その3
楽しんでいただければと思います。
レニタ視点です。
ディックのことは好き。
きっと結婚前に少し遊びたいだけ。
結婚前にはちゃんと戻ってきてくれる。
大丈夫。
だいじょうぶ――
からんからん、とドアベルの音がして慌てて顔を上げる。
「いらっしゃいませ!」
意識的に笑顔を浮かべてカウンターの奥から出て行くと、やってきたのはオスクさんだった。
無理やり浮かべた笑顔が少しだけ和らぐ。
「こんにちは。今日はどんなお花をお求めですか?」
この前はお墓にささげる白いカーネーションだった。
あの白いカーネーションを思い出してわたしはちょっとだけオスクさんの想い人が羨ましくなった。
わたしもそんなふうに深く思われたいな、なんて。
たとえ浮気性じゃなくたって、ほとんどの人が白いカーネーションを選ばないから、きっと難しいんだろうな。
そこまで考えたところで、オスクさんは首を振った。
「今日は様子を見に来ただけだ」
「え?」
ひょっとして心配して来てくれたの?
思いがけない言葉に瞬きすると、オスクさんはわたしの顔を覗き込んだ。
「無理をしてないか?」
「えっと……」
真っ直ぐに赤銅色の目がこっちを見ていて、見つめ返して数秒、へにゃりと力ない笑みに変わってしまった。
「ちょっとだけ、悩んでいます」
オスクさんには大泣きをして散々内情を語ってしまったせいか、ディックにはもちろん、ドリスさんにも話していなかったことを何の抵抗もなくすんなりと伝えられた。
「信じたいけど、やっぱり不安にもなってしまって。ダメですね、わたし」
「誰だってそうだろう。レニタが悪いわけではない」
「ありがとうございます」
労わるような声音が沁みて、心に渦巻く靄が少しだけ晴れた気がした。
「眠れているか?」
「やっぱり寝つきはよくないけど、全く眠れないっていうことはないです。食事もちゃんととれてます」
安心させるように答えれば、「そうか」と返ってきた。
そしてオスクさんは視線をわたしからずらして店の花を見回した。
やがてひとつの花に手を伸ばす。
「これを一輪もらおう」
様子を見に来ただけと言っていたけど、なにか思い出したのかな。
それにしても一輪?
疑問に思いながらも金額を伝えれば、オスクさんはすぐにお金を出した。
「包みますね」
包装紙にくるもうとカウンターに置くと、そこでオスクさんに止められた。
「いや、茎を短く切ってくれ」
茎を切る、だけ?
言われた内容に戸惑っていると、オスクさんは茎の部分を指した。きっとここで切るようにということなんだろう。
わたしは分からないながらも言われたように鋏を入れると、オスクさんは短くなった花を手に取った。
そして――
「似合うな」
何をされたのかわからずに瞬きをして、それから視線をさまよわせると店の隅に置かれた鏡が目に入った。
何の変哲もない茶色の髪に、ピンクのラナンキュラスが咲いていた。
「え、あのっ」
びっくりして見上げるとオスクさんはすごく、ものすごく優しい目をしていた。
「何かあったらいつでも言え。また来る」
いつものしかめっ面ではない甘い笑顔に見惚れていると、オスクさんはそう言って去っていった。
締まるドアを見つめて、思考を巡らせる。
……くれた、の?
そっと頭に手を伸ばしてラナンキュラスに触れる。
ちょっとひんやりした花独特の質感が指先に触れて、もう一度鏡を見れば戸惑いながらも少し喜ぶ顔が映っていた。
元気づけてくれてるのかな。
そう思うとなんだか嬉しくて、鏡に映っている自分が小さく笑うのが見えた。
+ + +
それから毎日、オスクさんは店に顔を出してくれるようになった。
気分はどうだ。落ち着いてきたか。元気か。
時間のある時は世間話もしていて、ドリスさんとも顔なじみになった。
そして必ず花を買ってはわたしの髪に挿して帰っていく。
花はお勧めのものを聞くんじゃなくって、オスクさん自身が見て選んでくれた。悩んでいることもあったみたいだけど、そんな時でもわたしと花を見比べて最後まで自分で選んでくれていた。
髪に挿された花はよくその重みで落ちそうになってしまうことも多くて大体はあとで手直しするけど、そんな不器用な、だけど心のこもった贈り物に自然と心が上向いて行くのがわかった。
「レニタちゃん、ちょっと相談があるんだけどいいかしら?」
お昼を過ぎたあたりで、店の奥からドリスさんがやってきた。
「はい。なんですか?」
ドリスさんはお店に人がいないことを確認するとそのまま店内へやってきてイスに座った。
「最近、お得意様達にレニタちゃんが人気なのよ」
突然言われた言葉にじっとドリスさんを見つめる。
「花を髪に飾っているのがかわいいって評判でね」
ドリスさんは言いながらわたしの頭に視線を向けていた。
オスクさんが初めて花を贈ってくれてからというもの、その花は必ず髪に挿してとれないように編み込んでいた。
ちなみに今日は白いポピー。
「だけど自分で買ってつけてもすぐ落ちちゃうしってことで、結構問い合わせが来ててね。今は閑散期でお客さんも少ないし、レニタちゃんがよければ花を買ってくれた人に髪結いのサービスをつけるのとか、どうかと思ってるのよ」
「ステキですね!」
ドリスさんの提案に、一もなく手を組んで頷く。
花を頭に飾ると言えば花冠やお祭りの時のコサージュのように豪華なものが一般的だったんだけど、そのままのお花を添える形のこの飾り方はとっても新鮮でわたし自身も気に入っていた。
加えて髪をいじるのが大好きなわたしにとっては、自分の髪以外にもいろいろとアレンジができるというのは願ってもないことだった。
「ぜひやらせてください!」
「良い返事ね。それじゃあ、しばらくは様子を見ながらやりましょうか」
「はい」
そうして二人で店の奥からイスと卓上の鏡、それからドリスさんの使っているブラシなどの小物を運ぶと、ドリスさんはマーガレットを二輪手にしてイスに座った。
「それじゃ、さっそくお願いしようかしら」
なんて言って片目をつぶって見せる。
「ドリスさんもですか?」
ちょっとお茶目な様子に思わず笑いながら、その背にまわる。
「そりゃあ売り込むのに必要でしょう?店主の妻がしないでどうするのよ」
「確かにそうですね」
もっともらしいことを言っているけど、ドリスさんの目が輝いていて明らかに嬉しそうだった。
そんなドリスさんの濃紺の髪を縛っていた紐をといて、髪を梳く。
「いつも思うんですけど、きれいな髪色ですよね」
わたしのような茶色の髪は地味で面白みがない。
いつも華やかな色や神秘的な色を見ると羨ましく思う。
「ありがとう。でも私はレニタちゃんの髪色の方が好きよ?」
髪を編み込み、マーガレットを差し込んでいく。
茎は少し長めにとって、髪と一緒に編みこむことで簡単にはずれないように工夫していた。
「わたしのはなんの変哲も無い茶色ですから」
同じ白い花を飾るにしても、わたしよりもドリスさんの髪の方がよく映えて素敵だった。
「そうかしら。レニタさんの髪は太陽をいっぱい浴びて栄養が豊富な土の色よ。花が美しく咲くために必要な大地の色。私はすっごく好き」
「土の、色」
そんなこと考えたこともなかった。
花が咲く為の土の色。そう言われると、なんだか不思議と自分の髪がいいものに思えてきた。
「だから髪に花を飾るのは一番似合ってるって思うわ。逆に私は主張しすぎて白っぽい花しか似合わないだろうから、羨ましいわ。――ありがとう、レニタちゃん」
編み込みが完成して、ドリスさんは鏡でいろんな角度から頭を見て嬉しそうに目を細めた。
それからカウンターを挟んで二人、のんびりとしていると、
「それにしても――オスクさんって白いカーネーションの君さえいなければ絶対お勧めの優良物件よね」
ふとドリスさんが思い出したようにわたしを見つめた。
「落ち込んでいる時に会って、それから心配して来てくれるだなんてね」
オスクさんが来てくれるようになって、経緯を聞かれた時に伝えていた。
もちろんディックのことは話していない。わたしが、信じればいいだけだから。
「しかも毎日、花まで贈ってくれるなんて粋よねぇ」
「ええ。素敵な人ですよね」
たったひとりを想い続ける人。見た目に似合わず優しい人。そして甘いものが好きな、ちょっとかわいい人。
思い出してくすくすと笑っていると、突然後ろでがたんと音がした。
振り向いてみればディックが真剣な眼差しで目の前までやってきた。ただならぬ様子に立ちあがって迎えると、ディックはわたしの肩を掴んだ。
「ひょっとしてあの男のこと?」
「え?」
「ニュカネンさんだ」
「そう、だけど」
どうしてディックがオスクさんのことを?
そう思いながら肯定すれば、ディックの表情が険しくなった。
「ダメだよ。レニタは僕のものだ。アイツのことなんか忘れるんだ」
危機迫る表情に、なんとも言えずに困惑する。
すると見かねたようにドリスさんが口を開いた。
「レニタちゃん、奥使っていいわよ。ここは私が見ておくから」
「すみません」
ドリスさんの気配りに頭を下げて、ディックには先に店の奥に入ってもらう。
ディックはなんだかすごく真剣だったけど、どういうことだろう。
「きっと心配したのよ。レニタちゃんが男の人にアピールされてるって思ったんじゃないかしら?白いカーネーションの話をしたらきっと安心するわ。話してあげなさい」
ちょっと不安になるわたしに、ドリスさんは苦笑して背を押してくれた。
「お互いわだかまりがあるままで結婚したら、大変なことになることだってあるんだから」
わたしがこのお店で雇ってもらった時、ドリスさん達はちょうど結婚間もない頃だった。
あの時は二人のすれ違いが何度もあって、結構な衝突を繰り返していたのをよく覚えている。
「ありがとうございます。ちゃんと話しますね」
しっかりとお礼を言って、奥に続くドアを見つめる。
ディックと顔を合わせるのはなんだか久しぶりで、身構えてしまう。
だけど――いつまで経っても逃げたままではいられない。ディックの様子も気になるし。
「よしっ」
ひとつ深呼吸して、わたしは軽く両頬を叩いた。
「お待たせ。急に店に来たと思ったら、どうかしたの?」
ドアを開けるとすぐの場所にディックが立っていた。
「レニタ、ニュカネンさんのことどう思ってるの?」
緊張してぎこちなくなってしまったわたしに、ディックは気づく様子もなく開口一番に聞いてきた。
「どうって、いい人だなって思うけど」
「毎日花もらってるって」
「ええ。わたしが落ち込んでるの知ってて、毎日来てくれてるのよ」
オスクさんがこうしてくれなかったら、きっとわたしはまだ俯いたままで、今も逃げ出してしまってたと思う。
だけどわたしの思いとは裏腹にディックは険しい表情でわたしの髪を飾るポピーを引き抜くと、ぐしゃりと握りつぶした。
「っなにするの」
あまりのことに抗議に眼差しを向けると、ディックは怒ったようにわたしに言った。
「何するも何も、当然のことだろう?僕以外の男にもらった花を飾るなんて理解できない。逆に婚約者の僕がいるのに、なんでそんな事してるの?」
今まで向けられた事のない怒りに、驚き言葉を失った。ただ視線を彷徨わせる。
「レニタがそんな事をするとは思ってなかったよ。僕がいるのに、まさかそんな、二股みたいな事」
吐き捨てるように言われて、冷水をかけられたように心身が冷たくなっていく。
「信じられないよ。レニタが他の男に愛想をふるなんてね」
「なによ、それ……」
次々に糾弾されるように言われて、少しずつ怒りがこみ上げてくる。
震える唇で、ぐっとディックを睨みつける。
人に対して怒りを感じることなんどほとんどなかったわたしは、何も考えずに思ったことを口に出した。
「じゃあ自分はなんだっていうの?別の女の人とキスして、裸で抱き合って。わたしが見てたの、知ってるよね!知ってて、さらにキスしてたじゃない!」
目頭が熱くなって、最近すっかり涙腺の弱くなったわたしはぽろぽろと涙をこぼしながら、それでも訴えた。
「わたしが婚約者じゃないの?どうして他の人としてるの?そんな……そんなことしてるディックに、花を貰ってるだけで、そんなこと、言われたくない!」
そんなわたしに今度はディックが目を見張った。
「レニタ……?」
だけど止まらない。
一度溢れたものは全部吐き出されるまで止まらなかった。
「酷いよ、ようやく前向きに考えられるようになってきたのに。こんなに傷ついて、苦しくて辛かったのにディックは会いにも来てくれないっ。わたしはディックにとって、なんなの!?」
ぐっと手を握りしめて睨み上げる。
涙で濡れた視界でディックがどんな表情をしているのかは分からなかった。
そのかわり、腕を引かれて抱き寄せられた。
「ごめん。レニタは僕の大切な婚約者だよ」
耳元ではっきりと言われて、わたしは首を振った。
「嘘よ。だって青果店の売り子さんと」
「違うんだ!あれは、その」
はっきりと否定したのに、続きの言葉が出てこなくて口ごもるディックに、怒りと悲しみの向こう側にいるもう一人の自分が囁く。
もう追及を辞めて謝らないと。じゃないとディックから別れを切り出される。
はっとして慌てて口を開いた瞬間、
「……ごめん。たしかにレニタの言うとおりだよね」
肩を落としたディックから意外な言葉が漏れた。
「本当にごめん。いつもレニタは僕のことを好きでいてくれて、レニタは僕のものなんだって思ってた。絶対に離れない、僕だけのものなんだって」
しゅんとするその様子はすごく反省しているようで、どうしていいのかわからなくなったわたしはそのままディックを見つめた。
「だからって僕自身が他の子と遊んでいいわけじゃないよね。レニタは物じゃないのに、どこか安心してた」
それは以前浮気していても追及しなかったからかなって思った。
でもそれはそうしていたわたしのせいでもあって。
「安心してたから、だからレニタが他の男と仲良くしてるって思ってカッとなったんだ。僕が偉そうなこと言えた義理じゃなかったのに」
そう言ってディックはぎゅっとわたしを抱きしめた。耳元でされるため息には沈痛なものが示されていた。
「ごめん。結婚前だと思うと、なんか心が落ち着かなくって。だけど信じて。僕はレニタのことを愛してる。僕が本当に愛してるのはレニタなんだ」
そうして少しだけ身を離されて、そっと上向かせられる。ディックの顔が降りてきて触れるだけのキスを落とした。
「式まであんまり時間はないけど、もう一度レニタに信じてもらえるようにがんばるよ」
結婚。式。
なぜかディックから申し出られたのは三年という婚約期間だった。
どうやら家の都合らしいんだけど、その三年まで、あと少し。
「だから別れるなんて言わないで?」
縋るように見つめられて、わたしはこくりと頷くのだった。
ディックが、別れると言わなかった。逆に別れないでって言ってくれて、それが信じられなかったけど、でもすごく嬉しくて。
「うん。信じるよ」
わたしはただそう返事をした。
それからしばらく抱きしめあって、それじゃあ、とディックはわたしの頭を撫でると店を後にした。
「どうしたのレニタちゃん」
ディックを見送ってお店に戻ると、ドリスさんがすぐに驚いて声を上げた。
「え、と。ちょっと言い合いになっちゃいました」
「言い合いって、さっきちょっと大きな声が聞こえはしたけど……」
「すみません、聞こえてましたか?」
「内容は分からなかったけどね。一体何があったの?」
顔をしかめるドリスさんは、カウンターのイスにわたしを座らせた。ついでドリスさん自身も向かいに腰を下ろす。
「えっと、話の流れでディックの浮気を追求しちゃいました」
「浮気されてたの!?」
「はい……実は」
隠していただけに驚くドリスさんにちょっとだけ居心地が悪くなる。
「それでどうなったの?」
身を乗り出すドリスさんに事の顛末を伝えると、深いため息が返ってきた。
「レニタはそれを信じるの?」
全てを話し終えた後ドリスさんは静かにそう聞いた。
「はい。今までの女の子達とは追及が原因で別れていました。だから、追及しても別れないでって逆に言ってくれたことが嬉しくて」
「それまでの浮気も許せるの?」
「昔はほら、よくあることでしたから。ディックがこれからわたしだけを見てくれるなら許せますよ」
眉をひそめるドリスさんだったけど、わたしは笑って答えた。
「だといいんだけど……」
ドリスさんは小さく呟いてまたため息を落としたけど、わたしの心には届かなかった。
+ + +
翌朝、わたしは久しぶりにすっきとした気分だった。
追及はしないと決めながらも不安な気持ちでいっぱいだったわたしは、怒りに任せてついディックを責めてしまった。
だけど破局にはならなくって、それどころかディックが愛してると言ってくれた。信じてもらえるようにがんばるとまで言ってくれたことは本当に嬉しくて、今まで悩んでいたことが嘘のように心は軽かった。
鼻歌さえ歌いながらもお花を整えていると、ドアが開く音がして顔を上げた。
来店したのはオスクさんだった。
「おはようございます」
「おはよう」
顔を見つめて挨拶を交わすと、オスクさんはいつものように花を選び始めた。
「何かあったか?」
花に視線を巡らせながらも尋ねられたそれは、やっぱりオスクさんもわたしの気持ちが伝わっているようだった。
「はいっ」
オスクさんにはいつも心配させてしまっていたから、昨日のことはきちんと伝えないと。
そう思って元気よく返事をする。
「昨日ディックと話をしたんです」
「話を?」
花に伸ばしかけたオスクさんの手がぴたりと止まった。
「はい。いろいろとあって、追及するつもりはなかったのに、追及してしまって」
「そうか」
するとオスクさんは手を引っ込めてわたしの方を見た。
「そうしたらディックがまるごと認めて謝ったくれたんです。それから、信じてもらえるようにがんばるって」
えへへ、とちょっと恥ずかしくなりながらも事の顛末を語る中、オスクさんは考え事をしているかのように口を結んでいた。
「いつもオスクさんのお花には元気をもらっていました。不安になってもオスクさんの顔を見て、お花をもらうと心が上向きになれて、おかげでここまで来ることができました。本当にありがとうございます」
そうしてきっちりと頭を下げる。
オスクさんはわたしのことをよく見てくれていて、本当に優しい人だった。
「――オスクさんの想い人は幸せだったでしょうね。優しくて気遣いができて。亡くなっても、なお想われるなんて本当に羨ましいです」
つい思ったことを口にして微笑めば、オスクさんの眉間のしわがぎゅっと深くなった。
「亡くなった……?」
反芻されて頷く。
だけどそれにオスクさんはさらに呆然とした様子だった。
「え、何か違いましたか?」
「……何か誤解があるようだ」
呻くように言われて、首をかしげる。
「なぜ恋人が亡くなったと思う?」
深く刻まれたままの眉間のしわに、わたしは大いに戸惑った。
なぜって、そんなの決まっている。
「お墓まいりに白いカーネーションを添えたので」
「待て、あの花を選ぶのには意味があったのか?」
「もちろんですよ?」
お互い顔を見合わせて言葉を失う。
この街に住む人なら誰だって知っている。普通に選んだから知っているものだと思ってたけど、まさか。
「ひょっとしてこの街の人じゃなかったんですか?」
「今は仕事で各地を渡り歩いているが、王都に居を構えている」
「ごめんなさい!わたしったら」
とんだ勘違いだったらしい。
「ちなみに白いカーネーションにはどんな意味が?」
「無くした恋人か奥様に捧げる花で、亡くなった今でも愛している、と」
「なるほど。俺には失った恋人も妻もいない」
「すみません、てっきり……」
「いや、いい。全てが終わってしまったあとに分かるよりは大分いい」
全てが終わってしまったあと?一体オスクさんは何を思っているんだろう。
返答に困っていると、オスクさんは気を取り直したかのように顔を上げて赤いバラを手に取った。
「この際だからはっきり伝えておこう」
「はい?」
今ひとつわからないけど、曖昧な返事をするとオスクさんはバラの棘がないかを確認するように茎に指を滑らせると、いつも用意しているお店のハサミを手に自分で茎を切った。
「レニタ、君のことが好きだ。ただの心配だけで来ていたわけではない。君の恋人を想う気持ちは理解しているが、それでも諦められない」
真っ直ぐに見据えて言われ、髪にバラを挿された。
「す、き?」
赤銅色の目を呆然と見つめると、オスクさんがしっかりと頷いた。
「愛している」
わたしは真っ直ぐな言葉に、言葉も忘れてただ目を見開いた。
昨日ディックに言われた時よりも突き刺さるほどに強い意思を感じて、息も止まってしまう。
「嫌いだと思うならはっきり言ってくれて構わない。その時は潔く引く。だがもし少しでも俺に好意があるというなら、考えてみてほしい」
オスクさんはそう告げると、バラのお代を置いて店を出ていくのだった。
読んで下さりありがとうございます。
次回更新は水曜日の予定です。




