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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【不憫】クルト
41/79

そして僕は封印した

 新騎士クルト編になります。

 楽しんでいただけると嬉しいです。

 (※2019.1.18 誤字修正済み)

「貴方、本当に騎士なの!?」


 目の前で激昂するようにして、顔を歪める恋人。


「ありえないわ!」


 そんな恋人が腰に手を当てて声を浴びせる相手は――僕だった。

 僕は呆然と恋人を見つめていたけど、しばらくしてゆっくりと頭が回り始める。


 ああ、どうしてこうなるんだろう。


 僕は叙任して既に五回目になる別れの予感に、そっと恋人から視線を外して息を漏らすのだった。


 + + +


 その日の夜、僕は先輩騎士の家に上がり込み愚痴を聞いてもらっていた。

 飲まないとやってられない。


「どうしてですかーぁ」


 うぅ、と目に涙を浮かべ、テーブルに突っ伏する。


「いやー、見事に振られるよな。っつーかクルトは本当、見る目がないな」


「僕のせいですか」


 据わった目で顔を上げれば、向かいに座る先輩騎士は苦笑いを浮かべていた。


「もう五人目か?今後の為にちょっと最初から振り返ってみようか」


「……はい」


 思い出したくもないけど、そう言われては仕方がない。


 僕が騎士になって人生初めてできた恋人はふわふわした赤毛の可愛い子だった。背が低くて、いつもにこにこしてて、綿菓子みたいな子だったんだけど。


「叙任してすぐに声をかけられて、僕、嬉しくってすぐに了承しちゃったんですよね」


「まずはそこがダメだったよな」


「はい」


 舞い上がってしまったことは否定できない。

 だってこんなに可愛い子が僕のことを!なんて思うと感動しちゃってさ。一も二もなく頷いたんだけど。


「それでどうなった?」


「二週間後の新人披露試合に僕が出なかったことで騎士じゃないと思ったのか、騙してたのね!って怒って平手打ちされました」


 切なかった。

 騎士の新人披露試合は一般公開されているんだけど、そこに出場するのは護衛部と広報部のみ。

 情報部である僕は出場しなかったんだけども、その子は試合を見て僕がいないことに気づいたらしい。

 だけど僕に話を聞くでもなく次の日顔を合わせた瞬間手が飛んできた。あんなにゆるふわな可愛い子がまさかの豹変である。目を吊り上げて怒鳴り散らす彼女は言いたいことを言って「二度と近寄らないで!」と去っていった。


「まぁ王都勤務の情報部なんざほとんどいないしな。教育部も管理部も古参しかいないから、新人騎士で王都勤務の奴は絶対あの試合に出場するって思われてても仕方ないっちゃ仕方ないけど、ぶっちゃけあれだよな。騎士だったから目をつけられたんだろ」


「僕のことが好きなんじゃなくて、騎士だったから告白してきたってことですよね」


「だろうな。ま、王都勤務の若手騎士にとっちゃよくある話だ。洗礼とでも思うしかない」


 言われてみればそうである。

 騎士はなることがかなり難しいけど、その分収入は恐ろしいほど高いし、性格だっていい人しかいない。

 女性にとっては結婚相手としてかなりの好条件なのだ。


「で、二人目は?」


 それから次は二ヶ月後だったかな。

 僕も学んだ。学んだから騎士という肩書じゃなくて僕を見てくれる人ということで、全然知らない人はやんわりと断った。


「よくお昼ご飯を食べに行く食堂の娘さんで、告白されました」


 給仕のその子は会うたびに声をかけてくれて、明るくてはきはきした子だった。

 二ヶ月の間、挨拶や世間話を重ねた後の告白だったから僕のことを見てくれてると思って、僕もちょっと話をするのが楽しくって了承した。だけど、


「騎士っぽくないって言われました」


 一緒に過ごすのは楽しかった。だけどその子は違ったらしい。


「可愛いとか、きれいとか、全然褒めてくれないし、エスコートとかも下手って」


 褒めてくれない、もてはやしてくれない。そんなことが不満だったらしい。


「あー、クルトは森育ちだったもんな」


「はい」


 実は僕、騎士団に入るまでは人とはあんまり接したことがなかった。

 というのも森の奥深くに住む魔女のばあちゃんと二人で暮らしていたから。

 ばあちゃんは類まれな魔法使いとしてもてはやされることを嫌って、人が入らないような森の中に家を構えていたのだ。

 森の中ほぼ自給自足の生活で、基本的に月に一度街へ買い物に出るのについて行くくらいだった。

 おかげで人との関わりというのがいまいちわかっていないところがあって、入団当初は人の多さにとにかく困惑していた。もちろん叙任までの五年間で徐々に学んではいたんだけど――騎士団は男の世界。女の人の扱いなんて何にもわからないままに叙任した。


「騎士なんだからもっと甘やかしてくれるんだと思った、って」


「んー、騎士なのは置いとくにしても、ある程度は必要なことっちゃ必要なことだから、学んでいくしかないな」


「……がんばります」


 やや口を尖らせる僕に先輩は空になったジョッキに麦酒を注いでくれた。


「んで三人目はどんなだったけか」


「お父さんが軍人の」


 そこまでいうと、先輩は遠い目をした。


「あの事件か……」


「そうです」


 あれは本当に酷かった。


「付き合って一ヶ月もしないうちにまさかいきなりお父さんが押し掛けて手合わせとか、本気で死ぬかと思いましたよ」


「愛娘を取ろうとする憎い男、しかもあれだろ?騎士を目の敵にしてる一派の隊長」


「そうなんですよ!」


 軍の中には騎士を王の犬と蔑む敵対派というのが多く存在している。

 そしてその子の父親はそんな敵対派の軍人だったのだ。


「あれは本気で引いたな」


 木剣だったけど、めった斬りされた。

 あっちは憎しみのこもりすぎたベテラン軍人、こっちは現場を離れ事務室にこもりすぎてる若手騎士。

 最終的に左腕を折った挙句、彼女からは冷たい目で見られた。どうやら彼女は軍人であるお父さんに反発し、騎士に憧れを抱いていたらしい。だけど結果は――騎士なのに勝てないなんて、とか言って去っていった。


「軍人とか聞いてなかったですよ」


 騎士と軍人の衝突は下手をしたら全面対立になりかねない。その為傷害事件ではなく、あくまで知人間での喧嘩の延長という形で処理されたけど、あれは騎士団内の若手騎士を震撼させた。軍人の娘に手を出すな、と。


「とにかく右手だけは死守しましたけどね」


 剣術なんてできなくても、それなりに頭脳があれば情報部事務室勤務は務まる。

 だけど利き腕が使えなければ字なんて書けないしね。

 ……もちろん、それ以外の部分はあちこち痣だらけで顔も腫れてたんだけど。


「そこは事務室勤務の鏡だな」


 と、先輩もうんうんと頷き褒めてくれた。

 たぶん僕がいなくなった穴を埋めるのが大変だから、というのもあるかもしれないけど。


「まぁ、そんなこんなで三人目が消滅して、で、四人目はなんだった?そういや四人目って聞いてないな」


 先輩の言葉に記憶をたどり、そうして僕は遠い目をした。


「……答えたくありません」


 あれはもう思い出したくもない。

 三人目の恋人も相当だけど、四人目はもう蓋をして記憶の底に沈めて思い出したくないんだけど。


「いいから言えって。このままじゃ失敗し続けるぞ?」


 ほら、と先輩に更に麦酒を注がれて、僕はそれを一気に流し込んだ。

 ぷはぁと息をついて、そのままの勢いを利用する。


「薬盛られて縛られて、既成事実を作ろうとされました」


「はぁ?」


 素っ頓狂な声があがるけど、僕はずっと奥底にしまっていたものを放出させた。


「睡眠薬盛られたんですよ。気づいたらパンツ一丁で両手両足拘束されてました」


 何が起こってるのかわからない状態で目があった時、彼女は舌打ちをした。


「まじか……」


「僕、見習い時代に習った縄抜けを仕事以外で使うことになるとは思いもしませんでしたよ」


 薬を盛られることもそうだ。まさか恋人に盛られるなんて考えもしなくて警戒なんかしていなかった。

 本当に情けない話である。

 僕はゆっくりと頭を振った。


「白状された内容はもう、本当にきつかったですよ」


「いや、言わなくていい。なんとなく想像できる。洗礼その二だな」


「……はい」


 四人目の恋人もまた、騎士であれば誰でもよかったのだ。

 とにかく騎士だという以外に条件など全くなく、既成事実を作って籍を入れてお金に不自由しない暮らしを手に入れたかったとのこと。

 たまにそういったことがあるというのは噂程度には聞いていたけど、まさかそんなことが自分に起こるなんて思ってもみなかった。


「よし、四人目の話はやめよう」


 僕の悲しみを汲んでくれたのか、先輩は気持ちを切り替えるように今日の出来事を聞いてきた。

 五人目の、今日まで恋人だった彼女のことを思い出せば、胸が締め付けられるほどに痛くなる。


「今日はデートしてたんです」


 二人目の恋人に言われた、甘い褒め言葉も使って優しくして、がんばったと思う。

 恋人もにこにこしてて、手を繋いで街を歩いて。いい雰囲気だったと言える。そう、あの時までは。


「寒そうにしてたから、上着を貸してあげたんです。彼女、薄着だったし」


脱いで肩にかけてあげて、最初は恋人も嬉しそうに恥ずかしそうにはにかんでいた。

それを見て僕もなんだか心があったかくなったんだけど、ふと上着の内側に恋人は目を止めた。


『これ、なに?』


 最初は何を聞かれているのかわからなかった。

 何か変なところでもあるだろうかとまじましと覗き込めば、恋人の視線の先には内ポケットの補修跡のようだった。


『なんで繕ってるの?』


 そりゃあ穴が開いたからだけど。


『信じられない!騎士なのになんでそんな穴の空いたの着てるの!?』


 え、なんで?まだ繕ったら使えるよ。見える部分でもないし。

 そう思ったけど、それが彼女には許せなかったらしい。


『貴方、本当に騎士なの!?ありえないわ!』


 こうして、五人目の彼女は激昂して別れを切り出したのである。


「まだ使えるのに捨てるとかないでしょう!もったいない」


 森育ちの僕は、基本的に全てのものを繕いながら生活していた。

 服や布製の鞄はもちろん、鍋も修理したし椅子の足が折れた時も。そうすれば使えるから。

 街へ行っても買うものは必要最低限で、衣類や日用品なんてほとんど買わなかった。


「あー……その、なんだ。クルトの言うこともわかるし彼女の言うこともわかるわな」


「どういう事ですかぁっ」


「騎士は収入がいいからな。質の良いもの買って、悪くなったら早めに新しいのに買い替えるのが普通って考えだろう。まぁ騎士でなくとも裕福な家庭はそんな感じだからな」


 見た目も大事らしいってことはわかる。

 騎士服の時は僕だって気をつけてる。もったいないとは思うけど、綻びのないものを身につけ常に気を使っている。

 だけど仕事じゃない時は別にいいじゃないか。もったいないお化けを知らないのだろうか。

 深くため息をついてテーブルに突っ伏する。


 騎士だと思ったのに。

 騎士なら。

 騎士なのに。

 本当に騎士なの?


 彼女達の言葉が僕の中で暗く渦巻く。

 全部。全部全部、僕は悪くない。

 悪いのは――


「騎士辞めようかな……」


「ふぐっ」


 昏い目で呟けば、向かいに座る先輩が麦酒を吹き出しそうになった。汚い。

 慌てて両手で口を押さえてしばし、先輩は何とか事なきを得たらしい。そっとハンカチを取り出して最後に口元を拭った。


「馬鹿な事言うな。せっかくの騎士だぞ?これくらいの事で辞めるなんてあり得ないだろう!」


「でもこれまでを振り返ってみれば全部僕が騎士だからじゃないですか」


 騎士でなかったら変な望みもかけられず、期待もされない。注目される事だってないはずだ。

 そうだ。騎士が悪い。騎士なんか辞めちゃえばいいんだ。


「落ち着け、目が据わってきてるぞ。だいたい騎士を辞めて何になるんだ。収入なんてまるで違うぞ」


 優しすぎて猫なで声にしか聞こえない先輩を僕は睨みつけた。


「騎士を辞めたって仕事なんていくらでもあります!別に裕福じゃなくても生活できれば、僕はそれでいいんですから」


「ダメだやめろ。才能を殺すような事をするな。お前の頭は騎士団情報部の事務室でこそ最大限に生かされる」


「僕がいなくなった穴埋めが大変なだけじゃないですか」


「確かにクルトほど事務処理能力に長けた奴もいない。だがそれはひとまず置いとくにしてもだ」


 と、先輩はいつになく強い口調でそう言い切ると、一呼吸おいて心配そうな瞳を僕に向けてきた。


「――ここまでやってきた努力を不意にするのか?」


 その瞳の深さがばあちゃんのそれと重なる。

 ひとつ鼓動が大きく跳ねた。

 騎士団に入団して叙任するまでの六年間、それはもう結構辛いものがあった。それをなんとか乗り越えて、ようやく叙任したのは一年前のこと。今も厳しくないとは言わないけど、それでもどうにかやっていけている。


「お前のばあちゃんだって、クルトが騎士になるのを望んでたんじゃないのか?」


「それ、は」


 視線を落とす。

 分かっている。ばあちゃんは僕が騎士になるのを楽しみにしていた。残念ながら僕が準騎士の時に他界してしまったけど、ばあちゃんは心の底から僕が騎士になるのを望んでいたのだ。


「頭を冷やそう。飲ませすぎたからな、今日はうちに泊まっていけ。余計なことを考えずに寝ろ」


 きゅっと口を引き結ぶ。

 先輩の言うこともわかる。でも、だけど。


「――いやです」


「はあっ!?」


 目を剥く先輩に僕は首を振った。


「だって女の子ですよ?僕、王都に来て女の子と接して感動したんですよ!」


「まて、どういうことだ」


 眉間にしわを寄せる先輩を気にもかけず、特になにも考えていない頭で勢いだけでまくし立てる。


「手は柔らかいし、笑顔が可愛いし、繊細で華奢でふわふわしてて、僕は……僕はもっと女の子と仲良くしたいんですっ」


「お前なに口走ってるかわかってるか!?悪酔いしすぎだ!」


「やっべえ、なにこれ。めちゃくちゃ楽しいんだけどどういう展開?」


 慌てて立ち上がった先輩に、僕の背後から声がかかった。

 先輩は顔を顰めて声の主を見たけど、僕はそんな気力もなくテーブルに突っ伏した。


「おい、どこから入って来た」


「玄関から普通に入って来たけど」


 声の主はごく当然のように言った。

 そりゃあここは一人暮らしの先輩の家で、窓から入ってきたらびっくりだよね。

 だけど先輩はじとっとした目で声の主を見ていた。


「鍵閉めてたはずだが」


「そこはほら、持ち前の技術で」


 すると先輩は深いため息をついた。


「それよりなにがどうなってああなってたんだ?」


 声の主はどこか面白そうな声で聞いてきた。

 先輩はしばらく黙っていたけど、やがて何かを諦めたの声の主に返答した。


「クルトが自分自身を見てくれる恋人目当てに騎士を辞めるとか言い出してるんだ」


「まじか。良いんじゃねえの、辞めちまえ辞めちまえ」


 声の主はごく軽く囃し立てていて、先輩は慌てて声の主を睨んだ。


「やめろ煽るな」


 だけどどこ吹く風の声の主は空いていた隣のイスに腰掛けると、僕の上体を持ち上げ肩を抱いた。


「青春だなあ、クルト!」


 そこで振り向きもしなかった僕はようやく声の主が誰なのか知った。


「る……ルーカスさん!?」


 思わず仰け反るも、肩を抱かれたままの僕はそれほど離れることはできなかった。


「よっ、おつかれ」


 僕の横にはニヤリと笑った顔の情報部でも一、二を争うほどの敏腕調査騎士が座っていた。

 ルーカスさんは残り少ない瓶入りの麦酒を片手に僕の顔を覗き込んだ。


「い、いつ帰ってたんですか」


 酔いながらも僕は自分が緊張しているのがわかった。

 だって叙任当初、護衛部期待の新人とか言われてたのに三年であっさりと情報部に異動、その後めきめきと頭角を現し今となっては情報部にはなくてはならない存在にまでなっている人物なのだ。

 飄々とした風体はまるで騎士らしからぬものだけど、それでいて護衛部出身の強さと有力な情報を確実に手に帰る手腕はとてもじゃないけど只者ではない。


「あ?昼には帰ってたかな」


「おい、帰還報告来てないだろ」


 突っ込みを入れたのは当然先輩である。

 僕は今日非番だったから、知らなかったけど。


「だからここまで来たんだろ?」


 ルーカスさんは軽く睨まれてもどこ吹く風で肩を竦めた。


「俺は間接報告なんかしないからな」


「ちぇ、けちだなー」


 なんて言いながらルーカスさんは僕を振り返った。


「それよりよ、騎士辞めるって話だが」


 肩を組まれて至近距離で鳶色の目が合う。


「いいんじゃねえの。どっか中流階級ど真ん中の地区の一人暮らし用の狭い賃貸に引っ越してよ」


「おい、やめろって」


 向かいで先輩方本気で止めに入るけど、ルーカスさんはまるで取り合わない。


 引っ越し。

 本当は寮生活でよかったんだけど、いま建て替えで王都勤務の騎士はみんな出ていくようにって言われてわりと富裕層向けの地区に家を借りている。

 騎士はだいたい殆どが同じ地区に住んでいるんだけど、そこを出てもっと庶民的なところへ引っ越すのは、ちょっと肘肩張っていた僕にとっては気安そうだ。


 僕はルーカスさんの囁く言葉に誘われるように耳を傾けた。


「毎日楽な格好で出仕して、同じ格好で家に帰る」


「いい加減にしろ、ルーカス」


 苛立つ先輩の声が水を通したように遠く聞こえる。


 いいなぁ。

 騎士服って目立つんだよね。すごく注目されるし、あの服があるから騎士だってこともすぐバレちゃうし。


「騎士服なんざ本部で着替えりゃいいんだよ」


 ……ん?

 そこまでいって僕は一つのことに気づいた。


「あの、辞めるんじゃ」


 するとルーカスさんはにやりと口の片一方を上げた。


「私生活で騎士辞めちまえばいいんだろ?」


 ん?えっと?


「なるほどな」


 いまいち意味がわからずにいると、先輩が何かに気づいて手を打った。


「何も本気で騎士辞めなくてもよ、周りが騎士だって気づかなきゃいい話だろ?その為に私服で移動して、住む地域も変えちまえば殆ど誰も気づかねえよ」


「広報部や護衛部ならすぐに顔も割れるが、俺達は殆ど本部から出ないしな」


「そういうこった。たぶんどっかの事務職くらいにしか思われねえよ。もし不安なら擬態すりゃいい」


「準騎士時代に習ったアレか。確かにそれなら可能だろうが」


 先輩とルーカスさんが頷きあうなかで、僕は一人まだ考えていた。

 というか、酔ってるからうまく頭が回らない。


 ええっと。

 騎士を本当に辞めるんじゃなくて、一般人のふりをするだけってこと?


「そうすりゃ新しく仕事を探さなくてもいいし、収入も高額のまま。でもってばあちゃんも悲しまないし、何より色眼鏡で見られることなく素のクルトを見てもらえるぜ?」


 理解した瞬間、思わずルーカスさんの両手を握りしめた。

 最高の案じゃないか!


「ルーカスさんっ、僕、やってみます!」


「おう!可愛い後輩のためだからな。オレもクルトには期待してんだよ」


 うわあぁ、あのルーカスさんからそんな言葉がもらえるなんて!

 感極まって涙が浮かんでくる。


「ありがとうございますっ」


 同じ情報部でもかたや事務室勤務の新米騎士。かたや騎士団の誰もが見知った現場を駆け回る凄腕騎士。

 ほとんど言葉を交わしたことはないけど、こんなに気心が知れて優しい人だったなんて思いもしなかった。


「おかげで先が明るくなった気がします。僕にできることがあったらなんでも言ってください!」


「おっ、いいのか?」


 視界の端で先輩が額に手を当てて天井を仰いでいた。

 だけどそれがどんな意味かなんて分からなかった僕は、勢いよく頷いた。


「――んじゃあ明日これ騎士長に届けてくれねえ?報告書なんだけど」


「わかりました。しっかり届けます!」


 ルーカスさんがカバンから取り出した書類を両手で受け取ると先輩はなにやら頭を振っていた。


「知らないぞ……俺は」


 一体何のことだろう。


「せんぱ」


「なんだったら家も紹介してやるぞ。オレも中流階級の住む地域に住んでるしな」


 問いかけようとしたけど、ルーカスさんの申し出に僕の頭は疑問が掻き消された。


「本当ですか?重ね重ねありがとうございます。僕、王都はまだ詳しくないのですごく嬉しいです」


 すごい、なんて親切なんだろう。

 やっぱり仕事のできる人は違うんだろうな。


「よし、そんじゃあ帰りがてら家の要望でも聞いとくか」


「よろしくお願いしますっ」


 そう言って僕とルーカスさんは席を立った。


「んじゃ、またなー」


「先輩もありがとうございました。失礼します」


 ルーカスさんが先輩に陽気に手を振り、僕もまた先輩に頭を下げた。


「ああ。……ま、俺明日休みだしいいか」


 なぜか先輩は複雑そうな表情をしてたけど、再びルーカスさんに肩を抱かれた僕はそのまま先輩の家を後にするのだった。



 こうして僕は職務中以外での騎士を封印することを決めた。



 ……ちなみに、翌日ルーカスさんの報告書を騎士長に手渡したらこっぴどく叱られた。


「首根っこ掴んで引き連れてこい!」


 とか言われて、それはもう大変な思いをした。

 一体ルーカスさんは何をしでかしたんだろう。

 読んでいただきありがとうございます。


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