トゥーレとアマリア〜感謝会〜
割り込み更新連絡です。
トゥーレ編の『心の満ち欠け』の後に最終話『至福の時』の割り込み更新を行いました。
輝くばかりの緑の芝生に、噴水の涼しげな音。
庭のあちこちにはテーブルセットが並べられ、そこここに花が活けられている。
そこにいる人達はみんな笑顔で、子供達は少し離れたところで駆け回っている。
「はしゃぎ過ぎないようにね」
「はーい」
うちの子達も例に漏れず、他の子達と一緒に笑顔を撒き散らして遊んでいるのを視界に留めつつ、わたしは手にしていたさっぱりとした味わいの果実酒に口をつけた。
――美味しい。
ゆったりとした優雅なひと時。
今日は数年に一度ある騎士団の家族感謝会だった。
騎士様が日頃支えてくれている家族のみんなに感謝して開くパーティーで、わたしは二回目の参加だった。
騎士様達は滅多に見ない白い礼装用の騎士服に身を包み、招かれた人々を出迎え様々なサービスを提供してくれるという、これ以上ないほどに豪華な会で、この会は奥様同士の交流の場でもあった。
「どうも過保護な所があってね」
「そうなのよ。もう少し自由にしてくれても、ねぇ?」
同じ騎士様を旦那様にもつ身としての愚痴や相談事なんかも話し合えて、それはもう人気の会でもある。
さっきも旦那様の怒りを鎮めたり、誤魔化したりする方法なんかが話し合われていた。
時折子供達の様子を確認するのに視線を向けていたんだけど、ふとした時に姿がなくなってることに気づいた。
どこに、とあちこちに向けてつい感嘆の息が漏れる。
あっちを見てもこっちを見ても体を鍛え抜いた紳士が視界に入る、まさに垂涎もののような状況はわたしの脳内をこれ以上ないほどに妄想の世界へと旅立たせるものだった。
「アマリアさん」
ああ、あそこにいるのは新しく叙任した護衛部の騎士様で、あっちの騎士様は広報部の支部長だったかしら。二人で笑顔で語らってるなんて、そんな。
「アマリアさん?」
こ、これはどっちが――
「――私の最愛の奥さん?」
「ひぁっ」
突然耳元で吐息と共に囁かれて、体を震わせる。
驚きのあまり手にしていたグラスを手放してしまったけど、すかさず後ろから伸びた手が支えてくれてホッとする。
……のも束の間。そのまま後ろから片手で抱きしめられてしまった。
「全く、同胞での妄想は禁止だといつも言っていますよね?」
優しいけど、少しだけ怒っているような口調に目を泳がせる。
まずい、バレているわ。
「いけない奥さんですね?」
色気たっぷりに囁かれて、更に耳にリップ音を響かせキスをされる。
周りの奥様方から黄色い声が漏れるけど、いまのわたしはそれどころではない。
そ、そんなことされたら、もう、もう……っ。
「おっと」
興奮のあまりふらりとよろめいたものの、旦那様に支えられた。
「すみません、少し刺激が強かったですか?」
すぐに近くのテーブルにグラスを置くと、旦那様がわたしを横抱きに抱えた。
お、お姫様抱っこ……!
思わず真っ赤になった顔を両手で覆うと、くすくすと笑う機嫌の良さそうな旦那様の声が聞こえた。
「少しあちらで休憩しましょうか。――失礼しますね」
奥様方に挨拶をして危なげない歩調で歩み出す旦那様に、あ、と思い出して顔を上げる。
「子供達を見てないと」
ここがいかに安全な騎士団敷地内だったとしても、子供同士の諍いは起こるし探検のしすぎで迷子にもなるはず。
そう心配したけど、旦那様は形のいい唇をあげた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。ほら」
と、新緑の瞳を向けた先には時折混ざっている準騎士さんに突撃するうちの子達の姿があった。
「うりゃー!」
何をしているの!?
あまりの出来事に目を見開くだけで言葉を失っていると、準騎士さんは笑顔を浮かべてうちの子の体当たりを受け止め、ううん、受け流した。――空に投げることで。
「もっかーい!」
最高潮に喜ぶ息子と「今度はわたし」とせがむ娘を更に別の準騎士さんが抱え上げた。
まさか投げるつもりじゃ、と思っていたら流石に女の子だからか投げ飛ばすのではなくちゃんと手は離さずに高い高いをしてくれた。
「見ての通り、準騎士君達がきちんと見ていますから、問題ありませんよ」
確かに家族を招く騎士様の他にもサポートに回る騎士様や準騎士さんがいるのは知っていたけど、子供達の遊び相手までしてくれてたのね。
前回はまだ小さかった娘に加えてお兄ちゃんが人見知りの時期だったから私から離れることもなくて知らなかったわ。
感心して息をつくと、旦那様が「ですから」と続けた。
「私達はゆっくりしていましょう」
切れ長の目がキラリと光って、頭が警鐘を鳴らす。
「誰で何を思ったのか、聞かせてもらいますね?」
「ああああ、あの、その」
慌てて身を起こそうとして、抱え上げられてることを思い出してもがく。
逃げたいのに、逃げられない。
ど、どうしよう。この目の旦那様はとにかくわたしのことを恥ずかしがらせて身悶えさせて楽しむのよ……!
あたふたと、だけど全速力で思考を回転させて、わたしはふとさっきの奥様方の会話を思い出した。
そういう時はこっちから不意打ちで――
「だ、旦那様っ」
咄嗟にわたしは旦那様の首にかじりついて抱きしめると、思い切り目をつぶって唇を旦那様のそれに押し当てた。
それはもう勢いだけでぎゅーっと。
目をつぶってるから旦那様の表情は分からない。
だけど、どうやら旦那様は足を止めたらしい。
成功?これはまさか、成功したのかしら……。
と、動きを止めたことに期待を込めてそっと旦那様から離れてみると、切れ長の瞳がほんの少し驚きに見開かれていた。
成功だわ、誤魔化せたわ!
安堵の息を漏らさないように気をつけながらも、思わずぐっと手を握りこむ。
旦那様はこれ以上ないほどの完璧な笑顔でわたしの顔を覗き込んだ。
「それだけでは誤魔化されませんよ」
ひぃっ。
誤魔化そうとしたのもバレてるわ!
つい目が泳いでしまう。
「そそそ、そんなことは」
「とはいえ、もう一度してくださるなら追求しないでもありませんが」
いきなりの事だったので仕切り直してもらえれば、と旦那様に言われて逡巡する。
勢いでやったけど、もう一回旦那様に意識された状態でわたしからなんて…っ。
でも、でもそれで恥ずかしく苛められることがなくなるなら、そっちの方がいいわよね?
さっきもそんなに恥ずかしくなかったし。
そう、勢いさえあればきっと恥ずかしくないわ。
ええい、女は度胸よ!
「――っ」
わたしはもう一度旦那様に縋り付いて唇を重ねた。
すぐに顔を引こうと思った瞬間、旦那様が追いかけてきて唇が離れない。
え、っあの、旦那様!?
抱き上げられているせいで身を引くにも限度があって、目を見開くもののどうすることもできずにただ奪われるように口付けが続く。
「……ごちそうさまでした」
それなりに長い時間があって、旦那様が離れていく。その顔は最上級に素敵な笑顔でどぎまぎしてしまう。
こ、これでもう今回の話はナシよね、と息を荒くしながら視線を外す。
そこへ、
「トゥーレ騎士長ご夫婦は本当に仲がいいな」
「そうね。服は全て奥様の手作りって言うし、愛が深いわねぇ」
感嘆の息と共に周りからそんな感想が漏れた。
「〜〜っ」
み、見られてた!?
周囲の人の視線が集まっていて、見る間に顔が赤くなる。
そうだった、ここは騎士団で、感謝会の真っ只中で。
ああぁぁ……な、なんて事を。
旦那様に苛められるよりも恥ずかしい事になってるじゃないっ。
「よくできました」
ああ、すごく、ものすごーく楽しそうな旦那様の声がする。きっとその目はいつも以上に輝いているんだわ。
「……だ、旦那様の馬鹿っ」
口をひき結んで旦那様の胸を軽く叩いて抗議する。
旦那様はくくっと喉の奥で笑うと、そんなわたしを宥めるように優しく叩くのだった。
読んでいただきありがとうございます。




