後日談.花と菓子
楽しんでいただければと思います。
花の都を出たわたし達は、のんびりと馬に揺られていた。
最初はどうして馬車じゃないんだろう、って思ってたけどちょっと寄りたいところがあって、そこが直通の馬車がないかららしい。
一体どこに行くんだろう、そう思っていたわたしはやがて見覚えのある景色に思わず振り向いた。
「オスクさん、ひょっとして――」
「ああ。きちんと挨拶しないとな」
わたしが思ったことを汲んでくれたらしいオスクさんは頷いてそう言った。
「ありがとうございます」
わたしは嬉しくなって思わず体を捻ってオスクさんに抱きついた。
花の都から少し離れた山間の町――オスクさんはわたしの生まれ故郷に向かっていたのだった。
+ + +
そうしてたどり着いた故郷で、数年ぶりに家族と顔を合わせることになった。
どうやらオスクさんは予め両親に手紙を送ってくれていたらしく、お父さんもお母さんも驚くことなく満面の笑みで迎えてくれた。
「おかえりなさい」
「ただいま!」
そうしてお母さんと再会の喜びを噛みしめている横で、オスクさんはお父さんと話をしていた。
「一方的な連絡で申し訳ありません」
「突然で驚きましたが、娘の顔を見られるのは嬉しいことですので」
真摯な表情のオスクさんと、硬い表情のお父さん。
そんな二人の様子に、これから起こる会話にこっそりと固唾をのむ。
「立ち話もなんですから、どうぞ」
そんな二人の間に入ったお母さんはそう言って、居間へと案内した。
お母さんとお茶を入れて、それからオスクさんと並んでお父さん達と向き合う。
「それで、大切な話というのは?」
お父さんがそう切り出したことで、オスクさんは姿勢を正して真っ直ぐにお父さんを見据えた。
「はい。レニタさんとの結婚の許可をいただきたく伺いました」
直接的な言葉につい緊張してしまう。
「レニタさんからも聞いているかとは思いますが、本来であればレニタさんの隣に立つのは別の方のはずでした」
「そうですね」
渋い顔のお父さん。
年に何回か手紙を送っていたから、お父さん達はディックのことは知っている。もちろん、結婚目前だったことも。
「ですが、それを横から奪うようにしてレニタさんとの結婚をとりつけました。人の道から外れた行いかとは思いますが、それでもレニタさんを諦められませんでした」
そう言われて、恥ずかしくも嬉しくなってしまう。
「ですからそんな男に嫁がせるという不安もあるかとは思います。ですが――レニタさんへの想いだけは本物です。どうか、許可を頂けないでしょうか」
だめ、オスクさんが格好よすぎる……!
自然と顔が熱くなってきて膝の上の手を握りしめていると、しばらくの間静寂が広がった。
「ええと、その」
あまりにもまっすぐすぎるオスクさんにやや険しい表情をしていたお父さんもたじろいでいたらしい。少しの間視線をさまよわせていると、横からお母さんがそっと口を開いた。
「ねぇ、レニタ。レニタは、オスクさんのことをどう思ってるの?」
「え、えっと……好き、です」
恥ずかしさにもごもごと答えると、さらに聞かれた。
「どれくらい?」
ど、どれくらい?
にこにことした笑顔のままに聞かれて目を白黒させながらなんとな答える。
「いっぱい」
「たくさん?」
「たくさんっ」
「本当に?」
「本当に!」
「――ディックさんよりも?」
「――っ」
短い問答に挟まれた鋭い質問。
お母さんは笑顔だったけど、わたしと同じ色の目だけは逃がさないとばかりに鋭かった。
思わず息をのんで、そしてぐっと顔を上げた。
「ディックよりも。わたしは、オスクさんがいい。オスクさんと結婚したい」
負けじとお母さんを見つめて数秒。
ふっと目が柔らかくなって、お父さんへと視線を変えた。
「ですって」
そう言った時には既にいつものにこにこ顔のお母さんに戻っていた。
はぁ、とお父さんはため息をついて天井を仰いだ。
「レニタ」
顔を下ろしたお父さんに呼ばれて、向き直る。
「ディックさんにはちゃんと謝ったのか」
「う、うん」
なんだかすっごく呆けていて、聞いてくれたか微妙な感じではあったけど、謝ったには謝った。
あとで何か言われるかなって思ったけど、それもなかった。
「もうよそ見はするんじゃないぞ」
そうだった。
わたしはディックがいるのに差し置いて、オスクさんをとったのだ。
「それは私がわ――」
「しない!しないよ」
オスクさんが庇おうと口を開いたのを打ち消すように、お父さんの言葉に力いっぱい否定する。
「わたし誓うよ。たとえオスクさんが先に死んじゃっても、ずっとずっと白いカーネーションを贈り続けるんだから!」
白いカーネーションの発祥は、この町だった。
だから他の花の意味はないけど、白いカーネーションだけはこの町でも意味が伝わる。
「――俺も誓おう。もしレニタが先に逝ってしまったら白いカーネーションを贈り続ける」
横で断言してくれたオスクさんを視線があって、つい微笑んでしまう。
そんなわたし達を見かねたのか――それとも気持ちが通じたのか。
お父さんは静かに頭を下げた。
「娘を、よろしくお願いします」
そんなお父さんの声は少しだけ揺れていて、
「はい。生涯大切にします」
オスクさんもそう言って頭を下げたのを見て、
「よかったわね、レニタ」
お母さんにそう言われたわたしも、ちょっとだけ涙ぐんでしまった。
「ありがとう、お父さん、お母さん」
それからしばらく他愛のない話をした。
初めは慣れないながらも穏やかにオスクさんと会話していたお父さんだったけど、やがてオスクさんが騎士であることを聞いたお父さんは慌てに慌てた。
「どうして先に言わない!」
なんて後で怒られたけど、そんなこと言われても。
だけどそれが妙にお父さんを安心させたらしい。肩の力を抜いたお父さんはそのうち「娘を見捨てないでやってください」なんて言い始めた。うん……騎士様って結婚相手には申し分なさすぎる相手だもんね。
ちょっと複雑な気分になっていると、お母さんは笑顔でそんなお父さんの首根っこを掴んでどこかへと連れていった。
影の支配者であるお母さんには、誰も逆らえない。
それはともかく。
そんなこんなで一段落したわたし達は町を散策することにした。
町の広場や市場。懐かしい人々が気づいて声をかけてくれたりして、なんだかすごく懐かしくて嬉しい。
オスクさんはそんなわたしを見ては笑っていて、本当にここに連れて来てくれたことに感謝の言葉しか出ない。
そうしてだいたいの場所を見回ったところで、遠くから名前を呼ばれた。
「お兄ちゃん!」
振り返るとそこにはこっちに向かって走ってくるお兄ちゃんの姿があった。
足を止めて待っているとすぐに追いついてきたお兄ちゃんとオスクさんが一通りの挨拶を交わした。
そして、
「それにしても、相変わらず地味な髪してんなぁ」
探すのに手間取ったぞ、とお兄ちゃんがわたしの髪をちらりと見やった。
うちの家族はわたし以外みんなきれいな発色の髪だった。
お父さんはオレンジだし、お母さんとお兄ちゃんは水色。わたしだけがおばあちゃんと同じ茶色の髪で、今まではすっごくがっかりしていたんだけど――
「この髪、すっごく良い色なのよ」
わたしはそう言って胸を張った。
だってドリスさんが褒めてくれた。花の大好きなわたしにはこれ以上ない言葉で。
「ああ。オレもレニタの髪色は好きだ」
と、オスクさんがそう言って目を細めた。
オスクさんもそう思ってくれていることが嬉しくてちょっと照れながら笑う。
「そうか?ただの茶色だろ?」
「この髪の色はね、花が元気に育つ土の色なのよ」
首を傾げるお兄ちゃんに、わたしは堂々と言い放った。
「どんな花だって似合っちゃう色なんだから!」
毎日花を飾ってくれたオスクさんはもちろんそのことを知っている。
だから同意を求めて見上げたんだけど……オスクさんは一瞬目を見張って、そしてそっと視線を外した。
「えっ、なんですか。なんで視線を外したんですかオスクさん?」
あまりにも予想外な反応に食いつく。
ひょっとして似合ってなかった!?
「いや、何でもない」
なんていうけど、視線を合わせてくれないオスクさんがもの凄く気になる。
オスクさんの視線の先に回ってみると、今度は顔ごと逸らされてしまった。
「隠しごとは反対です!」
騎士だったなんてものすごい隠しごとをしていたんだから、と抗議すると、オスクさんは観念したかのように一つ息をついた。
「チョコレートの色だと思ったんだ」
「……え?」
憮然とした表情に見えるけど、オスクさんの目元がほんの少し赤くって。
それを見たわたしはじわじわと笑いがこみあげてきた。
「もうっ、本当にお菓子が好きなんですから」
「すまない。だが、どの花でも似合うのも確かだな」
恥ずかしさを追い出すように額に手を当てて息をつくオスクさんにお兄ちゃんが瞬きをした後に目を輝かせた。
「なんだ、ひょっとして同志か?」
「そうだよ。オスクさんもお兄ちゃんと一緒」
「そうかそうか!」
お兄ちゃんはそう言って笑うとオスクさんの肩に腕をまわした。
突然のことに驚くオスクさんにお兄ちゃんもお菓子が好きなことを教えると、合点がいったように頷いた。
「よし、嫁さんのところに連れて行ってやる!うちの嫁さんはほんっとうに菓子作るのが上手くてなぁ」
そう言いながらお兄ちゃんは上機嫌で足を進めた。
オスクさんは若干の戸惑いを見せたけど、そのまま様子を見ながらお兄ちゃんに合わせている。
お兄ちゃんは小さい頃、よく一緒にお菓子を食べていた。
だけど年を重ねるうちに男の人がお菓子なんて、という視線に耐えられなくなって、こっそりわたしが分けてあげていたんだけど……ある時、今のお嫁さんが作ったお菓子を盗み食いしたらしい。
そしてそれがばれたのをきっかけに付き合うようになって、そして結婚した。
どうしてお兄ちゃんみたいな人と、と思ってたけど今ではなんとなく頷けるものがあった。
――男の人が甘いお菓子を食べて喜んでる姿は、ちょっと可愛い。
オスクさんが食べている姿を思い出して笑っていると、気づけば二人は随分離れたところまで行ってしまっていた。
そんな二人の背を眺めて、ふとあることに気付いた。
お兄ちゃんのお嫁さんはお菓子を作るのが上手。となれば――
「お菓子作り、教えてもらわなくっちゃ」
やっぱり結婚するんだったら旦那様の食の好みは押さえておかないと。
わたしは慌てて二人の後を追うのだった。
読んで下さってありがとうございます。
次回水曜日の更新でオスク編最後となります。よろしくお願いします。




