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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【猛進】フェリクス
55/79

強くて優しい男の子

カティヤ視点となります。

楽しんでいただけると嬉しいです。

(※2018.11.30誤字訂正済み)

「ただいま。遅くなってごめんなさい」


「おかえりなさい」


 なんとか門限までに家にたどり着いた私は、息を切らせながら家へと入った。

 家の中はすでにいい匂いが広がっていて、籠バッグを部屋に置くとすぐに台所に立つお母さんの横に並んだ。


「遅くなるなんて珍しいわねぇ」


 のんびりとした口調のお母さんの手伝いに入りながら、私は頷いた。


「うん。ちょっといろいろとあって」


 今日はマリカとのお出かけの日だった。

 マリカは私の親友で、とっても自慢の女の子だ。ハキハキとした言動で男の子たちよりも頼りになって、困っている人を見ると文句を言いながらも絶対に手を貸してあげるような、そんな親友。


「あら、どうかしたの?」


 問いかけるお母さんの横でお皿の準備をしながら今日のことを思い出す。

 最初は可愛雑貨屋さんへ行ったりカフェに入ったりして楽しんでいて、その後もいろんなお店を見て回って、最近すごく人気のお菓子屋さんで買い物をした。

 人気すぎてなかなか買えないお菓子をなんとか手に入れた、その後のこと。


「ひったくりにあっちゃったの」


 背中からぶつかられて転んで。

 気づけば私の籠バッグは奪われてしまっていたのだ。


 お母さんは目を丸くして手を止めたものの、すぐに作業を再開させた。


「でもね、男の子が捕まえてくれて、荷物も全部無事だったのよ」


「あらあら、てっきりマリカちゃんが捕まえたのかと思ったわぁ」


 というお母さんの言葉につい笑ってしまう。

 マリカは騎士団入団試験に合格するだけあって正義感が強くて、おまけに気も強くって足も速い。

 前も泥棒を捕まえたことがあるし、むしろそれが当たり前な感じになってしまってるのよね。


「マリカも捕まえようとしてくれてたんだけどね。ひったくりの逃げる先にいた男の子の方が反応が早かったみたい」


 私がマリカに追いついた頃には、知らない男の子――フェリクス君がひったくりを捕まえていてびっくりした。

 マリカに聞いたらフェリクス君がひったくりとのすれ違いざまに捕らえてくれたのだとか。

 見ると腰に剣を挿していて、戦う男の人が怖くて苦手な私は剣を見てついお礼を言いつつもマリカの陰に隠れてしまったけど、フェリクス君はすごく優しくて話しやすい雰囲気の明るい人だった。

 その後、一緒にひったくりを兵士さんの詰所に連れて行ってくれた。


「それで遅かったのね」


「うん」


 詰所を出た後に改めてきちんとお礼を言って話をすると、フェリクス君は田舎から出てきたらしい。

 今日王都に着いたばかりって言ってたけど、ほぼ手ぶらの状態にマリカが尋ねて――そしてフェリクス君はびっくりするようなことをあっけらかんと言った。


『それがさー、王都に入った途端ぜーんぶ盗まれちゃってさ』


『うっそ、もしかして無一文なの!?』


 驚きに息を飲む中でマリカが聞けば最終的には何とかなるよという言葉が返ってきた。

 王都にはお兄さんがいるらしいけど、もしお兄さんに会えなかったらどうなることか。

 私は慌てて籠バッグの中を漁った。

 何かフェリクス君の役に立てるものはないかって。

 結局出てきたのはお菓子屋さんの焼き菓子だけだったけど、食べるものがないよりはと差し出した。

 フェリクス君はそんな私に逆に気を使ってくれたかのように受け取ってくれた。お菓子なんてほとんど食べたことがないから嬉しい、って。

 それに自分は荷物のほとんどを盗まれちゃってるのに、そんな中でひったくりを捕まえて見返りもなく「よかったね」なんて笑ってくれる姿に、すごく感動してしまった。


「格好よかったなぁ……」


 ひったくりを捕まえる時、すぐ近くで見ていたマリカもその手際にびっくりしたみたい。

 それでいて全然怖くないし、威張ったところもないし、むしろ謙虚で優しくて、そんな男の子は見たことがなかった。

 思わず手を止めてため息をつくと、お母さんの目が輝いた。


「まぁまぁ、素敵な子だったのね」


「うん」


 別れ際のフェリクス君の笑顔が頭から離れない。無事にお兄さんとは会えたかな。また、どこかで会えるといいな。

 そんなこんなでご飯の準備が終わった頃、家の戸口を叩く人がいた。


「どなたですか?」


 ドア越しに尋ねれば聞き覚えのある声がしてドアを開ける。

 そこには生真面目な男の人が立っていた。


「連絡に参りました」


 淡々とした口調のその人はお父さんが今日は帰ってこないことを連絡してくれた。

 お父さんは都の役人でこの時期は忙しくてよく泊まり込みになる。そうなると必ずこの人がその連絡に来てくれるのだ。


「わかりました。ご連絡ありがとうございます」


「ではこれで失礼します」


 忙しそうに男の人はすぐに踵を返した。きっと他のおうちにも同じような連絡をして回ってるのよね。

 私はその背を見送るとお母さんの元へと戻った。


「今日も泊まりだって?」


「うん。そろそろ着替えとかもなくなるよね。私、行ってくるよ」


 実はお父さんはもう三日も帰ってきていない。一日、二日の着替えはあらかじめ持って行っていたんだけど、それもなくなりそうよね。


「お願いできるかしら」


「もちろんよ」


 そうしてお母さんが着替えの準備をしている間に私も準備を始める。

 女の子の夜の一人歩きはすごく危険。本当ならしないんだけど私には心強い味方がいて、そのおかげでお父さんが帰ってこない夜の家も、日暮れからのお出かけも安心できる。

 普通よりも長めの二本のハーネスを手に庭へ出ると、すぐに全力で尻尾を振って駆け寄ってきた存在を順番に抱きしめる。

 真っ黒のつやつや毛並みのヨニと茶色のふさふさ毛並みのマヌ。

 二匹とも体が大きくて一見怖そうに見えるけど、とってもかわいくてお利口さんだ。


「お出かけ、一緒に来てくれる?」


 ひとしきり撫でたところで尋ねればそれぞれに一度だけ鳴いた。


「ありがとう」


 順番にハーネスをつけていると、お母さんが包みを手に庭に来た。


「マヌ、ヨニ、カティを頼んだわよ」


 お母さんも二匹を撫でたところで、荷物を受け取る。


「せっかくのご飯が余っちゃうわねぇ」


「仕方ないよ。明日リメイクして食べよう。――行ってきます」


「気をつけてね。行ってらっしゃい」


 そうしてご機嫌な二匹とともに家を出る。

 ヨニはとっても優しい。人の感情に敏感で、特に悪意にはすぐに反応するから、危険を察知しやすい。

 マヌはけっこうなやんちゃさん。勇猛果敢で悪漢がいれば警戒や威嚇をして追い払ってくれる。

 そんな二匹を連れていると、夜の散歩も安心。

 帰ったらいっぱいご褒美あげないと、と思いながら役所へと行けば、入り口に控える役人さんが荷物を受け取ってくれた。


「よし、帰ろっか」


 出発前に二匹の頭を撫でて、そうして帰路につく。

 日はかなり傾いていて、完全に沈むのもあとわずか。そんな空をぼんやりと眺めて今日を振り返る。

 マリカはいつものように元気で、ううん、あと一ヶ月もしないうちに騎士団へと入団することから、より一層元気だった。

 マリカの入団まであとちょっと。ずっと花冠の騎士を目指していたマリカが入団試験に合格した時は本当に嬉しそうだった。入団許可証を私に見せてくれた時も満面の笑みだったし。

 私の一番の親友。入団してしまってはなかなか会えなくなっちゃうかもしれないけど、応援している。

 がんばれ、マリカ。


 ふふ、と目を細めて微笑んでいると、ふとヨニの足が止まった。


「どうかしたの?」


 鼻をひくひくとさせて、どことなく元気がない。

 じっと見てみるとヨニの視線の先に気がついた。通りをほんの少し先に入ったところ、薄暗い小道の端に誰かが座りこんでいる。

 このあたりは酒場もないし、何より飲み始めるにはまだ少し早い時間。王都には浮浪者も少なくはないけど、ここは治安も悪くない区画で、なにより浮浪者にはマヌは全く反応しない。


「……大丈夫、かな」


 日没が近いこの時間、知らない人に声をかけるのは危険。

 自分から関わるようなことはしない。

 その方が、いいんだけど。


「ヨニ、マヌ。何かあったらお願いね」


 通常の長さになるように腕に巻いていたハーネスを外して、長くする。

 こうすると結構離れた位置まで二匹はいけるようになるから緊急時用にと長いものを使っている。

 一度二匹と顔を合わせて、それから深呼吸をすると私は小道へと足を踏み入れた。


 今日助けてくれたフェリクス君。

 あのフェリクス君の優しさに強く心を打たれたらしい私は、どうしてもその人を見て見ぬ振りができなかったのだ。

 それでも変な人だと怖いから、ちょっとだけ離れたところで足を止めて遠慮がちに声をかける。


「あの」


 だけどその人は全くの無反応だった。

 家の壁を背に膝を抱えて顔を埋めているだけで、どんな表情かもわからない。


 どうしよう。

 ちょっとだけ逡巡して二匹の様子を確認する。

 ヨニは心配そうな様子で、マヌは私の緊張を感じ取ってかちょっと警戒している。

 そんな二匹に大丈夫、私にはヨニとマヌがいる。と心を決めてその人の目の前にしゃがんだ。


 そこでふと気づく。

 金と茶の斑のような独特のその髪は今日見たものとよく似ていて。

 ――フェリクス君は、どんな服を着ていたっけ。


 思いだして思わず肩を掴む。


「あのっ」


 まさか。

 気持ちが逸ってつい揺らしてしまう。


「あの……フェリクス、君?」


 恐る恐る名前を呼ぶと、そこでようやくゆっくりと顔があげられた。

 見えた顔は――フェリクス君だった。

 だけどそこに浮かぶ表情は、さっき会ったものとは一転してまるで別人のようにも見えた。

 明らかに顔色が悪くて、生気がない。あの優しくて明るい雰囲気はどこにも見当たらない。


「あれ、こんな時間に女の子が一人でいるなんて危ないよ。どうしたの?」


 全く元気のない声で、だけど自分の事よりも人の事を心配する言葉に間違いなくフェリクス君だとほんの少し安堵の息をつく。


「私はヨニとマヌがいるから大丈夫。それよりも、こんなところでどうしたの?」


 こんなところで膝を抱えて座り込んでいるなんて何かがあったとしか言いようがない。

 しゃがんでいた膝を地面について心配そうに見つめると、フェリクス君は泣きそうな笑みを浮かべた。


「兄ちゃん、いなかったんだ」


 その一言に目を見開く。

 何もかもを盗まれたフェリクス君。だけど王都にはお兄さんがいるからって笑ってたのに。

 なのに、そのお兄さんはいなくて。


「兄ちゃんは騎士なんだって、ずっと聞いてたんだ。だから騎士団に行けば絶対に会えるって思ってて。だけど――兄ちゃん、騎士じゃなかったみたいで」


 あまりにも悲しげで、寂しげで、見ている私まで胸がしめつけられてしまう。

 騎士だと聞いていたお兄さんが騎士じゃなかった。

 きっとフェリクス君はそのお兄さんが大好きだったのね。なのに、いざ会いに行ってもいなくて。嘘をつかれていて。


「ずっと、兄ちゃんの背中を追い掛けてきたんだけどなぁ……」


 ぽつりと漏らされた言葉に、私は思わずフェリクス君を抱きしめた。

 寂しい時はぎゅってするのが一番。私もお母さんによくしてもらってた。ヨニとマヌには、私がしてあげる。だから同じように。


「……カティ?」


 ちょっと驚いて身じろぎするフェリクス君だったけど、抵抗はされなかった。

 しばらくそのまま抱きしめて、ぽんぽんと優しく背中を叩く。

 少しでも寂しさが埋まりますように。


「あの、ありがとう」


 やがてフェリクス君がそう口を開いて、私はそっと腕を下ろした。

 フェリクス君の声が少しだけ元気になったのがわかる。


「ちょっとだけ兄ちゃんのこと思いだしちゃった。よく俺が泣いてる時に抱きしめてくれてさ、泣きやむまでずっと一緒にいてくれたんだよね」


 そしてフェリクス君は「兄ちゃんよりもずっといい匂いで柔らかかったけど」とはにかんで、私は咄嗟に身を離した。

 男の子に抱きついちゃった!?


「――あの、これはそのっ」


 かーっと熱くなる顔を自覚しつつも言い訳を考えていると、フェリクス君は目を細めて笑った。


「うん、元気づけてくれたんだよね。ありがとう」


 私の気持ちが伝わってくれていて、心底ほっとする。

 だけどやっぱり相手の気持ちを優先させるフェリクス君に、ふと気づく。


「これから、どうするの?」


 お金があれば宿にも泊まれたかもしれない。

 お兄さんがいれば家に泊まれたかもしれない。

 だけどフェリクス君にはそれができなくて。


「うーん、どうしようかな。俺、兄ちゃんが騎士じゃなかったって聞いてカッとなって適当に走ってここまで来ちゃったんだけどね。けどまぁ……何とかするよ」


 苦笑しながら言うと、フェリクス君は立ち上がった。


「声かけてくれてありがとう。気をつけて帰ってね」


 その姿はどう見てもカラ元気で、あんなに落ち込んでいたのにすぐに元に戻るわけもなくて。

 何とかしてあげたいのに、いい言葉が出てこない。


「あーあ、かっこ悪いとこ見せちゃったな」


 なんて大通りに向けて踏み出すフェリクス君の背を見て唇を噛んだ。


 その時、わん、とヨニの声が響いた。


「うわ――でっっかい犬」


 その声にヨニとマヌの存在に気づいたらしいフェリクス君の声は、悲しさも寂しさも抜け落ちて驚きだけがあった。

 ヨニはお行儀よくお座りしてて、マヌも警戒心が消えているのがわかる。


「え、犬?これ犬だよね?いやでも、でかすぎない?」


 明らかに驚いている声音に少し吹きだしてしまう。

 それまでの雰囲気がごっそりどこかへと飛んでいったかのような。


「うちの子なの。黒い方がヨニで茶色の方がマヌ。ちょっと珍しいけど、犬だよ。私の護衛役なの」


「へぇー。下手すると人よりでかいよね。こんな犬いるんだ」


 と、フェリクス君は二匹の前にしゃがんで手の甲を差し出した。

 二匹はそれぞれにそのにおいをかいでいる。


「うん。身体も大きくて力も強いけど、お利口さんだから怖くないよ」


 見ている前で、二匹はフェリクス君が危険な人ではないと判断したのかゆっくりと尻尾を揺らした。


「なにこれ。一緒に寝たら絶対あったかいよね。気持ちよさそう」


 フェリクス君も全然怖がるそぶりはなくて、むしろ興味津々でヨニを撫で始めた。

 するとマヌがゆっくりと私の方に向かって来て、そして途中でくるりと回ってフェリクス君の背に前足を掛けた。


「こら、ダメよマヌ!」


 慣れてない人が寄り掛かられると押しつぶされて襲われているような感覚に陥ってしまう。

 だから普段は絶対させないし、しないんだけど――


「重っ、なんだよ。おまえも構ってほしかったの?」


 フェリクス君はふらつくこともなく振り返って、怯えるどころかマヌにも手を伸ばした。

 身体が大きいだけあってかなり重たいはずなのに全然平気なフェリクス君にマヌもちょっとご機嫌な様子だ。

 ヨニも構わずフェリクス君の顔を舐めはじめてるし、なんだろう。なんか、すごい人気。


「なに、こいつら人懐こすぎない?これでカティのこと守ってくれんの?」


「いつもは頼りになるんだけど」


 二匹ともどうしたんだろう、というくらいにフェリクス君に好意的でちょっとだけ戸惑ってしまう。

 だけど、ふとヨニと目があってなんとなく理解する。

 たぶん私がフェリクス君を引きとめたいって思ったから。

 そんな愛犬達の行動に勇気をもらって、私はひとつのことを決心した。


「あのね、フェリクス君」


「なに?」


 すっかり暗い気持ちが消えた声音のフェリクス君が振り返る。

 その、橙色の目をしっかりと見てぎゅっと手を握る。


「うちに来ない?」


 とてもじゃないけど、フェリクス君を一人にはしたくなかった。

 どうすれば元気になってくれるかは分からないけど、それでも何か力になりたい。


「え、でも」


「大丈夫。ひったくり捕まえてくれたお礼だよ。困った時はお互い様。ね?」


 力強く言えば、フェリクス君は少しだけ悩んで、そうして笑みを浮かべた。


「じゃあお願いしてもいいかな。実を言えば、ちょっとだけ寂しかった」


「――うんっ」


 よかった。

 思い切り頷くと、それに同意するかのようにマヌが鳴いた。

 しゃがんでいるフェリクス君に手を差し伸べて立ち上がらせると、するりとヨニが空いている手にすり寄ってきて、よしよしと撫でてあげる。

 ありがとう、と心の中で二匹にお礼を言って私はフェリクス君を家へと案内するのだった。


 + + +


 家に着いて事情を話すなり、喜んだお母さんがあれよあれよとフェリクス君の世話を焼きだした。

 男の子も欲しかったというお母さんはすっかり息子のように接して、余る予定だったお父さん分の夕食をたんまりとご馳走した。

 フェリクス君は熱烈な歓迎にちょっと目を白黒させてたけど、戸惑いながらもされるがままになっていた。

 時々物珍しそうに家の中を見ていたけど、なんかちょっと感心しているようにも見えた。

 少しは落ち着いたかな?

 早く、元気になってくれるといいな。


 いつのまにソファで眠ってしまったフェリクス君の寝顔を見て、私はその大きな手を握ってフェリクス君の幸せを願うのだった。


 そんな翌朝。

 いつもより少し早めの時間に起きた私はすぐに着替えをすませて居間へと向かった。

 フェリクス君をわざわざ起こすのも、ということでタオルケットをかけていたんだけど、風邪とかひいてないかな?


「ほんっと、あったかいなー。マヌだっけおまえ。馬みたいに乗れそうだよな」


 居間の手前でフェリクス君の声がして、その声がゆったりとしたものだったから自然と頰が緩んだ。

 ちょっとは元気出てくれたかな。


「おはよう」


 微笑みながら居間に顔を出すと、そこには床に座ったままマヌと戯れているフェリクス君がいた。


「あっ、おはよう」


 その顔は初めて会った時と同じ明るいものでほっとする。


「寒くなかった?」


「うん。なんかこいつらが添い寝してくれてたみたいでさ。あったかくて気持ちよかったよ」


 とフェリクス君がマヌの頭を撫でた。

 それから小さく声を上げて、いそいそと立ち上がった。

 ふとその横にきれいにたたまれたタオルケットを見つけて、律儀なんだなぁと思う。


「あのねカティ」


「うん?」


 タオルケットに気を取られていると、フェリクス君が私の前までやってきてゆっくりと頭を下げた。


「家に泊めてくれてありがとう」


 改まってそう言われて、つい瞬きをする。


「俺、結構凹んでてさ。たぶん、今までで一番落ち込んでたんじゃないかな。けどカティが家に連れてきてくれてさ。美味しいご飯食べさせてくれて、服まで借りちゃて。おかげで結構元気になれたよ。ありがとう」


 そうして顔を上げたフェリクス君はちょっとだけ照れくさそうな顔をしていた。

 すごく真っ直ぐな瞳に鼓動が跳ねた。


「う、ううん。助けてもらったんだし、これくらいのこと。お母さんも喜んでたし」


 なんだか落ち着かない気持ちになって手と首を振る。

 胸が騒ぐ。昨日からずっと、フェリクス君のことで頭がいっぱいで。

 きっと私はフェリクス君が好き、なんだと思う。

 こんな気持ちは初めてだけど、きっと、これが恋なのかもしれない。

 私は胸の前で手を握って、微笑んだ。


「おはよう、二人とも起きてたのね」


 と、お母さんが居間へとやってきてフェリクス君は私の時と同じようにお母さんにも頭を下げた。


「おはようございます。泊めてもらってありがとうございます!」


「いいのよ。あまりそうだったご飯を食べてもらって、こっちも助かったわ」


 お母さんは本当にフェリクス君のことが気に入ったみたいで、いつもよりもにこにことしていた。


「あの、何か手伝えることありませんか?基本的になんでもできるんで、お金はないけど、労働でお返しさせてください」


「まぁまぁ、本当にいい子ねぇ。うちに泊めたのはカティを助けてくれたお礼なんだから気にしないで?」


 エプロンをつけながら、お母さんはそう微笑んだ。


「そんな、泊めて貰ってご飯までご馳走になるほどのことはしてませんし」


「フェリクス君は今後のことを考えないといけないでしょう?だからいいのよ」


 というお母さんにはっとする。

 お兄さんがいなかった。持ち物も盗まれてしまったでは、これからどうなるのかなんてわからなかった。

 日雇いの仕事もあるかもしれないけど、それでは安定しないし、泊まる場所も無いどころか飲まず食わずで道端に倒れてるなんて事も否定はできないわけで。

 昨日は気づかなかったけど、フェリクス君は相当大変なのよね。これからどうなっちゃうのかと思うと、自然と気分が暗く重くのしかかってきた。


「これからどうするの?」


 というお母さんの質問に、私はぎゅっと手を握り締めた。

 フェリクス君には辛い思いをして欲しくない。

 だけどフェリクス君はあくまでも声が明るかった。


「出来れば荷物を取り返したいです。あと数日は探してみようと思います」


「生活はどうするの?」


「あては外れた部分もありますけど、三日後には騎士団の寮に入れるので。そこから騎士団に事情を説明して入団式まで日雇いで働いて最低限度のお金を確保すれば、と思うんですが……甘いですかね?」


 うーん、と腕を組んで首をひねるフェリクス君だけど、その言葉に私は目を見開いた。


「フェリクス君、ひょっとして騎士団に入るの?」


 もしも騎士見習いだったら、寮があってご飯も出るってマリカが言っていた。

 教育に必要なものは支給されるし、用意するのは衣類くらいのもので、休日に遊びに出たりしない限りはお金はほとんど使わないって。

 それなら。


「そうだよ。あとちょっとで見習い騎士になるんだ」


 フェリクス君はそう言ってポケットから騎士団の入団許可証を取り出した。

 見せて貰ったそれはフェリクス君の名前が書かれていて、最後には騎士団副団長の署名もされていた。

 マリカが持ってきたのと同じものだ。


 つまりフェリクス君はこの後もちゃんと生活ができて。

 退団さえしなければ安定した生活を送れて。


「――そっか。よかった」


 安堵の息をついて、体の力を抜く。

 それならフェリクス君はきっと大丈夫。


「あらあら、騎士の卵だったのね。そう、それなら安心ね」


「すみません、心配をおかけして」


「いいのよ。それじゃああれね。カティ」


 と、お母さんが私に振り返った。

 いきなり話を振られた私が顔を上げれば、お母さんは片目を閉じてみせた。


「マリカちゃんのところに連れて行ってあげなさいな。きっとマリカちゃんならいろんなところに顔が効くから、うまくいけば荷物の情報が引き出せるかもしれないし」


「えっ」


 驚くフェリクス君に私は大きく頷いた。


「マリカも今年騎士団に入るの」


「マリカって昨日の子だよね?」


「うん」


 するとフェリクス君は少しずつ嬉しそうな表情になっていった。


「そっかぁ。じゃあ早速見習い仲間ができたってことだね。王都に知り合いなんていないから嬉しいよ」


 へへ、と笑うフェリクス君に私も微笑み返す。


「きっとマリカなら力になってくれるよ」


「うん。ありがとう」


 こうして、私は朝食の後フェリクス君をマリカの家へと案内することになるのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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