二十五年後の二人
楽しんでいただければと思います。
「ただいまー」
オレは半年の月日をあけて、ようやく家へと帰ってきた。
こんなに長い間家を離れるのはもう二十数年ぶりになるか。
「おかえり」
台所から迎え出てくれたのは、すっかり独立して家を出たはずの息子だった。
「あん?今日はどうしたんだ?」
実家の台所で何してんだ?
「夕飯作りに来た」
「ヒルダは?」
家の中を見回すが、嫁さんの姿が見当たらない。
ヒルダは不思議といつ帰ってくるかわからないはずのオレの帰還日をよくあてていた。帰る当日になんとなくわかるんだそうだ。
だからいつもその日はオレの好物ばかりを用意してくれてるんだが。
「そろそろ帰ってくる頃だろうからって、挨拶まわりに行ってる」
「そうか」
挨拶回り。
その言葉に思いあたって頷くと、息子はくるりと背を見せた。
「だから今日は俺が作ってる」
料理の得意なヒルダは教えるのも上手だった。
息子は成人する前からすでにオレなんかはるかに超えるくらい上手い飯を作っていた。
そんな息子が今日のメニューを並べ立てれば、思わず笑みが浮かぶ。
ヒルダは俺の好きなものだけ用意するが、息子が作るとその数が減ってヒルダの好物が混ざるのだ。
「――それでいいだろ?」
首だけ回して振りかえった息子に多いに頷く。
「ああ、頼むわ」
「了解」
息子は俺の返事に再び台所へと姿を消した。
「……寂しくなるな」
結婚して王都に戻って、結局オレは騎士長になっても家を長くあけてばかりだった。
そんなオレに代わってガキの頃からヒルダを支えてくれたあいつは自慢の息子だった。しっかりしていて、口数は多くないし愛想を振りまく方でもないが実にいい男である。
そんな息子との別れが目前にきていた。
自分で決めた道とはいえ、別れっつーのは寂しいもんである。
――今回の仕事が終わったら、オレとヒルダは山の都へと住まいを移すことになっていた。
騎士団を引退しヒルダの生まれ故郷で余生を過ごすのだ。
息子はそれにはついて来ない。なんせ嫁さんも子供もいるからな。
ソファにもたれて長く息をつく。
家具は減ってないはずだが、荷物の整理をほとんど終わらせている室内はどことなく寒々としていた。
あー、やんなっちまうぜ。
オレも年とったもんだなあ。
こんなに感傷的になるとは、と苦笑まじりに天井を仰ぐ。
王都に残すものに心配はないはずだった。
息子は教師をしていて、しっかり者だ。もし万が一あいつが対処できないような何かが起こったとしても、嫁さんの父親――何を隠そうトゥーレである――がなんとかしてくれんだろう。
騎士団は数年前からすでに騎士長をライノへと明け渡している。ライノはもともと人の上に立つための教育をガキの頃から施されていたし、未だ現役のクラウス副団長がいるからこっちも問題はない。
不安はどこにもなく、昔ならやりきったという達成感を得ただろうに、寂寥が強かった。
そのことを自覚してもう一度息をつくと、玄関から物音がした。
「ただいま」
入り口に顔を覗かせると、オレと同じくすっかり老けてきたヒルダの姿があった。
「おかえり」
「ルーカスも、おかえりなさい」
目尻にシワを刻みながら微笑むヒルダを軽く抱き寄せ挨拶を交わす。
「長いこと待たせちまって悪かったな」
そのまま腕の中に囲んでぽつりと呟けば、ヒルダはオレの胸に頰を寄せた。
「特に待ってもいないわ。――今までお勤めご苦労様でした」
「これからはずっと一緒にいるからな」
「そうねぇ。期待してるわ」
くすくすと笑うヒルダは一度オレを抱きしめる手に力を入れ、やがて身体を離した。
「おかえり。ちょうど夕飯できたぞ」
オレらの一連の流れを見ていただろう息子が居間のドアに寄りかかって声を掛けてきた。
空気読むよな、こいつ。
「盛り付けるから、もう少ししたらきてくれ」
「ありがとう」
そうして去っていく息子を眺め、ヒルダは眩しそうに目を細めた。
「ルーカスに似たわね」
「そうか?」
愛情の深いとこ、落ち着いたとこ、面倒見のいいとこ。それから見た目も揃ってヒルダに似ている。むしろオレの要素が全くないとさえ思う。
だがヒルダはそうは思っていないらしい。
「そうよ。優しくて、気配り上手で、頼りになって、それから……愛妻家で」
ふふっと笑みを向けられて、離したはずのヒルダをもう一度抱き込む。
「愛妻家なのは確かに似てるな」
「そうでしょう?」
「ああ。――愛してる」
「愛してるわ、ルーカス」
そうしてオレ達は口づけを交わすのだった。
読んでいただきありがとうございます。
本編が甘くなかったので少しでも、と考えたらこんな感じになりました。基本的には甘々にはならなさそうですもんね、この二人。
この話でルーカス編完全終了となりますが、まだ何人か予定があります。もしよろしければ次回もお楽しみいただければと思います。




