではアントンが同伴者免除をされている唯一の役に就いていたことから同伴することがなかった。
だけど今年はその役を他の騎士に譲ることになったのが今回の事の始まりだ。
「この一ヶ月、とても一生懸命に練習していただろう?そうでなくともエリサは宮廷楽師として貴族社会での所作は既に身についていたのだし、何も問題ないよ」
わたしを落ち着かせるようにいつもよりもゆっくりと優しく説くアントンを見上げる。
「それに、有事でもない限り今日は付きっきりで離れるようなことはしないから。ずっと私が傍にいるから安心しておくれ」
落ち着く色合いの優しい光を湛えたアントンに、わたしは視線を落として少しずつその言葉を飲み込んでいった。
「ええ。そうよね、頑張るわ」
本当は妻であるわたしでなくても同伴者は務まる。
最近王都に遊びに来ている姪御さんやアントンの友人、同じ騎士の伝手。たくさんアントンには縁があって、同伴者に困ることはない。
だけどそれでもわたしに声をかけてくれたのは、何よりアントンが望んだから。
宮廷楽師としては夜会での演奏を蹴ることはあり得ない。それが仕事なのだから当然のこと。だけど結婚して初めての同伴者はわたしがいいと言ってくれたのだ。
今後同じような場面で他の人を伴うことは仕方がない。だけど初めての同伴者だけは、と。
「それほど気負う必要はないよ。楽しむ事が第一だ」
「ありがとう」
そうしてわたし達は微笑みあった。
大丈夫。アントンと一緒なら、わたしはなんだってなれる。
そんな気にさえなっているとふと楽団の奏でる楽曲が変わった。この曲調は――
「ちょうどいいね」
アントン様もそれに気がついたらしい。わたしの片手を取って流れるように片膝をついた。
「一曲踊っていただけますか?」
気障な動作があまりにも似合っていて、それをされているのがわたしなことにかぁっと顔が熱くなる。
「はい。ぜひ」
そうして中央の輪に加わり踊りだす。
一ヶ月の付け焼刃なダンスかもしれないけど、アントンのリードに身を任せていれば不思議と優雅に踊れているような気がする。
「ところで、今日の髪飾りだけれど」
と、踊りながらアントンが口を開いた。
色とりどりな宝石がちりばめられていた髪飾りは、他の宝飾品の中でも目を惹くものだった。
「あれにはどういう意味があるか、エリサは知っているかな?」
そう聞かれて目を丸くする。
すごく素敵だとは思ったけど、意味があるものだなんて全然わからなかった。
最近流行のものであればそれなりには知っているはずだけど、似たような特徴の宝飾品が流行りの中にあったかしらと記憶を手繰る。
「……ごめんなさい、わからないわ」
やっぱり出てこなくてため息混じりに言うと、アントンは落胆する様子もなく目を輝かせた。
「そうかい。なら他の人から聞く前に伝えられてよかった」
「え?」
どんな意味があるんだろう、と見つめるとアントンは茶目っ気たっぷりに片目をつぶって見せた。
「髪飾りの宝石の頭文字をあわせてごらん」
言われて踊りながらひとつずつ思い出していく。
ええと、付いていた宝石はたしかダイアとサファイアと、それからルビーに――
全部で七つ付いていた宝石の頭文字を合わせて、そうして目を見張る。
「『最愛の』――君に高価な宝飾品を贈ることがあったら絶対に初めはこれだと、密かに思っていてね。ようやく贈ることができた」
何度か高価なものを贈りたいと言われてはもったいないからって遠慮していたけど。
まさかこんな意図があったなんて思いもしなくて。
胸の内が熱くなって、溢れて涙が零れた。
「ありがとうっ……大切に、するわ」
笑顔でお礼を言わなきゃいけないのに、ぽろぽろと涙が流れて止まらない。
「そんなに喜んでもらえたのならよかった。――愛しているよ」
そうしてダンスの途中にもかかわらず、アントンはわたしの額に口づけを落とし、そこで決壊してしまったわたしはアントンにぎゅっと抱きついた。
「あら――」
「まぁ」
そんなわたし達は周囲の方々に注目されて、王妃様にも目撃されてしまった。
そしてその後、王妃様の手によってわたし達をモデルにした歌劇を作ってしまうんだけど――それはまた、別のお話。
読んでいただきありがとうございます。




