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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【強引】クラウス
49/79

勝負1

 ご無沙汰しています。

 俺様副団長クラウスと女傭兵『赤い野薔薇』編になります。

 冒頭クラウス視点、以降ロッタ視点になります。

 楽しんでいただけると嬉しいです。


 ※誤字訂正しました。

 担当している地域でどうやら徒党を組んだ山賊が現れるようになった。

 早速調査をするべく森に立ち入ったところ、いとも簡単に根城とされる小屋を見つけた。

 小屋の近くには天幕も張られており、情報と合わせてみれば賊の人数がやたらと少ないことに気づき訝しんだ。

 そうして気配を消して小屋に近づけば――室内ではなぜか戦闘が繰り広げられていた。


 縄で縛られた身なりの良さそうな男とその近くでナイフ片手におどおどした男。

 そしてそれらを背後に奮闘する赤髪の女。


 明らかに仲間割れではないことが窺えて思案していると――やがて己の剣だったのだろう――女が賊の手にする剣を奪い、今度はそれまで使っていた短剣を背後の男に投げ渡した。

 これで守れということなのはよく分かる。

 女はそこからさらに勢いをあげて自分を取り囲む賊を切り捨てていった。

 なかなかの太刀筋であり、準騎士と同等の強さといったところか。


 ほう、と感心して様子を見ていると、やがて転機が訪れた。


金持ちと女(こいつら)がいればオレは用なしだろう!?」


 未だ終わらず押し寄せ続ける賊に痺れを切らしたのか、短剣を手にしていた男はそう叫ぶと俺のすぐ近くの窓をぶち破って逃走した。

 一瞬誰もが唖然としたわけだが、いち早く持ち直した女はすぐさま剣を振るいながら悪態をついた。


「あんのクズ、覚えてやがれ!次に顔を見たら八つ裂きにしてやる!」


 傭兵に似つかわしくない可愛らしい部類の声で、だが女とはとても思えない過激な罵倒である。

 面白い――そう思わずにはいられなかった。

 俺は笑みを浮かべたまま、戦闘の再開された室内へと侵入した。

 女が攻戦から防戦へと切り替えたのか転がっている男の元で剣を構え直したところで、そこでようやく声をかける。


「随分と面白い茶番だな?」


 すると周囲は女も含めて驚いたようだった。

 堂々と窓から入ったが、気配を消すのが非常に上手いらしい俺に気付いた者は誰もいなかったのだ。

 女はやはりすぐに持ち直したようだが、一瞬顔を顰めたのは俺の気配に気づかなかったからだろうと察する。

 そこから賊の矛先は主に俺を向いた。

 とはいえ数だけがものをいう雑魚など取るに足らない。平然と捌いていけば、女は自らと転がる男に刃を向ける相手への対処をしていた。時折こちらを見ているのは戦況の確認といったところか。


「怪我はありませんか?」


 まもなくして賊全てを始末した俺はそれまでの素を覆い隠し丁寧な態度で二人に相対した。

 女は男に雇われた傭兵であり、一人は先ほど逃げたのだという。

 女傭兵というのは見たことも聞いたこともなかったが、先ほどの腕前であるならば十分頷けるものだろう。

 そうして全てに片が付き、近くの街まで同行することになった俺は明らかに旅に不慣れな体力のない男の重い足取りに森の入口につないでおいた馬に乗るように勧めた。


「そんな、騎士様の馬に乗るなど――」


 すると男は慌てて首を振った。……目は喜び笑っていたが。


「いえ、お疲れでしょう。まだ街まで距離がありますし、私は旅に慣れていますので」


 早く乗ってくれたほうが早いのだと思いつつ伝えるものの、男はさらに拒否をしようとした。

 騎士の手前ということもあるんだろうが、目は正直だぞ。ここまで来ると卑しい、と思ったところで、


「いいから早く乗れ!てめぇが遅ぇんだよ。てめぇのせいで街につくのが遅れんのは我慢がならねぇ」


 女が問答無用で男を馬に押しつけた。

 小気味いいほどの直球だった。


「お前雇い主に向かってなにを偉そうに」


「はっ、なーにが雇い主だ。うっせぇんだよ。――早く乗りな」


 女は鼻で笑い、最後には僅かに短剣を引き抜き低い声で脅した。

 男は息を飲み込み震えあがったあとで大人しく馬に乗った。


 女傭兵ロッタ。

 女としては忌避すべき剣を手に戦い、雇い主ですらも脅して従わせるその尊大な態度。

 騎士である俺にも真っ直ぐに向き合い敬語を使うでもなくあくまで対等なものとして振る舞う言動。

 面白く、そして非常に愉快な存在だと思った。

 年齢は成人を過ぎたあたりか、それでいてあの剣の技量と道中の気の配り方は目を見張る部分が大きいだろう。

 おそらくは駆け出し傭兵といったところなのだろうが、とにかく堂々とした女だった。


 そうして近隣の街まで同行した俺は、聴取の為に駐在所の騎士のもとへと二人を案内した。

 二人のことは駐在騎士に任せ、二階で私服へ着替えていたわけだが――しばらくすると聴取を終えたらしいロッタの声が響いた。


「話が違うじゃねぇか!」


 窓から見下ろせば駐在所を出たところすぐで雇い主の男と睨みあっていた。


「どこが違うと言うんだ。街までの護衛を頼んだが、結局賊に襲われ危うく命を落としかけたんだ。報酬なん手渡せると思うか?」


「あたしはあの時動くなって言っただろうが!それを無視して好き勝手移動して山賊に見つかったんだろうが!テメェ自身の過失の癖にあたしに文句つけるってのか?」


「旅の道中で言う女の言葉が正しいとは思えなかったからな」


「だったら何で雇った……!」


 ロッタは震えているのではと思うほどの怒りを宿しているのが見てとれた。

 そんなやり取りを耳に静かに目を細めると、俺は口を開いた。


「声が聞こえた気がしましたが、なにかありましたか?」


 すると雇い主ははっと顔を上げて慌て始めた。


「いえ、なんでもありません。それでは私は急ぎますので」


 そそくさと踵を返し雇い主が去っていくのを、ロッタは怒りで握りしめた拳をそのままに睨みつけていた。


「何か問題があったようですね。話をきかせていただけますね?」


 するとあからさまに顔を顰めた。

 表情が豊かな女だ。プラスの感情だけでなくマイナスの感情すら全く隠すそぶりがない。


「今から降ります。お待ちください」


 言い終わるが早いか窓から顔を戻し、階段を降りる。


「追加の聴取をとります」


 一階に詰めていた駐在騎士に告げてドアを開けると、そこには誰も立っていなかった。

 左右に視線を巡らせると、遠方に走り去る見事な赤髪が見えた。


 俺から逃げるとはいい度胸だ。


 自然と口の端が上がり、俺はしばらくぶりに感じる高揚感を胸にその後を追うのだった。


 * * *


 夕方の活気が落ち着いた日暮れ、あたしは街の公園の片隅にいた。

 今日も一日頑張った。頑張ったけど金がない。

 剣のメンテナンスが馬鹿高くて、仕方ないっちゃ仕方ないんだがおかげで今日は街にいながら野宿する予定だった。

 明日も仕事で稼ぐあてはあるし、朝飯さえ食えればなんとかなんだろ、といった体である。


 金がなければとりあえず丈夫そうな木を見つけて登って、マントに包まって寝るのがいつものあたしだった。


「寝るか」


 金もなくてやることもないなら早めに休むに越したことはない。

 手短な枝を掴もうと手を伸ばした瞬間――


「何をしようとしている」


 憮然とした声が背後からかけられた。


「え、野宿」


 聞き馴染んだ男の声に振り返ることなく答えながら、あたしは枝を握った。


「剣のメンテナンスを依頼したらなけなしの金がぜーんぶなくなっちまってさ。もうすっからかん」


 からっと笑うあたしに背後の男はため息をついた。


「いい加減に街中で野宿をするな。見かける俺の身にもなれ」


「別に迷惑かけてねぇだろ?大丈夫だって、もし襲われたって返り討ちにできるから」


 空いている手をひらひらと振れば、再度ため息が聞こえた。

 なんだよもう。お前と違ってあたしは貧乏なんだよ。極貧。鼻血も出ない。

 ということで登ろう、と幹に足をかける。


「そういう問題ではない。登るな」


 ぐい、と後ろ襟首を掴まれて木から剥がされた。


「何すんだよクラウス」


 流石に、と抗議のために振り返れば、見慣れた男の姿が目前にあった。

 紺の詰襟に金の房飾りのついた騎士服に身を包む黒髪紅眼の冷徹そうな男、クラウス。

 こいつとは二ヶ月ほど前に出会って、それからなにかと顔を合わせる仲だ。

 あたしはここらの地域を活動域にしている傭兵で、クラウスはこの辺りの地域を巡回視察する騎士だった。

 どういう出会いかといえば、雇い主を三つ先の街まで護衛するって依頼の途中で雇い主ともう一人の傭兵が山賊に捕まり、それを助け出そうと奮闘しているところにクラウスが現れたのだ。

 あの時はめんどくさそうな奴だと思ったが、一緒につるむのはなかなか楽しい。


「宿で寝ろ」


「だから金ないんだって」


 いまだに後ろ襟首を掴まれてて動きにくいなかで抵抗を試みて暴れる。


「宿に泊まる金くらい残しとけ」


「無理言うなよ。別に野宿なんてわけないし、それよりも剣の手入れの方が重要だろ」


 そんなこと言われたって寝床と商売道具なら断然後者の方が大事だ。

 口を尖らせれば今度は腕を取られて引っ張られる。


「行くぞ」


「何処へ」


 有無を言わせず引っ張られて歩みを進める。


「貸してやるから宿で寝ろ」


「えっまじで」


 そっけなく言われた言葉に、だけどあたしは明るく食いつく。

 野宿が苦痛ってわけではないけど誰だって温かくて柔らかいベッドの方がいいだろ。

 けど――そこでふと思い直す。

 勿論払ってもらうのはあり得ないとして、貸してもらったとして果たして返せるか?


「あー、やっぱいいわ」


 スキップしそうになる自分に、自分で急停止させる。

 今のあたしは駆け出しの傭兵でまだ仕事も軌道に乗っていない。むしろ出だしとしては最悪だろう。

 なにしろあたしは女はお淑やかにという風潮の中で武器を手に生きているわけだから、傭兵としての力量は疑うに疑われるし、足元見られるし、そもそも依頼を受けさせてもらえないことの方が多いのだ。

 今日みたいに宿に泊まれないこともよくあるのに、後ででも金を返すことができるかどうかを考えれば、安易に借りるのもな。


「返す目途がハッキリ付けばいいけど、じゃなかったら借りっぱなしになるのもな」


 言ってやんわりとクラウスから腕をとりあげる。

 借りっぱなしも嫌だし完全に払ってもらうのなんかは論外だ。

 せっかくだけど悪いな、と口にすればクラウスは一度瞬きをしてあたしの腕を掴み直した。


「なら今度格安で仕事を請け負わせてやる。それで貸し借り無しだ」


「なにそれ、仕事くれんの?」


「どうしても人手が足りなくなる時があってな。その時はせいぜいこき使ってやる」


 ふふん、と上から目線な笑みを浮かべられて顔を顰める。


「うっわ、すっげー嫌だなそれ」


 脅しなんかじゃなく本気でこきつかされそうな予感がびしばしとしている。

 クラウスって結構容赦ないんだよな。甘やかしてくれてるようで、結構厳しい。しかもやると言ったら本気でやるから、覚悟しとかないと後で泣きを見るのは出会って二ヶ月経った今嫌というほど思い知っている。

 けど、


「んじゃあそれでよろしく」


 決してお互いがマイナスになるようなことはしないのも分かってるから、あたしはクラウスの申し出を甘んじて受けることにした。


「ああ。ついでに酒に付き合え」


「あいよ」


 そうしてあたし達は宿をとるとクラウスが騎士服から私服に着替えるのを待って、酒場へと乗りこむのだった。


 + + +


 数時間後、あたしは酒を片手に頬をふくらましていた。


「っだからさー、ほんと、腹立つんだよ」


 頭がふわふわしてて気分がいい。

 だけど面白くないことばかりの現状にクラウス相手に管を巻いていた。


「おんなのくせにとか、まともに仕事なんかできるはずがないって端から決めつけてよー」


 傭兵業がうまくいってない不満を、舌ったらずに訴える。

 すると向かいに座るクラウスが鼻で笑った。


「そんなもの傭兵業を始める時には予想できたことだろうが。まさか何も考えずに始めたわけじゃないだろう?」


「……もっといけるかと思ってたんだよ」


「考えが甘いな」


 とか何とか言われてますます頬が膨らむ。


 このクラウスって男は騎士なのに騎士らしくない奴だった。

 表向きは硬質で真面目な騎士を装っていたが、中身は傲慢で強引な上から目線の男なのだ。

 聞けばシーカヴィルタ公爵家の次男にして王太子の親友だと言うから、ある意味仕方がないのかもしれない。更には騎士団副団長候補なのだと言う。

 へっ、余裕があって実力もあっていい身分だなと最初は思ったが、こいつ結構な努力家なんだよな。

 ただの嫌味な奴だったら嫌い抜いて顔を合わせないようにするんだが、そうしないのはそのあたりが理由でもあった。むしろ好ましいとさえ思う。

 というわけで、あたしは真っ向からクラウスに反論した。


「だってよ、あたしは成人するまでずーっと旅生活だったんだぜ?商隊の護衛の父ちゃんにくっついて国中を渡ってさ」


 そんなもんだから常にあたしの周りはおっちゃん達ばっかりだった。たまには若いのもいたけどな?

 でも女なんていなくて、そんなおっちゃん達を見てたら自然と剣も握るし、いろんな経験を積むだろ。

 戦闘だけじゃない、野営や護衛の注意点とかもさ。

 そんな経験ばっか積んでたんだから、成人したからといって今更それ以外の仕事に就こうとは思わないだろ。


「成人前からあたしの実力を認めてくれた人は多かったし、その辺りで伝手も多いかなって思ってたんだよ」


 深くため息をつく。

 ――実際はクラウスの言うように甘くはなかった。

 あたしの実力を知っている人はいるにはいたが、その人達がいくら言ったって「女だろ」と雇い主からは一蹴されるのが殆どだったのだ。

 よくて抱き合わせってところか。


「男だったらもっといけてたのかと思うとムカつくよな」


 そう言ってあたしはテーブルに突っ伏した。


「だが辞める気は無いんだろう?」


 と、クラウスがあたしをちらりと見て酒を飲んだ。


「当たり前だろ。駆け出しで上手くいかなくて尻尾巻いて逃げるなんてありえねぇから」


 どんな仕事だって最初はキツイもんだ。女だから余計にキツイってのはもちろんあるが、それでもまだまだ諦めるには早すぎる。

 っつーかあれだ。


「絶対に傭兵として名を挙げてやる。女だからなんて言わせないように実力を示せばいいんだろ?」


 ぐっと手を握りしめて見上げれば、クラウスはいつもの皮肉な笑みにどことなく満足感をのせていた。


「今はまだ足場を固めるのに苦労してるけど、必ず名を馳せてやるさ」


 父ちゃんたちの同僚であたしのことを笑った奴ら。

 今現在女だと見くびって依頼をくれない奴ら。

 それから、


「言っとくがあたしは騎士団も見返してやるつもりだからな」


「ほう?」


 顔を上げたあたしを愉快そうにクラウスが見た。

 余裕綽々、いつだって上から目線なクラウスに宣戦布告をする。


「前に騎士団入団試験を受けに行った時、門前払いを食らったんだ。女は受け付けてないってな」


 もちろん合格者はほんの一握りしかいないわけだけど、それでも入団試験は男なら誰でも受けられるのに対して、女はそれだけで断られるのだ。

 いかに強くても、いかに頭が良くても、門前払いなのだ。


「去年入団試験を受けさせろと一週間張り込んだ女がいたと聞いてはいたが、やはりロッティリアだったか」


「なんだ、聞いてたのか」


 そう。クラウスの言うようにあたしは一週間粘った。駐在所の前で抗議し続けたのだ。

 結局ダメで傭兵になったのは言うまでもない。


「随分と馬鹿正直に突っ込む奴だと思ってたが成る程な」


「おい、馬鹿ってなんだ馬鹿って」


 軽く睨んでみせると、クラウスは喉の奥を震わせて笑いながらこう言った。


「とはいえ騎士団としてはどうかわからないが、俺個人としてはぜひとも見返して欲しいところだな――期待してるぞ」


 笑いながらではあった。だけどその目は真っ直ぐで。

 初めて会って剣の腕を素直に認めてもらえた時もだったけど、真正面からそんなことを言われて、なんだかむずむずした。

 認めてもらって嬉しい。期待してもらえて嬉しい。

 そんなクラウスの横に堂々と立ちたい。

 こんな、金を借りて飲み食い寝泊まりするような情けないあたしは嫌だ。


「任せときな」


 いつか絶対にクラウスの横に並び立ってやると、あたしはそう心に決めた。


 + + +


 それからのあたしはより一層仕事に励んだ。

 腕が立つだけで成り立っていけるような楽な商売ではない。まずは信頼されることを重点として、どんなに腹が立っても、どんなに困難かつ低賃金でも、受けた依頼はなんとしてでもやり抜いた。

 それからすでに名を上げている傭兵と組ませてもらうことで、その傭兵からのお墨付きをもらうように活動をした。あたしには純粋な強さだけじゃなく、成人前から培ってきた強さと旅や護衛における知識があるのだ。名のある傭兵から認められることで、雇い主達への認識を新たにさせようという魂胆である。


「少しはやるようになったようだな」


 やがてクラウスからは鼻で笑われながらもそうやって認める言葉を口にされることも出てきた。

 金を借りても騎士団の雑用で支払うこともなくなってきて、一定期間で金で返せるようにもなってきた。

 あたしはそんなクラウスに満足そうに笑いかけたあと、現状を思い出して漏らした。


「けど新規の依頼がないんだよな」


「ああ、そんなことか」


 と、あたしの言葉にクラウスは事も何気に返してきた。


「ロッティリアは態度が悪いからな」


「態度って、別にあたし初対面でぶん殴ったり文句言ったりなんかしないぞ?」


 咄嗟に反論すればクラウスは首を振った。


「そうじゃない。視線が鋭いんだ。女だと言うことで卑下されたくないからかもしれないが、印象が悪すぎる。睨んでくる奴に仕事を依頼したいとは思わないだろう」


 たしかに依頼を受ける前段階でも、仕事をしていない時でも、常に見られていると意識させて強さをアピールしている。勿論、そうしているのにはきちんと理由がある。


「それで見くびられる可能性だってあるだろ」


 なにせ最初は女だからとか女のくせにとか、そんなのばっかりだったんだ。

 今だって決してそういう奴は少なくない。


「そろそろ大丈夫だろう。古参の傭兵からは認められているし、それこそロッティリアの実力を認め指名する依頼主も出てるんだったら注目されてることは間違いない。今度は好印象で依頼を受けやすくしてみたらどうだ?」


「好印象、ねぇ」


 荒事ばっかりのあたしが好印象ってどんなだ?

 普通の街にいる女みたいに笑えばいいのか?


「こんなん?」


 と、街の女達を思い浮かべて笑みを作る。


「不気味だ」


 即答された。


「んの野郎っ」


 思わず拳を振り上げれば、いとも簡単に手のひらで受け止められる。

 自然に笑うことはあってもわざと笑顔を作るとか難しいだろ。っつーかクラウスだって騎士の癖に全然人の良さそうな笑みを出さないよな。むしろあたしが見る笑みはいっつも小馬鹿にするようなのばっかりだ。副団長候補の癖に。人のこと言えんのかよ。

 じと、と上目遣いに見上げればクラウスは肩を竦ませた。


「別に笑えとは言ってない」


「んじゃあ好印象ってどんなだよ」


「無理に笑うんじゃなく緊張を解け。睨みを利かせるなってことだ」


 なるほど。それくらいならできなくもないか?

 けど緩めろって言われても、それって故意に出来るか?


 あたしの疑問を感じ取ったのか、更にクラウスは言った。


「好きな物でも見てる時の自分を思い出せばいい。好きなものを食べたり見たりしている時くらいは緩むだろう」


 好きな物。

 酒か。けどあれば仕事をやりきった感がある時に飲むから、どちらかっつーとまだ気分は高揚してる時だし。ってことは他に何か。他に。他に……


「何が好きなんだ?」


 思いあたったものについ反応をすると、すぐにクラウスがその変化を読み取った。


「なっ、べ……べつにっ。なんも思いだしてないさっ」


 ちょっと声が上ずっちまったが、ここは死んでもごまかさなければならない。

 ――ふわふわのクマのぬいぐるみが好きだなんて、口が裂けても言えるわけがない。

 もしそんなことがクラウスにばれてしまえば腹を抱えて笑われるに違いない。


「……限りなく怪しいな」


「う、うるさい。とにかく好きな物でも思い出してみればいいんだろ?」


 勢いよく首を振れば、しばらくあたしをみつめていたがクラウスもひとつ頷いて引き下がった。


「そうだな。無駄に愛想を振りまいても見くびられるだろうから、それくらいが一番妥当だろう」


「やってみる」


「ああ」


 ……それから数日間こっそりとおもちゃ屋に展示されているぬいぐるみを見ては自分の表情を確認したのは、バレていない筈である。

 結局笑みは浮かべないものの目元を緩めるというところで折り合いをつけたわけだが、見違えるほどにかかる声の数が増えた。


 そうしてあたしは少しずつ有名になっていった。

 ただの女傭兵から、赤髪のロッタへ。

 赤髪のロッタから、赤い野薔薇へ。


 そんな日々の中クラウスとは顔を見れば相変わらずつるみ、そして賭けをした。

 コインでも、カードでも、時には次に通りかかるのが男女どっちかなんてものもあった。

 賭けの内容は負けた方が勝った方の言うことを聞く。

 あたしが勝てばちょっと手には届かない高価なものを買わせたり、高い飯を奢ってもらったり。

 クラウスが勝てば騎士団がらみの厄介な仕事を格安で負わされたり、小難しい本を読めと言われたり。


 あたしは強引で皮肉屋で上から目線な俺様クラウスと一緒にいるのがなによりも楽しかった。

 絶対に認めてもらうんだと、横に並ぶんだと頑張っていた分、名があがるにつれてよりクラウスに会うことが嬉しかった。

 だからずっとこの先もこうやって見かければ笑いあえるんだと、思っていた。


 そんなある日。


「賭けをするぞ、ロッティリア」


 クラウスはいつものように賭けを持ち出してきた。

 それまでと何ら変わりのないやりとりで、いつものように。


「いいぜ。何の賭けをする?」


 何の疑問も持たずに受けて立った勝負は剣での勝負だった。

 致命傷判定の攻撃を受けたら負け。

 至ってシンプルなそれにあたしは腕が鳴る思いだった。

 最初は圧倒的にクラウスの方が強かったが、あたしの腕も着実に上がっていたから。

 もうそろそろ追いついただろうか。試してみるにはちょうどいい。

 そう笑みを浮かべて、あたしは長剣と短剣の両方を構えた。

 薔薇の意匠が施されたセットのその剣は、賭けでクラウスに買わせたものだ。なんで薔薇なんか、と思ったが明らかにそこらへんの鍛冶屋の鍛えたものじゃない、名匠とも言える鍛冶師の剣だと悟って素直に受け取ったのだ。これを逃したら絶対にこんないいものは手に入らないからと。――そこから赤い野薔薇なんて呼ばれるようになっちまったが、薔薇よりゃ野薔薇の方がましだと甘んじて受けた。

 まぁその辺のことはともかくとしてだ。


「いくぞ」


「いつでも来な」


 互いに眼光鋭くさせてあたし達は剣を交えた。

 クラウスの剣は重みがあり、相手の先を読む剣。

 一方のあたしの剣は数少ない二刀流として、手数の多さが物を言う剣。

 クラウスの予測を上回る手数が勝機だと徹底した攻めの姿勢で挑んだが――結果は惨敗。


 正真正銘の真剣勝負に精も根も尽き果てたあたしは地面に大の字になって転がった。


 ちくしょう。負けた。まだ全然技量が足りてない。

 けど、まだ先はある。いつかは、絶対に、勝ってみせる。


 荒い息が少しだけ整い身体を起こしたところで、クラウスは一枚の紙を突きつけてきた。


「命令だ。これに署名しろ」


 人をからかうような、いつもの愉快そうな笑みを浮かべるクラウスに口を尖らせたが――その書類に目を通したあたしの不満は一瞬にして吹き飛んだ。


「な……な……」


「いつも言っているな。賭けの不履行はあり得ないと」


 そりゃあそうさ。

 どんなにきっつい仕事を振られても、どんなに振り回される結果が見えていようと、絶対に内容は守る。

 クラウスに教えてもらったそれを、あたしは仕事以外でも貫いていた。

 だけど、これは……


「さっさと署名しろ」


 目を見開くあたしがペンと共に渡されたそれは――クラウスの署名がされた婚姻届だった。


 + + +


 そうしてパニックを起こしたあたしは目を白黒させながら署名をした後に、なにも考えられずに逃亡した。

 かっこ悪いのはよく分かってる。普段のあたしは絶対にやらない。だけど、これは無理だろう。


 甘い雰囲気なんてこれっぽっちもなかった、気心の知れた仲間みたいな間柄なのに。

 婚姻届の相手方の部分が空欄だったら、からかわれているだけだと思えたのに。


 ――クラウスが、あたしを好きだった?


 その一文を思い浮かべるだけで顔が熱を帯びて、いても立ってもいられなくなって悶え転がる。

 一緒に酒を酌み交わして、背を預けて戦って、たまにバカやって笑いあって。


 騎士のクラウスはいつも堂々としていて、強くて、鬼畜なオーラを出すことはあっても眩い存在だった。

 それに憧れてクラウスのようになりたいと背を追い掛けていた部分もある。

 騎士になって、いつか本当の意味で肩を並べたいとも思っていた。――残念ながら女は騎士になれないらしいから、せめて傭兵としてもっと名を上げようと頑張ってた。


 だけど、クラウスが。

 クラウスがっ。


「ぅああああぁぁぁぁぁぁっ」


 こっ恥ずかしい。

 鼓動がうるさいほどに脈を打つ。

 体中がむずむずして、どうしていいかわかんなくなって。

 ――でも嬉しくて。


 床をごろごろ転がり、とりあえずイスに頭を打ち付けたところではたと気づく。


 嬉しい?嬉しいのかあたし。

 クラウスがあたしを好きだと、恥ずかしくて嬉しいのか。


「え、おいちょっと待てあたし」


 イスの座面に縋りついて眉間にしわを寄せる。


 上から目線で偉そうにしてるのに一緒にいれば楽しくて、ついこっちからも声をかけてみて。

 他の奴らには絶対に呼ばせないが、――最初こそ抗議してはいたが――クラウスだけにはロッティリアと呼ばれても何も気にならなくて、普通に受け入れてしまってて。


 まさか。まさかこれは。

 思いあたったものに深くため息をつく。


「なんだ、あたしも好きだったんじゃん」


 ぽつりと呟けば、胸の中のざわめきがひとつのまとまりになって、すとんと心に収まった。

 だが今度はあることに気づいた。


 騎士の中でも精鋭中の精鋭、未来の団長とも呼ばれるクラウス。

 赤い野薔薇と言われるようにはなったものの、一部の地域でしか知られていないただの傭兵のあたし。


 まるで高さの違う二人はどう見ても釣り合いがとれない。

 そんなんでクラウスの嫁に甘んじるなんて、自分が許せない。

 そうだ。こんなんで嫁になるなんてありえない。


 幸いなことに婚姻届をすぐに出すような話もなければ、互いの家への挨拶の段取りも話していない。

 まぁ話す余地もなく逃げてきたって事もあるが、してないったらしてない。

 騎士であるクラウスはそのあたりはきちんとこなすだろうから、すぐに婚姻届が提出されるようなことはないだろう。

 むしろあるとすればそれは――


「次の勝負、だな」


 クラウスはじわじわと真綿で絞めるようないたぶり方をあたしにすることがあるし。

 きっと次の勝負までに腹をくくれとか、そういう意味合いもあるだろう。

 だったら、あたしがやることはひとつだ。

 勝負を持ちかけられないようにクラウスと会うのを避けながら傭兵としてより名声を上げる。傭兵の中では名前を知らない奴がいないってくらいまでに有名になって、そんで正々堂々と勝負をするんだ。


 クラウスが勝ったら大人しく婚姻を受け入れる。

 あたしが勝ったら――真正面から告白して婚姻を受け入れさせる。

 結果は一緒だが、心の持ちようは全然違う。


「よし、そうしよう」


 今後の方針を決めたあたしは気合を入れて立ち上がるのだった。

 読んでいただきありがとうございます。

 次回金曜日更新予定です。


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