アントンとエリサ〜演奏会〜
割り込み更新連絡です。
トゥーレ編の『駆け引き』の後に『心の満ち欠け』の割り込み更新を行いました。
よく晴れた午後の昼下がり、庭で演奏を終えると二つの拍手が響いた。
「いつもながらに素晴らしい」
アントン様の感嘆の声に会釈をしてその向かいに腰を下ろした。
隣に座るキーアも喜んでくれて、嬉しくて顔を綻ばせながらお茶に口をつける。
「今日はいつもよりもいっぱい楽しい曲だったね!」
と大はしゃぎのキーアの口にクッキーを運んで、それから自分の口にも入れる。
「今度王妃様と一緒に孤児院へ慰問に行くことになって、練習しているのよ」
「ああ、あの慰問はエリサが同行をするのか」
と、すでに王妃様の予定を知っていたらしいアントン様がそう言った。
「ええ」
「子供達に音楽を聴かせるというのはとてもいい案だ。その話を聞いた時には感銘を受けたよ。――頑張っておいで」
「もちろんよ」
音楽をこよなく愛しているアントン様にそう言ってもらって嬉しくなる。
いつも私の背を優しく押してくれて、心が温かくなるのを感じる。
「そういえば、アントン様はもうヴァイオリンは弾かないの?」
と、キーアが傍に置いたヴァイオリンを見て首を傾げた。
アントン様がヴァイオリンを弾く?
きょとんとして見てみると、アントン様は片眉をあげた。
「そりゃあ、うちにはエリサがいるからね。素晴らしい弾き手がいるのだから自分で弾くよりも聴くほうがいいだろう?」
それはつまり、今までアントン様がヴァイオリンを弾いていたという事で。
てっきり家にあるヴァイオリンは収集しているものなんだって思っていたんだけど、自分で弾くためのものだったんだと初めて気がついた。
「でもさ、エリサお姉ちゃんの演奏もすごいけど、アントン様の演奏も好きだよ?」
聴きたいな、というキーアにアントン様は少しだけ照れたように首を振った。
「私のは手慰みものだからね。とてもじゃないが聴かせられるようなものでは――」
「聴きたいです!」
断りの言葉を遮って、わたしは身を乗り出した。
だって聴くのと弾くのとは全然違っている。弾くのは聴くためじゃない。聴かせることや弾くのが好きだからで。
それに……
「エリサ?」
「ぜひ聴かせてください。アントン様の演奏、聴きたいです」
大好きなアントン様がどんな音を奏でるのか、聴いてみたいのは当然のこと。
アントン様がヴァイオリンを弾いていたというのなら、聴かない手はない。
「ぜひ、弾いてください」
目を輝かせていつになく強く主張するわたしにアントン様は少し驚いた様子だったけど、やがて苦笑を浮かべた。
「今すぐにというのは流石に勘弁してほしいかな。けど、そうだね」
雲ひとつない青空を見上げて、それからアントン様はわたしに視線を戻した。
「しばらく練習をさせてくれないかい?エリサと出会ってからずっと弾いていないからね。せめて感を取り戻してからにしてほしい」
少し困ったように、でも嬉しそうにするアントン様にわたしとキーアは手に手を取り合った。
「はい!」
「わーい、アントン様のヴァイオリンだ!」
二人で大喜びする中で、お茶のお代わりを持って来てくれたマイラさんがそっと口を開いた。
「せっかくですから、お二人で共演してみてはいかがです?」
二人で共演。
アントン様と二人で。
「素敵です!」
思わず声をあげるとマイラさんも笑みを返してくれた。
「それは流石にどうだろう。宮廷楽師殿と共演だなんて恐れ多い」
難しい顔をするアントン様に、私は頰を膨らませた。
「確かにわたしは宮廷楽師ですけど、ここではアントン様のただの妻、エリサ・ハーヴィストなんです」
するとその反論にアントン様は目を見張って、敵わないなと笑いながら首を振った。
「なら夫婦二人――いや、せっかくだからキーアもやってみようか。家族三人で弾けばより楽しいだろうね」
アントン様がそう言ってキーアの頭に手を置くと、キーアは一瞬何を言われたのかわからずにいたけど、すぐに立ち上がった。
「やる!わたしもやる!教えて、アントン様、エリサお姉ちゃん!」
頰を紅潮させるキーアに、マイラさんが微笑んだ。
「でしたら私共は招待客として楽しみにしていますね」
「ああ、それはいいね。サカリにも伝えておくとしよう」
「ええ」
こうして、わたし達は次の秋――家族の縁を強く繋ぐ演奏会をすることになるのだった。
読んでいただきありがとうございます。




