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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【腹黒】トゥーレ
6/79

甘い捕獲

 トゥーレ視点に戻ります。

 楽しんでいただけると嬉しいです。

(※2018.9.5 誤字訂正など細かい修正を行っています)

 アマリアさんが暴走して次々に出てきた言葉に、私は複雑な心境だった。

 こうなったらいいなの妄想がアレだという落ち込みと、恋情が含まれてはいないとはいえ好きで好きでたまらないという発言に少しだけ心が浮つく。


「本を回収していただけでば、私は気にしませんから」


 この心境をひとまず押し込んで言ったのはそんな言葉だった。


「でもっ……」


「それに、貴女のことを嫌いになることはありませんよ」


 テーブルについたままのアマリアさんの手をそっと握り微笑みかける。

 より好きになれこそ、嫌うことはあり得ない。


「いつも訓練場に見に来ていただいてありがとうございます」


 そう言って手をすくい上げ、その指先にキスを落とす。


「――っ!いえ、わ、わたしが好きで行っているだけなのでっ」


 アマリアさんはそれだけで顔を真っ赤にして、可愛いったらない。

 内心くすくすと笑いながらも、私は爽やかな表情を見繕って立ち上がった。


「もう暗くなってきましたね。こんな時間までお引き止めして申し訳ありません。家まで送らせてください」


 そうしてアマリアさんの家へと送り届ける。


「本当に、ご迷惑をおかけしました」


 道中、冷静さを取り戻したらしいアマリアさんは家の前までくるとそう頭を下げた。


「お気になさらずに」


 そう笑うとアマリアさんは少しばつの悪そうな顔をした。


「絶対に本は回収します。責任をもってしっかりと集めて、この手で処分します」


 力が入ったのかアマリアさんはそう言いながら手を握り締めた。


「すみませんが、よろしくお願いします」


「もちろんです!」


「それでは、おやすみなさい」


「送っていただいて、ありがとうございます。――おやすみなさい」


 そうして彼女が家に入るのを確認すると、私は今日一日を振り返った。


 アマリアさんと初めて言葉を交わした時、彼女は目の前にいる私に驚き、見惚れ、危惧し、そして逃げようとした。さらには逃亡に失敗するやびくりと体を震わせ、私との会話に焦っていた。

 そんなアマリアさんについ笑いそうになって、こらえるのが大変だった。

 その後、私の言動にうっとりとしたのをいいことに夕食の約束を取り付けた。

 この一連の流れをおそらく彼女は平静を装って対応したと思っているのだろうけれど、くるくる変わる表情は誰がどう見ても百面相だった。


 約束を取り付けた私は上機嫌になっていた。

 どこかの料理店へ連れて行くことなど考えられなかった。

 すぐにモントさんに連絡を入れて部屋の掃除と料理の手配を頼み、午後の仕事をこなす。

 いざ待ち合わせ場所に向かって待つことしばし。

 やってきた彼女は訓練場の時とは様変わりしていた。


 紺色のワンピースは落ち着きがありながらもかわいらしく、それなのに袖や裾についたレースについ目線を誘われるような妖艶さを兼ね備えたものだった。

 簡単に一つにくくられていたはずの髪も緩やかに編み込まれ、リボンが付けられていた。

 派手さはないものの、それらはアマリアさんの魅力を最大限に引き立たせているかのようだった。

 ――正直、眩暈を覚えたくらいである。


 それから個室の料理店と自宅を選ばせると、ぜひ自宅でと言われてつい笑ってしまった。

 もちろん彼女の意図は理解している。けれどもだからといって力一杯男の家がいいと言い切ったのはあまりにも面白かった。

 すぐに私が笑った意味を察したアマリアさんが顔を真っ赤にして、それがまた私の笑いを誘った。

 嘘のつけない性格なのだろう。


 自宅に招くとモントさんが見事な盛り付けで料理を出してくれた。店にいた時とかわらないその腕前に心の中で称賛を贈る。

 そして向かいに座るアマリアさんはというと、料理に釘づけだった。目をきらきらと輝かせてその見た目にただただ喜んでいて、より一層の愛おしさがこみ上げてくる。

 そしてそんな笑顔を見て心が満たされる一方で、あの本をみせたらどうなるのだろうかと考えた。


 慌てて逃げ出すだろうか。それともひたすら謝るだろうか。

 素知らぬふりをすることは無理だろう。

 それらの事を想像すると楽しくて仕方がなかった。

 早く本を見せたい。

 可愛い笑顔をいつまでも見ていたい反面、その時が待ち遠しくてならなかった。

 実際、本を渡した時のアマリアさんの慌てようが面白くてどうしようもなかった。


 つい衝動に駆られて程よく彼女がぶつけた額にキスを落とすと見る間に顔が真っ赤になった。

 手を握って微笑んだ時も。


 私は大きな満足感を胸に帰路につくのだった。


 + + +


「よう、トゥーレ」


 翌朝、王都内の詰所に出勤した私が目にしたのはルーカスだった。

 ここは広報部の勤務先でありルーカスのような情報部はほとんど出入りしないというのに、どういうわけかまるで広報部の一員だとばかりに寛いでいる。


「朝から何をしに来たんです?」


 それを横目に今日の職務内容に目を通す。

 午前は準騎士教育を兼ねた巡回。

 午後は同僚との打ち合わせと、第二訓練場での子供たちへの剣術指南。


「何って決まってんだろ。昨日最愛のアマリア嬢と会ったんだろ?」


「意中の方がいたんですか!?」


 ルーカスの言葉に反応したのはちょうど一緒に巡回する予定の準騎士君だった。

 驚いたようにイスから立ち上がり、私を凝視している。


「あっ、すみません。私情でした」


 私とルーカスの視線を受けて、彼ははっとしてイスに座り直す。

 なにか問題のあるセリフだっただろうかと頭を巡らせていると、ルーカスが言った。


「別に詰所で話す分には私情とか関係ないだろ。ここ出たら問題なだけで」


 なるほど。そういった意味だったのか。


「広報部はいろいろと言動に気をつけないといけないですからね。注意をしなければならないのもわかりますが、施設や詰所の控え室においてはその限りではありませんよ。そこまでしては疲れてしまいますから、気を楽にしてください」


 ルーカスの言葉を受けてにっこりと微笑んで見せると、


「それは、そうなんですが」


 言いにくそうに準騎士君が言った。


「トゥーレさんは一般の人たちだけでなく騎士団内でも清廉潔白な紳士で、みんなの憧れの的です。騎士団内でだって全然私生活が見えないし、なんていうか……そういう話には触れてはいけないのかなと思って」


 彼の言葉に思わず目を丸くする。

 私は確かに騎士団内においても猫を被っているけれども、まさかそれがそんなふうに思われているとは。


「おいおい、誰が紳士だよ」


 と、ルーカスが立ちあがり準騎士の肩を抱いて囁いた。


「こいつ――腹の中は真っ黒なんだぜ?」


 にやにやと笑うルーカスはとりあえず放っておく。


「それで昨夜の話でしたか」


「おう。どうだった?」


 そのルーカスの期待の眼差しに嘆息する。

 この様子だと私が彼女を気にいるという結果までが予想されていたのだろう。多少面白くないものの、正直に答える。


「ルーカスの予想通りですよ」


「だよなぁ。アマリア嬢の性格を考えればトゥーレが食いつかないはずはねえよ。しかも最初から惚れ込んでたんだし」


 そこまで予想した上であの本を私に出したのだろう。食えない男だ。

 けれども、その反面昨夜のアマリアさんを思う。慌てた様子、喜ぶ様子。そしてなにより、いっぱいいっぱいになった時の赤い顔。

 あの本をルーカスが持って来なければ、見ることは叶わなかっただろう。


「本当に素敵な女性でしたよ。――とても苛め甲斐があって」


 言う間にも口元が上がっていく。

 そんな私を見た準騎士君がぽかんと口を開ける。


「え……?」


「猫剥がれてるぞ」


「おっと、これは失礼」


 黒い笑みをすぐさま引っ込めて、爽やかな笑みを作る。

 準騎士君の表情が驚愕の表情に変わる。


「だから言ったろ?こいつ、すっげー黒いからな」


「ごく一部の人に対してだけですよ。今回は愛しの君へ向けて、ですね」


 くすくすと笑うと、準騎士君はぱくぱくと口を開けたり閉じたりを繰り返した。


「んで、これからどうすんだ?」


 ルーカスがそんな彼の肩を同情するようにぽんぽんと叩きながらこちらを見た。


「しばらくはこのままですかね。昨日の今日ではさすがに可哀想ですし、ひとまず様子を見てみようかと」


「で、また苛めるわけだ」


「もちろん」


 聞くまでもない。そしてアマリアさんの状態によって策を講じればいい。

 とはいえ、最終的な方向は決まっている。


「さて――そろそろ巡回へ行きましょうか?」


 私は薄く笑うと準騎士君を振り返った。

 準騎士君はルーカスと私をしばらく視線で往復させる。


「頑張れよー」


 顔を引きつらせ恐ろしいものでも見るかのような準騎士君の様子に、けれどもルーカスがひらひらと手を振る。


「誰も取って食べたりはしませんよ。貴方も知っているように基本は紳士ですから」


 私もついそんな反応に笑いながら言うと、準騎士君はどうやら覚悟を決めたようだ。

 ゆっくりとイスから立ち上がると「ご指導よろしくお願いします」と頭を下げてきた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 私は柔和な笑みを浮かべ、そして仕事に頭を切り替えた。


 + + +


 その後それとなくアマリアさんの様子を探ったところ、かなり狼狽していて元気がないようだった。

 内容までは関係者以外誰にも漏らしていないらしく、職場の同僚などの知人たちはその姿に心配をしているようだった。

 ちなみに私はというと、特に何もしていない。日々仕事をこなしているだけ。

 一週間が経過し、そろそろ行動でも起こそうか、それとももう少し待ってみようか。

 そんなことを考え始めた時、意外なことにアマリアさんから接触があった。

 というのも以前のように訓練場に観覧に来ていたのだけど、ふと目があった時にアマリアさんは一冊の本を掲げてみせたのだ。

 私はそれを見て彼女に小さく手を挙げて合図をした。


「すみません、お仕事中に」


 訓練が終わった後、私は前回同様にアマリアさんのもとへと向かうとアマリアさんはそう頭を下げた。

 そのまま誰もいなくなった観覧席の隅に腰を下ろす。


「この後は休憩時間なので問題ありませんよ」


 時間はちょうど昼。せっかくなら一緒に昼食でもとりたいところであるけれど、外食するほどの時間はないのが惜しい。


「その、報告があってきました」


 アマリアさんは真っ直ぐに私を見上げて言った。


「あれから書き写した友達のところへ行って、本を回収しました。私の知る限りでは四冊でした」


 おそらく今アマリアさんが持っている本も回収したうちのひとつだろう。

 はっきりとした口調で言ったアマリアさんは、けれどもそこで肩を落とした。


「ですが、その友達が更に他の人へと見せていたらしく……どうも知らないところで書き写されていたみたいなんです」


 眉を下げて、困った表情のアマリアさんはそこで勢いよく頭を下げた。


「すみませんっ。いま友達に確認をとってもらっています。絶対、回収しますから!だから、もう少しだけ待ってもらえないでしょうか」


 頭を下げたままの状態でそう懇願される。

 真っ直ぐで純粋なアマリアさんに嗜虐心が灯る。


「大丈夫ですよ。先日も話したように、貴女を責めるようなことはありません」


 いつもの穏やかな口調で言い、そこで一度言葉をきる。それから少し落胆したかのように声を落とす。


「ですが――困りましたね」


 ゆっくりと顎に手を添えて聞こえるか聞こえないかくらいの小さなため息をつく。

 ぴくり、と頭を下げていたアマリアさんがそれに反応する。


「このまま本が広まってしまったら、ひょっとしたら、本当に私が男性を好きなのだと勘違いする人も出てきてしまうかもしれません」


「そんなこと!あれはわたしが勝手に書いたもので、実際の騎士様には関係ありません!」


 私の言葉に下げた時と同じく勢いよく頭をあげたアマリアさんはぎゅっと手を握り締めた。


「それはもちろんそうなのですが、アマリアさんの事を知らない人に本が渡ればあるいは」


「急ぎますっ。本物の騎士様は男性には興味がないって伝えます!」


 少しだけ涙目になりながら必至に私を見上げるアマリアさん。

 可愛い。食べてしまいたい。

 そんな私の欲求など知る由もなく、アマリアさんは私にもう少しだけ待って欲しいと訴えた。


「わかりました。こうなってしまってはもう仕方のないことですからね。けれども一つだけ、お願いがあります」


 まるで気持ちを切りかけたかのように言うと、アマリアさんは勢いよく返事をした。


「はいっ、なんでしょう?」


 だから私もさらりとお願いを口にした。


「今度一緒に食事に行ってくださいませんか?」


 私の言った言葉を理解できず、ぽかんと口を開けてしばし。

 けれどもやっぱり理解できなかったらしく、アマリアさんは聞き返してきた。


「……はい?」


 それもそのはず。

 不名誉な噂を流した張本人を食事に誘っているのだから。


「ですから、また食事をしたいなと。こんなことを言うのもなんですが、先日食事をしたのが楽しかったのですよ」


「え、えっと……光栄です?」


 アマリアさんが目を白黒させながらなんとか口にしたのはそんな言葉だった。

 私はくすくすと笑いながら続ける。


「美味しそうにご飯を食べる貴女の姿があまりにも可愛らしくて」


「ふえぇっ?」


 がたん、勢いよくアマリアさんが立ち上がる。

 顔がこれ以上ないほどに真っ赤になっている。


「う、あ……」


 心中大混乱しているだろうアマリアさんは返事をするどころではないらしい。

 それに追い打ちをかけるように小さく首を傾げてみせる。


「お嫌でしたか?」


「全っ然、嫌じゃないです!」


「それなら良かった」


 安心したように息を吐くと、アマリアさんが精神的に落ち着く前に次の約束を取り付けるのだった。


 + + +


 そうして数度、アマリアさんと食事を共にした。

 そこで本の回収の経過を簡単に話すものの、ほとんどは他愛のない会話だった。

 アマリアさんの仕事のこと。趣味、どこの店の何が好きか。

 アマリアさんは徐々に私に慣れてきたのか食事をする時はよく自然な笑みが浮かぶようになった。

 言葉遣いも丁寧口調な中にも砕けたものが混じるようになった。

 少しずつではあるものの、アマリアさんの私に対する距離が縮まっているのがわかった。

 けれどもその半面、エスコートをする時、手や肩に触れる時に色気を押しだしてみれば、顔を真っ赤にさせて慌てふためいていた。

 多少なりとも男として意識してもらえるようにとやってみたそれは、効果覿面のようだ。

 少しずつ、少しずつ、アマリアさんの心が手元に落ちてきているのがわかった。


 そんなアマリアさんとの逢瀬を交わし、一ヶ月。

 そろそろ頃合いだ。そう見計らって私は次の行動に出ることにした。

 すなわち――残りの本を使って更に本を広める。

 そしてそれを利用して一気に捕まえるのだ。

 私はこっそりと母校の中等学校や女性が多く集まる場所へとそれとなく本を忍ばせた。


 するとどうだろう。


 私を主人公とした同性愛の本の話題が静かに女性達の間で広まった。

 不自然なほどの勢いもなく、けれども決して無視できないような、そんな絶妙な具合で。


「見て、トゥーレ様よ」


「かっこいいわ」


 市場を巡回中の私にそんな声が耳に入った。

 笑顔を返すと彼女たちはきゃあきゃあと喜び――そして、小さな声で囁きあった。


「ね、あの本、本当なのかしら」


「作り話じゃない?」


「でも本当でも物語でもすごく良かったわ。同僚の騎士様に押し倒される姿とか……」


 声は控えめだったものの、それらの会話ははっきりと聞こえていた。

 そして女性達の妄想に花が咲く。


「ね、押し倒されるのもいいけど、あの隣にいる準騎士さんを押し倒す姿とかもよくない?」


「いいかも!私そっちの方が好きだわ」


 本の噂がうまい具合に広まっているのを満足げに思っていると、


「あの……トゥーレさん?」


 私の隣を歩いていた準騎士君が複雑そうな表情をしていた。

 ルーカスとの会話の時にいた準騎士君である。


「どうかしましたか?」


「……すっごく居たたまれないです」


 巻き添えを食らった準騎士君ははっきりとそう告げた。

 あれ以来準騎士君はまるで空想上の人物にするような憧れの念を向けて来なくなった。かわりに一個人として、地に足がつくようなしっかりとした尊敬と呆れを向けるようになり、わりと自分の思っていることを素直に口にするようになっていた。


「有象無象と思えばいいんです。気にすることはありませんよ」


「……ある意味、本当に尊敬します」


 さらりと言ってのけた私に準騎士君がため息をついた。

 まるで神に向けるような尊敬の念を抱かれるよりもこちらの方が心地がいい。

 私は思わず笑ってしまい、準騎士君の背を叩くのだった。

 ――それがさらに女性達の妄想に火をつけたのは言うまでもない。


 そうして巡回を終えて詰所へと帰ってくると、詰所の近くにアマリアさんが立っていた。

 きょろきょろとあたりを見回しているということは人探しのようだけれども、詰所の近くという時点で目的は私だろう。

 食事をするようになってからアマリアさんが突然接触を測ってくることは初めてだった。


「あ、先に戻ってます」


 準騎士君が気を利かせて足早に詰所へと入っていくのを見送り、私はアマリアさんへと足を向けた。


「こんにちは」


「あっ、騎士様、こんにちは」


 相変わらず呼び方が騎士様なことに苦笑する。

 いろいろと慣れてきてはいるものの、なぜかこの呼び方だけは変わっていなかった。


「ひょっとして私が戻ってくるのを待っていましたか?」


「はい。他の騎士の方に聞いたら、手紙や伝言はご家族の方からでないと受け取れないといわれてしまったので……」


「すみません、規定で厳しく管理されていまして。長い時間待たれていたのですか?」


 いわゆるファンレター対策ともいうこの規定にはいつも守られていたものの、今回ばかりはそれが恨めしい。

 私は素直に頭を下げた。


「いえ、そこまでは」


 そう笑顔を浮かべるアマリアさんだけれども、その表情はあまり元気ではなかった。


「何かありましたか?」


 できるだけ優しく問い掛けてみると、アマリアさんの笑顔が力ないものへと変化した。


「お話が、あります」


 スカートをぎゅっと握りしめて眉根を下げるその様子に、何となく察する。


「人には聞かれないほうがいい話のようですね。すみません、中で少々待っていてもらえませんか?」


「はい」


 あとは準騎士君の書いた巡回の報告書を確認して提出するだけで終わりだ。

 アマリアさんの背に手をまわして共に詰所へと入る。

 すると先に戻っていた準騎士君が顔をあげ、駆け寄ってきた。そして小さく耳打ちする。


「報告書、トゥーレさん確認済みで上げときますね」


「恩に着ます」   


「おつかれさまでした」


 すでに騎士昇格間近な準騎士君なら任せても問題ない。

 私は素直に好意に甘えて、手早く更衣室で着替えを済ませた。


「お待たせしました」


 そうして久々に――私の家へと案内する。

 アマリアさんは硬い表情で終始無言だった。


「お邪魔します」


 そうしてひとまずソファに座ってもらう。

 手早くお茶を出し、私は向かいに腰を下ろした。


「それで、話というのは?」


 アマリアさんの本の内容が広まっているという話に他ならない。


「あの、本の、ことで……」


 アマリアさんはちらりと私を見ると、すぐにその視線を手元へと下げた。

 相当言いにくいらしく、ギュッと両手を握りしめて口を開けるものの、なかなか言葉が紡がれない。


「……本の内容が出回っている、ということですか?」


 私は一際優しい声音で労わるように尋ねると、アマリアさんはこくりと頷いた。


「ごめんなさいっ。わたしが早くに回収できなかったから、どんどん広まってしまって……すごい噂になってるんです……っ」


 どうやら私がばら撒いたとは露ほども思っていないらしい。

 思い詰めているアマリアさんはほんの少しかわいそうでもあったけれども、それ以上に可愛くてたまらなかった。


「いいんですよ。こうなってしまっては、もう仕方ありません」


 そもそも私は他人にどう思われようと平気な性質である。自分の事をわかってくれる家族や親友がいればその他は割とどうでもよかった。

 だからこそ、こんなことをしたのだけれど。


「でもっ、このままじゃあ騎士様が不名誉なことに」


「ここまで広まってしまったらどうすることもできませんよ。事故だと思うことにしましょう。アマリアさんも、無理かも知れませんがあまり思い詰めないでください」


「不快な思いをさせたのに、食事にも誘ってもらっていたのに。わたしのせいで、こんなことに」


 ぎゅっと唇をかみしめるアマリアさん。

 そんなに噛みしめては切れてしまう。私はそっとテーブル越しに手を伸ばした。


「大丈夫です。噂のようなものですから、放っておけばきっとそのうち収まりますよ――自分を傷つけないでください」


 アマリアさんの頬に触れ、親指でそっと歯から唇を外す。

 たくさんの涙を瞳にためたアマリアさんは、それでも必至に堪えていた。


「なにか、わたしにできることはないですか?少しでも騎士様の心が晴れるなら、何でもします。――償わせて下さい」


 一生懸命なアマリアさんの言葉に、私はすでに彼女を捕えたことを確信した。

 そっと困ったように微笑みを浮かべ、その唇をゆっくりとなぞる。


「償いなど、いりませんよ」


「でも!ここまでよくしてもらったのに、わたしは騎士様にひどい仕打ちばかり……っ」


 なおも引き下がるアマリアさんに、私は一度自分の手を引いた。


「そうですね……それでは、責任を取ってもらってもいいでしょうか」


 しぶしぶ、といったように言えばアマリアさんはすがるように私を見つめてきた。


「なにをしたら、いいですか?」


 ああ――こんなに性格の悪い男に捕まってしまったなんて。アマリアさんはとても、可愛そうだ。

 でも安心して。

 私が捕まえたからには、もう他の男には捕えられることはないから。

 他のものからは守ってあげるから、私にはたくさん苛められて捕らわれていて。


 私はゆっくりと立ち上がるとアマリアさんの隣へと座りなおした。


「私と結婚して下さい」


 極上の笑みで告げる。

 真横にいるアマリアさんの顔が固まった。


「けっ……こん?」


 まるで言葉の意味がわからないとでもいうような発音に、小さく笑う。


「ええ、結婚です。女性との婚姻を果たせば、噂も払拭されるでしょうからね」


 男性ではなく女性に興味があると知れ渡ればいいわけですし、と告げる。

 するとアマリアさんの表情が見る間に驚愕に変わる。


「えっ……いや、でも……え?」


 ぶつぶつと呟き、目をせわしなく動かすアマリアさん。


「わたしですよね?」


「もちろん」


「……人違いではなくて?」


 もの凄く疑うように見上げられる。


「アマリア・プルックさんに言っていますよ」


「ど、どうしてですか?だってわたし、好かれるどころか嫌われるようなことしかしてないのに」


「何度も言っているじゃないですか。私は貴女の事は嫌いにはならないって。それに、アマリアさんと一緒にいるのは本当に楽しいんですよ。私にとってはこれ以上の癒しはありません。――私の奥さんになってはくれませんか?」


 そう言って私はアマリアさんの手を取って唇を落とした。


「おっ、おく……!」


 アマリアさんは瞬時に顔を赤くさせておろおろとしだした。本当に隠しごとのできない素直な人だ。

 笑いをかみ殺し、今度はアマリアさんの耳元で囁いた。


「それとも私の事は男としては見れませんか?」


「そそそ、そんなことはありませんっ。騎士様は、列記とした男性です……っ」


 ぶんぶんと首を振るアマリアさんはもう頭がいっぱいいっぱいになっているようだった。

 その隙をついて先へと話を進める。恋人役を演じるだけでもいいのでは、なんていう発想をする前に決めてもらわなくては。


「では決まりですね。責任を取って結婚してください」


「は……い……」


 小さく、本当に小さく、けれどもアマリアさんはしっかりとそう返事をした。


「安心してください。好きになってもらえるように努力しますから」


 そう。意識をしてもらうまでは進んでいるけれども、大事なのはこれから。

 私はアマリアさんに愛してもらえるようにならなければいけない。たとえ捕まえたからといって終わりではない。


「末永くよろしくお願いしますね」


 私はそう言って優しくアマリアさんを抱きしめるのだった。

 読んで下さりありがとうございます。

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