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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【不憫】クルト
48/79

十五年後の二人

 楽しんでいただければと思います。

 残念なことに無糖です。

 (※2019.1.20誤字修正しました)

 筆記の音だけが聞こえる室内で突然ごん、という鈍い音がした。


「うっわ、大丈夫か!」


「無理……もう無理です……」


 音がした方向へと目を向けると、そこには虚ろな目をした準騎士君が机に突っ伏していた。

 ペンはきちんと握られているけど、ほっとくとたぶんどこかの書類に染みをつくるかもしれない。


「とりあえずあれだ、ペン貸せ」


 同じことを考えたのだろう、僕よりも早くその隣にいた先輩が立ち上がってペンをとりあげ、インクの蓋も閉めてくれた。


「無理……限界です」


 今にも目が閉じられようとしているのを見て、懐かしいなと目元を和らげる。

 僕にもあんな時期があったなぁと思うくらいには経験を積んだんだと思う。


「うん、がんばってるもんね。ちょっと早いけど休憩とっておいで」


 僕は書類を手に席についたままそんな準騎士君に声をかけた。

 準騎士君はあと数日で晴れて叙任、正式に騎士となることが決まっている。もちろん勤務先はここ、情報部事務室。

 そして今は一年の中で一番忙しい時期であり、かれこれ事務室に籠って五日目に突入しているわけであり、新人にはそれはもう厳しい状況ではあった。


「休憩……はは、休憩ですね……」


 目だけでなく声まで虚ろである。

 そんな準騎士君の様子を見て少し考える。

 繁忙期な上に今年は人員不足も重なって普段は一週間の缶詰を二セットで終わるところを多分三週間はかかりそうだし、早めに一度きちんと休ませないと後が保たなくなるかもしれない。


「うん、昼食ね。でも今日の夜には一旦寮に帰してあげるからがんばって」


「っ本当ですか!?」


 寮に帰すという言葉に準騎士君は勢いよく頭を上げた。

 ちょっと喜んでるのをみて、まだいけるかな、なんて思い直しながら続ける。


「まぁ明日の朝には来てもらうけど」


「……ここは地獄ですか?」


「何言ってんだ。普段現場で命かけてがんばってる奴らがいるんだ。これくらい耐えきって見せろ」


 既に大ベテランの先輩はそう言って準騎士君の肩をたたき、立ち上がらせた。


「どっかで倒れないか心配だし、俺も休憩入るわ」


「はい。行ってらっしゃい」


「行ってきます……」


 そうして先輩と準騎士君はよろよろとしながらも事務室を後にした。

 残ったのは僕ともう一人である。


「今年はかなりキツいですけど大丈夫でしょうか?」


「このままじゃ無理だろうね」


 残った一人に聞かれて即答する。

 いつもは五人に応援一人を呼んでいるのに対して、今回は四人に応援なしである。


「どうするんですか事務室長」


 ちらりと視線を向けられて、書類に目を走らせながらのんびりと話す。


「昨日ライノが帰ってきたから、明後日から応援に呼ぶことになってるんだ」


「でもそれって叙任式が終わるまでの三日間だけですよね。式が終わったらルーカス騎士長と現場に出る予定だったと」


 たったの三日応援で入っても全く足しにならないと言いたいんだろう。

 よく分かる。だけど僕にも考えがあるのだ。


「どうしても足りなかったらセス前団長に頼むよ」


「っちょ、団長に頼むとかそんなこと、出来るんですか!?」


「前団長だけどね」


 目を剥く騎士にさらりと訂正をしつつ書類にサインして、次のものに手をかける。


「いや、だってそんな」


「この前会った時、まだまだ耄碌してないって笑ってたし大丈夫だよ」


「けどそんなことしたらどんな叱責を受けるか」


 セス前団長の叱責は激しい。

 言っていることは全て正しくて、反論のしようもないそれは怒られたことのない人にとっては名物のようなものでもあった。……怒られたことのある人にとってはトラウマになりかねないけど。

 まぁ、そんなセス前団長に応援を頼むというのは、うまく事務室を回せなかったことを示しているわけで叱責は確実であった。


「大丈夫だよ。僕らは対象にならないから。なるのはルーカス騎士長一人だよ」


 去年の秋、唐突に別部署への異動が決まった騎士がいた。教育部から打診が来て、もう少し時機をと返答していたはずなのに蓋を開ければ異動が確定していたのだ。話を聞いてみればルーカスさんが許可したとかで、あの時は激しく詰め寄ったものだった。

 とはいえ、それだけならなんとかなっただろう。

 だけどそれに加えて例のごとく様々な人に悪戯を仕掛けているルーカスさんが事務室に入ってくる予定の騎士を標的にして――そして事務室を恐れ固辞されてしまったのだ。せっかく頑張って事務室に勧誘したというのに。

 おかげで今現在、人員不足に至っている。


「だから怒られたくなかったら、叙任式の後もある程度捌ききるまでライノを事務室に明け渡してくださいね?」


 と、僕はちらりと窓の外を見た。

 三階建ての最上階のこの部屋だけど、さきから気配がするんだよね。壁とか平気で登る人だし。まぁ調査騎士はできないほうがあり得ないことではあるんだけど、それを騎士団本部でやる人なんて一人しかいない。


「なんだバレてたのか」


「当然です。一体何年の付き合いになると思ってるんですか」


 やがて窓を開けて足を踏み入れたのはルーカスさんだった。


「秋の件は悪かったって。あいつももっと根性見せればいいのによ」


「そのセリフではとても反省してませんよね」


「……いつから居たんですか」


 やや呆然とする騎士に片手をあげるルーカスさん。

 もう四十代だというのにその言動の自由っぷりは健在である。


「まあしょうがねえよな。セス爺さんの拳骨は頭が凹むくらいすげえもんな。それにライノには事務室の仕事も知っておいてもらわねえとだしな」


 ちなみにルーカスさんは叱責対象の常連である。悪戯も含めていろいろと自由すぎるからね。


「そういうことです。ついでに秋までには二人ほど調達して来て下さいね?」


「面倒臭えなあ」


「僕にも怒られたければいいですけど」


 笑って返せばルーカスさんはため息をついた。


「年々オレへの扱いが雑になってねえ?」


「雑にもなりますよ。これくらいじゃなければミエト家とは付き合えません」


 ティナと結婚した僕は、ティナはもちろんお義母さんとルーカスさんに日々翻弄され続けた。

 ありとあらゆる方面から悪戯やからかい、罠を仕掛けられて十五年ともなれば自然とこうなるはずである。


「ついでに言うとこれくらいじゃなければ事務室長として自由すぎる調査騎士とも渡り合えませんしね」


「ほんっと、情報部一の功労者だよなクルトは」


 広報部に一時異動したルーカスさんは、その三年後自慢げにお義姉さんを連れ帰ってきた。

 そうしてすぐに情報部へと戻って騎士長の座に収まったわけだけど、書類仕事が苦手でひと所に収まることを知らないルーカスさんが大人しく僕らと一緒に事務室に籠るなんてことは無理だった。

 いや、ルーカスさんはがんばっていたと思う。ティナ曰く「護衛部に居た頃の何倍もまし」とも聞いていたけど。

 だけどどうにも窓の外を見てうずうずしているルーカスさんに、僕が見かねてしまった。


 できる限り僕が事務室内の事はとりまとめよう。


 そう心に決めて滅多に席につく者のいない事務室長の試験を受け合格させたのがその一年後。

 騎士長の権限の七割を代理として受け持つ事務室長になった僕は、二ヶ月に一度は必ず帰ってくることを条件にルーカスさんを現場に出したのだ。

 それ以来、許されている権限全てを駆使して情報部をまわしている。というか、むしろルーカスさんに反論を許すこともなく僕が独断で決めている。……だからこそ去年の秋の異動の話は予想外だったんだけど。


「でもってミエト家の功労者だしな」


「褒めても何も出ませんよ」


 ちなみに僕は婿入りはしていないけどルーカスさんがいない間の家を頼まれていることもあり、僕自身に親戚がいないことも相まって婿入りとほとんど変わらない状況だった。

 そこに異論はなく、むしろ家族の一員として楽しく過ごさせてもらっている事に感謝もしているのだけど、それはそれ、これはこれである。

 がっしりと後ろ襟首を掴んでドアで繋がれた騎士長室に連れていく。


「さて、それじゃあルーカス騎士長。机に積まれてるのは全部騎士長決済分なのでよろしくお願いしますね」


「まじで……」


「他の騎士長と比べればないも同然ですよ。もちろん終わるまで帰しませんから、そのつもりで」


「仕方ねえなあ。やってやるか」


「お願いします」


 こうしてルーカスさんを残して事務室に戻ると、残っていた騎士が感心した目で見てきた。


「事務室長って本当に只者じゃないですよね。影の支配者というか、ルーカス騎士長が唯一頭の上がらない人という感じが半端ないです」


「公私共に深い付き合いだからね」


 苦笑しつつ、再び席に戻った僕は書類に目を通していく。

 応援に呼ぶライノは事務作業はお手の物のはずとはいえ、できる限りは自分たちの力でやらなければ。

 そうして先輩と準騎士君が戻ってきたタイミングで昼休憩に入る。

 ごそごそと引き出しから取り出したのは少し前に届けられた愛用のお弁当箱。

 結婚して僕はティナの手作り弁当を持参していた。こうやって泊まり込みで忙しい時も、朝夕は流石に辞退しているけど、お昼だけは毎日休むことなく作って届けに来てくれている。

 このお弁当があるから、どんなに忙しくても乗り越えていける。どんなに過酷でも仕事をやり抜ける。


「愛妻弁当とか羨ましいです」


「僕の自慢なんだ、これ」


 しかも今日のは娘の担当したおかずもあるってメモが挟まっていた。

 今日はどんなご飯だろう。


 僕は繁忙期で書類に埋め尽くされた事務室の中、それをものともせずにうきうきとお弁当箱を開けるのだった。

 どちらかというと十五年後のクルトとルーカスになっているし。と思わないでもありませんが、お弁当が大事だと言うことで。

 これにてクルト編完全終了となります。読んで下さりありがとうございました。

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