兄ちゃんを追って
騎士見習いフェリクス編になります。
楽しんでいただけたらと思います。
(※2018.11.30カティヤの名前をカティに変更し、誤字訂正しています)
おれには憧れの兄ちゃんがいる。
強くて、格好よくて、優しい兄ちゃん。
キラキラした髪と目と無表情さが初めはすっごく怖かった。けど孤児院の誰よりも強くて、そして無表情の奥にある優しい温もりを見つけてからはとびっきり大好きな兄ちゃんになった。
三歳で孤児院へやってきた俺が夜怖くて寝られない時も、父ちゃんも母ちゃんもいなくて寂しい時も、おしっこ漏らしちゃった時も、友達と喧嘩して大泣きした時も、いつでも最後まで俺のことを見ていてくれたのはレーヴィ兄ちゃんだった。
そんな兄ちゃんが目指し、そして成し遂げた騎士。
紺色の騎士服を着た兄ちゃんを見た時、俺はあまりの兄ちゃんの格好よさに見惚れて心に誓った。
――俺も、兄ちゃんみたいな騎士になる。
年下の子の面倒をよくみて、兄ちゃんが十歳で剣の稽古を始めたと聞いたら、俺も十歳で始めるんだと親父に稽古をせがんだ。
勉強は苦手だったけど、親父とおっちゃんの扱きに耐えて鍛え抜いた俺はやがて入団試験に合格して、旅立ちの日を今か今かと待ち望んでいる。
そう。今も。
合格通知をもらって、入団や生活に必要な準備を済ませて。
あと一ヶ月。十日。一週間。一日……
そして――
カチリと時計の針が十二を過ぎたのを確認して、俺は布団から跳ね起きた。
「ついに来た!旅立ちだ!」
正式な入団は一ヶ月後だけど、騎士見習い寮への受け入れは一週間後から始まるのだ。
俺は寝ていた仲間達が目を擦る中、準備万端に揃えていた鞄をひっ捕まえて駆け出した。
「みんな、いままでありがと!元気でねー!」
大声でみんなに聞こえるように叫び、廊下を過ぎる。
すでに騎士団に入るのが、兄ちゃんに会えるのが嬉しすぎてわくわくが止まらない。
「バッカ野郎!お前にゃまだ出立は早い!戻れリク!」
と、一階の奥から親父の怒声が響いたけど、気にしない。
今の俺を止めることなんて誰もできやしない。
「まだ大事な話もしてねぇのに、おい!戻って来い!リク!リクーーっ!!」
親父の声を背に俺は玄関を飛び出した。
大きい声出しすぎて親父が噎せてるけど、おっちゃんが宥めてる声も聞こえてきたし大丈夫。
「よっしゃぁ!向かうは王都!」
ここから王都まではちょうど一週間かかるって聞いてる。だから受け入れ開始初日にちょうど入寮できるって寸法だ。
親父はあと二週間ほど後にある騎士さん引率での王都行きで向かえって言ってたけど、そんなの待ちきれないもんね。
王都への道のりはしっかりと頭に叩き込んでいるし、非常食も積んである。
ぬかりはない。
「ひゃっほー!」
高揚した気分のままに全速力で街を突き抜ける。
期待に満ちた未来に力も体力も漲っていた。
「絶対兄ちゃんみたいになってやるぞー!」
気合十分、真夜中に吠えた俺はこうして孤児院を飛び出したのだった。
+ + +
初めて訪れる王都は、その入り口の門ですでに人だかりを見せていた。
王都に入る前に手続きが必要らしいことは合格通知と一緒に入っていた入団までの流れに書いてあったから、その為に並んでいる人達なんだと予想する。
「すみません、入門手続きに並んでるんですか?」
並んでいた人に声をかければ気のいいおじちゃんが振り返って笑顔を見せてくれた。
「ああ。そうだよ。いまんところオレが最後尾だから、後ろに並んどきな」
「ありがとうございます!」
お礼を言って列に加われば、少しずつ列は進んでいるようだった。
「随分若いけど、どっから来たんだ?」
「えーっと、星の都のもうちょっと西の方から来ました」
名前を言っても多分わかんないくらい辺境だろうし、と一番近くの有名な街の名前を言えばおじちゃんは目を剥いたようだった。
「そんなとこから来たのか!すげぇな。何しに来たんだ?知り合いでもいるのか」
身を乗り出すほど驚いたらしく、俺は懐から入門手続きに必要な身分証を取り出して見せた。
「俺、騎士団に入るんだ!」
広げたそれは俺――フェリクス・ハルマの名前と騎士団の印章がしっかりとつけられた入団許可証である。
「なんだ兄ちゃん騎士の卵か!そりゃ一人でもここまで来れるよな。がんばれよ!」
「ありがとう」
ばんばんと背を叩くおじちゃんはそれから手続きを済ませるまでの間、いろんなことを教えてくれた。
なにせ王都は全くの未知の世界。いろいろと知っておいた方がいいとおじちゃんが気前よく説明してくれたのだ。
ちょっと入り組んでる所にあるけど安くていい宿、同じく裏通りだけど安くて美味しい食堂を入念に教えてくれたのはちょっと不思議だったけど宿はともかく美味しい店は大事。しっかりと頭に叩き込んだところで手続きの順番がやってきた。
担当してくれた兵士さんは三角耳の獣人さんで、尻尾もふっさふさだった。その他はぱっと見た感じ人と変わりなさそうだけど、きっと細かい部分で違いがあるのかな。
初めて見る獣人に感心しながら許可証を渡すと、獣人さんはにかっと笑った。
「騎士見習いか。裏通りへ行くと迷子になるから、大通りに面した宿がお勧めだ。変に入り組んだところへ行くと迷子になったり、荷物を盗まれたりもするから気をつけるんだぞ」
この獣人さんもなぜか宿の案内をしてくれた。
おじちゃんは裏通りの店を教えてくれたけど、きっと安全な店だろうし大丈夫だよね。
「それと、許可証は肌身離さず持ち歩くこと。この場でしまい込んだ方がいいぞ」
「あ、はい」
言われてその場で上着の内ポケットにしっかりと収めると、獣人さんは確認して頷いた。
「あの、騎士団へはどう行ったらいいですか?」
真っ先に寮に入ろうと思って尋ねたところで後ろから非難の声が上がった。
「おい、早くしてくれよ」
「あ、すみませんどうぞ」
そうだよね、待ってる人はたくさんいる。獣人さんにお礼を告げると俺は王都の中へと足を踏み入れた。
誰かつかまえて道を聞こうと思って進むと、一足先に手続きを終えた筈のおじちゃんが小道の脇から手招きしていた。
どうやら待っていてくれたらしい。
招かれるままに小道にはいると、おじちゃんは一本のペンを差し出してきた。
「これ、兄ちゃんにやるよ」
それはどこからどうみても携帯用のペンだった。
「え、これ……いいの!?」
雑貨屋さんで遠目から眺めるだけだった、孤児院ではまだまだ手に入ることのない高級品だ。
「おう。未来の騎士サマにプレゼントだよ」
おじちゃんはにやりと笑った。
「見習いになっても騎士までたどり着く人はごく僅かだ。けど兄ちゃんはたぶん辿りつける。短い間だったけど話した感覚でなんとなくわかる。だから――騎士になったらうちの雑貨を買いに来てくれ」
今から売り込みだ、なんて言って。
「おじちゃんありがとう!宝物にする!」
俺は鞄を足元に置くと両手でペンを受け取った。
「大げさだなぁ、おい。ところで、騎士団本部の行き方わかるか?」
「ううん、誰かに聞こうと思ってたところ」
「おーし、俺がわかりやすい道を教えてやろう」
そうしておじさんは身振り手振りを交えて順に道を教えてくれた。時にここからでも見える高い建物の目印なんかも指さしてくれたりして、最後にはペンで騎士団までの道を紙に書いてもらった。
すごい、王都の人って優しい。騎士になったら絶対おじちゃんの雑貨屋さんに行こう。
「――よしっ」
おじちゃんの背中を見送りながら、足元に置いていた鞄に手を伸ばし――あれっ?
そこにあるはずの鞄がなかった。
空を切る手を見つめて、それから足元に視線を落とす。
だけどそこには地面があるだけで何にもない。
「……え?」
おじちゃんからもらったペンと、腰に挿した長剣と、手続きに必要だった入団許可証を懐に収めただけの俺はただぽつりと立っていた。
+ + +
「さーっそく騙されたか」
「うぅ……」
一時間後、僕は兵士さんの詰所で突っ伏していた。
目の前ではさっき手続きしてくれた獣人さんが苦笑している。
「ま、王都はいろんな奴がいるから気をつけるんだな」
どうやらさっきのおじちゃんは盗人だったらしい。俺が喜んで騎士団への道を聞いている間に仲間が荷物を盗んだんじゃないかってことだった。
なんて気前のいいおじちゃんなんだって感動したのに。
何かをもらうには対価が必要だって孤児院では教えてもらっていた。だからただで携帯ペンを貰えることに本当に震えるくらいに感動したんだけど、まさか対価が自分の荷物だったとは。
「でも許可証が手元にあったのはなによりだ。それさえあれば騎士団には入れるからな」
ちなみに聞くところによると入団許可証を盗み、それを使ってなり済まして子供を入団させる人もいるらしい。もちろんそのほとんどはすぐにばれるし、そうじゃなくても途中で挫折してしまうらしいから、不当に入っても騎士になれる人はいない。その点は安心といえば安心らしいんだけど、本物の騎士見習いは許可証を失くした時点で許可が取り下げになるから一大事である。
危うく騎士見習いにすらなれなかった可能性を考えると、荷物だけで助かったと言うべきかもしれない。
「うん、そうだよね。許可証が残ってただけでもよかったよね。しまっておけって言ってくれてありがとう」
すぐにしまっておけと言ってくれた目前の獣人さんには本当に感謝しかない。
自分に言い聞かせるように声に出して言うと、獣人さんは多いに頷いた。
「ところで、王都に知り合いはいるのか?」
「うん。兄ちゃんが騎士なんだ」
「そりゃよかった。事情を話せばある程度騎士団でも援助はしてくれんだろうが、知り合いほど心強いもんはねえしな」
そういって獣人さんはごそごそと自分のポケットを漁った。
「これやるよ。昼飯代ぐらいにはなんだろ」
「えっ、でも」
「気にすんなって。軍の中にゃ騎士を敵視する奴もいるが、門番よろしくこのあたりに詰めてる兵はみんな騎士の味方だよ。あの人ら、本当にいい人だもんな。なに、出世したら飯でも奢ってくれりゃいいさ」
なんて不器用に片目をつぶって見せる獣人さんに、つい涙が浮かんでくる。
だって騎士になるには何年もかかるんだよ?それなのにそれでいいなんて。
あ、でも。
さっき高い授業料を払って学んだ事に、思わずじーっと獣人さんを見つめる。
騎士になったら雑貨屋に来てくれって言ったおじちゃんと、内容がそう変わらない。
「おいおい、勘弁してくれよ。仲間相手に騙そうなんざ思わねぇからよ」
俺の視線の意味をすぐに理解した獣人さんは心外だとばかりに息をついた。
確かにそうなんだけどさ。けど、仲間ってなんだろ?
「とにかく持っとけって。オレももう休憩上がりだから最後に騎士団までの道教えてやる」
背中を押されて詰所の外に出ると、獣人さんはたったの三言くらいで終わる騎士団までの道のりを教えてくれた。
み、道順も嘘だったのか……!
「強く生きろよー」
愕然とする俺に獣人さんが手を振って、俺はいよいよ王都の中へ歩み進めることになった。
この道は大通りで、そのまま進めばメインの市場になっているらしい。その市場の終わりに騎士の詰所があってそこを東に曲がって大きな図書館を南に曲がる。そこからまーっすぐ、ひたすら真っ直ぐに進むと広大とも言える騎士団本部にたどり着く、と。
よし、と意気込み進んでいくと、人通りも多くなって、どんどん賑やかさが増していった。
たくさんの人が溢れ返ってごった返して、孤児院のある街じゃとてもじゃないけど想像がつかないくらいの人や物に目を奪われる。
こんな色とりどりの布、見たことない。
あの肉すっごい美味しそう!
あっちはおもちゃ屋さんかな。
どれもこれもに目を輝かせている最中、ふと悲鳴のようなものが聞こえて立ち止まる。
きょろきょろと見回せばなにやらすごい形相で走ってくる男の人がいた。
「ひったくり!誰か捕まえて!」
という女の子の声と、男の人の手にした可愛らしいレース飾りのついた編み籠にすぐに察する。
「どけ!」
まわりの人は驚き、その男の人の勢いとすぐ後ろに続く猛スピードの女の子に知らず道を開けてしまっていた。
気づけば二人の先には俺がいるだけである。
不思議とゆっくりにも見える周りの状況に、俺は瞬きをした。
ええと、とりあえずやるべきことは――
男の人とすれ違いざまに足を払い、腕を捻り上げてしっかりと地面に固定。
途中で宙を舞った編み上げ籠は開いている片手で地面に落ちる前に受け取る。
「ダメですよ、悪いことは」
「くっそ……」
呻く男の人は、だけど捻りあげられた腕が痛いらしくてもがくだけだった。
「えっと」
追っていた女の子がすぐさま辿り着いて、なぜか俺を見て困惑した。
「これ、君の?」
そんな女の子に編み籠を差し出すと、女の子は戸惑いながらも受け取った。
「友達の。ありがとう」
「どういたしまして」
へへっと笑うと女の子はちょっと安心したように息をついた。
「さっきの凄かったわね。一瞬で取り押さえちゃうなんて思いもしなかったから驚いたわ」
「んー、まぁね。体術と剣術は俺の得意分野だから。それより君もすごい足早いね」
全力疾走する男の人に追随する形で走っていたけど、多分俺が捕まえなかったらきっと追いついてたよね。早すぎて膝上のスカートが翻ってた気がする。
「そりゃあそうよ。鍛えてるんだから」
丸くて大きくて、ややつり気味の猫のような目と淡いピンク色の肩までの髪がすごく印象的な子だった。
そんな女の子がふと身を屈めて、俺が捻り上げていた男の人の腕を受け継ぐ形で引っ張り上げた。
「兵士さんに突き出してやるわ。来なさい!」
おお、見た目だけでなく性格も気が強そう。
孤児院のあった街ではあんまりいないタイプである。
と、男の人の悲鳴が聞こえてはっとする。
「待った!それ以上やると折れるかも」
「え、そうなの?」
途端にぱっと女の子が手を放し、男の人がよろめいた。
「うんそう。前にそれで友達の腕折った」
あの時はおっちゃんに「この馬鹿力が!」としばき倒され、親父に簀巻きにされて一晩裏庭の木にぶら下げられた。
力加減や方向を間違ったら本当に危険。
なんて思いだしてると男の人が大きく足を踏み出した。
「だからダメだってば。ちゃんと悪いことしたら罰されないと」
その襟首を掴んで引き寄せれば今度は男の人は地面へとひっくり返った。
くぐもった声が上がったけど、頭は打たないように調整してあるから大丈夫。
「……本当に上手いわね」
目を丸くする女の子に「まぁねー」と返事をしながら男の人を転がして両手を後ろにまわしてがっちりと掴んで立たせる。
と、そこで一人の女の子が息を切らせてやってきた。
「ま、マリカ」
その子は膝に手を置いて下を向いて、息を整えているようだった。
籠を盗まれたという友達かな?
「ごめんね、飛び出して」
「ううん、あり、がと」
しばらくは息も整いそうになさそうだけど、大丈夫かな。
ちょっと心配してみていると、気の強そうな女の子、マリカ?が俺を示した。
「この人が捕まえてくれたのよ」
「えっ」
意外だったのか、もう一人の子が驚いて顔を上げた。
――瞬間、俺は胸が貫かれるような衝撃を覚えた。
意味がわからず身動きできずにいると、衝撃は全身をびりびりと震わせるものへと変化して、総毛立っていった。
何が、起こった?
目を大きく見開いて、ただ目の前の女の子を見つめる。
枯茶色の髪はレースのリボンで編み上げられていて、木賊色の目は深みがあって大きい。
「あ、あの、ありがとう……ございます」
瞬きも忘れて見つめていると、女の子は一瞬俺の腰元へと視線を落として小さくお礼の言葉を口にしたものの、マリカの後ろに隠れるように下がった。
あんまりにも見つめちゃって不審がらせちゃったかな?
はっとして軽く首を振ると、俺はにっこりと笑顔を浮かべて見せた。
「どういたしまして。荷物、取られなくて良かったね」
すると女の子はなにか小さく驚いて、それから小さく何度も頷いた。
そんな女の子の息はそれでもまだ辛そうで、なんとなしに申し出る。
「えっと、兵士さんのとこまで連れてこっか?」
女の子を支えてあげないと辛そうだけど、その上でひったくりも連れてとなると大変だよね。
すると女の子よりもマリカの方が先に反応した。
「そうして貰えるとすごく助かるわ」
「りょーかいっ」
そうして俺はマリカ先導の元、街中の兵士さんの詰所まで男の人を連れていく。
道中で名前を告げると、二人も教えてくれた。一人はマリカで、もう一人はカティって言うらしい。
気の強そうなマリカと、どことなく引っ込み思案っぽいカティはどうやら幼馴染らしい。
案内してもらって詰所へと男の人を引き渡して、一息つく。
「それにしても、王都は悪い人いっぱいいるんだね」
まだ数時間も経ってないのに、盗人に二人も出くわすなんて。
「貴方、王都の人じゃないの?」
「うん。さっき着いたばっかりだよ。田舎から出てきたから人や物の多さにびっくりだよ」
「それにしては随分と軽装だけど」
ちらりとマリカが俺を一瞥した。
「それがさー、王都に入った途端荷物盗まれちゃってさ」
「うっそ。もしかして無一文なの!?」
マリカが愕然として見つめてきた。カティもびっくりして口に手を当てて目を大きくさせている。
「入門手続きしてくれた兵士さんがちょこっとお金くれたから完全にじゃないけどね」
「っていうかなんでそんなのんびりしてんのよ。貴方のその様子、とてもじゃないけど盗まれた被害者には見えないわよ。普通もっと暗くて落ち込んでるもんでしょうが」
「何とかなるよ」
もう騎士団の見習い寮で寝泊まりできるはずだし、食事も無料で提供してもらえるって聞いてる。生きていけないことはない。それに、
「王都には兄ちゃんもいるしね」
「それにしたって能天気すぎるでしょう。だってのに飄々と別の盗人捕まえるなんて……あたし達はおかげで助かったけど、全く」
なんてマリカはぶつぶつと文句を言っていると、その傍でカティが籠の中から何かを取り出した。
「あの、これ」
自分から話しかけることのなかったカティが差し出してきたのは、甘い匂いのする包みだった。
「なに、これ」
「お菓子です。その……男の人には、苦手なもの、かもしれないけど。何も、ないよりは」
マリカを挟んでちらちらと俺の様子を見る姿はおっかなびっくりって感じだったけど、でも心配してくれているのはよくわかった。
これを突きかえすなんてあり得ないよね。
「ありがとう、カティ」
受け取って笑顔を見せると、ほっとした顔をして、それからカティも微笑んだ。
うわ、めっちゃ可愛いんだけどカティ。
思わず見惚れてると、マリカも自分の鞄を漁って同じような包みをくれた。
「ほら、これもあげるわ」
「うわぁ、ありがとう。俺菓子なんてほとんど食べたことないから嬉しいや」
二つの包みを手に言うと、マリカは頭を振った。
「食べ物を確保したって喜ぶとこでしょうに、お菓子が嬉しいなんてほんっと危機感ないのね」
「えっそうかな。さっきも言ったけど、兄ちゃんがいるし」
「そのお兄さんの家までちゃんと行ける?」
と聞かれて首を振る。住所は知らないんだよね。
でも、騎士団に行けば。
「貴方ちょっと――」
マリカが眉根を寄せたその時、どこからか鐘の音が聞こえてきた。
「まずい。もうこんな時間。帰らなきゃ」
夕方の鐘の音なんだろう。事情聴取もされたし、結構時間も経ってたもんね。
「本当にありがとう!助かったわ!帰るわよカティ」
「う、うん……あの、ありがとうございましたっ」
「俺の方こそお菓子ありがとね」
急ぐマリカと引き摺られるようにして去るカティに手を振り、空を見上げる。
そろそろ本気で騎士団に向かわなきゃね。
そこで寮に入って、兄ちゃんに会わせてもらうか言伝を頼もう。
兄ちゃん元気にしてるかな。
姉ちゃんも一緒に暮らしてるはずだし、教育が始まる前に会いに行こう。
手紙はよく来るけど、もう五年は会ってないし楽しみだなぁ。
なんて浮き浮きしていると、あっという間に騎士団へと到着した。
大きな門構えの入口があって、そこに騎士さんと準騎士さんが立っている。
「すみません。今年入団のフェリクスって言います。これからよろしくお願いします!」
真っ直ぐに向かって言って礼をすると、二人は笑顔を浮かべてくれた。
「よろしく。今日はどんな用かな?」
「えっ?」
どんな用って。
寮に入って生活を始めるんじゃ。
「……寮に入れてもらえるんじゃ」
ごそごそと懐から許可証を取り出すと、準騎士さんが受け取ってそれを見て、騎士さんに手渡した。
騎士さんが頷いたところを見ると確認が取れたってことなんだろうけど、その視線はなんだか考えているようなものだった。
「確かにこれは許可証だけど、入寮は三日後からだよ」
「え……?」
なんで?
だって一週間で着くからってちょうど一週間前に出てきたのに。
ん?そういえば俺、一週間も旅したっけ。
………………。
「あっ、そっか!俺、そんなに休憩しなかったから、もっと早くに着いちゃったのか」
一週間っていうのは普通の人が無理なく街道を歩きで進んで街に泊まっての行程だったもんね。
対して俺は疲れもあんまり感じない体質のせいか、休みもそんなにとらなかった。
そっかそっか。そうだよね、孤児院でてから四日しかまだ経ってないか。
と大いに納得して、ふと気づく。
「ってことは――泊まれない……?」
「そうなるね。今は本部内の騎士や準騎士の異動もあって新人たちを受け入れることはできないんだ。申し訳ないけれど、あと三日間は宿に泊まってもらうことになる」
何とも言えない表情の騎士にうーんと考える。
だから門番さんも盗人のおじちゃんも宿の場所を教えてくれてたのか。
けど俺がもっているのは兵士さんからもらった小銭だけで、それじゃあ一泊すらできない。
盗まれさえしなければ何とかいけたかもしれないけど、今現在小銭と剣とお菓子と許可証、そして曰くつきの携帯用ペンしか持っていない。
「あのぅ……兄ちゃんに取り次いでもらうことってできますか?」
上目遣いに見上げると二人は顔を見合わせた。
+ + +
「荷物を盗まれた?」
入口の騎士に案内されてやってきたのは、管理部というところだった。
そこにいた準騎士さんは話を聞いて驚いていた。
「はい」
「それは大変だったね。被害届は出した?」
「入門の兵士さんにやってもらいました。……荷物が戻ってくる可能性はほとんどないと思ってくれと言われましたけど」
「確かに戻ってくることはまずないって聞くね」
そうしてあったかいお茶を出してくれた。
「それで宿には泊まれないってことだったのか」
「はい」
「その為にお兄さんに取り次ぎたいと。お兄さんのいる住所はわかる?案内を手配しよう」
そう言われて付け足す。
「住んでる場所は分からないんですが、兄ちゃんは騎士なんです」
すると準騎士さんは合点がいったように頷いた。
「なるほど、それで。お兄さんの名前は?」
「レーヴィです。同じ孤児院出身で血は繋がってないんですけど、家名は確か――エクロースだったと」
昔、兄ちゃんが旅立ちの時に俺にくれた物があった。
それは孤児院のものじゃなくって兄ちゃんが孤児院に行く前の私物で、そこに書かれていた名前がエクロースだった。ちょっと掠れていたからもしかしたら違うかもだけど。
だけど準騎士さんはうーんと考えるような素振りを見せた。
「レーヴィという騎士はいるけど、エクロースはいないような」
「家名はちょっと怪しいけど、レーヴィは間違いないです。護衛部って聞いてます。ちょうど十年前に入団してて」
「護衛部は護衛部だね、確かに」
準騎士さんは顎に手を掛けて考えている。
ちらりと壁に掛けられた時計を見て、そしてひとつ頷いた。
「間に合うかな。本人に確認してくるから待ってて」
そうして準騎士さんは立ち上がった。
ぱたんとドアが閉じられて再会を楽しみにソファに座って待つ。
早く兄ちゃんに会いたいな。入団したって聞いたら喜んでくれるかな。
姉ちゃんも元気かな。子供いるんだったよね、確か。どんな子かな。兄ちゃんに似てかっこいいのかな。
待ち遠しくしているのに、だけど準騎士さんはしばらくの間戻っては来なかった。
待っている間に完全に日が暮れて、だんどんと俺は嬉しい気持ちが萎んでいった。
兄ちゃんは確かに騎士だ。着て見せてくれた紺色に金の房飾りのついた制服は門番だった人とは変わらない。
なのに……なんでだろう。荷物が盗まれても、お金がなくても何とかなるって思ってたけど、ここにきて、よくわからないけどなんだか不安を感じてきた。
兄ちゃんがいるから大丈夫って思ってたけど――
「お待たせしてごめんね」
やがて戻ってきた準騎士さんは少しだけ息が乱れていて、走ってきたんだとわかった。
「家名は違うんだけど念のため任務前に間にあったから本人に確認してきたんだけど、その」
ちょっと言いにくそうな表情。
まさか。
「君のことは知らないって」
思わず目を見開いた。
「十年前って言っていたから、その前後も含めて入団記録を確認したんだけど――」
そこには確かに兄ちゃんの名前が、レーヴィ・エクロースの名前は載っていなかった。
「じゃ、じゃあ兄ちゃんは……」
「……残念だけど、騎士団にはいないことになる。王都に居ればいいけど、探しだすのは難しいだろうね」
そう言われて、目の前が真っ暗になる。
「うそだ。だって、騎士服見せてくれて」
「うん」
「毎月毎月、孤児院に寄付だってしてくれて」
「うん」
「強くて、優しくて、格好いい兄ちゃんなのに」
「……うん」
「そんなっ」
愕然とした。
「家名。家名を間違って覚えてるかもしれない。他に似た家名の騎士はいないんですか?」
「レーヴィという名の騎士は今一人しかいないんだ。――名前は間違いないんだよね?」
名前は間違いようもない。けどその一人から心当たりがないと言われたということは。
「そんな……」
兄ちゃんみたいになるんだってずっと夢見てた。
長年兄ちゃんを追って、ようやく入団できるって思ったのに――兄ちゃんが騎士じゃなかっただなんて。
「三日後まではやっぱり入寮はできないみたいでね。何かしらの助力はできると思うんだけど、これ以上は僕では判断し――っておい、フェリクス君!?」
何か言われているけど頭に入らない。
ふらりと立ちあがってドアへと向かう。
「お疲れさま、長く留守番させてしまってごめんね」
目の前でちょうどドアが開いて、一人の騎士さんが入ってきた。
その開いたドアから身を滑らせて、そして駆け出した。
「フェリクス君!」
「え、どうしたの?」
背後で聞こえる声も、通り過ぎる騎士さん達にも目もくれず、俺はただ走った。
「っうそだ!」
唇を噛んで、ただがむしゃらに、騎士団を飛び出した。
読んでいただきありがとうございます。




