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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【猛進】フェリクス
58/79

この先の未来の為に

フェリクス本編最終話となります。

楽しんでいただけると嬉しいです。

(※208.12.3誤字修正しています)

 その後、遅れてやって来たらしい応援の騎士さんが俺達のいる部屋まで駆けつけてきた。

 すでにそこらへんで伸びている盗賊達はみんな紐で縛り上げたあとで、ライノさんと騎士さんが親しげに状況確認をした。

 ライノさんは騎士団からの要請で動いていたらしくて、本当は完全な裏方として表舞台には立つ予定はなかったらしいんだけど、カティが捕らわれてることで残っていたらしい。

 ちなみにカティがどうしてここにいたのかって話にもなって、理由を聞いた俺は心臓が止まるかと思った。


「俺のせいじゃん!」


 俺の鞄を探してくれて、運悪く的確に鞄の場所を追ってしまった為に捕まったなんて。

 ライノさんがいなかったら今頃どうなってたことか。そう思うと本当に、本当に今カティが無事なことに深く安堵してカティを抱きしめた。


「盗まれたものを探すなんて、どうしてそんな危険なこと」


「ごめんなさい。少しでも役に立てられれば、って思ったんだけど」


 カティの眉が下がっていて、違う、そうじゃないと思い直す。


「ごめん。責めるのは間違ってるよね。俺の為だったんだもん……ありがとう」


「私も心配させて、ごめんなさい」


「本当にびっくりしたよ。誰かのためとはいえ、今度から危ないことは絶対に止めてね」


 涙までこぼしていたカティは相当怖かったはずだ。捕まった挙句に戦闘に巻き込まれたんだから。

 じっと顔を覗きこむと、カティもさっきまであったことを思い出したのか少しだけ身体を震わせた。

 もう怖くないよと抱きしめる腕に少し力を込めると、どこか遠い声が聞こえてきた。


「若いのに両想いっていいな」


「君、最近振られたんだっけ」


「そうそう。多忙な騎士は嫌だとかなんだとか」


「……言ってくれるな」


「騎士がモテる時代は終わったのかもねぇ」


 それらの会話にそっとカティを腕から離した。騎士さんって大変なんだなぁ。

 カティはちょっと恥ずかしそうに俯いてて可愛くてたまらないけど、騎士さんの手前もう一回抱きしめるのは我慢した。


「さて、それじゃあこれは先に渡しておくよ。あとはよろしく」


「ああ。任せろ」


 一通りの話が終わったところでライノさんは押収していたらしい入団許可証を騎士さんに手渡し、最後に俺とカティを見た。


「それじゃあ二人とも、僕のことは見なかったってことで頼むよ?」


 それは騎士さん達が入ってくる前に打ち合わせていたことだった。

 あくまでもライノさんは表舞台には立たない。ライノさんはここへは来ていない。そうしてほしいということを言われていた。

 俺もカティも神妙にそれには頷いた。

 ライノさんは兄ちゃんの友達だってのもあるけど、何よりカティを助けてくれた人。そんな人の言うことを守らないはずはない。


「ではお先に失礼」


 ライノさんは俺達が頷くのを確認すると手を振って、身軽にも空いた穴から天井裏へと身を滑り込ませた。

 鮮やか過ぎる動きは明らかに只者ではなくって、たぶん、多分だけどライノさんも騎士なんじゃないかって思う。


「カティさんは一度騎士団まで来てもらって、医師に診てもらいましょう。それからご家族に迎えに来ていただくことになるけれども、いいですか?」


「はい。怪我はないと思いますが、よろしくお願いします」


「フェリクス君は……」


「カティと一緒にいます」


 即答した。そんなの当たり前のことだよね。

 事が落ち着くまでは絶対カティの傍を離れるつもりはない。それにカティのお父さんには巻き込んだことをしっかり謝らないといけないし。


「そう言うと思ったよ。階下は落ち着いているし、協力の手もさほど必要はなさそうだから問題はないだろう」


 苦笑したのは振られたらしい騎士さんだった。


「あとすみません、俺の荷物も盗まれててここにあるかもしれないんです。あとで確認させてもらってもいいですか?」


「もちろんだよ。許可証は無事だったのかな?」


「はい。王都に入る時に兵士さんに教えてもらって、許可証だけは平気でした」


 鞄が盗まれて以来いつでも懐に、と持っている許可証を取り出せば騎士さんが微笑んだ。


「それは不幸中の幸いだったね」


「はい。本当によかったです」


 あの獣人さんには本当に感謝しかない。お金も少しもらってしまったし。

 あれ、そういえばあの獣人さん。


 ――おいおい、勘弁してくれよ。仲間相手に騙そうなんざ思わねぇからよ。


 ぱたりぱたりと動く自分の尻尾を振りかえる。

 あの時は仲間って言葉に疑問を持ったけど、ひょっとして同じ獣人仲間ってことだったのかな。

 落ち着いたら今度会いに行こう、と思っていると報告を聞いたらしいマリカが飛んできた。

 あとは騎士団でカティのお父さんを待つだけ。

 俺は互いの無事を喜び抱き合う二人を見てそう思うのだった。


 + + +


 騎士団について騎士先生にカティを診てもらって。そこでカティの手首についた縄の後に俺は思いっきり項垂れた。


「ごめん、カティ」


 こんな痕がついてたなんて、と心底申し訳なく思う。


「ほんの少し赤くなった程度だから。気にしないで?」


「気になるのはわかるけど、今気にしたところでどうしようもないわ。元気出しなさい」


 カティと、俺と一緒に付き添ってくれているマリカに宥められているところに、突然部屋のドアが開いた。


「カティ!」


 それは紛れもなくカティのお父さんとお母さんだった。

 役人で忙しい時期だって聞いたけど、たぶんもの凄い急いで来てくれたんだと思う。息を荒くさせて心配そうな顔をしていて、無事なカティの姿を見るなり大きく息をついた。


「手首に痕がありますが、明日には消えてることでしょう。念の為薬を塗っておきましたので」


「ありがとうございます」


 一緒にいてくれた騎士先生が最初にそう伝えて、お父さんとお母さんは深く頭を下げた。

 ちなみになんでお医者さんが騎士だって分かったかというと、白衣の下は騎士服のシャツとズボンだったから。マリカも知らなかったみたいで驚いてた。


「一通りの説明は受けていらっしゃいますか?」


「はい。ここまで案内してくださった騎士様から教えていただきました。娘が大変お世話になりました」


「いえ、ご無事で何よりです。――しばらく席を外しますので、ごゆっくりどうぞ」


 騎士先生はそう言うと会釈をして部屋を後にした。

 ドアがぱたんと閉まると同時、お父さんがもう一度カティの無事を本人に確かめた。


「連絡を受けた時は驚くなんてものじゃなかったぞ。どうしてそんな危険な真似を」


 窘めるような口調に思わず口が出る。


「あの、すみません。俺のせいでカティを危ない目に遭わせてしまって」


 そんな俺にお父さんの視線が険しくなった。


「君がフェリクス君か。妻からも話は聞いている。娘をひったくりから助けてくれたのは礼を言おう。だが今回のことは全く別だ」


 厳しい眼差しを真摯に受け止める。

 大事な娘が危ない目にあったんだから当たり前だ。俺はただカティのお父さんを見つめた。


「娘は荒事など全く関わりのない生活を送っていた。君のように戦いに身を投じているわけでもなく、ごく一般的な平穏な家庭だ。そんなうちの娘を巻き込むなど言語道断だ」


「すみませんでした」


 もう一度頭を下げてしっかりと謝る。

 俺だってカティを捕まえた奴らに怒り狂ったし、無事だったことに心の底から安心した。

 お父さんの心配や憤りはきっと俺よりも強い。……いや、俺も負けないけど。

 だってカティは俺にとってはかけがえのない人で、自分の命よりも大切で。お父さんにも負けるわけがなくて。

 いやいやそうじゃなくて。


「お父さん。私がやりたかったの」


 頭を下げたままの状態でよく分からないところで対抗心が芽生えて頭の中で混乱してるうちに、カティが口を開いた。

 俺を庇うように一歩踏み出してお父さんを見上げている。


「少しでもフェリクス君の為になりたくて、私が勝手にやったの」


「カティ?」


 訝しむようにお父さんがカティを見つめた。


「確かにマリカのところへは案内したけど、手伝ってなんて一言も言われてないわ。フェリクス君から頼まれたことなんて何もないの」


 切々と訴えてくれるカティに、少し嬉しいけど困惑もする。

 お父さんはカティのこと心配して怒っているのはよくわかるから。


「そうねぇ。マリカちゃんのところに連れて行くように言ったのも、わたしだし」


 どうしていいのかわからずにいると、お父さんの後ろに控えていたカティのお母さんがのんびりとした口調で言った。


「お前まで……」


「あなたもわかっているでしょう?確かに鞄探しの発端はフェリクス君だったかもしれないけど、フェリクス君が悪いわけではないって」


「…………」


 お母さんにまでそう言われて、お父さんは難しい顔で押し黙ってしまった。


「心配させてごめんなさい。でも、フェリクス君はすごく優しいのよ。自分も困ってるはずなのに、自分のことより人のことを優先させるの。そんなフェリクス君の力になりたかったの」


 なんて後押しまでされて、少しだけむず痒くなる。

 今は喜んじゃいけないところなんだけど、ダメだとは思うんだけど。


「尻尾揺れてるわよ」


 ぼそっとマリカがお父さん達には聞こえない声で呟いた。

 しょうがないじゃん。この尻尾、俺の意識で動かしてるわけじゃないんだもん。

 むーっとマリカを見ていると、やがてショックを受けたかのようなお父さんの声がした。


「カティ……まさか彼のことが好きなのか?」


 ちょっとドキッとしてカティを見ると、カティは少し恥ずかしそうにしながらも頷いた。

 その仕草に尻尾の振れ幅が大きくなりかけた瞬間、


「っ、私は絶対に許さんぞ!」


 お父さんが声を荒げた。

 突然の怒りにきょとんとしていると、お父さんはカティの腕を掴んだ。


「帰るぞカティ」


「あっ、お父さんっ」


 お父さんは強引にカティの腕を引いて、そのまま俺とお母さんが見ている前で部屋を出て行ってしまった。

 本当に唐突な事に、怒りとか悲しみが浮かんでこない。あるのはただ驚きだけで、隣のマリカもぽかんと口をあけている。


「お父さんも困った人ねぇ」


 二人がいなくなったドアに視線を向けたま瞬きしていると、あとに残ったお母さんがくすくすと笑いだした。


「ごめんなさいねフェリクス君。さっき言ったようにお父さんもわかってはいるのよ。フェリクス君は何にも悪くないって。だからあの人のことは気にせず、またうちに来てね?」


 なんて穏やかに笑うもんだから、たぶん心配しなくていいことなんだとは思う。

 けど許さないって言ってたよね。


「いえ」


 どこか釈然としないままに首を振ると、お母さんはそのまま笑って続けた。


「いままで娘を取られそうになる経験なんてしたことないものだから、ついカッとなってしまったのよ」


 それって。


「わたしとしてはフェリクス君が本当の息子になるのは嬉しいわ」


 ぽんぽん、と優しく肩を叩かれて瞬間的に尻尾がぶんぶんと揺れ始めた。


「確かに腕はあるみたいですけど、ちょっと抜けてますよフェリクスは。いいんですか?」


 先に出てしまった二人の後を追って部屋を出る中でそう言ったのはマリカだ。その言葉の色には侮蔑的なものはなくって、あくまで軽い。


「一晩過ごしたけど、素直ないい子じゃない。カティとは寄り添って一緒になんでもしてくれそうだわ。獣人の血をひいているならなおさらに、あの子のこと大事にしてくれるでしょうし」


 廊下に出てあたりを見るけど、カティとお父さんの姿はもうなかった。

 完全にお母さんを置いていくことはないだろうから、どこかで待ってるんだとは思うんだけど。

 とりあえず入り口まで行ってみればわかるか、と歩き出す。


「確かに獣人は番を大事にするものらしいですけど、血は薄そうですよ」


「そうなの?」


 そう首を傾げるお母さんに、俺もマリカの言葉を継いだ。


「俺、混血だなんて今日初めて知ったんです。それまで発現しなかったから、だいぶ血は薄いんじゃないかなって」


「ご両親は?聞いていないの?」


「あー……俺、孤児……なので」


 最近は少しずつマシにはなってきてるけど、孤児は倦厭されがちだ。親や親戚がいないってだけで嫌われることも多い。

 ここに来るまでにカティとマリカには尻尾の経緯を話すのに伝えていて、二人とも気にした風ではなかったけど、お母さんは……。

 ちょっとだけ心配になってちらっと見る。


「あらそうなの。こんなに素直に育つなんて、きっと素敵な孤児院だったのね」


 視線の先のお母さんは変わらずにこにこしていた。

 それどころか孤児院を褒められて、途端に嬉しくなる。


「っはい。大好きでした。憧れの兄ちゃんもいて、兄ちゃんみたいになるって騎士を目指したんです」


 これから兄ちゃんか姉ちゃんが来てくれるって聞いている。早く会いたいな。


「そういえば、孤児院ってことはそのお兄さんとも血が繋がってるわけじゃないのよね。王都勤務だったらわたしも知ってると思うんだけど、何て名前なの?」


 と、マリカが尋ねて返答に困る。


「えっと、俺の知ってる名前と違うみたいなんだ。入団記録がなかったって準騎士さんに言われたし」


「ふぅん?まぁ近いうちにわか――」


 と、マリカに不自然に言葉を止めた。

 なんだろう、と視線の先をみればそこには足早にこっちに向かってくる騎士さんの姿があった。

 金髪碧眼の無表情なその人に無意識に駆け出す。


 誰よりも会いたかった人。

 手を伸ばして思いっきりそこに飛び込む。


「兄ちゃん!」


 勢いよくぶつかるようにして抱きついたのに、びくともせずに受け止められる。


「リクか」


 表情と同じ無感情な声に、何度も大きく頷く。

 兄ちゃんだ。俺の大好きな、俺の憧れ。

 その存在を確かめるように力一杯抱きつくと、静かに俺の背が叩かれた。


「でかくなったな」


 記憶よりも近い位置から声が聞こえて顔を上げると、すぐそこに兄ちゃんの顔があった。

 あんなに大きかった兄ちゃんだけど、この十年でだいぶ追いついてきたらしい。

 それが嬉しくって笑うと、兄ちゃんは俺の背中から手を下ろした。


「昨日は悪かった。別人と間違えて知らないと言った」


 そうだ。リュリュさんも勘違いって言ってたっけ。


「別人ってどういうこと?」


「親父からの連絡では王都に着くのは当分先の筈だというのと――リクの本名を知らなかった」


 俺の本名を知らなかった?

 考えもつかなかったセリフにまじまじと兄ちゃんを見る。


「リクが本名だと思っていた」


 たぶん俺の表情から察してくれたらしい兄ちゃんがそう補足して、思わず目を大きくさせる。


「えぇぇー」


 そりゃあ確かに孤児院ではリクって呼ばれてたけどさ。


「すまない」


 大好きな兄ちゃんに本名を知られてなかったとか、そりゃないよ。

 頭を下げる兄ちゃんにしょぼくれていると、後ろから声がかかった。


「フェリクス……貴方、兄ちゃんって……」


 どことなく震えたマリカの声に振り返ると、ものすっごく驚いてこっちを指差していた。


「あ、うん。紹介するね。俺の兄ちゃん」


「弟が世話になった」


 俺の言葉に続けて兄ちゃんがそう言う。

 だけどマリカは驚いたまま動かない。

 どうしたんだろ?

 しばらく様子を見ているとぱくぱくと口を動かして、それからようやく声が出た。


「~~っ、嘘でしょう!?」


 それは力一杯示された驚愕の声だった。


 + + +


 どうやら兄ちゃんは孤児院にはいたけど、孤児ではなかったらしい。

 元有名な傭兵だったという親父に弟子入りして住み込んでいただけで本当はなんと、男爵家の生まれだった。

 騎士になるためにありとあらゆるものを孤児院で学んでいたんだけど、まぁ孤児じゃないのに孤児院に住み込みっていうのも外聞が良くないってことで偽名を使ってたとのこと。


 本名はレーヴィ・ユハナ。

 入団時に本名に戻し、騎士になると同時に家督もついで今は騎士兼男爵だという。

 なものだからユハナとしての入団記録はあったんだけど、その兄ちゃん本人からは別人と勘違いされて知らないと言われ、孤児院事情を知らなかった留守番役の準騎士さんが俺のいう兄ちゃんは騎士じゃなかったと結論を出したらしい。

 リュリュさんだったらその辺りの事情にも精通してたからすぐに繋がったんだろうけど、なにせ多忙の余り現場に駆り出されてたからね。

 まぁ、ショックだったけど、とりあえず兄ちゃんとこうして会えたんだからいっか、と思うことにする。


 ちなみにマリカが驚いていたのは、兄ちゃんが騎士団の中でもかなり有名な人だったから。

 兄ちゃんは今、騎士団最強と言われているらしい。騎士団過去最短叙任記録をもってて、しかも見た目は美男子で男爵で、ともなれば王都で知らない人はいないってくらいの存在なんだって。

 兄ちゃんは今までもずっとすごいと思ってたけど、まさかそこまでとは思わなくって、嬉しくて誇らしい気持ちだった。

 更には兄ちゃんと結婚した姉ちゃんもどうやら騎士だったらしい。

 全然知らなくってマリカに怒られた。

 マリカは初代女性騎士のダリアって騎士さんに憧れてるけど、その初代女性騎士のうちの一人が姉ちゃんらしい。


 それはともかく。


 俺は兄ちゃんと再会してからというもの、入団式までは兄ちゃんの家に寝泊まりさせてもらいながら、とにかく働いた。

 碌なものが入っていないと捨てられたのか、それとも別の犯人がいたのか。結局俺の荷物は見つからず、ほぼ無一文のままだったのだ。

 兄ちゃん達は必要なものは用意してくれるって言ってたけど、そんなのカッコ悪いじゃん?

 だから入団までの間に伝手は借りたけども、できうる限り仕事をこなしていった。

 そして仕事をしつつ、カティの家へお邪魔していろいろ手伝ったりして。


「また君か」


 休日なんかは渋面のカティのお父さんに会うこともあったけど、認めてもらう為のいい機会だと思った。

 お父さんは嫌そうな顔をしてはいるんだけど、律儀で優しいから話しかければ絶対返事してくれるしね。


「そのうち娘に愛想つかされるだけだ」


 とか、


「騎士になるまではただの収入のない半人前だ」


 とか言われちゃってるけどね。

 でも少しずつ棘がなくなっていってるのもこっそり感じ取っているし、きっと認めてくれる日も来るはずだと信じている。

 ちょっと喧嘩っぽくなることもあるけど、きっと大丈夫。

 そう信じて進むだけ。


「――フェリクス君!」


「カティ」


 やがて入団式の前日までやってきた。

 俺は入団までの最後の準備にとりかかり、その後、待ち合わせの場所でカティに会った。

 カティは籠バッグを腕にかけて俺を見つけると駆け寄ってきてくれた。


「今日までいっぱい、おつかれさま」


「ありがとう」


 この数週間、カティは事あるごとに俺に会いに来てくれた。

 カティは俺の入団した後少ししてから仕事が始まるらしくって、今は空いているからと昼飯作ってくれてさ。もう本当に嬉しいの一言に尽きる。


「お昼ご飯、どこで食べよっか」


「どこか芝生の上とかでいいんじゃない?ほら、あそことか」


 今日も作ってきてくれたカティに、公園の奥まった芝生を指差す。

 少し木陰ができてて、たぶん気持ちよさそう。


「そうね」


 微笑むカティの手から籠バッグをとって、反対の手で手を握る。

 木陰にやってくれば、大きく伸びをして芝生の上に転がり込んだ。


「おっ、気持ちいー」


 少し暑くなってきたこの頃、芝生は木陰で少しひんやりしてて快適だった。

 草はちくちくしてるけど、それもまた楽しい。

 仰向けになって木漏れ日を眺めてると、ふとカティが悩んでることに気づいた。


「どうしたの?」


 起き上がって尋ねれば、カティは芝生と自分の服とを視線で行き来していた。

 よく分かんないけど、たぶん女の子が気にするやつ。

 なんだっけ。確か二個上のヤロが彼女作ってて言ってた気がする。あれは確か。


「……ああ!服が汚れるのか」


 そうだそうだ。女の子ってそういうの気にするんだったよね。めんどくさいとかってヤロは言ってたけど。


「えーっと、どうしようか」


 ぱたぱたと自分の服を叩いたところで何も出てくるはずもなく。

 ってかハンカチ忘れたし。

 あー、うーん。


「大丈夫だよ」


 考えあぐねる俺に慌ててカティが座ろうと身を屈めたその時、閃いた。


「はい、ここ座って」


 カティの腰を掴んでやんわりと誘導すれば、屈んでたカティはなすすべもなく俺の膝の上に降りてきた。

 おお、軽い。しかも柔らかい。


「えっ、フェリクス君っ?」


 俺が感動してると、カティが慌てて振り返った。

 足の上に乗ってるのに俺よりも視線が低くて、そこがまた可愛い。


「これなら汚れない」


 横座りの形で座ったカティに解決だね、と笑えばカティは顔を赤くさせて俯いた。


「や、あの、大丈夫だから」


 小さい声で否定するカティ。


「大丈夫じゃないよ。そのままだと絶対汚れちゃうし」


「そうじゃなくて、あの」


 わたわたと手を動かすカティを落ちないように片手で腰を抑えると、消えてしまいそうなほどに小さな声が落ちた。


「バスケットに、多めにナプキン入れたから……!」


 あ、屈んだのってひょっとして座る為じゃなくて籠バッグから取り出そうとしてたから?


「そっか、ナプキン敷けばいいのか」


 そう呟けばカティが力一杯頷く。

 そんなカティは恥ずかしさのあまり涙が浮かんできていて。


「……このままじゃダメ?」


 もっと近くで見てたいなーとつい聞いてみると、カティは全力で否定した。


「だめっ、一人で、座るから……っ」


 ダメかぁ。

 少し残念に思って息をつくと、俺は手を伸ばして籠バッグを手繰り寄せた。

 一番上にあった赤いチェックのナプキンを出して自分の隣に広げる。

 そんな俺の行動に明らかに安心して体の力を抜くカティを、最後にぎゅっと抱きしめる。

 うーん、いい匂い。


「はい、どうぞ」


 思いっきり匂いを堪能してからそっとナプキンの上に下ろしてあげる。

 カティは固まってたけど、まぁいいよね。

 あ、そうそう。


「あのね、カティ」


 俺はごそごそと肩に掛けてた鞄を漁った。

 今日はお世話になった職場への挨拶と、それから大事なものを買いに行っていた。


「これ、受け取って」


 鞄から取り出したのは手のひらに乗るくらいの小さな四角い箱だった。


「これは?」


「開けてみて」


 両手で受け取ったカティに促してみると、困惑したように、だけど少しだけ期待するような眼差しで箱を開けてくれた。


「これって……!」


 そこに入っていたものにカティは目を見張った。


「本当は耳飾りとか贈りたかったんだけどさ」


 結婚した人や婚約してる人はお互いの色の宝石の入ったアクセサリーをしてたりするからどうかなって思ったんだけど、高かった。

 まぁ当たり前っちゃ当たり前だったんだけどさ。

 だけど何か渡したくて考えに考え抜いたのはリボンチョーカーだった。両端には金と茶のガラスのチャームが揺れるようになっている。

 カティは毎日リボンをつけかえてるけど、首元は何もつけてなかったからいいかなってね。


「これ……フェリクス君の色。ありがとう」


 先のガラスに触れたカティがそう微笑んでくれてほっとする。

 次は絶対に、もっといいものを贈りたいと密かに決心していると、カティもまた籠バッグを開けた。


「あのね、私も用意してきたの」


 言いながら取り出したのは、黒い革紐に控えめながらも木賊色のビーズの飾られたラリエットだった。


「鍛錬とかの邪魔になるかもしれないんだけど、その」


 おずおずと渡されたそれに目を輝かさないわけはなかった。

 だって、カティの色だよ?


「ありがとう!すっごく嬉しい」


 そうしてお互いに身につけて顔を見合わせる。

 なんだかくすぐったくて、でも幸せな気持ちで笑いあう。

 そうしてカティの両手をとって握りこむ。


「カティ。改めて言うね。騎士になったら結婚して下さい」


 あの時勢いで言ってしまった告白。だけどやっぱりやり直した方がいいよね、って思った。

 入団したらなかなかカティとも会う時間がなくなりそうだし、やり直すなら今日しかないって実は気合を入れていたのだ。


「騎士になるまで数年かかっちゃうと思うけど、必ず騎士になる。だから、それまで待っててほしい」


 しっかりと気持ちをこめて伝えれば、カティは再び目に涙をにじませた。


「私も、待ってる。何年かかったって待ってるから……っ、だから、お嫁さんにしてください」


 もう抱きしめないわけがないよね。

 ぎゅーっと力いっぱい抱きしめて頭に頬ずりして、それはもう離さないぞってくらいの勢いでカティとくっつく。


 きっと騎士になるまではすっごく厳しい思いもすると思う。

 だけど絶対に諦めない。どんなに辛くても、絶対やりきるんだ。


 初めはただ兄ちゃんのようになりたくて目指した騎士だった。

 だけど今は。

 この先のカティとの未来の為に、俺は騎士を目指すんだと心に決めたのだった。

読んでいただきありがとうございます。


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