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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【堅物】オスク
38/79

その5

楽しんでいただければと思います。

 レニタに求婚を断られても、俺は懲りずに花屋へと通い続けた。

 断りの理由が俺自身でないのなら当たり前の話だ。

 俺は花屋を日参しては親密になれるようレニタの興味を引きそうな話題を振っていた。


「だから、わたしにはディックがいるのでって言ってるじゃないですか!」


 話に乗せられつつも最終的には我に返ったレニタが少し頬を膨らませて怒るが、最近では形こそ拒否の姿勢を保っているものの俺への好意は明らかなものだった。

 それでも断り続けているのは宿屋の息子への義理立てか、或いは惰性か。

 あとはそれをどう覆すか。今となってはそれだけの話であった。

 とはいえ、今は侯爵捕縛に向けて最後の仕上げに取り掛かっている段階。大捕物が終わった時に勝負を仕掛けようと心に決めて日々を送った。


 そうして粛々と捕縛の準備を進め、決行の二日前――

 俺は当然のようにレニタの元へと向かった。


「おつかれさまです、オスクさん」


 日の落ちかけた夕方。

 すでに店仕舞いを始める人々の中で、レニタもまた閉店作業を開始していた。


「こんな時間にすまないな」


「いえ、大丈夫ですよ。何かあったんですか?」


 首を振るレニタは作業を止めて俺の前までやってきた。

 夕方に来ることは珍しくはなかったが、おそらく腰に剣を釣り荷物を手にしているのが原因だろう


「しばらく街を空けることになった。一度宿も引き払う」


「え――居なくなっちゃうんですか!?」


 前のめりになるレニタは動揺しているのが見てとれた。

 そんなレニタに静かに首を横に振る。


「期間としては一週間ほどだろうから、大して時間はかからない」


「そ、そう、ですか」


 明らかにホッとしたように息をつくレニタ。

 そんな反応をするなら、一層の事落ちてくれればいいんだが。


「とはいえ、はっきりいつとは言えない。何か問題があれば伸びる可能性も否定できないからな」


「それで宿も出ちゃうんですね」


「ああ」


 するとレニタは腰元に視線を落とした。


「荒事ですか?」


「そうなるな」


 肯定すればレニタの眉が下がった。両手を組んで俺を見上げる。


「怪我しないでくださいね?」


「ああ、心配するな。半端な鍛え方はしていない」


 その頭を軽く撫でると、俺は肩から鞄を下ろした。


「それよりもだ。一週間もいないとなると流石に前もって花を買うわけにはいかない」


「あ……そうですね」


 毎日会えないことに気づいたのか、再びレニタは肩を落とした。

 そんなレニタを余所に鞄から一つの袋を取り出す。柔らかい布でできた小さなその袋には以前見つけて購入しておいたまま渡す機会を窺っていたものが入っている。


「代わりと言ってはなんだが、これを受け取ってほしい」


 中から取り出したのは色ガラスのはめ込まれたペンダントだった。


「以前言っていただろう。一番好きなのはヒマワリだと」


 長めにとってある革紐は首から下げればトップが服の中に隠れる為、作業をしていても邪魔になることはないだろう。加えてそのトップも金属の縁取りがされてはいるが平たいものであり服に入れていても違和感を感じないと予想された。

 いつもは仕事の邪魔になるからと装飾品の類をつけていないレニタだったが、これならどうかと思ったのだ。


「かわいいですね!」


 目に前に吊り下げて見せれば、レニタは目を輝かせていた。


「本物ではないが、枯れないからな。受け取ってくれるか?」


 するとレニタは口を開きかけ――そこで思いとどまったのか俺とペンダントを視線で行き来した。

 勢いのままに受け取ってくれなかったか。

 そう判断するや、返事を待たずにレニタの首にかけてしまう。


「あ――」


「似合っている」


 素早くトップを掬い上げてそこに口付けを落とすと、返品は聞かないとばかりに俺は数歩後ろに下がると踵を返した。


「それじゃあ行ってくる」


 いつもなら顔を赤くさせたままレニタが動きを止め、それで終わりだった。

 だが、


「――待って下さいっ」


 レニタが弾かれたように慌てて駆け寄り、両手で俺の手を掴んだ。

 思いもかけない行動にどう逃げきるか、そう思考を巡らせながら振り返るとレニタが見上げてきていた。


「ぜったい、元気に帰ってきてくださいね?」


 どこか涙目にさえ見えるレニタの表情に内心驚く。

 それほど命がけになる予定などなかった。むしろ殺さずに私兵を薙ぎ倒すのに加減をしなければと思っていたんだが。


「ああ。約束しよう」


 心配してくれるレニタを安心させるようにしっかりを頷けば、レニタは何度も頷き返してきた。

 帰ってきたらその時はもう一度はっきりと求婚をしよう。

 そう心に誓いながら、俺は今度こそ店を後にした。


 + + +


 レニタと別れた俺は急ぎ足で街の外へと向かった。

 鐘の音がなる頃に落ちあう予定だったのだ。

 大股で先を急ぎながらも、俺はこれまでのことを思い出していた。


 あの宿屋の息子に宣戦布告をした後、俺はあの男について仕事の合間に調べた。

 その結果わかったのは、やはりろくな奴ではないということだった。婚約者として、結婚相手としてレニタのことを都合よく思っているが、あの男がレニタにこだわっている理由はもう一つあったのだ。


 三年間、一人の女を思い続けることができたら宿を継がせる。


 宿屋の大旦那が複数の女を渡り歩く孫にそう言ったそうだ。

 ちょうどその時正式に付き合い始めていたのがレニタであり、あと数ヶ月でその三年が経とうとしていた。

 宣戦布告をする直前に言っていたディックの言葉は、そういうことだったらしい。


 街の門に一人の騎士の姿を認め、俺はさらに歩みを速めた。


「お待たせして申し訳ありません」


 そう声をかけると、モーゼスさんは首を振った。


「時間的にはちょうどいいし、問題ないよ。意中の女性に会いに行っていたんだろう?」


「何故それを知っているんですか」


 やや渋面で尋ねれば古参騎士は笑顔を浮かべた。


「そりゃあこの辺りの地域を担当している巡回騎士としてはね、耳に入るのは当然だよ」


 馬の手綱を渡されて、それぞれに跨り街を出る。

 確かにモーゼスさんはこの街にも定期的に訪れてはいるし、俺の仕事ぶりについての評価をする立場にもあるだろうが、私的なことまで把握されているとは思っていなかった。


「君のことだからしばらくはそういったものには目が向かないかと思っていただけに驚いたよ」


「引くつもりではありましたが、我慢がならなかったもので」


「まさか婚約者のいる相手に、とはねぇ」


 暗くなりかけた夜道、轡に並べて会話をする様はこれから貴族の捕縛に向かう道中とは思えないものだった。


「私個人としては君を応援するけど、一つだけ頼みがある」


「なんでしょうか」


「騎士だとバレないように頼むよ。バレると色々と厄介だからね。紳士たる騎士が略奪だなんて、外聞が悪すぎる」


「……善処します」


 元が護衛部であった為に別の地域の、とある貴族には正体がばれてしまったこともあったが、このあたりでは今のところ騎士であることは漏れてはいないはずだ。


「うん、よろしくね」


 のんびりとしたモーゼスさんに俺は今後へ思いを馳せる。

 この指令が終わったら、何としてでもレニタに結婚の承諾を貰わなければ。


「ところで今後の話だけど」


 と、モーゼスさんが口を開いて、すぐに頭を仕事に切り替える。


「人の目を避けて今日明日の夜間に移動、明後日の日の出前に街に入ることになる」


「はい」


 この数ヶ月調査し続けた侯爵だったが、ようやく情報が集まり捕縛に乗り込むことになったのだ。


「その後すぐに休憩をとってから翌朝一番で侯爵家に乗り込んで捕縛の形となる」


「打ち合わせはいつ頃?」


「軍との調整は向こうですでにしているはずだから、私と君は戦闘要員と思ってくれて構わない。邪魔する私兵を蹴散らして侯爵と執事の捕縛をすれば完了。夫人と子については軍で監視という形になるから、そっちは気にしなくていい」


「軍が協力を?」


 陛下直属の部下である俺たち騎士と違って、軍は国の管理下にある。その為、力関係の複雑な貴族が関わる問題には手を出したがらないのが常だった。


「鷹が手をまわしてくれたらしい」


「なるほど」


 鷹というのは軍に潜入している騎士のことだ。その中でも軍の役職持ちが裏で動いてくれていたとのこと。

 そうしてモーゼスさんは改めて俺を見た。


「というわけで捕縛の口上を述べるような騎士と先陣を切れる騎士がいればいいんだ。前者はうちの若手にやらせてみようと思ってるんだけど、後者は次期護衛部騎士長と名高い君なら間違いはないだろう?」


 常に人数不足の騎士団では必要最低限度の人数でしか仕事をまわさない。今回のように軍が協力してくれるようなことがあるならなおさらにそうだ。

 そこへ侯爵の調査も終わり、帰還予定ではあるものの別令あるまで待機となっていた俺を引っ張り出すのは必然とも言えた。


 俺はひとつ深呼吸すると前を見据えた。

 夜の帳が落ちかけた道は暗く、これから起こる捕縛任務への感覚を研ぎ澄ませるようだった。


 + + +


 侯爵の捕縛は呆気ないほど簡単だった。


 軍との連携も広報部の若手騎士がきっちりと調整をこなしていて、侯爵邸のまわりはごっそりと軍が取り囲み、籠城はできても逃げることはできない状態になっていた。

 俺はその中で侯爵邸に足を踏み入れ、ただひたすらに待ち構えていた私兵相手に剣をふるった。

 久々に袖を通す紺の騎士服に騎士の中でもとりわけ大きな剣で私兵を薙ぎ倒していった。

 門からエントランスまでは一瞬で、鍵の掛けられた扉に至っては叩き割るように切り開いた。


「いやぁ、流石は騎士団最強だね」


 すぐ後ろに追随していたモーゼスさんが途中、苦笑を洩らしていたのは覚えている。

 そのあたりで私兵も戦意を失う者が出始め、最後には端から両手を上げて無抵抗を示す者すら出ていた。

 そうして若手騎士の案内であっさりと侯爵達は捕えられた。


「一件落着だね」


 全てを軍に引き渡しそれを見送るとモーゼスさんは両手を上げて伸びをした。

 戦闘直後に伸びをしてにこにこと笑う姿は、流石に古参であるとしか言いようがなかった。


「さてと。今回は若手もよくやったようだね。事後処理の手伝いもお願いしようかと思っていたけど、それも必要なさそうだ。戦闘要員である我々は一足先に戻って休もうじゃないか」


 あまりにものんびりとした様子に逡巡する。

 確かに軍とも統制がとれていたように思うが、明らかに不慣れであっただろう戦闘を行なった若手騎士を残して休憩というのは些か気がひける。


「いいんだよ。そろそろ本当の意味で独り立ちしてもらわないと後で困るのは彼らだからね。ここは心を鬼にして、変わりに夜番を勤めてあげようじゃないか」


 そう言われては、異論など出るはずもない。

 俺にもそういう時期があったのはよく覚えている。


「わかりました」


 そうして夕食を済ませるまでの時間を休息にあて、戻ってきた若手に変わって駐在所での夜番を引き受けることになった。

 駐在騎士ではないが広報部の騎士であるモーゼスさんも居るし、これくらいなら何の問題もない。


「オスク君はこの仕事が終わったら本部に帰るんだったかな?」


 夜中、モーゼスさんはのんびりと茶を飲みながら問い掛けてきた。

 今のところ急な来訪がない俺達は緊急事態に備えてはいるものの、ゆっくりとしている。


「その予定でしたが、少々休暇をもらってから帰るように許可をもらっています」


 本来であればこの大捕り物が終わればすぐに本部へ戻る予定だった。

 だがこのままレニタに告白をしようとも、その後の予定も合わせれば時間など全く持って足りるものではない。そのことに早い段階でそのことに気づいていた俺は情報部所属中にほとんど取らなかった休暇申請を上げていたのだ。


「用意周到だね」


「ええ」


 更に言うのなら次の期で広報部へ異動、駐在か巡回騎士として勤める予定だったがそれも取りやめる気でいる。

 結婚して早々単身か、互いに住みなれない地で過ごすのは良策ではない。それなら一度護衛部に戻って王都に住むのが一番だと考えている。

 そうすることで騎士長への道へは多少遠回りになることは重々承知しているが、そくらいのもの惜しくもなんともなかった。


「それで実際の所、愛しの君は奪えそうなのかな?」


「奪います。既に心は俺に向いていると見えます。ですので、この任務が終わり次第こちらから打って出ようかと」


「良い心意気だね。ちなみに相手の男性についてはどんな感じなのかい?」


「不貞行為を犯し続けていますし、随分とおざなりな態度をとっているようです。それが余計にレニタの心を離す結果になっているのが窺い知れます」


 宿屋に息子はどうやら俺が日参していてもレニタが堂々と断り続けている事で逆に安心しきっている様だった。むしろ今まで以上に遊んでいる印象が強い。

 そう付け足せば、モーゼスさんは目だけで笑みを浮かべた。


「あと一押し、というところか」


「ええ」


「堅物の略奪愛。結果を楽しみにしているよ」


 愉快そうにモーゼスさんが言ったところで、勢いよくドアがノックされた。

 注いで慌てて駐在所に入ってきたのは二人の軍の兵士である。


「ご連絡申し上げますっ」


 顔色の悪く息を荒立てているその様子はそれだけでよくないことを示していた。


「侯爵が逃亡しました」


「逃げたって……」


 モーゼスさんは額に手をやって大きく天井を仰いだ。

 俺は静かに立ち上がり、そのまま兵の報告に耳を傾けた。

 捕えていたはずの侯爵が逃げ出したことに気付いたものの、いつからいないのかわからないとのこと。

 どうやら共に捕えた私兵の中にとりわけ有能なのが数名いたらしく、そいつらの姿もないことから逃亡の手引きをしたのだろう。

 捕えた後の身柄は軍での管理となっていた為にほとんど詳細は知らなかったが、随分と詰めが甘い。


「現在街中を捜索中ですが、見つかってはいません」


「――街の外へは捜索に出ているか?」


 報告を締めくくられ、すぐに問い掛けると兵士は首を振った。


「いえ、今のところは街中だけを捜索しています」


「花の都に奴らが使っていた隠れ家がある。山道を使えば遅くとも翌昼には花の都に入られるはずだ」


 山道を使っては捕縛に感づかれるかもと俺達はこの街に来る時はあえて迂回したのだが、そうじゃなければもっと早くに着けるのだ。


「っでは」


「追います。相手は山道を歩く経験もないような貴族。先回りすることは可能です」


 外していた剣を腰につり直すと、モーゼスさんも立ち上がった。


「私も行こう。君、二階に騎士が二人いる。叩き起して街を担当するようにと伝えてくれ」


「かしこまりました」


「それからある程度まとまった人数の応援を迂回路から頼む。もう一人の君は同行願おう。とてもじゃないが我々だけでは人数が足らないからね」


「了解です」


 そうしてカンテラなどの必要最小限のものを手に街を抜ける。


「最短で花の都へ抜けます」


「それがいい」


「突っ切ります」


 追っていることが気づかれてはいけない為、奴らの使う通常の山道とは違う道なき道だが、何度も自分で通った道でもあり最小限の光の中付き進む。


「年寄りには辛いね」


「険しいですね」


 はは、と笑うモーゼスさんと多少息を荒くさせる兵。

 だが二人ともしっかりと着いて来ているのを確認して山を登り、そして下る。

 日中に休息をとっていたのが幸いして、俺達は日が昇り始めた頃には花の都へと足を踏み入れた。


 + + +


 侯爵が花の都へと逃げてきたのは夕方だった。

 それまでの間に俺達は自警団に応援を頼み、交代で張り込みつつ休息を取り、そして疲労困憊状態の侯爵を問答無用で捕らえた。

 自警団の施設を間借りし、完全に侯爵達を縛り付けた上で牢屋に放り込んだところで、ようやく俺達は一息つくことができた。


「あとは軍の応援を待って護送するだけかな」


 今度こそ終わりであってほしい。モーゼスさんの声にはそういった思いが滲み出ていて、つい頷く。

 軍の応援が来るまでは念には念を入れて俺とモーゼスさんのどちらかが必ず見張りに立つことになり、先に見張りに立つことにした。


「おつかれさん」


「ああ」


 一晩明けて見張りを交代した時にやってきたのは、自警団長だった。

 今回の件では調査にあたっての聴き取りや自己鍛錬に場所を間借りしていたこともあり、この男とはよく顔を合わせていた。


「いやー、まさかオスクが騎士だったとはな」


 休憩室まで案内すると言われて肩を並べると、自警団長はそう口を開いた。

 言いたいことはわかる。

 それまで情報屋だと思っていた俺が実は騎士だったなど、誰も思いもしなかっただろう。

 だが実際、いま目の前にいる俺は騎士服を着用し、度々この街に巡回で訪れる古参騎士と並んでいることから、嫌が応にも事実を知らされているのだろう。


「どうりで強いはずだよな」


 自警団長は納得したようにそう呟いた。

 この姿を見られてはしょうがない。


「今は騎士団情報部に所属している」


「なるほどな。情報屋じゃなくて情報部か。ほんと驚いた」


 言いながら一度施設の入口まで戻る。そこから別の部屋に移動しようとして――なにやら外が騒がしいことに気付いた。


「なんだ?」


「昨夜の騒ぎを聞きつけた野次馬が暴れて――ってわけじゃなさそうだな」


 侯爵の捕縛について街の人々は詳しい内容を知っているわけではなかったが、それでも緊迫した雰囲気と何者かを捕えたということは察している。その野次馬かとも考えたが、自警団長はそれも否定した。


「確認する」


 何かがあってからでは問題だ。俺は踵を返し入口へと向かった。

 いまは厳戒態勢として一般人の立ち入りを禁止している為に、自らドアを開けて外に出る。


「――だから、捕まった人が誰か教えてほしいだけなんです!」


 途端に聞きなれた声が響いて、視界に入ったのは詰めかけた大勢の野次馬だった。


「ですから、それはできません。今はとにかく誰もこの中には入れられませんし、何かをお伝えすることもできません」


 そんな野次馬が見守る中、施設の入口には二人の姿が見えた。

 一人は入口を守る自警団員。そしてその団員に詰め寄っているのは――


「レニタ……?」


 必死の形相で団員の腕を掴んで訴えているのはレニタだった。

 予想外の展開に思わず名を呼べば、はっとしたようにこちらを見上げた。


「オスクさん!よかった、無事だったんで……え?」


 俺を見るチェリーピンクの目が一瞬喜び、そして駆けつけようとしたがそこで上から下まで視線を二往復させた。


「ええ……?えっと……なんで、騎士の格好を、してるんです、か?」


「騎士だからだが」


 目が零れるのではと思うくらいまでに目を見開くレニタに明快に答える。

 すると何度も瞬きをされて、当然のことかと思い直す。


「隠していて悪かった。任務中で正体を明かすことができなかった」


「うそ……」


 呆然とするレニタに後ろから様子を見守っていた自警団長が大きく頷いた。


「その気持ちはよくわかる。俺も見間違いじゃないかって何度も確認した」


 確かにあの時の自警団長も俺を凝視していたが、それよりもだ。


「ところでレニタ、どうして捕まった奴のことを聞いてたんだ?」


 まるで理由が思いつかない。侯爵とレニタには何の関係性もないはずだが。

 そう思っているとレニタは見る間に目に涙を溜めた。


「つ、捕まったのがオスクさんだって、聞いて」


 何故そうなる。

 つい眉間の皺を深くさせると、俺の気持ちを理解したらしいレニタが口を開けた。


「だ、だってディックが……そ、それに昨日のこと見てた人から赤銅色の髪の大柄な人がいたって……」


 どうやら宿の息子が何かを吹き込んだらしい。

 俺は深くため息をついた。


「その情報は間違いだ。むしろ俺は捕えた方だ」


 するとレニタははっとして、それから俺に駆け寄ってきた。


「怪我、怪我はないですか!?」


 思わず縋りつくレニタに驚く。


「いや、特にこれと言って何もない」


「でも凄く激しい戦闘だったって」


「あー、それはあれだな。オスクの強さが凄まじかったってことだと思うぞ。オレもその場にいたから間違いない」


 とは自警団長の言葉である。

 それを聞いたレニタはようやく安心したのか、その場にへたりこんだ。


「よかった……無事で、オスクさんが無事で本当に良かった……っ」


 泣き笑いするレニタのその声には嗚咽が混じり、やがて大声で泣きじゃくり始めた。


「お、オスクさんが居なくなったら、わたし、わたし……っ」


 そこまで言ったものの、その先続かない言葉に俺は思わずレニタの前に片膝をついた。


「レニタ。そんなになるんだったら、もう認めてるようなものだぞ」


 大勢の衆人環視の中だということも忘れて抱き寄せる。


「愛している。結婚してくれるな?」


「っはい。しますっ。わたしで良ければ、末長くよろしくお願いします……っ」


 レニタはそう言って俺の背に手を回した。震える腕でそれでも離すまいと抱きつく存在に一層の愛しさがこみ上げる。

 あたりからは事情がわからないながらも拍手が起こる。


 ――こうして、俺はようやくレニタを手に入れることになった。


 + + +


 その後どうなったかというと、当然ながらすんなりと大団円を迎えたわけではなかった。

 騎士服で大勢が見守る中での求婚、承諾を得たわけで、その場では丸く収まったかの様な流れではあったが、それまでの経緯を知る者も少なくない。

 俺とレニタのやり取りは瞬く間に街中に広がった。


 曰く――騎士が婚約者のいる相手に横恋慕、略奪愛を成し遂げた、と。


 モーゼスさんには非常に迷惑をかけてしまった。なにしろこの地域担当の巡回騎士なのだ。侯爵を軍の護送へ託したと思いきや騎士は一体どうなっているんだ、紳士ではなかったのかと抗議が殺到したのだ。


「これはさすがに庇いきれない。上にも報告させて貰うよ」


 頭痛がすると頭を抱えるモーゼスさんには本当に申し訳ない。


「おそらくそれなりに処罰があるかと思うけど……彼女を手に入れたことは後悔していないんだろう?」


「はい」


 あまりにも迷うことなく頷けば、モーゼスさんは苦笑を漏らしていた。


「そこまで断言されればいいさ。おめでとう」


「ありがとうございます」


 そして肝心の元婚約者への対応。


 あとで聞いたところによるとディックは俺が宿を出たのをきっかけに、戻ってきた時にレニタが相手をしなくなるよう策を労したらしい。

 なんでも他の宿泊客から半年前に南方地域で起こった大掛かりな討伐の際に逃げ落ちた盗賊団の頭に俺がよく似ていると言われ、心配になって部屋を探ったところ盗賊団再結成の為の文書が見つかったと。

 他にも幾人かに証言を頼んだらしく、レニタは半信半疑ながらも俺の帰りを待っていたそうだ。

 そこへ騎士と自警団が何者かを捕らえるという事件が起こり、そこに俺らしき男がいたと聞いて居ても立ってもいられなくなったレニタが自警団に駆け込んだと。

 残念なことに、そして俺にとっては幸運なことにそれがレニタの不安を煽りその場での求婚承諾へと至ったわけだが、当のディックは呆然としていた。


 自分が陥れようとした相手が騎士だったこと。

 策を練ったのが裏目に出てレニタを奪われたこと。


 様々あるようだったが、付きつけられた婚約破棄に呆けた様子のまま文句もなく頷いていた。

 代わりに後日宿の主人や女将からは激しい抗議があがったが、俺はしっかりと謝罪したのちに息子の不貞行為の証拠を何枚もの紙の束で手渡した。


「どうしても我慢ならなかった」


 そう言葉を漏らせば、女将はレニタにどう謝罪すればいいのかと泣き始め、主人は顔を青くさせていた。


「レニタは不貞の一部を知っているが、ほんの一部だ。これほどまでとは思っていないだろう。できるなら何も言わず、そっとしておいてほしい」


 その後どうなったかは分からない。だがディックからも両親からもそれ以上の抗議は来ず、レニタにも接触はなかった。


 レニタに対する街の人々の反応も様々であった。

 婚約者を振った悪い女だと責める声も当然あった。

 だがどこからか情報が漏れたのか元婚約者の不貞に当然だという声も上がり、更には花屋の常連たちからは「あんなに求められたら誰だって心変わりする」という弁護も上がった。

 レニタはディックを振ったことへの後ろめたさもあり自己嫌悪に陥ることもあったが、反面弁護の内容に羞恥心を煽られ顔を赤くする場面もあり、概ね問題はなさそうだった。


 そして――


「体調を崩さないように気をつけるのよ」


「はい。いままで大変お世話になりました」


 王都への旅立ちの日、レニタは花屋の夫人と抱き合い別れの挨拶を済ませた。


「いつも明るくて元気なレニタちゃんが大好きだったわ。辛い時も一緒にいると元気を分けてもらってる気がして、本当に、ありがとう」


「お礼を言うのはわたしのほうですよ。知り合いのいないこの街で楽しく過ごせたのはドリスさんのおかげです。ありがとうございました」


 王都と花の都は移動にもそれなりの時間がかかる。

 何かの折に連れてこようとは思うが、それでもなかなか会うことのできなくなる別れを二人惜しんでいた。


「オスクさん、レニタのことよろしくお願いします」


「ああ」


 俺がしっかりを頷くのを確認して、夫人はレニタから離れた。

 レニタはそっと俺の横に並び立つと再び頭を下げた。


「本当にお世話になりました!」


「元気でね」


 その言葉を最後にレニタを馬に乗せると、俺はその後ろに乗り込んだ。

 片手を腹部にまわしレニタを支えて馬を進める。

 そうして街道に出たところで俺は隠し持っていた花を手に取ると、それをレニタの髪に挿した。

 髪に触れられたことに気付いたレニタが首を傾げながら振り向く。


「よく似合っている」


 小さな品種のヒマワリが添えられたレニタにそう言って微笑めば、レニタは一瞬驚きながらも満面の笑みを返してきた。

 そして、


「――愛してます。ずっと、思い続けてくれてありがとうございます」


 少し恥ずかしそうにいうレニタに、思わず唇を奪ったのは言うまでもない。


 王都への道のりは穏やかで、俺はただ一生レニタを大切にしようと心に誓うのだった。

読んでいただきありがとうございます。

これにてオスク本編終了になります。

次回番外編は月曜日となります。

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