六年後の二人
楽しんでいただけると嬉しいです。
(※2018.12.3誤字修正しています)
ぴかぴかの白い騎士服。
礼装用のそれは普段はあまり見ることのできない、ちょっと特別な騎士の制服だ。
そんな騎士服に初めて袖を通したのは、俺が入団して悠に六年が過ぎていた。
頑張ったけど、頑張ったんだけど時間がかかってしまったのは、俺の力量不足に他ならない。
見習い時代は座学にとにかく苦戦した。勉強ができなくて、ついていけなくて、成績優秀なマリカに泣きつくことも多々あった。それ以外はなんでもできたけど、勉強だけはダメだった。
落ち込む俺にカティはわかりやすい本を借りてくれて、休みが合えば勉強を教えてくれるほどだ。
情けないったらない。
カティのお父さんにも呆れられてた。
それからどうにか三年で準騎士に昇格した。
配属されたのは希望の広報部。最初は兄ちゃんの後を追うって思っていたけど、実は俺、時々孤児院の様子を見にきていた騎士さん達にも憧れてたんだよね。
誰でも、どんな人でも蔑んだ目で見ない、俺たち孤児でも分け隔てなく優しくしてくれる格好のいい騎士さん。
騎士になる理由が変わった今、俺が目指したいと思ったのは広報部の騎士だったのだ。
さぁこれから一気に叙任だと勢いづいたものの――俺は他の人にはない大きな壁にぶち当たった。
獣人の耳や尻尾。
これを自在に引っ込めることができなければ、叙任させてもらえなかったのだ。
常に余裕をもって、時には感情を隠して様々な表情を演じる状況もあるという広報部騎士にとって、素直な感情を示す獣化部分は隠しておかなければならないものなのだ。
最初は尻尾を消すべく練習しながら仕事を教えてもらっていた俺だけど、これがまた消える素振りが全くなかった。
いろんな獣人さんに方法を聞いてみても、まるで尻尾は反応してくれず二年。
だったら尻尾を感情とは切り離して動かせるようになれば、とその練習に一年。
仕事の内容的には既に合格なのに、尻尾があるばっかりに長い時間がかかってしまった。
金と茶の斑らの尻尾はカティのお気に入りではあるけど、恨めしい存在でもあった。
「これこらよろしく頼むよ?」
特別に開けられた穴から覗く尻尾を振り返って呟く。
今でも意識してないと気ままに動く尻尾は、俺の言葉に返事でもしてるかのようにゆらゆらと揺れていた。
「気にしてもしょうがないでしょ。これから夕方までは自由なんだから、早くカティのところに行ったら?」
腰に手を当ててそう言ったのは、叙任まで同じく六年かかったマリカだ。
マリカは頭脳優秀ではあったものの戦闘術に関してはやや低くかった。それなのに護衛部希望だったから、護衛部の水準まで強さが満たなくて足踏みしていたのだ。
カティの名前を出されて、途端にぶんぶんと尻尾が揺れる。
「ふぎゃっ」
突然マリカに尻尾を引っ張られてつい悲鳴が上がった。
大きく身体が跳ねて、恨みがましくマリカを睨む。
「あらごめんなさい。いつもの癖でつい」
なんて言いながらぱっと手を放すマリカはたぶん本当だったんだと思う。マリカはそういう悪戯はしないしね。
とはいえ痛かったのは事実なわけで、つい恨みがましい目で見てしまう。
「もう叙任したんだし、プライベートでは気にしなくていいって言ったのに」
「悪かったわ。この一年とにかく大きく動いてたら引っ張ってたからつい」
尻尾を思いのままに操作できるようになる特訓として、マリカにはすごく手伝ってもらった。
勤務中は騎士さんに注意してもらってたものの、マリカには寮内において常に監視してもらい、今のように感情が察知できるような動きをした途端に尻尾を引っ張ってもらっていたのだ。
これ以上カティとの結婚を延ばしてなるものかと、最後の一年はそれはもう涙ぐましいほどの努力だった。
「結婚で浮かれ過ぎて、コントロールを疎かにするんじゃないわよ」
「わかってるよ」
いつもの小言に口を尖らせて、そうして俺は鞄を手に取った。
「じゃ、また夕方ね」
「はいはい。いってらっしゃい」
手を振るマリカを横目に、俺は寮を出た。
さっきまでは叙任式があって、夕方には叙任祝いが行われるんだけど、それまでの間は自由行動だった。
基本的には新しく叙任した騎士が家族の元に報告に行ったり、仲間内で喜びあいに行ったりするわけで、俺の行く先はもちろんカティの家だった。
今日は休日でお父さんもお母さんも待っててくれてるって聞いている。
お昼にご馳走を作って待ってるからね、って言ってもらってて凄く楽しみだ。
ご機嫌に尻尾を揺らしながら騎士団本部を出て歩く。
六年もここにいれば、王都もけっこう詳しくなってきた。
「あっ、しっぽのおにーちゃん!騎士服だー」
「叙任したのね、おめでとう」
尻尾のおかげもあってか、いろんな人から顔を覚えてもらってて、道行く人に「おめでとう」と声をかけられては満面の笑みで返していく。
長くかかってしまったことでちょっとしょんぼりしていたところもあったんだけど、こうやってみんながお祝いの言葉を掛けてくれることで、少しずつ実感を得る。
「おめでとさん、尻尾のにーちゃん。いや、今度からは尻尾の騎士さん、だな」
叙任した。騎士になった。
これで。これで俺はようやくカティと結婚できるのだ。
「っありがとー!みんなありがと!」
大きな声でお礼を言って駆け出す。
のんびり歩いてる場合じゃない。今日のこの日をずっと心待ちにしていたのだ。
早くカティの元へ行かなきゃ。
人とぶつからないように、だけど極力早く走れば、あっという間にカティの家へとたどり着いた。
すごい、ドキドキする。
カティの家はもう百回では足りないくらいにきてるけど、今までで一番鼓動が激しくなっていた。
何度か深呼吸をして、そっと戸口を叩く。
すぐに軽い足音がしてドアがあけば、そのままに大好きな存在が胸に飛び込んできた。
「フェリクス君っ」
ちょっとだけ驚きながらも受け止めて抱きしめれば、いつものいい匂いに満たされる。
腕の中のカティが顔を上げて、それから俺の服装を確認すると花が笑うような笑顔を見せてくれた。
「叙任、おめでとう」
「ありがとう、カティ」
もう一回お互い抱きしめあって、それから二人で家の中へと入る。
「お邪魔します」
「あらあら、見違えるほど格好良くなったわねぇ。ね、あなた?」
居間にはお父さんもお母さんもいて、お母さんはそういいながら隣に立つお父さんを見上げた。
「――そうだな」
お父さんはこの六年ですっかり打ち解けた。
最初はとにかく結婚を反対され続けていたけど、それでも懲りずに時間さえあれば家にお邪魔していた俺は徐々に認めてもらえるようになった。
突然の大雨にずぶ濡れになった時はタオルを差し出してくれて、叙任できずにしょげていた時はあまりにも落ち込んでたせいか励ましてくれたりもした。
「立派になったものだ」
そこに浮かぶ表情は穏やかで、これまでの事を思い出しているようにも見えた。
「とんでもない男を好きになったものだと、最初は思っていたんだがな」
苦笑の中に諦めのようなものが混じってて、誤魔化すように俺も笑う。
「だがここまで一途に追われれば、認めないわけにもいかないだろう」
そうしてお父さんはひとつ息をつくと、背筋を伸ばした。
「カティのことをよろしく頼む」
「――はいっ。一生、大切にします」
俺も姿勢を正して固く握手を交わす。
しっかりと握られた手を放したところで隣を見ると、カティが嬉しそうに涙を滲ませてて、それをお母さんが笑顔で宥めていた。
そんなカティの背をなでると、お母さんはちょっとしんみりした空気を振り払うように手を叩いた。
「さぁさぁ、こんなにおめでたい日はないわ。カティと腕によりをかけて作ったお昼ご飯、食べましょう?」
「はいっ」
食卓に並んだ豪勢なご馳走は、俺の好きな肉料理ばっかりでつい目が輝く。
それぞれが席について、そうして軽い果実酒をグラスに注ぐ。
「それでは、フェリクス君の叙任と――二人の明るい未来へ、乾杯」
「乾杯っ」
掲げられたグラスの中身がこれ以上ないほどに煌めいて、俺はカティと二人肩を並べてそれに口をつけるのだった。
これにてフェリクス編完全終了となります。
読んでいただきありがとうございました。




